ノスタルジックな男たち

三川かつみ

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第三章

三つ目の願い事

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 午後、今日も天気は澄み切った青空が広がっていた。残っていたコーヒー豆を挽きドリップした。これで最後だ。出来上がるのを待っている間に歌謡曲とは違う落ち着いたクラシック音楽を流した。昨日、聞いてみて耳障りが良かったのだ。
 室内にどんどんコーヒーの香りが広がり、気分が少し良くなった。マグカップを二つ用意し出来立てのコーヒーを注いだ。マグを二つ持ちながら屋外に出た。小屋から二メートル程左脇の地面が少し縦長に盛り上がっており人の頭ぐらいの大きさの置石があった。そこがまっちゃんの墓だった。
「これが最後のコーヒーだよ。味わって飲めよ。」そう言ってアラやんは盛り土の手前にコーヒーをお供えして手を合わせた。
そしてその傍に胡坐をかいて座ると自身のマグカップからコーヒーを一口すすった。


 まっちゃんの最後の願い事は安楽死だった。
アラやんはコーヒーの苦みと共に昨日の事を回想した。
「なぁ。アラやん。俺の三つ目の願いを果たしたら君はランプの中に戻らなきゃならないのかい?」
「ああ、居たくても魔法の呪いで二日以内にランプに吸い込まれていくんだ。」
「そうか、やはり。・・・」
まっちゃんの声が沈んだ。
「三つ目の願いごとを言わない場合は暫くは、ここにいられるのかい?」
「まぁね。でも前にも言った通り五日が過ぎたらランプに戻らなきゃならない。もうあれから三日たったからどっちみち後二日だ。」
「そうなんだよな。・・・」
そう言うとまっちゃんは暫く黙り込んでいた。それから静かな口調で言った。
「なぁ、アラやん。君に黙っていたことがあるんだ。」
「分かっている。薄々感づいてはいたよ。俺だって魔人の端くれ、いくらここが北海道の最北端と言ったって人間のいる波動とか気とか多少遠くても感じるものなんだ。それがまっちゃん以外、感じられないもの。人間どころか他の動物さえも。どうしてこうなった?」
「致死率九十九%以上のウィルスが全世界に蔓延したんだ。俺はこの通り最北端にひとりだったから感染しなかったけど後は全滅かそれに近いはず。幸い野菜を栽培したり自給自足の生活をしていたのでこうして生きている。」
「何年前の話だ。」
「五年前から始まってつい最近まで。」
「奥さんもそれが原因か。」
「ああ。ウィルスが蔓延したかなり初期だ。たまたま実家の東京に帰っていた頃に感染した。面会謝絶なうえに通夜、葬式まで許可されず、ご両親のところへは遺骨で帰って来たらしい。」
「そうか。死に目にも会えなかったとは辛いな。」
「パンデミックだったのでね。」
「全滅は間違いないのか?」
「ネットやラジオ放送が消滅した時点でそれ以上はわからない。どこかで生きていたとしても俺みたいに人と交わらない生活をしているだろうから会える機会はないだろう。」
「なるほど。何も欲しいものが無かったわけだ。」
「過去に戻れない以上、若返っても却って地獄だよ。今は気候がいいが極寒の時期をひとりで耐えるのは本当に辛い。もう沢山だ。」
力なく笑った。
「だったら初めからそう言えばいいのに。」
「そう言うけど、アラやん。君にとっても残酷な話でなかなか言えなかったんだ。」
「?」
「最後の人間が死んだらもう二度とランプを擦れる人がいない。」
「ああ、そうか。つまり永久にランプに閉じ込められたまま。ランプの中に、ずーっと一人か。」
「君は死ねないからな。気の毒に思うよ。」
「寝ちまえば永遠に意識はないけどな。」
「なんだ、そうか。なら少しは良かった。」
まっちゃんはホッとして微笑んだ。
「フフ。まっちゃんは優しいな。そんな事を心配してくれていたんだ。」
「そうかい?」
「大体、魔法で出した美女のその後の生活まで考える男、今迄いなかったよ。」
そう言ってアラやんが笑い、つられてまっちゃんも笑った。
「なぁ。まっちゃん。アンタが最後の願いを言う前にもう一度キャッチボールをしないか?」
「ハハ。ランプの精から逆に願い事をされるとはね。」
「いいじゃないか。やろう。」
「よっしゃ!」
そう言って二人は表に飛び出していった。


 まっちゃんの墓の側でコーヒーを飲んだ後、アラやんはひとりで小屋の外壁にボールを投げて跳ね返ったゴロを捕球し、また壁に向かって投げていた。時折、真上にボールを放りキャッチする。
もう、そろそろ二日たつ。ランプに消えていくのだ。
“一人じゃキャッチボールはできないんだ。”
というまっちゃんの言葉を思い出していた。まっちゃんの最後の願い事を叶えてからいうもの、アラやんは自分が今迄の思い出に浸りノスタルジックな気分になっている事を実感していた。
                                                (了)
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