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チャック、友達が出来る
しおりを挟む「そしたらな、手のひらに穴が空いて、そこから石が飛んできたんだよ! それも、稲妻みたいな速さでさ! 本当にぶったまげたぜ!」
「ほ、本当ですか?」
目を丸くするセドリックに、チャックは訳知り顔で頷いた。
「ああ、本当さ。俺も、そんなの見るの初めてだから驚いたぜ。でも、もっと凄い魔法使いもいるらしい。空を飛んだり、手から火の玉を出したりする奴もいるって聞いたよ」
大袈裟な身振り手振りを交え、チャックは説明する。
「そうですか……それにしても、チャックさんは物知りですね」
セドリックの声からは、尊敬の念が感じられた。彼の顔には老人のようなシワがあったが、瞳には少年に特有の輝きがあった。チャックは、ニコニコしながら話を続ける。
「いやいや、俺なんか大したことないよ。で話を戻すと、そこに猫耳を付けた女の子が~」
チャックは今、ロクスリー伯爵の城に入り込み、伯爵の息子であるセドリックと話をしていた。
この両者は、昨日初めて出会った。不法侵入者と、その家の住人という関係なのだが……チャックは持ち前の人懐こさを発揮し、すぐに意気投合した。そして、セドリックの身の上を聞いてみた。
すると、悲しい事実が判明する。この少年は生まれつきの病により、体が弱くて外に出られないのだという。転んだだけで骨折したり、出血がなかなか止まらなかったりと、ちょっとした怪我が命取りなのだ。
そのため、部屋の中で本を読む毎日なのだという。
そんな話をセドリックから聞いたチャックは、ひどく同情した。
「そうか。じゃあ、俺が君の友だちになるよ。外の面白い話を聞かせてやるから」
その言葉通り、チャックは今日もやって来た。昼間、門番に見つからないよう城に侵入し、セドリックの部屋を訪問する。誰かが来たら、すぐに洋服ダンスの中に隠れるか、窓から脱出するつもりだ。
セドリックの方も、チャックのことを気に入ってくれたらしい。知り合ったのは昨日だが、すっかり打ち解けている。チャックは動物とすぐに仲良くなれるという特技があるが、その特技は子供が相手でも発揮できるらしい。
楽しそうにセドリックと話していたチャックだったが、ふと妙な気配を感じた。鼻と耳が、違和感を伝えてくる。
窓から外を覗くと、妙な男たちが城に入って来ているのが見えた。革の鎧を着たゴロツキ、黒いローブを着た魔術師風、そして鎖かたびらを着た剣士。
間違いない。バーレンの『黒猫亭』で暴れていたガラの悪い冒険者たちだ。
チャックの表情は凍りついた。奴らは確か、ライカンを狩りに行くと言っていたはず。それが、何故この城に?
「どうかしましたか?」
セドリックの心配そうな声を聞き、我に返る。と同時に、彼らから聞いた話を思い出した。ライカンを狩る許可をもらうために、ロクスリー伯爵と話をつける……などと言っていたのだ。となると、この城に来たとしても不思議ではないではないか。
実のところ、そのライカンらしき者は、この城に潜んでいるのだ。セドリックとの会話にかまけて、すっかり忘れていた。
まずは、セドリックに訊いてみよう。
「ところでセドリック、この城にはライカンがいるのか? 狼みたいな怪物の……」
チャックが尋ねると、セドリックは首を振った。
「いいえ。何でそんなことを訊くんです?」
「いや、この城の門の所にライカンの首が串刺しになってたからさ。もしかして、この城の中にもいるんじゃないかと思ってんだよ」
チャックの言葉を聞き、セドリックは訝しげな表情を見せた。
「城の中にはいないと思いますよ。門の所にあった首は……一月ほど前、父上が山の中にいたライカンを退治したと言っていました。そのライカンの首じゃないでしょうか」
「そうか。わかった」
そう答えると、チャックは再び窓の外に視線を移した。あの冒険者たちは、城の中に入って行ったらしく姿が見えない。あんな連中をどうする気なのだろうか。
そういえば、肝心のロクスリー伯爵は今、どこで何をしている?
「そういや、伯爵は何をしてんだい?」
チャックが何気なく口にした疑問……だが、それを聞いたとたんに、セドリックの表情が暗くなった。
「父上とは……ここ一週間ほど会っていません。前は、一日一回はこの部屋に来てくれたのに……」
そう言うと、セドリックは寂しそうにうつむいた。
「え……い、いや、伯爵様ともなると忙しいんだよ! 元気出せよ! な!」
何の根拠も説得力もない言葉だ……それは、言っているチャック本人が充分に分かっている。にもかかわらず、何か言わずにはいられなかった。
目の前にいる少年は、長く生きることは出来ない。恐らく、あと半年ももたないだろう。
チャックの鼻は、そうした情報を嗅ぎ取っていた。セドリック本人も、その事実には気づいているはず。彼の体は、不治の病に蝕まれているのだ。常人の数倍の早さで、体が年老いていく病。
無論チャックには、その病に対処する術はない。だが、ここでセドリックと出会い、彼の過酷な運命を知ってしまった。ならば、セドリックの残された時間を、できる限り楽しいものにしてあげること、それが自分に出来ることなのではないか。チャックは、そう考えたのだ。
不治の病により、若くしてこの世を去らなくてはならないのがセドリックの運命であるのなら、そんな少年に付き合い、残りの時間を愉快なものにしてあげること……それが彼にしてあげられる唯一のことだ。
偶然とはいえ、セドリックの運命を知ってしまった以上、見てみぬふりは出来ない。これは、自分に課せられた義務なのだ。
「明日、また来るよ。外の話を聞かせてやるからな」
そう言って、チャックはにっこり微笑んだ。
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