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ジョウジ、せつなさを感じる

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 夜になり、ジョウジは体を起こした。
 ココナは自分の傍らで寝息をたてている。昼間はムーランと楽しそうに話し、笛の音を聴き、芸を見せてもらっていた。ココナとムーランは、すっかり打ち解けたようだ。
 もっとも、グレイの方は未だ無愛想である。昼間のやり取りからして、自分たちと交流する気がないのは明白だった。
 ムーランはともかくとして、グレイからは血の匂いを感じる。かつてネオ・トーキョーに居た時に所属していた組織のエージェントたちと同類だ。人殺しを何とも思わず、任務を遂行する。仮に任務の邪魔になると判断されれば、自分やココナも排除されるだろう。
 グレイとムーランが、この村にやって来たのは血なまぐさい用件のためだ。自分とココナは、これ以上はかかわらない方がいいだろう。さらに言うなら、セールイ村にも長居は無用だ。この村は何かおかしい。今まで、村人の姿を見た記憶がないのだ。
 これ以上、この村に居ても仕方ない。しかし、村を離れがたい事情もある。

(いつも、あなたの顔が目に浮かんでいた。私が目覚めた時、最初に見たものがあなた。私が初めて見た光だ) 

 ホムンクルスの言葉が甦る。今夜もまた、自分に会いに来るのだろうか。
 ジョウジは体を起こし、窓から空を見上げた。その時、傍らで眠っていたココナが目を覚ました。

「ニャニャ……ジョウジさん、またホムンクルスさんに会いに行きますのかニャ?」

 目をこすりながら、尋ねる。ジョウジは微笑んだ。

「いや、どうしようかと思ってな」

「ニャニャ? たぶん、今日も来てますニャ。会いに行きましょうニャ」

 そう言って、ココナは起き上がった。外に向かい、とことこ歩いて行く。ジョウジは苦笑し、後を追った。



 ふたりで外に出て、家の前に座りこむ。今夜も星が綺麗だ。ネオ・トーキョーと違って、星がよく見える。
 ジョウジはふと、自分は一生この世界で生きなくてはならないのだろうかと思った。この、何もかもが不便過ぎる世界で。
 その時、不意にココナが立ち上がった。

「ジョウジさん! 蛇ですニャ! そこに蛇がいますニャ!」

 怯えたような声だ。ジョウジは立ち上がり、ココナの指差す方を見る。確かに蛇がいた。体の小さな緑色のものだ。どんな種類なのかはわからない。そもそも、この世界における蛇とはどんなものなのか、ジョウジは知らない。この世界でも、猛毒を持っているのだろうか。
 だが、わかっていることがひとつある。ココナは蛇を見て、ひどく怯えている。ジョウジは素早い動きで蛇の頭を掴み、遠くに放り投げる。蛇は、突然の出来事に驚いたらしい。素早い動きで、夜の闇に消えていった。
 完全に姿を消したのを確かめると、ココナの方を向いた。

「もう大丈夫だよ。お前は蛇が嫌いなんだな」

「嫌いですニャ。にょろにょろしてるし、噛みつくし……噛まれると、凄く痛いですニャ」

 いかにも嫌そうに、顔をしかめている。ジョウジは苦笑した。ココナにも、少しは女の子らしいところがあるようだ。

「また蛇が出たら、俺に言え。いつでも追い払ってやる」

 ジョウジが言うと、ココナは顔をしかめたまま頷いた。
 その時、ココナの表情が一変した。先ほどの怯えた様子が嘘のように、パッと明るくなる。

「ジョウジさん! 来ましたニャ! ホムンクルスさんが来ましたニャ!」

 ココナの声を聞き、ジョウジは顔を上げた。
 白く奇妙なデザインの衣装を着たホムンクルスが、こちらにゆっくりと歩いて来る。
 ジョウジは何とも言えぬ表情で、ホムンクルスをじっと見つめた。彼女も悲しげな瞳で、ジョウジを見ながら口を開く。
 
「ありがとう。来てくれて嬉しい」

「お前は、ここの村人に創られたのか?」

 ジョウジが尋ねると、ホムンクルスは頷いた。

「私は、セールイ村の人たちによって生を受けた。だが、もうじき村を去らなくてはならない。私は、都の貴族にお仕えしなくてはならないのだ。それが、私の仕事……」

 そう語るホムンクルスの表情は、ひどく悲しげなものだった。

「お前は、貴族に仕えるのが嫌なのか?」

「嫌ではない。そのために、私は生まれた。ただ、とても悲しい」

 言いながらうつむいた。すると、今度はココナが彼女の手を握る。

「悲しいのは、嫌だということですニャ。ホムンクルスさん、ジョウジさんやココナと一緒に行きましょうニャ」

「行く……それは無理だ。私が貴族にお仕えしないと、この村の人間を困らせることになる。私は、村のみんなのお陰で生まれることが出来たのだ。貴族にお仕えしないといけない」

 そう言うと、ホムンクルスは茶色の瞳でココナを見つめた。だが、すぐにジョウジに視線を移す。
 ジョウジは思わず目を逸らした。このホムンクルスは、自分と同じなのだ……。自分はネオ・トーキョーの片隅に生を受け、組織に拾われ、人殺しをさせられ、用済みになったら捨てられた。まるで使い捨ての道具のように。
 ホムンクルスも、村のために魔法で創られ、村のために貴族に売られていく。
 自分もホムンクルスも、しょせんは他人に使われるだけの道具なのだ。自身の意思などなく、他人の意のままの人生……いや、それが果たして人生と言えるのだろうか。

「どうしたのだ?」

 ホムンクルスの声を聞き、ジョウジは我に返る。

「いや、何でもない」

 そう言って、笑みを浮かべる。しかし、心の中は複雑な思いに満ちていた。

「あなたの名は、ジョウジさん……というのか?」

「ああ」

 ジョウジは頷いた。その時、自分が名前すら名乗っていないことに気づき、思わず苦笑した。
「そう、俺の名前はジョウジだ」

「では、ジョウジ……私が村を去るまでの間、ここに会いに来ても構わないだろうか?」

「それは……」

 ジョウジは言葉につまり、下を向いた。今まで感じたことのない思いが、胸にこみ上げてくる。
 すると、今度はココナが口を開いた。

「ジョウジさん……駄目なのですニャ?」

「いや、駄目じゃない」






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