39 / 46
チャック、墓参りをする
しおりを挟む
「セドリック、こいつは山猫だぞ。もっと可愛い仔猫を連れて来てやりたかったけどな、こんなガラの悪い奴しかいなかったんだよ」
言いながら、チャックは隣にいる山猫の頭を撫でた。山猫は喉をゴロゴロ鳴らしながら、チャックのそばに丸くなって座っている。安心しきった様子だ。チャックは微笑み、背中を撫でた。
今、チャックがいるのは小高い丘だ。緑に覆われた草原は美しく、時おり吹く風が心地よい。地面には、短剣と長剣が突き刺さっている。
そこには、セドリックとロクスリー伯爵が眠っているのだ。
「セドリック……お前、旅に出たがってたよなあ。ここなら、あちこち見えるだろ。動物たちもいる。寂しくないんじゃないか」
チャックは、墓に向かい語りかける。その時、山猫の表情が変わった。起き上がり、低く唸りながら毛を逆立てる。
そちらを見ると、山犬の群れがいた。こちらをじっと見ているが、近寄ろうとはしない。
「大丈夫だ、安心しろ。ここでは、俺が手出しはさせないから」
言いながら、チャックは山猫の背中を撫でた。すると、山猫の顔つきが変わっていく。それでも警戒心は解いていないらしい。油断なく、山犬を睨んでいる。
チャックは立ち上がり、山犬たちに語りかける。
「お前ら、ここは俺の友だちが眠る場所だ。ここでの争いは許さねえ。大人しく失せろ」
もちろん、野生の獣にその言葉は通じない。だが、チャックの意思は通じた。山犬の群れは向きを変え、走り去って行く。
チャックは去って行く群れを、羨ましそうに眺めていた。自分も昔は、ああやって仲間たちと共に野山を駆け巡っていたのだ。
改めて、この山で起きた一連の出来事を振り返った。思えば、奇妙な偶然が重なり、この一件に首を突っ込んでしまったのだ。気がついてみると、殺されたライカンの仇を討つ羽目になっていた。
だが、チャックはそんなことを望んではいなかった。彼が望んでいたもの、それはセドリックに平穏で楽しい余生を過ごさせることだった。
しかし、結局こうなってしまった。
未だに、チャックは考えてしまう。自分が違う行動をとっていれば、セドリックは助かったのかもしれなない。
もし、セドリックに狼憑きを発症させられていれば……と。気づかれないうちに変身し、眠っている間に噛みついていれば、セドリックはその時の傷により死んだかもしれない。
しかし、狼憑きを発症して助かったかもしれないのだ。いずれ理性をなくすとしても、それまでは元気に過ごせる。一緒に外で遊んだり、旅をしたりは出来たはずだ。
残された余生を、力いっぱい生きさせてあげられたのに──
その時、腕の中の山猫が動いた。もぞもぞしたかと思うと、ぴょんと飛び降りる。振り返りもせずに、森の中へと走って行ってしまった。
「何だ、お前もいなくなっちまうのかよ」
チャックは、寂しげに呟いた。そう、自分はひとりだ。ライカンの村から追放され、人間に混じって生きている。だが、自分がライカンだと知れば、確実に離れていくことだろう。
いや、離れていくだけではすまない。狩り立てられることとなる。下手をすれば、自分の人相書きがあちこちに撒かれることにもなりかねない。
もっとも、グレイとムーラン、そしてジョウジとココナは自分の正体を知りながらも、受け入れてくれた。セールイ村での、皆との共同生活は本当に楽しかった。
しかし、それももうじき終わってしまう。
これから、どうしようか。
セールイ村には、いつまでも居られるわけではないのだ。グレイとムーランは、いったんバーレンに戻るらしい。ジョウジはココナを一緒に、しばらく旅をするつもりだと言っている。
そして、自分は?
その時、近づいてくる者の匂いを感知した。思わず苦笑する。この匂いは、自分の知り合いのものだ。
「ニャニャ? チャックさん、こんな所で何してますニャ?」
声と共に現れた者、それはココナだった。尻尾をぴんと立て、いかにも楽しそうな表情でチャックを見上げる。
「ちょっと、な……お前こそ何しに来たんだよ?」
「遊びに来ましたニャ。ジョウジさんも、もうすぐ来ますニャよ」
そう言って、ニッコリ微笑む。だが次の瞬間、その表情が変わった。天真爛漫な彼女には珍しい、真剣な顔つきになる。
「そうですニャ……チャックさんに、お願いしようと思っていたことがありましたニャ」
「お願いだあ? 何だよ、改まっちゃってさ。俺に出来ることなら、大抵のことはするぜ。さあ、言ってみな」
そう言って、チャックも微笑み返した。すると、ココナは何かを言いかける。
しかし、口を閉じ躊躇うような素振りをみせる。いつもの、明るくて朗らかなココナらしからぬ仕草だ。チャックは首を傾げた。
「一体どうしたってんだよ。俺に出来ることなら、大抵のことはやってやるぜ。遠慮しないで言ってみろ」
「ニャニャニャ……」
それでも、ココナはうつむいていた。
ややあって、意を決したような表情で語り始める。
「お願い……したいことが……あるのですニャ……」
言いながら、チャックは隣にいる山猫の頭を撫でた。山猫は喉をゴロゴロ鳴らしながら、チャックのそばに丸くなって座っている。安心しきった様子だ。チャックは微笑み、背中を撫でた。
今、チャックがいるのは小高い丘だ。緑に覆われた草原は美しく、時おり吹く風が心地よい。地面には、短剣と長剣が突き刺さっている。
そこには、セドリックとロクスリー伯爵が眠っているのだ。
「セドリック……お前、旅に出たがってたよなあ。ここなら、あちこち見えるだろ。動物たちもいる。寂しくないんじゃないか」
チャックは、墓に向かい語りかける。その時、山猫の表情が変わった。起き上がり、低く唸りながら毛を逆立てる。
そちらを見ると、山犬の群れがいた。こちらをじっと見ているが、近寄ろうとはしない。
「大丈夫だ、安心しろ。ここでは、俺が手出しはさせないから」
言いながら、チャックは山猫の背中を撫でた。すると、山猫の顔つきが変わっていく。それでも警戒心は解いていないらしい。油断なく、山犬を睨んでいる。
チャックは立ち上がり、山犬たちに語りかける。
「お前ら、ここは俺の友だちが眠る場所だ。ここでの争いは許さねえ。大人しく失せろ」
もちろん、野生の獣にその言葉は通じない。だが、チャックの意思は通じた。山犬の群れは向きを変え、走り去って行く。
チャックは去って行く群れを、羨ましそうに眺めていた。自分も昔は、ああやって仲間たちと共に野山を駆け巡っていたのだ。
改めて、この山で起きた一連の出来事を振り返った。思えば、奇妙な偶然が重なり、この一件に首を突っ込んでしまったのだ。気がついてみると、殺されたライカンの仇を討つ羽目になっていた。
だが、チャックはそんなことを望んではいなかった。彼が望んでいたもの、それはセドリックに平穏で楽しい余生を過ごさせることだった。
しかし、結局こうなってしまった。
未だに、チャックは考えてしまう。自分が違う行動をとっていれば、セドリックは助かったのかもしれなない。
もし、セドリックに狼憑きを発症させられていれば……と。気づかれないうちに変身し、眠っている間に噛みついていれば、セドリックはその時の傷により死んだかもしれない。
しかし、狼憑きを発症して助かったかもしれないのだ。いずれ理性をなくすとしても、それまでは元気に過ごせる。一緒に外で遊んだり、旅をしたりは出来たはずだ。
残された余生を、力いっぱい生きさせてあげられたのに──
その時、腕の中の山猫が動いた。もぞもぞしたかと思うと、ぴょんと飛び降りる。振り返りもせずに、森の中へと走って行ってしまった。
「何だ、お前もいなくなっちまうのかよ」
チャックは、寂しげに呟いた。そう、自分はひとりだ。ライカンの村から追放され、人間に混じって生きている。だが、自分がライカンだと知れば、確実に離れていくことだろう。
いや、離れていくだけではすまない。狩り立てられることとなる。下手をすれば、自分の人相書きがあちこちに撒かれることにもなりかねない。
もっとも、グレイとムーラン、そしてジョウジとココナは自分の正体を知りながらも、受け入れてくれた。セールイ村での、皆との共同生活は本当に楽しかった。
しかし、それももうじき終わってしまう。
これから、どうしようか。
セールイ村には、いつまでも居られるわけではないのだ。グレイとムーランは、いったんバーレンに戻るらしい。ジョウジはココナを一緒に、しばらく旅をするつもりだと言っている。
そして、自分は?
その時、近づいてくる者の匂いを感知した。思わず苦笑する。この匂いは、自分の知り合いのものだ。
「ニャニャ? チャックさん、こんな所で何してますニャ?」
声と共に現れた者、それはココナだった。尻尾をぴんと立て、いかにも楽しそうな表情でチャックを見上げる。
「ちょっと、な……お前こそ何しに来たんだよ?」
「遊びに来ましたニャ。ジョウジさんも、もうすぐ来ますニャよ」
そう言って、ニッコリ微笑む。だが次の瞬間、その表情が変わった。天真爛漫な彼女には珍しい、真剣な顔つきになる。
「そうですニャ……チャックさんに、お願いしようと思っていたことがありましたニャ」
「お願いだあ? 何だよ、改まっちゃってさ。俺に出来ることなら、大抵のことはするぜ。さあ、言ってみな」
そう言って、チャックも微笑み返した。すると、ココナは何かを言いかける。
しかし、口を閉じ躊躇うような素振りをみせる。いつもの、明るくて朗らかなココナらしからぬ仕草だ。チャックは首を傾げた。
「一体どうしたってんだよ。俺に出来ることなら、大抵のことはやってやるぜ。遠慮しないで言ってみろ」
「ニャニャニャ……」
それでも、ココナはうつむいていた。
ややあって、意を決したような表情で語り始める。
「お願い……したいことが……あるのですニャ……」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
12
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる