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媚びてなよ
しおりを挟む正和が出ていくと、家の中は居心地の悪さを感じるほどに静かだ。正和には大丈夫だと言ったが、初めて来た家に一人で放置されるのは随分と落ち着かない気分になる。勝手に動き回るのも良くない気がして、正和の淹れてくれた紅茶を手に、椅子から立ち上がれずにいた。
一時間ほど経ったとき、玄関の方で物音がした。立ちあがり、ドアを開けて玄関を覗くと見覚えのある顔がそこにいて、心臓が大きく跳ねる。
「深谷......」
「あぁ、もう来てたのか」
「あ、えっと....お邪魔してます...」
「父さんは?」
「さっき仕事行った」
ふうん、と興味なさそうな返事をして瑞季は朋の横をすり抜けて中へ入り、床に置いてあった朋のバッグを肩に背負った。
「お前の部屋とか家の中とか一応案内してやる」
「っ!ありがと」
一階はリビングとキッチン、シャワーがあり、それぞれの部屋は二階にある。見て回って、改めて広い家だな、と感心した。
瑞季は淡々と家の中のことを説明していく。クラスメイトを施設から引き取るという普通じゃない状況で、あまりにも抵抗無く、普通に友達と会話するように朋に話してくる瑞季の態度に、朋の方が戸惑ってしまう。
「この部屋使って。物とか好きに増やしていいから」
一通り家の中を見終わって、朋を部屋において出ていこうとする瑞季を引き留めた。
「あのさっ、深谷....」
「瑞季」
「へ?」
「瑞季でいい。家の中で名字で呼ばれんの気持ち悪ぃ」
「...じゃあ、瑞季。あの...嫌じゃないのか?」
何が?と怪訝そうな顔をする瑞季。自分ばかりが動揺しているようでめげそうになるが、どうしても訊いておきたかった。
「学校...ていうか、クラスまで同じやつと一緒に暮らすの、嫌じゃないのかなって」
「......俺が嫌だっつったらお前どうすんの?」
「......っ」
すぐに答えることができなかった。瑞季の問いは痛いところを突いてきている。瑞季に是非を尋ねたところで、ここから出ていく選択肢は朋にはないのだから。
「......迷惑、かけないように過ごす...」
「ふっ、そうだよな。お前後がないもんな」
急に肩をグイッと掴まれ、壁に押し付けられる。突然のことに混乱して、朋より少し背の高い瑞季の身体の陰で身体を強ばらせた。
さっきまでとは明らかに違う、威圧するような瑞季の様子に声が震える。
「みず、き...?」
「俺だって、誰でも家に置く訳じゃないよ?いいオモチャだなと思ったから、引き取ってやったんだよ」
「なに言って......」
「感謝してほしいな。お前捕まえるために、俺があのボロい孤児院、援助しろって父親に頼んだんだから。逆に言えば、俺がお前を気に入らないと思えば、いつでも援助なんか止められるってこと」
わかる?と、嘲るように瑞季が楽しげに目を細め、口角を上げるのを見て、寒気がした。
「だから俺が飽きないように精々媚びてなよ、朋」
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