ザイニンタチノマツロ

板倉恭司

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六月五日 義徳、久しぶりに頑張る

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「義徳さん、あの三人ですがね……俺が調べた限りでは、一番可能性が高いのは塚本孝雄ですね。その次が、桜田将太じゃないかと。佐藤隆司には殺人の前科がありますが、連続絞殺魔としてはちょっと無理があるように思われますね。出所した時期から考えても不自然です。刑務所を出た直後、いきなり絞殺魔になるって話を判事がどう思うか……ただ、あくまでも三人を比較した場合の話ですが」

 西村陽一の話を聞き、緒形義徳は頷いた。

「そうか。実は、俺も同じことを思っていたよ。だがな、念のため佐藤隆司の方も監視しておいてくれ。塚本と桜田の二人にしても、後で何が飛び出してくるか分からないからな」



 満願商事のオフィスにて、義徳と陽一はずっと話し合っていた。
 このオフィスは、普段は義徳がひとりで占領している。新聞を読んだり、テレビを観たり、昼寝したり、ネットで検索したり……だらだらと無為な時間を過ごしていたのだ。
 しかし今では、人が変わったかのようだった。若い陽一と額を付き合わせ、今後の展開について話し合っている。
 最初のうちは、健児に押し付けられたこの仕事を好きにはなれなかった。それどころ、嫌悪すらしていた。しかし皮肉なことに、今は久しぶりに高揚感と充実感らしきものを感じていた。

「そうそう、最近では将太がヤバいですね。あいつ、何をトチ狂ったのか、この二日間あちこちで暴れてるらしいです。前は、もう少し慎重にやってたんですがねえ……あれじゃあ、逮捕されるのも時間の問題ですよ。どうしますか?」

「ちょっと待てよ。それはまずいな」

 義徳は、思わず顔をしかめる。もし、ここで将太が逮捕されてしまったなら……何もかもがうやむやになってしまう可能性がある。将太が絞殺魔になる可能性も、決して低くはないのだから。
 それに、奴にはやってもらうことがある。逮捕させる訳にはいかない。

「仕方ないな……しばらくの間、あいつの手綱を握って大人しくさせておこう。でないと、あいつが犯人だった場合に面倒なことになる」

「そうですね。ただ、どうしましょうか……いっそのこと、叩きのめして病院送りにしますか? 一週間くらい家で安静にしてもらえば、その間に片付くかと思いますが」

 陽一はいとも簡単に言ってのけたが、義徳は首を振った。

「いや、それはそれで問題がある。仕方ない、ちょっと考えておくよ」



 やがて五時になり、義徳は退社する。昨日とは違い、その足取りは重くはなかった。むしろ、清々しい気分でさえあったのだ。
 同時に、そんな自分に嫌気がさしてくる。
 義徳は、この仕事が嫌いだったはずだ。それなのに……先ほど陽一と話し合っていた時、これまでの生活では味わうことが出来ない何かを感じていた。今も、明日の予定や仕事をどう進めるかについて考えている。さらに、仕事を終えた充実感のようなものすら、自身の内面から湧き上がっているのを感じていた。

 自分も、あの住田健児や西村陽一と同類なのだろうか?

 ふと、そんな考えが頭を掠める。社会の暗部に蠢く怪物たち。警察と違い、ルールに縛られることなく調査し、事件の真相に辿り着く。そんな仕事が、自分は好きなのだろうか。
 その時、不意にメールが来た。

(どうも~Jカップでハーフの女子高生ジェーンで~す。アイドルにスカウトされたこともありま~す。ところで最近、両親が死んで遺産が一億入ったんですけどお、ジェーン使い途がわかんな~い。教えていただける優しいおじさまが居たら、真幌公園に来てほしいな。素敵なおじさまだったら、あたしのバージンあげちゃうかも……きゃ、あたしったら)

 そのメールを見た瞬間、義徳は一気に渋い表情になった。女子高生らしさの欠片もない迷惑メール……のふりをした、健児からの呼び出しメールなのだ。
 義徳は、すぐさま家を出て公園へと向かった。



 真幌公園に行ってみると、健児は既に到着していた。義徳の顔を見て、にやけた顔つきで口を開く。

「やあ、すみませんね。お疲れのところ、来てもらって』

 すみません、などと言ってはいるが、すまなそうな顔はしていない。 

「用があるなら、向こうの会社に来てくださいよ」

 義徳は吐き捨てるように言った。不快な思いを、隠そうともしていない。
 だが、健児はヘラヘラ笑うだけだ。

「まあまあ、そんなに怒らないでくださいよ。あ、陽一の奴が義徳さんを誉めてましたよ。何年も現役を離れてたはずなのに、復帰と同時に的確な指示をくれるって。あいつが他人を誉めるのは珍しいですよ」

「そんなことはないです。むしろ、あの西村くんひとりに任せても問題ないと思います。彼も数人の人間を使い、ターゲットを見張らせているようですしね。ただ、少々荒い部分がありますがね」

「そうなんですよね。あいつは、ちょっと荒いんですよ──」

「住田さん、用は何なんです? 何か、急な変更でもあったんですか?」

 話を遮り、義徳は冷たい口調で尋ねる。だが、健児は態度を変えない。

「ちょっとお、昔みたいに健児って呼んでくださいよ……思い出しませんか義徳さん、一緒に東ヨーロッパに行った時のことを。あん時は肝を冷やしましたね。まさか、ネオナチが出てくると思わなかったですからね」

 昔を懐かしむように、しみじみ語る健児。
 確かに、そんなこともあった。二人でルーマニアの方に出張した際、ミリタリージャケットを着たスキンヘッドの若者たちに囲まれ、訛りのきつい英語で何やらまくしたてられたのだ。どうやら彼らは、義徳と健児をただのビジネスマンだと判断し、脅しをかけてきたのだ。

「俺たちはネオナチのメンバーだ。お前らのような東洋人が、俺たちの縄張りでうろうろするのは許せない……金を払って、とっとと失せろ」

 義徳が聞き取れる限りでは、こんなことを言っていたのだ。
 あのスキンヘッドの若者たちが本当にネオナチであったのかどうか、義徳は知らない。知る必要もない。さらに言うと、今さら確かめようもない。
 何故なら、その若者たちは全員死んでいるからだ。

「そんな昔の話、今さらどうでもいいでしょう。いったい何の用なんですか? 用がないなら、帰らせてもらいまよ」

 そう言って、義徳は立ち上がった。不快そうな表情を隠そうともしていない。事実、義徳は不愉快であった。あのスキンヘッドの男たちを殺した記憶が、健児との話がきっかけで甦ってしまったのだから。

「ちょっと待ってくださいよ。向こうさんは、現在の進行状況を知りたがっています。何て報告しますか?」

 後ろから、健児の声が聞こえてきた。

「お好きなように」

 振り向きもせずに答え、義徳は去って行った。





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