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二章
試合 キャロル10歳
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私は鞘ごと剣を再びクロードに渡す。一心に飾りを見つめて、クロードがエドガーに声をかける。
「父上、この飾りを見て下さい」
「ああ、これはすごいな。何を使ってるんだ、黒い鞘に白い石で随分きめ細かい細工がされているな」
ヴァセラン侯爵が興味深そうに鞘を眺める。ヴァセラン夫人も身を乗り出して、細工に見入ってため息をつく。サミー渾身の細かすぎるぐらいの細工だ。デザインはヤニックが考えてくれた。舞踏会で宣伝する為に、全体では男性が好む強さを強調しているが、随所にレース状の透かし彫りを入れたり、花のモチーフを施して女性にも魅力的な工夫をしてある。
「この辺りのデザインは素敵ですわね。ブローチに使ったらとても良さそう」
「ヴァセラン侯爵夫人! ブローチなら今ここにございます! 母上、ヴァセラン侯爵夫人にお見せください!!」
私の声にお母様が笑顔で胸元を飾るブローチを外して、ヴァセラン侯爵夫人に手渡す。先ほどまでは身につけていなかったので、目に留まる機会がなかった。公の儀が終わるまでは華美にしないのが慣習とのことで、宝飾類だけは外していたのだ。今日は今からお母様も広告塔だ。社交界のシラリリスの君と言われていた美貌を武器に大いに目立って欲しい。
「やはり、アクセサリーになると素敵ですわね。工房をご紹介いただけますか?」
「もちろんですわ。我が領で売り出しを始めた工房ですの。まだ、社交界には広まっていないのでリーリア様につけていただけたら嬉しいですわ」
母上が工房の紹介を承諾する。ヴァセラン侯爵夫人のリーリア様につけてもらえたら、騎士夫人たちに大きな宣伝になる。リーリア様も新しいものをいち早く発信すれば貴族婦人として評判が高まるだろう。
「母上、リーリア様は私の大事なクロードの母君です。一番素敵なデザインになるようにしてくださいね」
「もちろんよ。リーリア様、後ほどご希望のモチーフ等の相談を致しましょう」
「エドガー、美しい妻を美しく飾るのは男の矜持だ。麗しいリーリア夫人の夜明けの紺青の髪に白はきっとよく映える。イヤリングやネックレスもさぞお似合いだろう」
父上の言葉にリーリア夫人が少しだけ頬を染める。エドガー侯爵は苦笑いして頷いた。父上の本領発揮に感謝です。アングラード家全体でのヴァセラン侯爵家への売り込みは、アクセサリー一式まで拡大し成功を遂げそうだ。
「俺が鞘を願いたかったんだが……」
クロードが自分の希望が置いて行かれて、ぽそりと呟いた。
「大丈夫。クロードには私がいいデザインを今度見せに行くよ。そこから選んで、父上に相談してみたらいい」
2名様の売り上げ確定。ご予約オーダー有難うございます!
アクセサリーの滑り出しに内心ほくほくしているところに、舞台から一人の少年が私の前に進み出た。
「ノエル・アングラード様。私の剣技の相手をお願いできませんか?」
挑戦的なきつい眼差しで悪意を向けるのは、あの暴言の子だった。やっぱり礼ぐらいじゃあ威圧にはならなかったようだ。舞台を見ると、相手をするはずの侍従と思わしき人物が袖で足を引きずっている。何かトラブルがあって出ることができなくなったのだろう。
「ガエル! お前は何をやっているんだ!!」
観覧席より民事院で少年の頭を押さえていた父親らしき人物が進み出る。こちらに一礼してから息子を叱責する。その父親の耳元で少年が何かを囁いた。父親らしき人物は、動きを止めて私を一瞥する。値踏みするようなその視線に嫌な流れを感じた。
「申し訳ございません、アングラード侯爵。我が家の愚息が茶番を申し出ました。文官の名門アングラード侯爵ご令息の素晴らしい礼に感銘をうけ、今度は自分の腕をお見せしたいと意気込んでしまったようです」
「いいですわよね、レオナール。ノエル、行きなさい」
母上が満面の笑みで即答する。手を叩かんばかりの歓迎ぶりだ。あまりの早い返事と美しい母の笑顔に、策を弄そうとしていた暴言の子の父親も口を開けたまま固まっている。
アングラード侯爵家は剣をもっての武勇はない。披露目の席でも剣舞の披露が恒例である。細くて小柄な私をみて剣技の腕はさほどないと踏んだのだろう。万が一受けても、勝てる。断れば武のないアングラードを誇張し、貶めるつもりだったはずだ。
「母……」
「頑張ってね、ノエル」
有無を言わさぬ華やか笑顔。手は二本の指をたてている。これは、二刀流で頑張ってねという圧力だ。正直、まだ二刀流の扱いは、完全とは言えない。母上の笑顔と腰の二本を交互に見つめる。二本差しているの一本しかつかわないのも何だか相手を見下してるみたいにみえるかもしれない。諦めて私は母上に頷く。もちろん、指は二本たてて、二刀流で行きますという意思をみせる。ほんのり頬を上気させる少女のような母上がとても可愛い。横で父上が見惚れている。私の心配をしてください。
「では、お相手をさせていただきます。 勝負形式にしますか? それとも、流れを伺って受けに徹してさしあげたほうがよろしいですか?」
私の差し上げるの言葉に、暴言の少年の眉が上がる。さぁ、後には引かせません。ここでアングラードに悪意を向けたらどうなるか、はめて差し上げます。
「勝負にしましょう! 私はアングラード様と本気の手合わせをしてみたい」
少年が乗ってくる。私は楽しみましょうと笑顔で返して、舞台に向かおうとする。その腕をクロードがつかんだ。
「大丈夫か? かわるぞ」
文官で名をはせるアングラード、騎士として名をはせるヴァセラン。どちらが適任か。その答えは明白だ。クロードの目から私を気遣っているのが伝わる。
「クロード、貴方が私の友人になってくれるなら。私を信じていて下さい」
私は笑顔でそう答えて舞台に登った。突然の思わぬ展開に暇を持て余していた観覧席が盛り上がりを見せる。相手はどうやら武官畑の男爵家のようだ。剣は子供用の一回り小さな騎士剣。
盛り上がりの半分は、純粋にハプニングを楽しむ目、半分は侯爵家の失態を期待する目。
爵位の大きさは権力の大きさ、悪意は比例して大きくなる。跡継ぎが、悪意に膝をおればアングラードの全てに類が及ぶ。悪意は自分の力で跳ね返し、ねじ伏せていかなければならない。でなければ自分の居場所を自分でつくることはできないんだ。珍しく真剣なまなざしで父が呟いた言葉を思い出す。
「では、これよりガエル・ベカエール殿の披露目剣技を行う。不測の事態によりノエル・アングラード殿にお相手頂き、試合という形で執り行うこととする。両者前!」
お互いに間合いに入らない位置で止まる。初めての対人戦だ、怖くないと言えば嘘になる。子供の剣はお披露目用につかわれ国王との謁見にも持参できるよう、刃が切れないように処理されている。それでも、作りはほぼ通常の剣と一緒だから当たれば痛い。痛いどころか大怪我をすることだってあり得る。
相手がどのくらいの気持ちと技量で打ち込んでくるか。私は剣を両手に中段に構えて、最初は受けに徹する事にする。
「はじめ!」
ガエルが上段から一気に踏み込んでくる。はっきり言って、勢いだけで隙だらけだ。念のため利き手の右で受けて流す。勢いの割には軽い一撃、多分、体をのせていない。あっさりと私に流されて、自分の勢いでよろめく。
さらに怖い顔になって睨みつけてきた。受けて流しただけなのに、よろめくのは自分の鍛錬がたりないからだ。実戦を想定していない、ただ受け止めてもらえる演習しか積んでいないからこうなるのだ。
さらに、打ち込んでくるのを左、右で受け流す。途中からは全て左で受け流すようにした。このくらいの相手なら左でも完璧に扱えることを確信する。よし、このまま左の練習にしてしまおう。
ちらりと、母上をみると右手で拳を小さく振る。やっておしまいなさい、との指示だ。もう一度確認、左腕を叩いている。左手でやっておしまいなさい、だ。思わず、笑みが零れてしまう。
「くっそ! 何、笑ってるんだ! 逃げてばかりで卑怯だぞ! 二本もあれば守るのは簡単だもんな!」
私はむっとする。簡単なんて言わないでほしい。どれだけ苦労して覚えたか。母上は剣に関して妥協のない鬼教師だ。いいです! 鬼に鍛えられた技量の差を徹底的に見せてさしあげます!
次の踏み込みを左で受ける。流さずに、からめて引き倒す。簡単に剣がガエルの手から離れて宙をまった。そのまま体制を崩して私の横を崩れるガエルの首筋に右手の剣を叩き落とす。首の皮一枚。すれすれで刃を止める。起き上がろうとした首筋に剣の感触を感じたのかガエルの動きが眼前に停止した。
「勝者!ノエル・アングラード!!」
大きな歓声が上がる。汗をかいて床にひれ伏す敗者。涼しい顔で笑顔で刃を傾けた勝者の私。なすべきことはなした。少なくとも、今の剣技より上に行く自信がないものは、簡単に私と剣を交えようとはもう思わないだろう。
鞘に剣を納めて、笑顔でガエルに立礼をして右手を差し出す。悔しそうに唇を噛んで涙目でその手をとる。悔しいよね。悔しかったら、もっともっと強くなって。また挑みに来てほしい。本気の勝負は嫌いじゃない。
「初めての試合で、いい経験になったよ。私を指名してくれて、ありがとう。また、機会があればやろう」
私はそう言い残して、舞台の上で観客に向けて立礼をしてからその場を後にした。
「ノエル!」
クロードが右手を差し出す。私はその手をがっちりと握りしめる。
「ありがとう!勝てるの声が聞こえたよ」
「そうか。いい勝負だった。今度は俺ともやろう」
舞台の上で、勝てる、と叫ぶクロードの声を何度も聴いた。私を信じて応援してくれて本当に嬉しく思う。
「お前の友になれるか?」
「もちろんだよ。クロード!これから、よろしくね」
私たちの小さな友情の始まりに、それぞれの両親が楽しそうに顔を見合わせていた。
その後、私は母上から頬に祝福のキスを頂いた。とてもとても喜んでくれる。母上はずっと騎士になりたかったのを知っている。父上と出会うまで、騎士になれないことに未練を引きずっていたと言っていた。父に出会って愛されて自分が女性である事を幸せだと思えて、漸く諦めることができたそうだ。
なりたいものに手が届かない悔しさをよく知っているから、私の決意を後押ししてくれる。でも、お願いだから、エドガー侯爵に騎士として私を売り込むのはやめて欲しい。ただ今、舞い上がる母上の膝の上で抱きしめられて、エドガー侯爵に騎士として売られかかっています。ジル、クロード助けて下さい!
披露目の前半が終了する頃には日も暮れかかってきた。観覧席の後方の舞踏会会場にも人が溢れ始める。私たちは喉を潤す為に飲み物をとりに会場に入った。後半は伯爵家からの披露目で最後はクロード、私の順になる。今のうちに水分はかるく補給しておいた方がよい。
「なんだか緊張してくるね」
「そうだな。ノエル、俺とも実戦にしないか?」
「今日はもう遠慮させてもらうよ」
クロードは本気で誘ってきたようで肩を落とす。クロードが相手なら先ほどのようにはいかないだろう。子供の割に鍛えられた体躯と、しなやかな身のこなしからかなり強いと判断する。
「あの……。アングラード様」
呼びかけられて振り向けば、一人の令嬢が立っていた。民事院でみた少女だ。披露目で愛らしいダンスをしていたのも覚えている。綺麗なドレスに、愛らしく整えた髪。もし自分がキャロルであればこんな風にマリーゼに支度を整えてもらって、この場に立っていたのだろう。そう思うと少しだけ少女が羨ましい自分がいる。
気持ちを押して、少女に簡単な立礼をとる。真っ赤になって少女がスカートをつまんで礼を返す。
「先ほどは、とても素敵でした……。声を突然おかけして申し訳ありません」
それだけ言って少女が走り去る。飲み物をとって席に辿りつくまで、三人程同じことが続いた。なんだかとっても照れくさい。後半の披露目はさすがの一言だ。レベルが格段に上がった。殆どの子が一定のレベルに達した内容を見せてくる。中にはこちらが驚くような出来栄えのものもいた。
「すごいな。先ほどの女の子のダンスは完璧だったよ」
「俺はダンスは分からないが、きれいだな」
「うん。手先とか指先とかが本当に丁寧で、それなのにちっとも硬さがない」
「おぉ、見ろ。あの男の剣の速さなかなかだ」
「本当だ。早いな切り返しの反応がとくにいい」
今度は見る方に夢中だ。あれが良い、これが良い二人で一端の評論家気取りだ。辺境伯の令息が登場する。剣技、これが上手い。突出した感じはないがバランスよくすべての技が仕上がっている。この年齢でこれだけの動きができれば将来が楽しみだ。
私とクロードも準備の為に舞台袖に移動する。クロードの剣技の相手はどうやら、エドガー侯爵が務めるらしい。
舞台では辺境伯の令嬢が踊る。これは息をのむような出来栄えだ。華やかで計算された動き、こちらに送る目線や表情まできっちりと作りこまれている。思わず、大きな拍手を送る。袖に降りてきた令嬢が笑みをむける。
「ノエル様! 見て下さいましたか?」
「はい。大変美しくて思わず見惚れてしまいました」
「まぁ、嬉しい。後ほど舞踏会の席で、またお会いできることを楽しみにしておりますわ」
そう言って優雅に立ち去る。エドガー侯爵がなんだか、とても楽しそうに口笛をふいた。
「父上、この飾りを見て下さい」
「ああ、これはすごいな。何を使ってるんだ、黒い鞘に白い石で随分きめ細かい細工がされているな」
ヴァセラン侯爵が興味深そうに鞘を眺める。ヴァセラン夫人も身を乗り出して、細工に見入ってため息をつく。サミー渾身の細かすぎるぐらいの細工だ。デザインはヤニックが考えてくれた。舞踏会で宣伝する為に、全体では男性が好む強さを強調しているが、随所にレース状の透かし彫りを入れたり、花のモチーフを施して女性にも魅力的な工夫をしてある。
「この辺りのデザインは素敵ですわね。ブローチに使ったらとても良さそう」
「ヴァセラン侯爵夫人! ブローチなら今ここにございます! 母上、ヴァセラン侯爵夫人にお見せください!!」
私の声にお母様が笑顔で胸元を飾るブローチを外して、ヴァセラン侯爵夫人に手渡す。先ほどまでは身につけていなかったので、目に留まる機会がなかった。公の儀が終わるまでは華美にしないのが慣習とのことで、宝飾類だけは外していたのだ。今日は今からお母様も広告塔だ。社交界のシラリリスの君と言われていた美貌を武器に大いに目立って欲しい。
「やはり、アクセサリーになると素敵ですわね。工房をご紹介いただけますか?」
「もちろんですわ。我が領で売り出しを始めた工房ですの。まだ、社交界には広まっていないのでリーリア様につけていただけたら嬉しいですわ」
母上が工房の紹介を承諾する。ヴァセラン侯爵夫人のリーリア様につけてもらえたら、騎士夫人たちに大きな宣伝になる。リーリア様も新しいものをいち早く発信すれば貴族婦人として評判が高まるだろう。
「母上、リーリア様は私の大事なクロードの母君です。一番素敵なデザインになるようにしてくださいね」
「もちろんよ。リーリア様、後ほどご希望のモチーフ等の相談を致しましょう」
「エドガー、美しい妻を美しく飾るのは男の矜持だ。麗しいリーリア夫人の夜明けの紺青の髪に白はきっとよく映える。イヤリングやネックレスもさぞお似合いだろう」
父上の言葉にリーリア夫人が少しだけ頬を染める。エドガー侯爵は苦笑いして頷いた。父上の本領発揮に感謝です。アングラード家全体でのヴァセラン侯爵家への売り込みは、アクセサリー一式まで拡大し成功を遂げそうだ。
「俺が鞘を願いたかったんだが……」
クロードが自分の希望が置いて行かれて、ぽそりと呟いた。
「大丈夫。クロードには私がいいデザインを今度見せに行くよ。そこから選んで、父上に相談してみたらいい」
2名様の売り上げ確定。ご予約オーダー有難うございます!
アクセサリーの滑り出しに内心ほくほくしているところに、舞台から一人の少年が私の前に進み出た。
「ノエル・アングラード様。私の剣技の相手をお願いできませんか?」
挑戦的なきつい眼差しで悪意を向けるのは、あの暴言の子だった。やっぱり礼ぐらいじゃあ威圧にはならなかったようだ。舞台を見ると、相手をするはずの侍従と思わしき人物が袖で足を引きずっている。何かトラブルがあって出ることができなくなったのだろう。
「ガエル! お前は何をやっているんだ!!」
観覧席より民事院で少年の頭を押さえていた父親らしき人物が進み出る。こちらに一礼してから息子を叱責する。その父親の耳元で少年が何かを囁いた。父親らしき人物は、動きを止めて私を一瞥する。値踏みするようなその視線に嫌な流れを感じた。
「申し訳ございません、アングラード侯爵。我が家の愚息が茶番を申し出ました。文官の名門アングラード侯爵ご令息の素晴らしい礼に感銘をうけ、今度は自分の腕をお見せしたいと意気込んでしまったようです」
「いいですわよね、レオナール。ノエル、行きなさい」
母上が満面の笑みで即答する。手を叩かんばかりの歓迎ぶりだ。あまりの早い返事と美しい母の笑顔に、策を弄そうとしていた暴言の子の父親も口を開けたまま固まっている。
アングラード侯爵家は剣をもっての武勇はない。披露目の席でも剣舞の披露が恒例である。細くて小柄な私をみて剣技の腕はさほどないと踏んだのだろう。万が一受けても、勝てる。断れば武のないアングラードを誇張し、貶めるつもりだったはずだ。
「母……」
「頑張ってね、ノエル」
有無を言わさぬ華やか笑顔。手は二本の指をたてている。これは、二刀流で頑張ってねという圧力だ。正直、まだ二刀流の扱いは、完全とは言えない。母上の笑顔と腰の二本を交互に見つめる。二本差しているの一本しかつかわないのも何だか相手を見下してるみたいにみえるかもしれない。諦めて私は母上に頷く。もちろん、指は二本たてて、二刀流で行きますという意思をみせる。ほんのり頬を上気させる少女のような母上がとても可愛い。横で父上が見惚れている。私の心配をしてください。
「では、お相手をさせていただきます。 勝負形式にしますか? それとも、流れを伺って受けに徹してさしあげたほうがよろしいですか?」
私の差し上げるの言葉に、暴言の少年の眉が上がる。さぁ、後には引かせません。ここでアングラードに悪意を向けたらどうなるか、はめて差し上げます。
「勝負にしましょう! 私はアングラード様と本気の手合わせをしてみたい」
少年が乗ってくる。私は楽しみましょうと笑顔で返して、舞台に向かおうとする。その腕をクロードがつかんだ。
「大丈夫か? かわるぞ」
文官で名をはせるアングラード、騎士として名をはせるヴァセラン。どちらが適任か。その答えは明白だ。クロードの目から私を気遣っているのが伝わる。
「クロード、貴方が私の友人になってくれるなら。私を信じていて下さい」
私は笑顔でそう答えて舞台に登った。突然の思わぬ展開に暇を持て余していた観覧席が盛り上がりを見せる。相手はどうやら武官畑の男爵家のようだ。剣は子供用の一回り小さな騎士剣。
盛り上がりの半分は、純粋にハプニングを楽しむ目、半分は侯爵家の失態を期待する目。
爵位の大きさは権力の大きさ、悪意は比例して大きくなる。跡継ぎが、悪意に膝をおればアングラードの全てに類が及ぶ。悪意は自分の力で跳ね返し、ねじ伏せていかなければならない。でなければ自分の居場所を自分でつくることはできないんだ。珍しく真剣なまなざしで父が呟いた言葉を思い出す。
「では、これよりガエル・ベカエール殿の披露目剣技を行う。不測の事態によりノエル・アングラード殿にお相手頂き、試合という形で執り行うこととする。両者前!」
お互いに間合いに入らない位置で止まる。初めての対人戦だ、怖くないと言えば嘘になる。子供の剣はお披露目用につかわれ国王との謁見にも持参できるよう、刃が切れないように処理されている。それでも、作りはほぼ通常の剣と一緒だから当たれば痛い。痛いどころか大怪我をすることだってあり得る。
相手がどのくらいの気持ちと技量で打ち込んでくるか。私は剣を両手に中段に構えて、最初は受けに徹する事にする。
「はじめ!」
ガエルが上段から一気に踏み込んでくる。はっきり言って、勢いだけで隙だらけだ。念のため利き手の右で受けて流す。勢いの割には軽い一撃、多分、体をのせていない。あっさりと私に流されて、自分の勢いでよろめく。
さらに怖い顔になって睨みつけてきた。受けて流しただけなのに、よろめくのは自分の鍛錬がたりないからだ。実戦を想定していない、ただ受け止めてもらえる演習しか積んでいないからこうなるのだ。
さらに、打ち込んでくるのを左、右で受け流す。途中からは全て左で受け流すようにした。このくらいの相手なら左でも完璧に扱えることを確信する。よし、このまま左の練習にしてしまおう。
ちらりと、母上をみると右手で拳を小さく振る。やっておしまいなさい、との指示だ。もう一度確認、左腕を叩いている。左手でやっておしまいなさい、だ。思わず、笑みが零れてしまう。
「くっそ! 何、笑ってるんだ! 逃げてばかりで卑怯だぞ! 二本もあれば守るのは簡単だもんな!」
私はむっとする。簡単なんて言わないでほしい。どれだけ苦労して覚えたか。母上は剣に関して妥協のない鬼教師だ。いいです! 鬼に鍛えられた技量の差を徹底的に見せてさしあげます!
次の踏み込みを左で受ける。流さずに、からめて引き倒す。簡単に剣がガエルの手から離れて宙をまった。そのまま体制を崩して私の横を崩れるガエルの首筋に右手の剣を叩き落とす。首の皮一枚。すれすれで刃を止める。起き上がろうとした首筋に剣の感触を感じたのかガエルの動きが眼前に停止した。
「勝者!ノエル・アングラード!!」
大きな歓声が上がる。汗をかいて床にひれ伏す敗者。涼しい顔で笑顔で刃を傾けた勝者の私。なすべきことはなした。少なくとも、今の剣技より上に行く自信がないものは、簡単に私と剣を交えようとはもう思わないだろう。
鞘に剣を納めて、笑顔でガエルに立礼をして右手を差し出す。悔しそうに唇を噛んで涙目でその手をとる。悔しいよね。悔しかったら、もっともっと強くなって。また挑みに来てほしい。本気の勝負は嫌いじゃない。
「初めての試合で、いい経験になったよ。私を指名してくれて、ありがとう。また、機会があればやろう」
私はそう言い残して、舞台の上で観客に向けて立礼をしてからその場を後にした。
「ノエル!」
クロードが右手を差し出す。私はその手をがっちりと握りしめる。
「ありがとう!勝てるの声が聞こえたよ」
「そうか。いい勝負だった。今度は俺ともやろう」
舞台の上で、勝てる、と叫ぶクロードの声を何度も聴いた。私を信じて応援してくれて本当に嬉しく思う。
「お前の友になれるか?」
「もちろんだよ。クロード!これから、よろしくね」
私たちの小さな友情の始まりに、それぞれの両親が楽しそうに顔を見合わせていた。
その後、私は母上から頬に祝福のキスを頂いた。とてもとても喜んでくれる。母上はずっと騎士になりたかったのを知っている。父上と出会うまで、騎士になれないことに未練を引きずっていたと言っていた。父に出会って愛されて自分が女性である事を幸せだと思えて、漸く諦めることができたそうだ。
なりたいものに手が届かない悔しさをよく知っているから、私の決意を後押ししてくれる。でも、お願いだから、エドガー侯爵に騎士として私を売り込むのはやめて欲しい。ただ今、舞い上がる母上の膝の上で抱きしめられて、エドガー侯爵に騎士として売られかかっています。ジル、クロード助けて下さい!
披露目の前半が終了する頃には日も暮れかかってきた。観覧席の後方の舞踏会会場にも人が溢れ始める。私たちは喉を潤す為に飲み物をとりに会場に入った。後半は伯爵家からの披露目で最後はクロード、私の順になる。今のうちに水分はかるく補給しておいた方がよい。
「なんだか緊張してくるね」
「そうだな。ノエル、俺とも実戦にしないか?」
「今日はもう遠慮させてもらうよ」
クロードは本気で誘ってきたようで肩を落とす。クロードが相手なら先ほどのようにはいかないだろう。子供の割に鍛えられた体躯と、しなやかな身のこなしからかなり強いと判断する。
「あの……。アングラード様」
呼びかけられて振り向けば、一人の令嬢が立っていた。民事院でみた少女だ。披露目で愛らしいダンスをしていたのも覚えている。綺麗なドレスに、愛らしく整えた髪。もし自分がキャロルであればこんな風にマリーゼに支度を整えてもらって、この場に立っていたのだろう。そう思うと少しだけ少女が羨ましい自分がいる。
気持ちを押して、少女に簡単な立礼をとる。真っ赤になって少女がスカートをつまんで礼を返す。
「先ほどは、とても素敵でした……。声を突然おかけして申し訳ありません」
それだけ言って少女が走り去る。飲み物をとって席に辿りつくまで、三人程同じことが続いた。なんだかとっても照れくさい。後半の披露目はさすがの一言だ。レベルが格段に上がった。殆どの子が一定のレベルに達した内容を見せてくる。中にはこちらが驚くような出来栄えのものもいた。
「すごいな。先ほどの女の子のダンスは完璧だったよ」
「俺はダンスは分からないが、きれいだな」
「うん。手先とか指先とかが本当に丁寧で、それなのにちっとも硬さがない」
「おぉ、見ろ。あの男の剣の速さなかなかだ」
「本当だ。早いな切り返しの反応がとくにいい」
今度は見る方に夢中だ。あれが良い、これが良い二人で一端の評論家気取りだ。辺境伯の令息が登場する。剣技、これが上手い。突出した感じはないがバランスよくすべての技が仕上がっている。この年齢でこれだけの動きができれば将来が楽しみだ。
私とクロードも準備の為に舞台袖に移動する。クロードの剣技の相手はどうやら、エドガー侯爵が務めるらしい。
舞台では辺境伯の令嬢が踊る。これは息をのむような出来栄えだ。華やかで計算された動き、こちらに送る目線や表情まできっちりと作りこまれている。思わず、大きな拍手を送る。袖に降りてきた令嬢が笑みをむける。
「ノエル様! 見て下さいましたか?」
「はい。大変美しくて思わず見惚れてしまいました」
「まぁ、嬉しい。後ほど舞踏会の席で、またお会いできることを楽しみにしておりますわ」
そう言って優雅に立ち去る。エドガー侯爵がなんだか、とても楽しそうに口笛をふいた。
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