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ジョウジ、異様なものと戦う

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 アララト山に、大粒の雨が降り注いでいる。
 ジョウジは大きな洞窟の奥に隠れ、様子を窺っていた。彼の視線の先には、入口付近で焚き火をしながら雨宿りをしている三人の男たちと、ひとりの縛られた少女がいる。隠れている位置からは判別しにくいが、焚き火に照らし出された姿から判断するに。みな日本人ではなさそうだ。汚れた皮の服を着て、腰に巻かれたベルトには、短めの剣がぶら下がっている。男たちの見た目からして、異様なものを感じる。ハロウィンのコスプレ大会でも、こんな連中は見かけない。
 だが、何よりも異様なのは……外国人とおぼしき男たちの話している言葉が、全て理解できることだった。

「参ったなあ、雨に降られちまってよう」

「まったくだ。バーレンまでは、あと何日くらいかかるんだ?」

「三日くらいかな」

 明らかに、日本人でないはずの男たちだが、その口から発せられているのは日本語だ。少なくとも、ジョウジの耳にはそう聞こえる。万一の事態に備え、落ちていた小石を拾った。
 直後、右手に穴が空く。小石は、穴の中に吸い込まれた。



 あの棺桶のあった洞窟を出た後、ジョウジは山の中をさ迷い歩き別の洞窟を発見した。かなり大きく長い。ジョウジはその洞窟に潜伏していたのだ。
 ところが、突然の雨である。しばらくして、やって来たのは奇妙な風体の男たちと、縛られた小さな女の子だったのだ。



 困惑しながらも、男たちの動向を見張るジョウジ。男たちは、隠れている彼に気付かず話を続けていた。

「なあ、こいつ本当に売れるのか?」

 ひとりの男が、縛られた少女を指差して尋ねる。すると、別の男が頷いた。

「ああ。ケットシーの娘はな、金持ちに高く売れるって話だ。最低でも金貨三十枚にはなるぜ。こいつなら、変態ジジイに百枚で売れるかもな。バーレンで開催される、闇の奴隷市……」

 男は、そこで言葉を止めた。険しい表情で、腰の剣に手を伸ばす。

「おい、いま何か聞こえなかったか?」

「え? 雨の音じゃねえのか?」

 他の二人は、顔を見合わせた。だがリーダー格らしき男は、外の方を睨みながら立ち上がる。

「いや、何か聞こえたぞ。妙な音がよ」

 そう言いながら、リーダー格の男は剣を抜く。そして、入り口に近づいて行った。
 次の瞬間、その男の体は宙を舞った。後方に軽々と吹っ飛ばされ、他の二人の前で地面に叩きつけられる。
 洞窟には、新たな侵入者の姿。二本足で歩く怪物だ。体つきは人間のようだが、黒く長い体毛が全身を覆っている。体は大きく、手足は長く逞しい。
 さらに、その顔は狼そのものだった。

「ライカン……」

 男のひとりが呟いた直後、人狼の一撃が炸裂する。次いで、もう一撃。二人の男は、一瞬で絶命した。
 さらに人狼は、縛られている少女に視線を向ける。そちらに近づこうとした。だが、足を止める。
 不意に顔を上げ、ジョウジの潜んでいる場所を見た。

 ジョウジは、生まれて初めて恐怖を感じた。伝説上の生き物であるはずの人狼が現れ、目の前で一瞬のうちに三人を殺したのだ。こんなものに対処する訓練は受けていない。ジョウジの体は震えだす。
 だが、その時……頭に浮かんだものがある。恩人であるユウキ博士の、最期の言葉だった。

(ジョウジ、君は生き延びるんだ!)

 自らの命と引き換えに、ジョウジを逃がしてくれたユウキ博士。彼のためにも、こんな所で死ぬわけにはいかない。
 次の瞬間、不敵な笑みを浮かべて立ち上がる。怖い時、辛い時こそ笑え……ユウキ博士の教えだ。
 ニヤリと笑い、右の手のひらを前に突き出す。
 それを見て、人狼は唸り声を上げた。飛びかかろうと低い姿勢で構える。
 その瞬間、ジョウジの右手に穴が空く。穴から、先ほど拾った石が発射された──
 石の弾丸は凄まじいスピードで飛び、人狼の体にめりこむ。
 痛みと驚きのあまり、人狼は吠える。だが、それだけでは終わらない。続けざまに、右手より銃弾のように放たれる石。それらは全て人狼に命中し、体を貫いていく。
 だが、ジョウジは恐ろしい事実に気づいた。
 石の弾丸は、人狼に命中してはいる。が、人狼にはダメージがない。石が体を貫いた直後、一瞬にして傷が癒えているのだ。
 今もジョウジの目の前で、人狼の体の穴が塞がっていく。血が止まり、肉が穴を埋め、皮膚が覆っていく。

「この化け物が……」

 ジョウジは低い声で毒づき、地面に落ちていた剣を素早く拾い上げる。その剣を左手に持ち、前に突き出して構えた。
 唸り、低く構える人狼。ジョウジは、左手の剣を大げさに振った。近寄ったら斬るぞ、とでも言わんばかりの動作だ。
 だが、ジョウジの狙いは別にあった。左手の小剣に注意を向けさせ、右手で人狼の頭を握り潰すつもりだ……ジョウジの右手の握力は、最大で五百キロを超える。いくら人狼といえど、頭を握り潰されれば死ぬはずだ。

「来いよ……おら……」

 低い声で毒づきながら、ジョウジは半身の構えで小剣を振る。人狼は、唸りながら彼を睨みつける。
 だが、不意に動きを止めた。

「何者か知らんが、用がないなら、この山からさっさと立ち去れ。次に会ったら、必ず殺す。忘れるな」

 人狼の口から出たのは、意外にも流暢な言語だった。直後、身を翻して立ち去る。
 ジョウジは安堵し、思わずその場に片膝を付いていた。何故かは知らないが、あの人狼は戦意を失ったらしい。
 その時、自分の他にもうひとりの生き残りがいたことを思い出した。ジョウジは立ち上がり、縛られている少女に近づく。
 だが、少女を近くで見た瞬間に思わず苦笑していた。皮の服を着た少女の頭には、獣のような耳が付いているのだ。そして、皮のズボンからは長い尻尾らしきものが出ている。人狼の次は、猫耳の少女……あまりにもふざけた話だ。
 その不思議な少女は、怯えきった表情で彼を見ている。
 ジョウジは手を伸ばし、口に咬まされていた猿ぐつわをほどく。さらに、少女の手足を結んでいる縄もほどいた。
 出来るだけ優しい表情を作り尋ねる。

「乱暴はしない。ただ、お前に聞きたいことがある。ここは何処だ? お前は何者だ? 知っていることを全て話せ」




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