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第1章
久しぶり
しおりを挟む月曜日の放課後になるまで、結局佐倉とは一言も話をしなかった。寮では食堂に行く時間をずらし、教室では他のクラスメイトとずっと話していた。元々それなりに社交的な方だから、特に困ることもない。何度か何か言いたげな目をした佐々井と目があったが、常に隣には佐倉がいたから話しかけることはなかった。
ホームルームが終わると同時に教室を出る。人の目がある時間には別館に行けないので、中庭をだらだらと歩いて時間を潰す。早く真生に会いたかった。
たった三日会わなかっただけなのに...
かなりハマってんな、俺...
周りに気を付けながら、はやる気持ちを抑えて別館に向かった。
音をたてないようにそっと部屋に入り、真生の後ろまで静かに近づく。
「ひゃっ...!」
「誰でしょうか」
後ろから手で真生の目を隠すと、ピアノの音が止み、真生は間の抜けた声をあげる。
「びっくりしたぁ」
真生の手が拓斗の手の上に重ねられ、そっとはがされる。真生はそのままキュッと手を握ると、拓斗を見上げてふにゃりと笑った。
「ふふっ、久しぶりの石川くんだ」
「たった三日ですよ」
散々待ち遠しく思っていた自分のことは棚にあげておく。そうだね、と笑う真生を見て、少しでも会いたいと思ってくれただろうかと考える。
「...先輩、指どうしたんですか?」
親指で絆創膏の巻かれた真生の右手の中指をさする。どうやったらこんなケガの仕方をするのか不思議だ。
「爪割れちゃって」
「痛そう...これでピアノ弾けるんですか?」
「中指使わないようにすれば大丈夫。それよりお風呂入るときの方が滲みるよ」
「あー、シャンプーとかすごいヒリヒリしそう.........洗ってあげましょうか?」
「っ、だいじょうぶ、です...」
「なにちょっと赤くなってるんですか」
笑う拓斗を恨めしそうに赤い顔で睨み付ける真生をかわいいと思った。
それから真生は二曲ほど弾いてから、ピアノの蓋を閉じて、床に座って聴いていた拓斗の隣に三十センチほど隙間をあけて腰を下ろす。体育座りをして膝の上で腕を組み、そこに頭をのせて軽く首を捻りじっと見つめてくる。
その体勢だと襟で隠れていた部分の肌が見えてしまう。首の後ろのところに鬱血痕を見つけた。
...嫌だな
真生の方に手を伸ばし、襟を引き上げてそれを隠す。そのまま手を首に滑らせ、下からくしゃっと髪をいじる。真生は目を閉じて、拓斗の手にされるがままになっていた。その安心しきった顔が愛おしくて仕方がない。
俺だけのならいいのに...
ふと、佐々井の言葉を思い出す。
「そういえば、真生先輩って普段何してるんですか?」
真生が不思議そうに首をかしげる。
「昼休みとか土日とか...ほら、俺ここでしか会わないから」
「んーと、学校では大体は理久といるかな。俺一人だとふらふらしてて危ないから離れるなって言われてるしね」
「週末は?」
「週末...も理久といる。他に友達いないし、ふらふら遊んでると理久に怒られちゃうしね」
理久先輩ばっかり...
重く灰色の空気が胸の辺りに広がっていく。この人の一番が俺だったらいいのに。そんな独占欲にも似た思いが強くなっていくのを感じていた。
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