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ジョウジ、脱出する

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「ジョウジさん! 今ですニャ!」

 ココナの声が響き渡る。
 宿屋の庭に潜んでいたジョウジは、上を見上げた。ココナが二階の窓を開け、縄ばしごを降ろす。少女は、騒ぎに紛れて宿屋に入りこんでいたのだ。
 ジョウジは周囲を見回した。自分の存在には、誰も気づいていない。素早く縄ばしごを昇り、宿屋の二階に侵入した。



 計画は、今のところ順調に進んでいる。グレイとムーランが観客を煽り、騒ぎを起こした。衛兵たちはチャックが足止めしている。さすがに、街中をライカンが徘徊している……という事態になれば、全力を挙げて阻止せざるを得ない。衛兵たちは今、チャックを捕えるために、全兵力を投入しているはずだ。
 あとは、ジョウジとココナがホムンクルスをさらうだけである。

 宿屋の一階は、大変な騒ぎになっていた。群衆と宿屋の従業員との間で大乱闘が起きているようだ。
 二階では、何事が起きたのか知るため、廊下に出てきた者たちがいた。ちょっとした人だかりが出来ている。
 その中に、ホムンクルスもいた。その顔を確認した瞬間、ジョウジは走った。
 野次馬と化した人々の中をかき分け、ホムンクルスの元に走る。
 彼女の手を掴んだ。

「ジョウジ? どうして……」

 ホムンクルスは、呆然とした表情で呟く。だが、ジョウジは強引に手を引き進んだ。野次馬をかき分けて走り出す。後ろでわめくような声が聞こえたが、ジョウジは無視した。ひたすらホムンクルスの手を引いていき、入って来た窓のところに着く。
 彼女の顔を見つめ、下を指差した。

「ココナと一緒に、先に降りろ」

「それは……」

 ホムンクルスは、うつむき言い淀んだ。しかし、今度はココナが手を握る。

「早くしてくださいニャ! みんなで一緒に行くんですニャ! 今なら、村の人には迷惑かからないですニャ!」

 叫びながら、ホムンクルスの腕を引く。彼女は、ちらりとジョウジを見た。
 次の瞬間、決意した表情でココナに頷く。

「わかった。行く」

「はいですニャ!」

 嬉しそうに叫ぶと、ココナは窓にかかった縄ばしごを降りていく。ホムンクルスが後に続いた。
 一方ジョウジは、ホムンクルスを追って来た者に向き合う。力任せに振り回される拳をかわし、顎に右ストレートを叩き込む──
 一撃で殴り倒し、窓から下を見た。ココナとホムンクルスは、既に中庭に降りている。
 ココナが上を向き、叫んだ。

「いいですニャよ!」

 ジョウジは頷き、窓枠に足をかける。次の瞬間、跳躍した──
 中庭に飛び降り、着地と同時に素早く転がり受け身をとる。起き上がると同時に、ホムンクルスの手を握った。

「行くぞ」

 低い声で言うと、なに食わぬ顔で歩きだした。
 すると、ようやく状況を把握した男たちが追いかけて来る。ホムンクルスを買った貴族の手下のようだ。
 ジョウジは舌打ちした。走って逃げるか、それとも食い止めるか。
 その時、野獣の咆哮が辺りに響き渡る。
 直後、灰色の何かがジョウジたちの前に降り立った。

「チャック……」

 呟くジョウジ。ココナとホムンクルスも唖然としている。
 だが、チャックはお構い無しだった。さらに吠え、跳躍する──
 灰色の人狼はジョウジたちを飛び越え、追っ手たちの前に立ちはだかった。追っ手たちは立ち止まり、めいめいの武器を抜く。
 すると、チャックはまたしても吠えた。そして、ジョウジたちを振り返る。
 早く行け、とでも言わんばかりに……。

「みんな行くぞ!」

 ジョウジは、皆に怒鳴った。次の瞬間、全速力で走り出す。ホムンクルスとココナの手を引き、ひたすら走った。その横を、衛兵たちが駆け抜けていく。武装した衛兵たちが次々と集まり、チャックを取り囲んでいった。
 その衛兵たちが作り出した人混みに紛れ、ジョウジたちはその場から姿を消した。


 街の外れに停めておいた荷車に、ホムンクルスとココナが乗り込んだ。ジョウジがぼろ切れや毛布などをかけ、ふたりの姿を隠す。
 ジョウジも、ぼろぼろのマントを羽織る。あちこちに染みが付き、汚くなった物だ。
 マントのフードをすっぽり被って顔を隠し、荷車を引いて歩き出す。端から見れば、得体の知れない浮浪者にしか見えない。

 ジョウジは荷車を引き、ゆっくりと進んで行った。今のところ、まだ怪しまれてはいない。あと、もう少しで門に着く。チャックが大立ち回りを演じているお陰で、彼らのことなど誰も注目していない──

「そこの浮浪者、ちょっと待てよ」

 不意に、横から声をかけられた。ジョウジは平静な顔を作り、そちらを向いた。だが、もし気付かれたのならば殺す。

「食い物を恵んでやる。持っていけ。ただし、街を出てから食うんだ。わかったな」

 そう言いながら、柔らかい物が入った大きな皮袋を手渡してきた者は……グレイだった。傍らには、だぶだぶの衣装を着たムーランもいる。ふたりとも切なげな表情で、じっとジョウジを見つめていた。
 荷車の中から、鼻をすするような声がかすかに聞こえてきた。ジョウジも、何も言えずに下を向く。グレイとムーランは自分たちに食べ物を渡し、別れの挨拶をするために、ここで待っていてくれたのだ。

「さっさと失せな。バーレンはね、あんたらみたいなお人よしの来る場所じゃないんだよ。この街には、二度と来るんじゃない」

 ムーランが吐き捨てるように言い放ち、ぷいと横を向く。ふたりは、立ち去って行った。
 ジョウジも荷車を引き、歩いて行く。鼻をすするような声を誤魔化すため、わざと大きな音を立てながら去って行った。
 両者はその後、一度も振り返ることがなかった。





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