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ジョウジ、あれと再会する
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家の中には、妙に重苦しい空気が漂っている。
ジョウジは居心地の悪さを感じながら、傍らにいるココナの方を見た。彼女は猫のような耳を隠すために、頭にバンダナのような布を巻いている姿だ。
彼の視線を感じたのだろう、ココナは不安そうな様子でこちらを向いた。
ジョウジは、ニッコリ微笑んで見せた。そう、自分は不安そうな表情を見せてはいけない。彼女を安心させなくてはならないのだ。
「ココナ、干しブドウ食べるか?」
ジョウジが尋ねると、ココナはおずおずと口を開いた。
「で、でも……ジョウジさんは食べてないのですニャ。ココナばっかり食べてますニャ」
「気にするな」
ジョウジとココナは今、セールイ村の外れにある大きな家の中にいた。無愛想な村人に泊めてくれるよう頼んだところ、しばらく待たされたものの「一週間くらいなら泊めてやってもいいが、出来るだけ早く出ていっていくれ。これから村は忙しくなる。よそ者にうろうろされると困る」との答えが返ってきた。
その後、この家に通される。中は殺風景で、余計な物は置かれていない。まるで刑務所の雑居房のようだ。
そして、ふたりの先客がいた──
ひとりは、頬に刀傷のある男だ。年齢は二十代半ばから三十代前半といったところか。身長はジョウジよりやや高く、筋肉の盛り上がった見事な体つきをしていた。ライトヘビー級のボクサーのようである。恐らく、剣や槍などの武器を振るうことで造り上げた筋肉なのだろう。白兵戦に関しては、ジョウジに優るとも劣らないのではないかと思われる。
その隣にいるのは女だ。顔はよく見えないが、黒い髪と黄色がかった肌の色をしているように見える。ひょっとしたら、自分と同じ東洋人のような外見をしているのだろうか。もっとも、この世界に東洋人という概念があるかどうかは知らないが。
ふたりは、とても無愛想だった。ジョウジたちに軽く挨拶したきり、一言も喋ろうとはしない。
ジョウジはココナと一緒に、先客から二メートルほど離れた位置で、荷物を置いて座っていた。ココナは先客を警戒し、ジョウジにピッタリとくっついている。
一方、先客の方もジョウジたちを警戒しているらしい。時おり、こちらを見ながら、ひそひそと話している。はっきり言って、あまり感じは良くない。ジョウジたちと仲良くしよう、などという気持ちは欠片もないらしい。
しかし、その無愛想な態度はありがたいことかもしれない。こちらとしては、あれやこれや話しかけられても困るのだ。ココナは人間ではないし、ジョウジにいたっては異世界から来た人間である。このまま、いっさい関わりを持たずにいた方がいい。
やがて、村人たちが食事を運んで来た。山で採れる山菜や魚といった粗末なものだ。もっとも、こちらもタダ飯を食わせてもらっている以上、文句は言えないのだが。
食べる時も、先客は全く口を開かなかった。四人全員が、押し黙ったまま食事を終える。何とも嫌な感じであった。ココナとふたりきりの食事の方がずっと騒がしかったのだが、そのココナも、暗い顔をしている。
この村は長居すべきではない。明日の朝にでも、さっさと出て行くとしよう。
ところが、その夜に思いもかけぬ出来事に遭遇する──
「ジョウジさん……おしっこ……行きたいですニャ」
夜、ココナが申し訳なさそうに声をかけてきた。トイレらしきものは外にある。ひとりで行くのが怖いのだろう。ジョウジは頷き、立ち上がる。
ふと、先客のふたりを見てみた。どうやら、男の方は眠っていないようだ。こちらを警戒しているのか、眠った振りをしながらも、こちらの様子を窺っている。
ジョウジは苦笑した。この先客が、どこの何者かは知らない。しかし自分たちの存在が、ふたりに無用の緊張感を与えているらしい。
ならば、さっさと立ち去った方がお互いのためだろう。朝にでも、村を離れるとしよう……などと思いながら、ココナの手を引いて外に出て行った。
ジョウジたちの泊まっている家のすぐ横には、トイレとして使用するための小屋がある。薬草のような物を燻しているらしく、その煙が匂い消しとしての役割を果たしている。
ココナは、恐る恐る小屋に入って行く。ジョウジは外で立ち止まり、改めて村を見回してみた。他にも幾つか、しっかりした造りの木の家が建てられている。村の中心と思われる場所には井戸があり、さらに等間隔で火の点いた松明がセットされていた。
村の中を見回しているうちに、奇妙な違和感を覚えた。この村は、どこかおかしいような気がする。具体的にここが変だ、と言うことは出来ない。ジョウジは、この世界の人間の生活を知らないのだから……しかし、何か妙だ。
まあいい。明日には立ち去るのだ、などと考えながら視線を移した時だった。
その瞬間、ジョウジは驚きのあまり表情が硬直する。一瞬ではあるが、思考が停止したまま立ち尽くしていた。
いつの間に現れたのか、十メートルほど先に、ひとりの女が立っている。白い奇妙な着物を着て、哀しげな茶色の瞳でジョウジを真っ直ぐ見つめている。
その顔には、見覚えがあった。
「お、お前は……あの時の……」
ジョウジは、かろうじて声を絞り出す。目の前にいるのは、彼が初めてこの世界に来た時に出会った女だ。
不思議な液体の入った棺桶に横たわり、ジョウジを見つめていた女──
「俺のことを覚えているか?」
声を震わせ尋ねる。しかし、女は何も答えない。黙ったまま、悲しそうな瞳でジョウジを見つめている。
ジョウジは一歩、前に踏み出した。
「俺のことを、覚えていないのか?」
ジョウジのさらなる問いに、女は顔をゆがめた。次の瞬間、さっと身を翻す。
一瞬で、闇の中に消えてしまった。──
「おい! 待て!」
ジョウジは叫び、後を追おうとする。その時、ココナが出て来た。
「ジョウジさん? どうしましたニャ?」
「あ、いや……何でもない……」
ジョウジはどうにか平静を取り戻し、ココナの手を引いて家に戻る。しかし、彼の心は今見たものに支配されていた。
何だ……あれは……。
ジョウジは居心地の悪さを感じながら、傍らにいるココナの方を見た。彼女は猫のような耳を隠すために、頭にバンダナのような布を巻いている姿だ。
彼の視線を感じたのだろう、ココナは不安そうな様子でこちらを向いた。
ジョウジは、ニッコリ微笑んで見せた。そう、自分は不安そうな表情を見せてはいけない。彼女を安心させなくてはならないのだ。
「ココナ、干しブドウ食べるか?」
ジョウジが尋ねると、ココナはおずおずと口を開いた。
「で、でも……ジョウジさんは食べてないのですニャ。ココナばっかり食べてますニャ」
「気にするな」
ジョウジとココナは今、セールイ村の外れにある大きな家の中にいた。無愛想な村人に泊めてくれるよう頼んだところ、しばらく待たされたものの「一週間くらいなら泊めてやってもいいが、出来るだけ早く出ていっていくれ。これから村は忙しくなる。よそ者にうろうろされると困る」との答えが返ってきた。
その後、この家に通される。中は殺風景で、余計な物は置かれていない。まるで刑務所の雑居房のようだ。
そして、ふたりの先客がいた──
ひとりは、頬に刀傷のある男だ。年齢は二十代半ばから三十代前半といったところか。身長はジョウジよりやや高く、筋肉の盛り上がった見事な体つきをしていた。ライトヘビー級のボクサーのようである。恐らく、剣や槍などの武器を振るうことで造り上げた筋肉なのだろう。白兵戦に関しては、ジョウジに優るとも劣らないのではないかと思われる。
その隣にいるのは女だ。顔はよく見えないが、黒い髪と黄色がかった肌の色をしているように見える。ひょっとしたら、自分と同じ東洋人のような外見をしているのだろうか。もっとも、この世界に東洋人という概念があるかどうかは知らないが。
ふたりは、とても無愛想だった。ジョウジたちに軽く挨拶したきり、一言も喋ろうとはしない。
ジョウジはココナと一緒に、先客から二メートルほど離れた位置で、荷物を置いて座っていた。ココナは先客を警戒し、ジョウジにピッタリとくっついている。
一方、先客の方もジョウジたちを警戒しているらしい。時おり、こちらを見ながら、ひそひそと話している。はっきり言って、あまり感じは良くない。ジョウジたちと仲良くしよう、などという気持ちは欠片もないらしい。
しかし、その無愛想な態度はありがたいことかもしれない。こちらとしては、あれやこれや話しかけられても困るのだ。ココナは人間ではないし、ジョウジにいたっては異世界から来た人間である。このまま、いっさい関わりを持たずにいた方がいい。
やがて、村人たちが食事を運んで来た。山で採れる山菜や魚といった粗末なものだ。もっとも、こちらもタダ飯を食わせてもらっている以上、文句は言えないのだが。
食べる時も、先客は全く口を開かなかった。四人全員が、押し黙ったまま食事を終える。何とも嫌な感じであった。ココナとふたりきりの食事の方がずっと騒がしかったのだが、そのココナも、暗い顔をしている。
この村は長居すべきではない。明日の朝にでも、さっさと出て行くとしよう。
ところが、その夜に思いもかけぬ出来事に遭遇する──
「ジョウジさん……おしっこ……行きたいですニャ」
夜、ココナが申し訳なさそうに声をかけてきた。トイレらしきものは外にある。ひとりで行くのが怖いのだろう。ジョウジは頷き、立ち上がる。
ふと、先客のふたりを見てみた。どうやら、男の方は眠っていないようだ。こちらを警戒しているのか、眠った振りをしながらも、こちらの様子を窺っている。
ジョウジは苦笑した。この先客が、どこの何者かは知らない。しかし自分たちの存在が、ふたりに無用の緊張感を与えているらしい。
ならば、さっさと立ち去った方がお互いのためだろう。朝にでも、村を離れるとしよう……などと思いながら、ココナの手を引いて外に出て行った。
ジョウジたちの泊まっている家のすぐ横には、トイレとして使用するための小屋がある。薬草のような物を燻しているらしく、その煙が匂い消しとしての役割を果たしている。
ココナは、恐る恐る小屋に入って行く。ジョウジは外で立ち止まり、改めて村を見回してみた。他にも幾つか、しっかりした造りの木の家が建てられている。村の中心と思われる場所には井戸があり、さらに等間隔で火の点いた松明がセットされていた。
村の中を見回しているうちに、奇妙な違和感を覚えた。この村は、どこかおかしいような気がする。具体的にここが変だ、と言うことは出来ない。ジョウジは、この世界の人間の生活を知らないのだから……しかし、何か妙だ。
まあいい。明日には立ち去るのだ、などと考えながら視線を移した時だった。
その瞬間、ジョウジは驚きのあまり表情が硬直する。一瞬ではあるが、思考が停止したまま立ち尽くしていた。
いつの間に現れたのか、十メートルほど先に、ひとりの女が立っている。白い奇妙な着物を着て、哀しげな茶色の瞳でジョウジを真っ直ぐ見つめている。
その顔には、見覚えがあった。
「お、お前は……あの時の……」
ジョウジは、かろうじて声を絞り出す。目の前にいるのは、彼が初めてこの世界に来た時に出会った女だ。
不思議な液体の入った棺桶に横たわり、ジョウジを見つめていた女──
「俺のことを覚えているか?」
声を震わせ尋ねる。しかし、女は何も答えない。黙ったまま、悲しそうな瞳でジョウジを見つめている。
ジョウジは一歩、前に踏み出した。
「俺のことを、覚えていないのか?」
ジョウジのさらなる問いに、女は顔をゆがめた。次の瞬間、さっと身を翻す。
一瞬で、闇の中に消えてしまった。──
「おい! 待て!」
ジョウジは叫び、後を追おうとする。その時、ココナが出て来た。
「ジョウジさん? どうしましたニャ?」
「あ、いや……何でもない……」
ジョウジはどうにか平静を取り戻し、ココナの手を引いて家に戻る。しかし、彼の心は今見たものに支配されていた。
何だ……あれは……。
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