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グレイ、気持ちを引き締める

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 グレイは、朝からずっと考えこんでいた。昨日見たものについて、頭の中で出来るだけ詳しく再現してみる。



 彼は約半日かけて、ロクスリー伯爵の居城を調べた。外から見た印象では、城の造りは古いが頑丈そうだ。石垣はでこぼこがあり登りやすく、中に侵入するのは難しくなさそうに見えた。
 問題なのは、その後である。仮に上手く侵入したとして、広い城内のどこかにいるであろうロクスリー伯爵をどうやって見つけ出し、仕留めればいいのか?
 さらに、仕留めた後はどうやって脱出するか?
 こうなると、まずは城内の様子をも探らなくてはなるまい。城の見取り図でも手に入れられれば簡単なのだが、そう簡単にはいかない。



 室内には、重苦しい空気が漂っている。全員が押し黙り、思い思いの方向を向いていた。誰ひとり口を開こうとせず、沈黙が場を支配していた。ここまでは、昨日までと同じだ。
 しかし今日は、その沈黙を破る者がいた。

「ねえ、あんた。ひとつ教えてあげるよ。ホムンクルスってのは、魔法で創られた人間さ。あたしも本物を見たのは、昨日が初めてだけどね」

 不意に、ムーランの声が室内に響き渡った。
 グレイはハッと顔を上げる。しかしムーランは、彼にその言葉を発したのではなかった。
 ムーランの目は、部屋の隅で驚愕の表情を浮かべているジョウジと、目を丸くしているココナに向けられている。

「あんたらの話を、盗み聞きするつもりはなかったんだよ。ただ、あんたがいなくなったことに気づいたココナちゃんが、凄く不安そうな顔して外に出て行ったんだよ。だから、あたしも後をつけさせてもらった。そしたら、あのホムンクルスが現れたってわけ。驚いたね、あんなものが本当にいたなんて」

 そう言って、肩をすくめて見せるムーラン。ジョウジとココナはというと、黙ったままだ。ふたりとも、どう対応していいのかわからないらしい。

「あんた、ジョウジさんとか言ったね。ココナちゃんはあんたを頼りにしてるんだよ。だから、自分の行動にはもうちょっと気を使いな。父親代わりなら、なおさらだよ」

 ムーランはジョウジの目を見つめ、静かな口調で言った。
 すると、ジョウジは素直に頷く。

「あ、ああ。わかった。ココナを気にかけてくれてありがとう」

 そう言った後、彼はココナの方を向いた。

「ココナ、心配かけてすまなかったな」



 グレイは黙ったまま、そのやり取りを見ていた。
 昨夜、グレイとムーランは、あのふたりとホムンクルスとの会話を盗み聞きしてしまったのだ。ジョウジが外に出て行った後、ココナが不安そうに辺りを見回していた。少し迷うような素振りを見せた後、意を決した表情でジョウジの後を追って出て行ったのだ。
 すると、それに合わせるかのようにムーランが動き始めた。むっくり起き上がったかと思うと、無言でココナの後を追っていく。
 グレイは迷った。正直言うと、あんなケットシーのことなど放っておきたかったのだ。しかし、ムーランが動いた以上は仕方ない。彼もまた、後を追って出て行った。
 そして、ふたりは見てしまった。ジョウジとホムンクルスの邂逅を。



 グレイが昨日のことを思い出していると、今度はココナが口を開いた。

「ホムンクルスって、あほうで創られた人なんですニャ?」

 少女の目は、ムーランに向けられている。

「あほう? 違うよココナちゃん。ホムンクルスはね、魔法で創られた人間なんだよ」

 ムーランは優しい表情で答えると、荷物の中から笛や衣装、小道具などを取り出す。芸の時に使う物だ。
 それらの手入れを始めると、ココナはその様子をじっと眺めている。興味津々といった表情だ。
 そんなココナの反応に気づき、ムーランは笑みを浮かべた。笛を手に取り、吹き始める。
 家の中を、綺麗な笛の音が流れていく。芸をやる時とは違う、静かで優しい曲だ。グレイも、この曲を聴くのは初めてだった。
 そんな笛の音を聴いたココナは、瞳を輝かせた。見事な音色に聴き入っている。一方、ジョウジは何ともいえない表情で下を向いていた。あのホムンクルスのことでも考えているのだろうか。
 グレイはというと、何やら面倒な状況になってきているのを感じていた。ムーランはココナに対し、妙な気持ちを抱いているようだ。ココナは、ムーランに対する警戒心を解いてしまっている。そしてジョウジは、この奇妙な村のホムンクルスと……。
 いや、関係ないことだ。自分は、伯爵を仕留めるだけ。他のことなど知らない。

「ちょっと外に出てくる。戻るのは夕方だ」

 ぶっきらぼうな口調で言うと、グレイは外に出て行った。



「ちょっと待ってくれ」

 村を出ようとしたグレイに、背後から声をかけてきた者がいた。あのジョウジという男だ。グレイは振り返った。

「何だ? 俺は忙しい。用件なら、手短に頼む」

 言いながら、グレイは目の前の若者を睨み付ける。ムーランの思いがどうであれ、自分はこんな男と仲良くする気はない。もし仕事の邪魔になるのなら、ふたりとも死んでもらうだけだ。

「あんたらが何の用事でこの村にいるのか、俺は知らないし、知る必要もない。俺が知りたいのは、ホムンクルスのことだ。あんたらは魔法に詳しいんだろ? だったら教えてくれ。俺に出来る限りの礼はするから……」

 そう言って、ジョウジは深々と頭を下げる。だが、グレイの表情は冷たかった。

「魔法のことなど、俺は知らん。そういったことはムーランに聞け。それと……出来るだけ早く、この村を出るんだ。連れて行きたければ、あのホムンクルスも連れてな」

「そ、それは──」

「お前が何者かなど、俺は知らん。興味もない。しかし、あのココナというケットシーはお前のことを慕っている。ココナのことを考えるのならば、さっさと出て行くんだ。この村に長居すれば、確実に厄介なことになるからな」

 淡々とした口調で語るグレイ。この奇妙な男と、深くかかわる気はない。追われる身であるグレイとムーランには、他人を助ける余裕などないのだ。
 ジョウジは何も言わず、じっと黙りこんでいる。グレイは向きを変え、歩き出した。今日は、城の外の様子をもう少し詳しく調べてみるつもりだ。
 自分には、やらねばならないことがある。奇妙なふたり連れにかかわっている場合ではない。





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