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ふたりの出会いと始まり 1
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晴美と隆之の出会いは、小学生の時だった。
五年生の時、隆之の通う小学校に晴美が転校して来た。しかも、隆之の家のすぐ近くに越して来たのである。
二人は同じクラスになったのだが……明るくてスポーツ万能な上、美しい顔の持ち主である晴美はたちまち人気者になる。
一方、隆之は暗く引っ込み思案な性格であり、見た目もパッとしない。運動神経ゼロの、地味なオタク少年である。家が近いこと以外、どこにも接点はなかった。
そんな二人が初めて言葉を交わしたのは、六年生になった時である。
授業が終わり、教室の掃除が終わった放課後のことだった。
隆之は教室に残って、ノートに何やら書いていた。すると、同じクラスの中野《ナカノ》がちょっかいを出してきたのだ。
「お前、何書いてんだよ。見せろよ」
この中野は、典型的ないじめっ子タイプである。弱いとわかっている者や自分より下と位置づけている者に対しては、つまらないイタズラをしつこいくらいにしてくる嫌な性格の持ち主だ。
そんな男が今、隆之をロックオンしたらしい。ノートを無理やり奪おうとして来たのだ。
「ちょ、ちょっとやめてよ」
作り笑いを浮かべ、隆之はノートを閉じる。だが、中野は止まらなかった。
「いいじゃねえかよ。見せろよ」
言いながら、力ずくでノートを取り上げようとする。
「ぼ、僕もう帰るから」
隆之はノートを引ったくり、ランドセルに入れようとしたた。すると、中野の表情が変わる。先ほどまでは、ふざけてイジッている雰囲気だった。
しかし今は、怒りが先に立っている。自分よりも下だと思っていた少年が逆らったのだ。
「てめえ、俺の言うことが聞けねえのかよ!」
怒鳴りつけ、襟首を掴む。隆之は恐怖で顔を歪め、されるがままになっている。周りには数人の生徒が残っていたが、ひとりを除いて見て見ぬふりだ。自分たちには関係ないとばかりに、そそくさと帰っていく。
「おい、なんとか言えよ!
喚きながら、隆之のランドセルを開けた。中から、無理矢理ノートを取り出す。
その時だった。後ろから彼の肩を叩いた者がいる。
「んだよ!」
振り向き、睨みつけた。が、その表情は一変する。そこに立っていたのは、晴美だったのだ。
中野は、唖然とした表情で固まった。そもそも、この少年はクラスの生徒内ランキングからいえば、中の下といった位置にいる。彼より下のランクであり、気の弱い隆之には強く出られるが、上のランクの者には何も言えないタイプなのだ。
一方、晴美はといえば……成績は良くて性格も明るく、スポーツ万能な美少女である。中野よりは、確実に上のランクだ。
「何やってんの?」
軽蔑しているような表情で、晴美は聞いてきた。中野は、思わずたじろぐ。
「べ、別に。こいつと、ちょっと遊んでるだけだよ」
「ふうん。なんて遊び?」
「は、はあ? お前に関係ねえじゃん」
そう言って、中野は笑った。が、その笑顔は引き攣っている。今や、完全に立場が逆転していた。さっきまでは、弱い鼠をいたぶる猫のような立場だった。しかし、今は強いボス猫と向き合っている……。
「うん、関係ないよ。でもさ、見てるとすっごくウザいんだよね。なんて遊びか知らないけど、面白くもなさそうだし。やるなら、よそでやってくんないかな」
冷たい口調で言い放った晴美。中野は顔を歪めたが、それ以上は何もしなかった。というより、出来なかったのだ。隆之と違い、晴美はトラブルになったら黙っていない。やられたら、やり返すタイプだ。
中野は、やり返すタイプには何も出来ない男である。取り上げたノートを、教室の隅に投げつけた。隆之は、慌てて拾いにいく。
そんな隆之をひとにらみした中野は、わざとらしく足音を立てて離れて行った。俺は負けてないぞ……という、周囲への精一杯のアピールだろうか。
もっとも今、教室には晴美と隆之しか残っていない。したがって、誰にもアピールしようがないのだが。
そんな状況にもかかわらず、大げさな足音を立てつつ去り行く中野の姿は、あまりに間抜けである。見ているうちに、晴美は耐え切れずプッと吹き出していた。
「何あれ。バッカじゃないの」
言った時、隆之がノートを手に近づいて来た。晴美に向かい、おずおずとした態度で口を開く。
「あ、あのう……ええと」
そう言ったきり俯く。口をもごもごさせているが、言葉が出て来ない。イライラする奴だ、と晴美は思った。きつい目線を彼に向け、口を開く。
「聞こえないよ。あのさあ、言いたいことあんなら、はっきり言いなよ。さっきもそう。嫌なものは嫌だって、はっきり言わなきゃ」
「う、うん。あ、ありがとう」
ペこりと頭を下げる隆之。気は弱く陰気な感じだが、素直な性格であるらしい。
晴美は、思わずくすりと笑っていた。すると、隆之も恥ずかしそうに笑う。その時、彼が持っていたノートが目に入る。
表紙には、猫の絵が描かれていた。デフォルメされた猫が、ニヤリと笑っている絵だ。見覚えのあるキャラである。晴美は、首を傾げ聞いてみた。
「ねえ、それって極道猫じゃないの?」
その途端、隆之の表情が一変する。
「えっ、これ知ってるの!?」
極道猫とは、ぶっちぎりの武闘派ヤクザだった男が抗争で命を落とし、猫に生まれ変わって一般家庭に飼われてしまう……というストーリーの漫画である。見た目は可愛らしい猫だが内面はヤクザというギャップやハードボイルドな語り口調、さらにブラックユーモア溢れる世界観が一部で話題となり、カルト的な人気のある作品だった。
この漫画、本来のターゲットである少年層より、むしろ大学生やサラリーマン世代にウケていたのだが……子供向け漫画としては、あまりにも攻めすぎた姿勢が問題視されてしまい、良識を重んじる評論家や団体からさんざん叩かれる。挙げ句に、打ち切りとなってしまった。
隆之は、この極道猫が大好きだった。他の少年向け漫画とは違い、裏社会を生きて来た猫の冷めた視点と皮肉な口調が、大人の世界を感じさせたのだ。さらに、時おり登場するヤクザ時代の思い出や裏の世界のちょっとした逸話も、妙にリアリティのあるものだった。非日常の世界を、ちょっとだけ覗いた気になれたのである。
連載が終了した時、隆之はひどく悲しんだ。納得いかない彼は、いつからかノートに絵を描くようになっていた。それだけでは飽き足らず、ひそかに小説の形で続きを書くようにもなっていた。
その存在すら、同級生では知っている者がほとんどいなかったマニアックな漫画である『極道猫』。まさか、一目で気づく者が居ようとは。
「知ってるよ。あたし、あれ好きだったんだから」
当然だ、という表情の晴美。隆之は、親近感を抱いた。自分とは、違う世界の住人だと思い込んでいたが、まさか接点があったとは。
その時、晴美がノートを指さした。
「絵、上手いね。ちょっと見せてもらっていい?」
「う、うん!」
隆之は、嬉しそうにノートを渡した。中野の時とは、完全に真逆の態度である。
手渡されたノートを、晴美はじっくり見ていた。やがて顔を上げる。
「上手いじゃん。極道猫を好きな人が、同じクラスにいたなんて嬉しいよ」
そういって、ノートを返した。その時、隆之はノートを開く。
「こ、これも読んで欲しいんだ!」
いきなり上擦った声で言われ、さすがの晴美も動揺した。見ると、字がびっしり書かれている。
「えっ、何? これを読むの?」
きょとんした顔の晴美に、隆之はうんうんと頷いた。さらに勢いこんで語り出す。
「これ、極道猫の二次創作の小説なんだ。原作を知ってる人に読んでもらいたいって、ずっと思ってたんだ。よかったら、君に読んでもらいたい……」
そこで、隆之は言葉を止めた。晴美が唖然となっているのに気づいたのだ。完全に、引いてしまっているらしい。
途端に、顔が赤くなる。
「あ、その……ごめん。き、急だったよね。き、気が向いたらさ、よ、読んでみて」
言いながら、ノートをランドセルにしまおうとした。その時、晴美が声をかける。
「いや、見ないとは言ってないから」
「えっ?」
隆之は顔を上げた。晴美は、口元に笑みを浮かべている。
「極道猫の二次なんでしょ? だったら読んでみたい。見せてよ」
「う、うん!」
勢いこんで頷き、すぐさまノートを手渡した。晴美はノートを開き、書かれているものに目を通している。その眼差しは、真剣そのものだった。
晴美の真剣な表情は、隆之にはとても眩しく見える。綺麗だ、と思った。女の子を見て、こんな気持ちになったのは初めてだった。
不意に、彼女が顔を上げる。隆之はドキリとなった。顔を赤くし、目を逸らす。
だが、直後に聞こえた言葉は、彼を有頂天にさせた──
「これ、面白いじゃん。続き読みたいから、もっと書いてよ」
それから、ふたりは徐々に親しくなっていった。
交流を深めていくうち、隆之は晴美の家庭の事情を知る。幼い頃に両親を亡くし、親戚に預けられたが……あちこちをたらい回しにされた挙げ句、この町の施設に預けられたのだった。
そんな彼女は、不幸な境遇にも負けず強く逞しい女の子へと成長していった。男の子との殴り合いも辞さない晴美は、周囲の者から一目置かれるようになっていた。
恵まれない境遇にありながらも、笑顔をたやさず明るくカッコよく生きている晴美。そんな彼女は、隆之の目にはとても眩しく見えた。
その後、ふたりは同じ公立中学校に進学し、同じ高校に入学する。明るく活発でスポーツ好きな晴美と、人見知りな性格で暗く引っ込み思案のオタク少年な隆之。全く違う世界の住人のはずだった。しかし、ふたりは友達として付き合っていく。いや、友達というよりは姉と弟のような関係であった。
やがて高校二年の時、隆之に転機が生じた。彼がひそかに書いていた小説が、新人賞を取ったのだ。
受賞を知った時、真っ先に報告したのは晴美にだった。
隆之は、現役高校生の作家としてデビューした。とは言っても、世間から見れば無名の存在ではある。それでも、嬉しかった。自分が今まで打ち込んできたことが評価されたのだから。彼は、創作にさらに打ち込んでいく。
そんな隆之の側には、いつも晴美がいた。暗く引っ込み思案で頼りない隆之を、姉のようにフォローしてくれていたのである。
大学に進学したのを機に、隆之は晴美に告白する。夜、ふたりで公園を歩いていた時、不意に彼女の前で立ち止まった。
「あ、あのさあ……晴ちゃん今ひとりでしょ? だったら、僕と付き合ってみる……みたいなのは……駄目かなあ……なんてことを、今ふと思っちゃったりしたんだけど……どうかなあ、なんつって」
出来るだけ軽い口調で言った、つもりだった。重くならないよう意識し、仮に断られてもふたりの関係が壊れないことを祈りつつ、一世一代の告白をしたのだ。
もっとも、心臓は破裂しそうなほど激しく高鳴り、足はがくがく震えていた。口はカラカラに乾き、呼吸することすら困難な状態である。お世辞にも、軽そうとは言えない。
晴美はというと、きょとんとした顔で見ている。一方、隆之は真っ青な表情で返事を待っていた。今にも倒れそうな様子だ。
不意に、晴美がくすりと笑った。笑いながら、隆之の頭を小突く。
「何それ。告白のつもり?」
「えっ、いや、あのう……」
しどろもどろな隆之に、晴美はため息を吐いた。
「しょうがないなあ。ま、姉弟に間違われるのも面倒だから、付き合ってもいいよ」
その言葉を聞いた途端、隆之はへなへなと崩れ落ちる。晴美は、慌てて助け起こした。
「ちょっと、大丈夫!?」
「だ、大丈夫だよ。なんか、力が抜けちゃってさ」
情けない表情の隆之を見て、晴美は苦笑した。
「まったく、情けない奴だなあ」
五年生の時、隆之の通う小学校に晴美が転校して来た。しかも、隆之の家のすぐ近くに越して来たのである。
二人は同じクラスになったのだが……明るくてスポーツ万能な上、美しい顔の持ち主である晴美はたちまち人気者になる。
一方、隆之は暗く引っ込み思案な性格であり、見た目もパッとしない。運動神経ゼロの、地味なオタク少年である。家が近いこと以外、どこにも接点はなかった。
そんな二人が初めて言葉を交わしたのは、六年生になった時である。
授業が終わり、教室の掃除が終わった放課後のことだった。
隆之は教室に残って、ノートに何やら書いていた。すると、同じクラスの中野《ナカノ》がちょっかいを出してきたのだ。
「お前、何書いてんだよ。見せろよ」
この中野は、典型的ないじめっ子タイプである。弱いとわかっている者や自分より下と位置づけている者に対しては、つまらないイタズラをしつこいくらいにしてくる嫌な性格の持ち主だ。
そんな男が今、隆之をロックオンしたらしい。ノートを無理やり奪おうとして来たのだ。
「ちょ、ちょっとやめてよ」
作り笑いを浮かべ、隆之はノートを閉じる。だが、中野は止まらなかった。
「いいじゃねえかよ。見せろよ」
言いながら、力ずくでノートを取り上げようとする。
「ぼ、僕もう帰るから」
隆之はノートを引ったくり、ランドセルに入れようとしたた。すると、中野の表情が変わる。先ほどまでは、ふざけてイジッている雰囲気だった。
しかし今は、怒りが先に立っている。自分よりも下だと思っていた少年が逆らったのだ。
「てめえ、俺の言うことが聞けねえのかよ!」
怒鳴りつけ、襟首を掴む。隆之は恐怖で顔を歪め、されるがままになっている。周りには数人の生徒が残っていたが、ひとりを除いて見て見ぬふりだ。自分たちには関係ないとばかりに、そそくさと帰っていく。
「おい、なんとか言えよ!
喚きながら、隆之のランドセルを開けた。中から、無理矢理ノートを取り出す。
その時だった。後ろから彼の肩を叩いた者がいる。
「んだよ!」
振り向き、睨みつけた。が、その表情は一変する。そこに立っていたのは、晴美だったのだ。
中野は、唖然とした表情で固まった。そもそも、この少年はクラスの生徒内ランキングからいえば、中の下といった位置にいる。彼より下のランクであり、気の弱い隆之には強く出られるが、上のランクの者には何も言えないタイプなのだ。
一方、晴美はといえば……成績は良くて性格も明るく、スポーツ万能な美少女である。中野よりは、確実に上のランクだ。
「何やってんの?」
軽蔑しているような表情で、晴美は聞いてきた。中野は、思わずたじろぐ。
「べ、別に。こいつと、ちょっと遊んでるだけだよ」
「ふうん。なんて遊び?」
「は、はあ? お前に関係ねえじゃん」
そう言って、中野は笑った。が、その笑顔は引き攣っている。今や、完全に立場が逆転していた。さっきまでは、弱い鼠をいたぶる猫のような立場だった。しかし、今は強いボス猫と向き合っている……。
「うん、関係ないよ。でもさ、見てるとすっごくウザいんだよね。なんて遊びか知らないけど、面白くもなさそうだし。やるなら、よそでやってくんないかな」
冷たい口調で言い放った晴美。中野は顔を歪めたが、それ以上は何もしなかった。というより、出来なかったのだ。隆之と違い、晴美はトラブルになったら黙っていない。やられたら、やり返すタイプだ。
中野は、やり返すタイプには何も出来ない男である。取り上げたノートを、教室の隅に投げつけた。隆之は、慌てて拾いにいく。
そんな隆之をひとにらみした中野は、わざとらしく足音を立てて離れて行った。俺は負けてないぞ……という、周囲への精一杯のアピールだろうか。
もっとも今、教室には晴美と隆之しか残っていない。したがって、誰にもアピールしようがないのだが。
そんな状況にもかかわらず、大げさな足音を立てつつ去り行く中野の姿は、あまりに間抜けである。見ているうちに、晴美は耐え切れずプッと吹き出していた。
「何あれ。バッカじゃないの」
言った時、隆之がノートを手に近づいて来た。晴美に向かい、おずおずとした態度で口を開く。
「あ、あのう……ええと」
そう言ったきり俯く。口をもごもごさせているが、言葉が出て来ない。イライラする奴だ、と晴美は思った。きつい目線を彼に向け、口を開く。
「聞こえないよ。あのさあ、言いたいことあんなら、はっきり言いなよ。さっきもそう。嫌なものは嫌だって、はっきり言わなきゃ」
「う、うん。あ、ありがとう」
ペこりと頭を下げる隆之。気は弱く陰気な感じだが、素直な性格であるらしい。
晴美は、思わずくすりと笑っていた。すると、隆之も恥ずかしそうに笑う。その時、彼が持っていたノートが目に入る。
表紙には、猫の絵が描かれていた。デフォルメされた猫が、ニヤリと笑っている絵だ。見覚えのあるキャラである。晴美は、首を傾げ聞いてみた。
「ねえ、それって極道猫じゃないの?」
その途端、隆之の表情が一変する。
「えっ、これ知ってるの!?」
極道猫とは、ぶっちぎりの武闘派ヤクザだった男が抗争で命を落とし、猫に生まれ変わって一般家庭に飼われてしまう……というストーリーの漫画である。見た目は可愛らしい猫だが内面はヤクザというギャップやハードボイルドな語り口調、さらにブラックユーモア溢れる世界観が一部で話題となり、カルト的な人気のある作品だった。
この漫画、本来のターゲットである少年層より、むしろ大学生やサラリーマン世代にウケていたのだが……子供向け漫画としては、あまりにも攻めすぎた姿勢が問題視されてしまい、良識を重んじる評論家や団体からさんざん叩かれる。挙げ句に、打ち切りとなってしまった。
隆之は、この極道猫が大好きだった。他の少年向け漫画とは違い、裏社会を生きて来た猫の冷めた視点と皮肉な口調が、大人の世界を感じさせたのだ。さらに、時おり登場するヤクザ時代の思い出や裏の世界のちょっとした逸話も、妙にリアリティのあるものだった。非日常の世界を、ちょっとだけ覗いた気になれたのである。
連載が終了した時、隆之はひどく悲しんだ。納得いかない彼は、いつからかノートに絵を描くようになっていた。それだけでは飽き足らず、ひそかに小説の形で続きを書くようにもなっていた。
その存在すら、同級生では知っている者がほとんどいなかったマニアックな漫画である『極道猫』。まさか、一目で気づく者が居ようとは。
「知ってるよ。あたし、あれ好きだったんだから」
当然だ、という表情の晴美。隆之は、親近感を抱いた。自分とは、違う世界の住人だと思い込んでいたが、まさか接点があったとは。
その時、晴美がノートを指さした。
「絵、上手いね。ちょっと見せてもらっていい?」
「う、うん!」
隆之は、嬉しそうにノートを渡した。中野の時とは、完全に真逆の態度である。
手渡されたノートを、晴美はじっくり見ていた。やがて顔を上げる。
「上手いじゃん。極道猫を好きな人が、同じクラスにいたなんて嬉しいよ」
そういって、ノートを返した。その時、隆之はノートを開く。
「こ、これも読んで欲しいんだ!」
いきなり上擦った声で言われ、さすがの晴美も動揺した。見ると、字がびっしり書かれている。
「えっ、何? これを読むの?」
きょとんした顔の晴美に、隆之はうんうんと頷いた。さらに勢いこんで語り出す。
「これ、極道猫の二次創作の小説なんだ。原作を知ってる人に読んでもらいたいって、ずっと思ってたんだ。よかったら、君に読んでもらいたい……」
そこで、隆之は言葉を止めた。晴美が唖然となっているのに気づいたのだ。完全に、引いてしまっているらしい。
途端に、顔が赤くなる。
「あ、その……ごめん。き、急だったよね。き、気が向いたらさ、よ、読んでみて」
言いながら、ノートをランドセルにしまおうとした。その時、晴美が声をかける。
「いや、見ないとは言ってないから」
「えっ?」
隆之は顔を上げた。晴美は、口元に笑みを浮かべている。
「極道猫の二次なんでしょ? だったら読んでみたい。見せてよ」
「う、うん!」
勢いこんで頷き、すぐさまノートを手渡した。晴美はノートを開き、書かれているものに目を通している。その眼差しは、真剣そのものだった。
晴美の真剣な表情は、隆之にはとても眩しく見える。綺麗だ、と思った。女の子を見て、こんな気持ちになったのは初めてだった。
不意に、彼女が顔を上げる。隆之はドキリとなった。顔を赤くし、目を逸らす。
だが、直後に聞こえた言葉は、彼を有頂天にさせた──
「これ、面白いじゃん。続き読みたいから、もっと書いてよ」
それから、ふたりは徐々に親しくなっていった。
交流を深めていくうち、隆之は晴美の家庭の事情を知る。幼い頃に両親を亡くし、親戚に預けられたが……あちこちをたらい回しにされた挙げ句、この町の施設に預けられたのだった。
そんな彼女は、不幸な境遇にも負けず強く逞しい女の子へと成長していった。男の子との殴り合いも辞さない晴美は、周囲の者から一目置かれるようになっていた。
恵まれない境遇にありながらも、笑顔をたやさず明るくカッコよく生きている晴美。そんな彼女は、隆之の目にはとても眩しく見えた。
その後、ふたりは同じ公立中学校に進学し、同じ高校に入学する。明るく活発でスポーツ好きな晴美と、人見知りな性格で暗く引っ込み思案のオタク少年な隆之。全く違う世界の住人のはずだった。しかし、ふたりは友達として付き合っていく。いや、友達というよりは姉と弟のような関係であった。
やがて高校二年の時、隆之に転機が生じた。彼がひそかに書いていた小説が、新人賞を取ったのだ。
受賞を知った時、真っ先に報告したのは晴美にだった。
隆之は、現役高校生の作家としてデビューした。とは言っても、世間から見れば無名の存在ではある。それでも、嬉しかった。自分が今まで打ち込んできたことが評価されたのだから。彼は、創作にさらに打ち込んでいく。
そんな隆之の側には、いつも晴美がいた。暗く引っ込み思案で頼りない隆之を、姉のようにフォローしてくれていたのである。
大学に進学したのを機に、隆之は晴美に告白する。夜、ふたりで公園を歩いていた時、不意に彼女の前で立ち止まった。
「あ、あのさあ……晴ちゃん今ひとりでしょ? だったら、僕と付き合ってみる……みたいなのは……駄目かなあ……なんてことを、今ふと思っちゃったりしたんだけど……どうかなあ、なんつって」
出来るだけ軽い口調で言った、つもりだった。重くならないよう意識し、仮に断られてもふたりの関係が壊れないことを祈りつつ、一世一代の告白をしたのだ。
もっとも、心臓は破裂しそうなほど激しく高鳴り、足はがくがく震えていた。口はカラカラに乾き、呼吸することすら困難な状態である。お世辞にも、軽そうとは言えない。
晴美はというと、きょとんとした顔で見ている。一方、隆之は真っ青な表情で返事を待っていた。今にも倒れそうな様子だ。
不意に、晴美がくすりと笑った。笑いながら、隆之の頭を小突く。
「何それ。告白のつもり?」
「えっ、いや、あのう……」
しどろもどろな隆之に、晴美はため息を吐いた。
「しょうがないなあ。ま、姉弟に間違われるのも面倒だから、付き合ってもいいよ」
その言葉を聞いた途端、隆之はへなへなと崩れ落ちる。晴美は、慌てて助け起こした。
「ちょっと、大丈夫!?」
「だ、大丈夫だよ。なんか、力が抜けちゃってさ」
情けない表情の隆之を見て、晴美は苦笑した。
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