9 / 25
どういうこと
しおりを挟む
どういうこと──
苦しい!
息が出来ない!
苦しさのあまり、必死でもがく。だが、明は平然としている。彼にとって僕の抵抗など、何ら障害になり得ていないらしい。
「翔、さっきのザマは何なんだ? 直枝はちゃんと戦った。素手で戦い、お前を助けた。しかし、お前は戦わなかった。武器を持っていたのに、抵抗すらしなかったな。お前は、上条と同じくらいに足手まといだ。俺には、足手まといを助ける趣味はない。直枝、お前の意見を聞きたい。どうする? こいつ殺すか?」
明は何の感情も読み取れない声で、そう言い放つ。
嘘だろ?
なぜ僕が、殺されなきゃならない。
何で僕が……。
薄れゆく意識の中、明の顔を見る。だが、彼の顔のどこにも、冗談だとは書いてなかった。その目には殺意がある──
殺される。
僕は、ここで死ぬのか?
そんなの嫌だ!
その瞬間、下半身に生暖かい液体が溢れた。地面に流れ、水溜まりを作る……。
僕は、恐怖のあまり失禁していたのだ。思わず涙がこぼれる。だが、恥ずかしさよりも恐怖の方が圧倒的に強かった。目の前に死が迫っているのだ。恥じらいを感じている余裕などない。
その時だった。
「殺しちゃ駄目だよ!」
薄れゆく意識の中、声が聞こえる。直枝の声だ。
その途端、呼吸が楽になる。手が首から離れた。
支えを失った僕は、自ら漏らした小便の水溜まりに尻を着く──
「直枝に感謝するんだな。だが、もう一度あんな無様なマネしたら、本当に殺す。誰が何と言おうとな」
感情の一切感じられない表情で、淡々と語る明。チンピラの脅し文句などとは根本的に違う。これは警告なのだ。その言葉に対し、僕は泣きながらウンウンと頷くことしか出来なかった。
その上、体の震えが止まらない……。
「その小便臭い服を、さっさと着替えろ。漏らしたのがウンコだったら、問答無用で殺していたけどな」
冷たい目で、そう付け加える。僕はたまらなくなり、目を逸らせた。その時、こちらを見ている直枝と目があう。
直枝は僕に、嫌悪と同情の入り混じった視線を向ける。だが、それは一瞬のことだった。すぐに視線を外す。
恥ずかしかった。また情けなかった。直枝に二度も助けられた挙げ句、彼女の見ている前で小便まで漏らしたのだ。
このまま恥を晒して生きるより、明に殺されていた方が良かったかもしれない……という思いが頭を掠める。
だが、それも無理だ。まだ死にたくない。
そんな僕を無視し、明と直枝は話し始める。
「ところで直枝、お前は格闘技をやってたみたいだな。空手か? それともキックか?」
「実は、空手やってるんだ。小学生の頃に、習い始めた」
「そうか、空手か。小学生の頃に始めたのなら、キャリアは長いな。黒帯は持っているのか?」
「うん。一応、初段だよ。小さい規模だけど、女子の大会にも出たことあるし。三位だった」
「ほう、そいつは頼もしい。だったら、翔よりはマトモに戦えるな」
二人がそんな会話をしている横で、僕は惨めな気分に苛まれながら着替えていた。
着替えながら、頭の中で考えていたことがある。明は、平気で人を殺せる男だ。さらに冷酷非情でもある。何のためらいもなく、上条を囮に使ったのだ。
この状況で、使い物にならないと判断すれば、僕のことも簡単に殺すだろう。何せ、本物のシリアルキラーの息子なのだ。
そういえば、彼は教室では死んだ魚のような目で、ぼーっとしている。誰とも言葉を交わさない男だった。それが、ここではまるで別人のように生き生きしているのだ。今の明は、死んだ魚とは真逆……まさに水を得た魚だ。
ひょっとしたら、彼はこういう状況が好きなのだろうか。戦うこと、人を殺すことが大好きなのかもしれない。
いや、そんなことはどうでもいい。いま問題なのは、僕がまた同じヘマをしたならば……明はどう動くか、だ。その場合、使い物にならないと判断され殺される。あの上条のように。
だから、また敵が現れた時には、僕が戦わなければならない。どんな奴が相手だろうと戦い、必ず殺すのだ。
でないと、明に殺される。あの高宮や他の連中のように、いとも容易く命を奪われるだろう。
こんな場所で死にたくはない。死にたくないのなら、敵を死なせるしかないのだ。
この時に考えていたことは、半分は正しかった。だが、半分は間違いだったのだ。
もし、その間違いに気づいていれば、僕は今頃どうなっていたのだろう。
もっとも、そんな事を今さら考えても無意味だ。人生にタラレバはないのだから。
着替え終わると、その場に座り込んだ。泣きたい気持ちを必死でこらえ、ずっと下を向いていた。
そんな僕とは対照的に、明は何か食べ物を口に入れている。既に二人を殺しているというのに、平然とした表情で口を動かし咀嚼していた。
一方、直枝は疲れきった表情で座り込んでいた。下を向き、じっと何かを考えこんでいる。
「ところで、他の女たちはどうなったんだ? それと、なんでお前は助かったんだよ?」
明が尋ねると、直枝は顔を上げる。
「二人は、ヤカンに入ってたお茶を飲んだの。それ飲んでしばらくしたら、急におかしくなったみたいで……二人とも、テレビで観るヤク中みたいにぼんやりしてた。あたしは飲まなかったけど。そしたら、いきなり男が入ってきて……見るからに怪しそうだった。あたし、とっさにそいつに蹴り入れて逃げ出したんだよ」
「やっぱり、そうだったか。ありきたりな手口だねえ」
言った直後、明の表情が一変した。口を閉じ、入口の方を見つめる。
姿勢を低くし、人差し指を口に当てた。僕たちに向かい手招きする。黙ってこっちに来い、というジェスチャーのようだ。
僕と直枝は頷いた。指示の通りに姿勢を低くし、這いながら明のそばに近づいて行く。
すると、人が接近してくるような足音と、話し声が聞こえてきた。
ややあって、二人の男が現れた。何やら話をしながら、僕たちが隠れている物置を目指して真っ直ぐ歩いて来る。
片方は懐中電灯で辺りを照らし、もう片方は棒のような物を持っている。どちらも若く、中肉中背だ。高宮のようにレインコートを着ている。
その瞬間、僕の鼓動が異様に早くなる。ひたすら天に祈った。ここには来ないでくれ、と。
そんな僕の祈りも空しく、二人の話し声が聞こえてきた。
「逃げ出した奴らなんか、ほっときゃいいじゃねえか。何を言おうが、証拠がないんだから大丈夫だろ。死体がなければ、ただの行方不明じゃん。今までだって、逃げた奴いたけど大丈夫だったぜ。それに、明日には引き上げるんだしよ」
「でもさ、高宮と竹原が殺されてるんだぜ。このままにはしておけねえだろ。そいつらも生け捕りにしてやろうぜ」
「しかしな、あの二人を素手で殺すとは驚いたぜ。どんな奴なんだろうな」
「知るか。どうせ油断してたんだろうよ。俺は昔、剣道をやってたんだ。もし奴らがいたら、お前は徳田さんや黒崎さんに知らせろ。俺は、コイツで頭をかち割ってやる」
二人の男はべらべら喋りながら、中に入ってきた。もっとも、その声は微かに震えている。僕たちは息を殺し、様子を見守る。
懐中電灯の男が、あちこちを照らし始めた。
「何もないな。ここには居ないんじゃないか……ん? 何だこれ?」
懐中電灯を持った男は歩いて来て、地面の上にあるものを照らした。
その瞬間、僕の心臓は止まりそうになる。奴らは、先ほど僕が脱ぎ捨てたズボンを照らしているのだ。
「おい、これ何だ? なんかくせえぞ」
棒を持った男が近づき、まじまじと見つめる。
「それ、制服のズボンじゃねえか。それに小便の匂いだよ。ガキども、ビビって小便もらしたな! ダセえ奴!」
「てことは、ここいらに隠れているかもしれねえぞ! おい探そうぜ! 俺たちで取っ捕まえようや!」
「そうだな。ビビって小便もらすヘタレなら、俺たちで充分だろ」
二人の会話を聞いた瞬間、僕の体から一気に汗が吹き出した──
まずい。
僕のミスだ。
どうしよう。
僕のせいで……。
今度こそ、本当に明に殺される。
いや、それよりも……明に呆れられ、上條みたいに見捨てられるてしまう。
どうする?
決まってる……このミスを、埋め合わせるんだ。それしかない。
殺すんだ。
僕が殺す。
奴らを殺す。
サバイバルナイフを握りしめ、僕は忍び寄って行く。
全身の震えが止まらない。言うまでもなく、僕は怖かった。怖くて怖くて仕方ない。出来ることなら、その場に這いつくばっていたかった。全てを、明と直枝に任せたかった。
でも、それだけはしてはいけない。僕の恐怖は、二人の男に対するものよりも、明に対するものの方が大きかったのだ。殺らなければ、見捨てられてしまう。
この状況で、ひとり見捨てられる恐怖に比べれば、目の前にいる二人の男など物の数ではない。
奴らは、すぐ目の前にまで来ていた。あちこちに視線を移し、潜んでいるかもしれない者を探している。
しかし、懐中電灯を持った男が僕の存在に気が付いた。と同時に、何かを叫ぶ。声は聞こえていたが、言葉の内容までは聞き取れなかった。そもそも、聞いている余裕など無かった。
なぜなら……その瞬間に僕は立ち上がり、男に襲いかかって行ったからだ──
震える手でナイフを構え、懐中電灯を持った男に体ごとぶち当たって行く。口からは、無意識のうちに声が出ていた。僕は喚きながら、ナイフを構えてぶつかって行ったのだ。
すると……驚くほど簡単に刃が突き刺さった。
死ぬまで忘れられないだろう。ナイフの刃が男の体に刺さり、肉を貫いていった感触を。男の体の奥深く、刃をめり込ませていく感触を。
男はというと、驚愕の表情を浮かべて僕を見ている。ナイフの刃が己の体に突き刺さっているというのに、何が起きたのか把握できていない様子だった。
次の瞬間、表情は一変した。その目に、怒り、恐怖、憎悪、苦痛といった様々な感情が浮かぶ。
直後、僕を思い切り突き飛ばした。その弾みでナイフが抜ける。僕は、ナイフを握りしめたまま後ろに倒れた。
男は傷を押さえ、僕を睨みつけた。その傷口からは、大量の血が流れ落ちている。僕のそれまでの人生において、こんな流血を見たのは初めてだ。
怖かった。だが、僕は攻撃を止めなかった。ここで止められるはずがないのだ。止めたら、殺されるのはこちらだ。
もう一度、ナイフを構えて突進して行く。体ごと、思い切りぶち当たって行った。
すると、男は呆気なく倒れる。必死の形相で抵抗しているようだが、それも弱々しいものだった。僕は男に馬乗りになると、逆手に持ったナイフを降り下ろした。何度も何度も突き刺す。
その時、何か叫んでいる声が聞こえた。何かがぶつかるような物音も。
だが、僕は目の前の男を殺すことにのみ集中していた。人はいざとなったら、なかなか死なないのだ。一度や二度、刃物で刺したくらいでは動き続けている。
だから、僕は何度も刺した。
せめて、この男だけは殺さなくてはならない。でなければ、明に見捨てられてしまう──
苦しい!
息が出来ない!
苦しさのあまり、必死でもがく。だが、明は平然としている。彼にとって僕の抵抗など、何ら障害になり得ていないらしい。
「翔、さっきのザマは何なんだ? 直枝はちゃんと戦った。素手で戦い、お前を助けた。しかし、お前は戦わなかった。武器を持っていたのに、抵抗すらしなかったな。お前は、上条と同じくらいに足手まといだ。俺には、足手まといを助ける趣味はない。直枝、お前の意見を聞きたい。どうする? こいつ殺すか?」
明は何の感情も読み取れない声で、そう言い放つ。
嘘だろ?
なぜ僕が、殺されなきゃならない。
何で僕が……。
薄れゆく意識の中、明の顔を見る。だが、彼の顔のどこにも、冗談だとは書いてなかった。その目には殺意がある──
殺される。
僕は、ここで死ぬのか?
そんなの嫌だ!
その瞬間、下半身に生暖かい液体が溢れた。地面に流れ、水溜まりを作る……。
僕は、恐怖のあまり失禁していたのだ。思わず涙がこぼれる。だが、恥ずかしさよりも恐怖の方が圧倒的に強かった。目の前に死が迫っているのだ。恥じらいを感じている余裕などない。
その時だった。
「殺しちゃ駄目だよ!」
薄れゆく意識の中、声が聞こえる。直枝の声だ。
その途端、呼吸が楽になる。手が首から離れた。
支えを失った僕は、自ら漏らした小便の水溜まりに尻を着く──
「直枝に感謝するんだな。だが、もう一度あんな無様なマネしたら、本当に殺す。誰が何と言おうとな」
感情の一切感じられない表情で、淡々と語る明。チンピラの脅し文句などとは根本的に違う。これは警告なのだ。その言葉に対し、僕は泣きながらウンウンと頷くことしか出来なかった。
その上、体の震えが止まらない……。
「その小便臭い服を、さっさと着替えろ。漏らしたのがウンコだったら、問答無用で殺していたけどな」
冷たい目で、そう付け加える。僕はたまらなくなり、目を逸らせた。その時、こちらを見ている直枝と目があう。
直枝は僕に、嫌悪と同情の入り混じった視線を向ける。だが、それは一瞬のことだった。すぐに視線を外す。
恥ずかしかった。また情けなかった。直枝に二度も助けられた挙げ句、彼女の見ている前で小便まで漏らしたのだ。
このまま恥を晒して生きるより、明に殺されていた方が良かったかもしれない……という思いが頭を掠める。
だが、それも無理だ。まだ死にたくない。
そんな僕を無視し、明と直枝は話し始める。
「ところで直枝、お前は格闘技をやってたみたいだな。空手か? それともキックか?」
「実は、空手やってるんだ。小学生の頃に、習い始めた」
「そうか、空手か。小学生の頃に始めたのなら、キャリアは長いな。黒帯は持っているのか?」
「うん。一応、初段だよ。小さい規模だけど、女子の大会にも出たことあるし。三位だった」
「ほう、そいつは頼もしい。だったら、翔よりはマトモに戦えるな」
二人がそんな会話をしている横で、僕は惨めな気分に苛まれながら着替えていた。
着替えながら、頭の中で考えていたことがある。明は、平気で人を殺せる男だ。さらに冷酷非情でもある。何のためらいもなく、上条を囮に使ったのだ。
この状況で、使い物にならないと判断すれば、僕のことも簡単に殺すだろう。何せ、本物のシリアルキラーの息子なのだ。
そういえば、彼は教室では死んだ魚のような目で、ぼーっとしている。誰とも言葉を交わさない男だった。それが、ここではまるで別人のように生き生きしているのだ。今の明は、死んだ魚とは真逆……まさに水を得た魚だ。
ひょっとしたら、彼はこういう状況が好きなのだろうか。戦うこと、人を殺すことが大好きなのかもしれない。
いや、そんなことはどうでもいい。いま問題なのは、僕がまた同じヘマをしたならば……明はどう動くか、だ。その場合、使い物にならないと判断され殺される。あの上条のように。
だから、また敵が現れた時には、僕が戦わなければならない。どんな奴が相手だろうと戦い、必ず殺すのだ。
でないと、明に殺される。あの高宮や他の連中のように、いとも容易く命を奪われるだろう。
こんな場所で死にたくはない。死にたくないのなら、敵を死なせるしかないのだ。
この時に考えていたことは、半分は正しかった。だが、半分は間違いだったのだ。
もし、その間違いに気づいていれば、僕は今頃どうなっていたのだろう。
もっとも、そんな事を今さら考えても無意味だ。人生にタラレバはないのだから。
着替え終わると、その場に座り込んだ。泣きたい気持ちを必死でこらえ、ずっと下を向いていた。
そんな僕とは対照的に、明は何か食べ物を口に入れている。既に二人を殺しているというのに、平然とした表情で口を動かし咀嚼していた。
一方、直枝は疲れきった表情で座り込んでいた。下を向き、じっと何かを考えこんでいる。
「ところで、他の女たちはどうなったんだ? それと、なんでお前は助かったんだよ?」
明が尋ねると、直枝は顔を上げる。
「二人は、ヤカンに入ってたお茶を飲んだの。それ飲んでしばらくしたら、急におかしくなったみたいで……二人とも、テレビで観るヤク中みたいにぼんやりしてた。あたしは飲まなかったけど。そしたら、いきなり男が入ってきて……見るからに怪しそうだった。あたし、とっさにそいつに蹴り入れて逃げ出したんだよ」
「やっぱり、そうだったか。ありきたりな手口だねえ」
言った直後、明の表情が一変した。口を閉じ、入口の方を見つめる。
姿勢を低くし、人差し指を口に当てた。僕たちに向かい手招きする。黙ってこっちに来い、というジェスチャーのようだ。
僕と直枝は頷いた。指示の通りに姿勢を低くし、這いながら明のそばに近づいて行く。
すると、人が接近してくるような足音と、話し声が聞こえてきた。
ややあって、二人の男が現れた。何やら話をしながら、僕たちが隠れている物置を目指して真っ直ぐ歩いて来る。
片方は懐中電灯で辺りを照らし、もう片方は棒のような物を持っている。どちらも若く、中肉中背だ。高宮のようにレインコートを着ている。
その瞬間、僕の鼓動が異様に早くなる。ひたすら天に祈った。ここには来ないでくれ、と。
そんな僕の祈りも空しく、二人の話し声が聞こえてきた。
「逃げ出した奴らなんか、ほっときゃいいじゃねえか。何を言おうが、証拠がないんだから大丈夫だろ。死体がなければ、ただの行方不明じゃん。今までだって、逃げた奴いたけど大丈夫だったぜ。それに、明日には引き上げるんだしよ」
「でもさ、高宮と竹原が殺されてるんだぜ。このままにはしておけねえだろ。そいつらも生け捕りにしてやろうぜ」
「しかしな、あの二人を素手で殺すとは驚いたぜ。どんな奴なんだろうな」
「知るか。どうせ油断してたんだろうよ。俺は昔、剣道をやってたんだ。もし奴らがいたら、お前は徳田さんや黒崎さんに知らせろ。俺は、コイツで頭をかち割ってやる」
二人の男はべらべら喋りながら、中に入ってきた。もっとも、その声は微かに震えている。僕たちは息を殺し、様子を見守る。
懐中電灯の男が、あちこちを照らし始めた。
「何もないな。ここには居ないんじゃないか……ん? 何だこれ?」
懐中電灯を持った男は歩いて来て、地面の上にあるものを照らした。
その瞬間、僕の心臓は止まりそうになる。奴らは、先ほど僕が脱ぎ捨てたズボンを照らしているのだ。
「おい、これ何だ? なんかくせえぞ」
棒を持った男が近づき、まじまじと見つめる。
「それ、制服のズボンじゃねえか。それに小便の匂いだよ。ガキども、ビビって小便もらしたな! ダセえ奴!」
「てことは、ここいらに隠れているかもしれねえぞ! おい探そうぜ! 俺たちで取っ捕まえようや!」
「そうだな。ビビって小便もらすヘタレなら、俺たちで充分だろ」
二人の会話を聞いた瞬間、僕の体から一気に汗が吹き出した──
まずい。
僕のミスだ。
どうしよう。
僕のせいで……。
今度こそ、本当に明に殺される。
いや、それよりも……明に呆れられ、上條みたいに見捨てられるてしまう。
どうする?
決まってる……このミスを、埋め合わせるんだ。それしかない。
殺すんだ。
僕が殺す。
奴らを殺す。
サバイバルナイフを握りしめ、僕は忍び寄って行く。
全身の震えが止まらない。言うまでもなく、僕は怖かった。怖くて怖くて仕方ない。出来ることなら、その場に這いつくばっていたかった。全てを、明と直枝に任せたかった。
でも、それだけはしてはいけない。僕の恐怖は、二人の男に対するものよりも、明に対するものの方が大きかったのだ。殺らなければ、見捨てられてしまう。
この状況で、ひとり見捨てられる恐怖に比べれば、目の前にいる二人の男など物の数ではない。
奴らは、すぐ目の前にまで来ていた。あちこちに視線を移し、潜んでいるかもしれない者を探している。
しかし、懐中電灯を持った男が僕の存在に気が付いた。と同時に、何かを叫ぶ。声は聞こえていたが、言葉の内容までは聞き取れなかった。そもそも、聞いている余裕など無かった。
なぜなら……その瞬間に僕は立ち上がり、男に襲いかかって行ったからだ──
震える手でナイフを構え、懐中電灯を持った男に体ごとぶち当たって行く。口からは、無意識のうちに声が出ていた。僕は喚きながら、ナイフを構えてぶつかって行ったのだ。
すると……驚くほど簡単に刃が突き刺さった。
死ぬまで忘れられないだろう。ナイフの刃が男の体に刺さり、肉を貫いていった感触を。男の体の奥深く、刃をめり込ませていく感触を。
男はというと、驚愕の表情を浮かべて僕を見ている。ナイフの刃が己の体に突き刺さっているというのに、何が起きたのか把握できていない様子だった。
次の瞬間、表情は一変した。その目に、怒り、恐怖、憎悪、苦痛といった様々な感情が浮かぶ。
直後、僕を思い切り突き飛ばした。その弾みでナイフが抜ける。僕は、ナイフを握りしめたまま後ろに倒れた。
男は傷を押さえ、僕を睨みつけた。その傷口からは、大量の血が流れ落ちている。僕のそれまでの人生において、こんな流血を見たのは初めてだ。
怖かった。だが、僕は攻撃を止めなかった。ここで止められるはずがないのだ。止めたら、殺されるのはこちらだ。
もう一度、ナイフを構えて突進して行く。体ごと、思い切りぶち当たって行った。
すると、男は呆気なく倒れる。必死の形相で抵抗しているようだが、それも弱々しいものだった。僕は男に馬乗りになると、逆手に持ったナイフを降り下ろした。何度も何度も突き刺す。
その時、何か叫んでいる声が聞こえた。何かがぶつかるような物音も。
だが、僕は目の前の男を殺すことにのみ集中していた。人はいざとなったら、なかなか死なないのだ。一度や二度、刃物で刺したくらいでは動き続けている。
だから、僕は何度も刺した。
せめて、この男だけは殺さなくてはならない。でなければ、明に見捨てられてしまう──
0
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
視える僕らのシェアハウス
橘しづき
ホラー
安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。
電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。
ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。
『月乃庭 管理人 竜崎奏多』
不思議なルームシェアが、始まる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百の話を語り終えたなら
コテット
ホラー
「百の怪談を語り終えると、なにが起こるか——ご存じですか?」
これは、ある町に住む“記録係”が集め続けた百の怪談をめぐる物語。
誰もが語りたがらない話。語った者が姿を消した話。語られていないはずの話。
日常の隙間に、確かに存在した恐怖が静かに記録されていく。
そして百話目の夜、最後の“語り手”の正体が暴かれるとき——
あなたは、もう後戻りできない。
■1話完結の百物語形式
■じわじわ滲む怪異と、ラストで背筋が凍るオチ
■後半から“語られていない怪談”が増えはじめる違和感
最後の一話を読んだとき、
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2025/12/16:『よってくる』の章を追加。2025/12/23の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/15:『ちいさなむし』の章を追加。2025/12/22の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/14:『さむいしゃわー』の章を追加。2025/12/21の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/13:『ものおと』の章を追加。2025/12/20の朝8時頃より公開開始予定。
2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
人生最後のときめきは貴方だった
中道舞夜
ライト文芸
初めての慣れない育児に奮闘する七海。しかし、夫・春樹から掛けられるのは「母親なんだから」「母親なのに」という心無い言葉。次第に追い詰められていくが、それでも「私は母親だから」と鼓舞する。
自分が母の役目を果たせれば幸せな家庭を築けるかもしれないと微かな希望を持っていたが、ある日、夫に県外へ異動の辞令。七海と子どもの意見を聞かずに単身赴任を選び旅立つ夫。
大好きな子どもたちのために「母」として生きることを決めた七海だが、ある男性の出会いが人生を大きく揺るがしていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる