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真相
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「あ、あなたが三村大翔さんですか」
大下は、驚愕の表情を浮かべ目の前の少年を見ていた。
それも無理もない話だ。事前の調査によれば、三村大翔は引きこもりのニートだった。中学生の時にひどいイジメに遭い、不登校になる。以来、十六歳になるまで引きこもっていた。当時の写真や画像などを見ても、線の細さと気弱そうなおどおどした目つきが印象的である。顔立ちそのものは悪くないが、自信の無さが画像からも見てとれる。魅力的とは、お世辞にもいえない。
父の勧めで鬼灯親交会に参加したものの、火災に遭い行方不明となっていた。それから一年近くが経過し、いきなり姿を現したのだ。
間近で見る大翔には、イジメに遭い引きこもっていたニートという雰囲気はない。精悍な顔つき、Tシャツ越しにもわかる筋肉質の引き締まった体、野生味あふれる鋭い瞳……軽量級の有名格闘家か、若きエリート兵士といった雰囲気を醸し出している。
何よりの大きな違いは、内面からにじみ出ている圧倒的な自信だ。人は、僅か一年足らずでここまで変われるものなのだろうか。
「こんな時にお邪魔して、本当に申し訳ありません。ですが、あなたには是非とも話してもらいたいことがあるんです」
大下は、額の汗を拭いながら言った。すると、大翔は苦笑しつつ立ち上がった。
「この暑いのに、わざわざここまで来るとは。あなたは、本当に仕事熱心なんですね」
そう、ここまで来るのに、大下はかなり苦労したのだ。
ふたりがいるのは、三村家の別荘である。白土市の山の中に建てられており、途中で急な階段を昇らなくてはならない。しかも夏真っ盛りの八月では、じっとしていても汗が出る。
日頃から鍛練を欠かさない大下も、この暑さにはまいっていた。普段なら、頼まれても来たくはない。
だが、この三村大翔には絶対に会っておかねばならなかった。
「こんなものでよければ、飲んでください」
言いながら、麦茶の入ったグラスを差し出す大翔。大下は頭を下げて受け取り、即座に飲み干した。
「いや、ありがとうございます。お陰で、生き返りましたよ……あ、すみません。こんな時に、不謹慎でしたね」
「いえいえ、お気になさらないでください。家族の件を、いつまでも引きずってはいられませんから」
大翔は、ニッコリ微笑んだ。
確かに、今の発言は不謹慎だ。大翔の父・三村一樹と母・麻美、そして兄・健都は、二ヶ月ほど前に車の事故で亡くなっていた。
事故の一月後、行方不明になっていた大翔が都内の派出所に出頭する。鬼灯村火災で行方不明になっていた少年が、一年近く経ってから姿を現した……このニュースは、一時期テレビやネットなどで話題となる。マスコミは、こぞって取材を申し込んだ。しかし、返ってきたのはこの言葉だけである。
「何があったのか、全く記憶にありません。気がついたら、森の中を歩いていました。ホームレス同然の暮らしをしながら、どうにか生きていました」
後は、取材を完全にシャットアウトする。マスコミも最初のうちは大翔をしつこく追い回した。しかし、彼らの興味や関心はすぐに別の人物へと移る。有りがちな話だ。
だが、大下だけは違っていた。彼もまた最初のうちは断られたが、諦めることなく何度も連絡した。時には、彼の行く先を独自に調べて待ち伏せたりもした。
最終的に効果があったのは、この言葉だった。
「私は、桐山譲治くんを事情聴取しました」
この一言を発した途端、大翔は会うことを承諾したのである。
「刑事さんは、僕に何が聞きたいのです?」
親しげな口調で、大翔は聞いてきた。
「まずは、あの日、あなたが何を見たのか……それを聞かせてください」
「鬼灯村事件ですか。あなたは、既に気付かれているのではないですか?」
その言葉に、大下は苦笑した。
「どうでしょうね。まずは、あなたの話を聞かせてください」
「あれはね、いくつかの偶然が重なった不思議な話なんですよ。まず初めは、ラエム教が絵図を描いた単純な計画でした。ガリラヤの地が主催する鬼灯親交会ですが、そもそもはラエム教への高評価と信者の獲得を狙ったイベントだったんですよ」
それは、大下も知っている。だが、黙ったまま彼の話を聞くことにした。目の前にいる少年は、この事件に深くかかわっている。恐らく、全ての真相を目の当たりにしてきたのだろう。今まで身を隠していたのも、そのせいだ。
「ところが、コストがかかる割に思った程の効果が出ない。そこで彼らは考えました。鬼灯親交会は、今年をもって終わりにしようと。しかし、ここまで上手くいってきたものを中止させるには、それなりの理由が必要です」
それも、大下は知っている。付け加えるなら、ラエム教とガリラヤの地の関係がこじれてきたのも理由のひとつだ。もっとも、その事実を指摘する気はなかった。今は黙ったまま、彼に話させよう。
「そこに絡んできたのが、銀星会です。奴らは、石野怜香の母親から娘の殺害を依頼されていました。保険金殺人ですね。銀星会は、山の中での事故に見せかけ怜香さんを殺害する計画を立てました。そこで、銀星会とラエム教の利害が一致したわけです。事故が起きたとなると、鬼灯親交会も中止せざるを得ないですからね」
銀星会。
日本屈指の広域指定暴力団であるこの組織は、事件に深くかかわっている。石野怜香の母親である石野明美の愛人は、銀星会の構成員だった。ふたりは、実の娘である怜香に生命保険をかけての殺害を企てる。それもまた、既に調査済みだ。
ただし、大翔がその点に行き当たっていたとは意外だった。この少年の調査能力は侮れない。
「さらに浮上してきたのが、千葉拓也さんです。拓也さんは、両親とラエム教徒である保護司の勧めで鬼灯親交会に参加しました。彼にも生命保険がかけられていましたからね。二人を事故死させれば、ラエム教も銀星会も得するわけですよ」
驚きだった。まさか、大翔がここまで知っていたとは。探偵でも雇ったのだろうか。少なくとも、素人がネットで調べた程度では掴めない情報のはずだ。
そんな大下に向かい、大翔は語り続ける。
「しかも、何の偶然か桐山譲治まで会に参加することになりました。僕の予想ですが、彼の参加を知り、計画は変更となったのでしょう。二人を事故死させるよりは、殺人の前歴がある譲治が殺した……という形にした方が自然だと考えたのですよ」
「なるほど」
大下は、思わず相槌を打っていた。桐山の参加は偶然であるのは間違いない。が、その参加により連中が計画を変更させた……有り得る話だ。二人が事故で死ぬよりは、かつて殺人を犯したことのある少年に殺された、という形にした方がつじつまは合う。
「彼らのシナリオは、こうです。まず、適当な理由をつけて譲治を反省室に入れる。その後、ボランティアのナタリーさんが反省室の鍵をかけ忘れ、譲治が脱走する。凶暴化した譲治が二人を……いや三人を殺し、ガリラヤの地の職員が取り押さえて警察に突き出す予定だったのですよ。実際には、職員が三人を殺して、その罪を譲治とナタリーさんに押しつけるのですがね」
「三人? 二人ではないのですか?」
思わず、話の途中で聞いていた。すると、大翔は頷く。
「ええ、彼らの標的は三人だったのです。まあ、それについては後でお話しますよ。ところが、ここで偶然に偶然が重なり、計画に大きな狂いが生じました。まず、彼らは譲治をあまりにも甘く見ていました。譲治はね、職員たちの手に負えるような人間じゃなかったんですよ。彼らは譲治を取り押さえることに失敗し、まんまと逃げられました。結果、彼のお陰で僕たちは村を脱出できたのです」
「では、あなたは見たのですか?」
ここで、ようやく本題に入った。鬼灯村火災のことも知らねばならないが、それ以上に知りたいのは桐山のしたことだ。
「見たって、何をですか?」
「桐山が、人を殺すところです」
「直接は見ていませんが、彼が襲撃してきた者を殺したのは間違いないですね。でも、あれは正当防衛ですよ。僕たちの命を守るためにしたことです」
「それは無理ですね。あれだけの人が死んでいては、正当防衛は成立しません」
その言葉に、大翔は目を逸らし下を向いた。一方、大下は語り続ける。
「私はね、あの事件の直後に桐山を取り調べました。衝撃を受けましたよ。あの男はモンスターです。心のどこにも、人間らしい光や影が感じられない。それどころか、快楽殺人犯の可能性もある。桐山を放っておいたら、大変なことになります。是非とも、警察署で見たまま聞いたままを話してください。あなたの証言があれば、奴に逮捕状が出るはずです」
「なるほど、そうですか。あなたの目的は、桐山譲治を逮捕することだけなのですね。まあ、想像通りでしたが」
顔を伏せたまま、大翔は言った。大下は、深く頷く。
「そうです。桐山を、自由の身にしておいてはいけない。あなたの協力があれば、奴を逮捕できます」
その時、大翔は顔を上げる。不敵な表情を浮かべ、口を開いた。
「その前に、ひとつ話をさせてください。本当なら、僕も鬼灯村で殺されているはずだったんですよ」
語る少年の目には、光が宿っている。大下は微かな疑問を感じた。この目、どこかで見た覚えがある。どこで見たのだろう?
次の瞬間、そんな疑問など吹き飛ばす言葉が飛び出る──
「父が裏の人間に依頼し、依頼された者がガリラヤの地に話を持ちかけました。総理大臣の椅子をも視野に入れていた父にとって、僕の存在は汚点でしかないですからね」
「いや、それはないだろう」
あまりにもとんでもない言葉に、思わず強い口調で言い返していた。ありえない話だ。確かに、ニート息子は立場的にマイナスにはなってもプラスにはならない。だからといって、そこまでするだろうか。
しかし、大翔は態度を変えず語り続ける。
「そうでもないんですよ。引きこもりのニートである僕が死ねば、選挙の際のマイナス点がひとつ減ります。また、同情票も集めやすいですからね。息子を凶悪な犯罪者に殺された父親が、世の中を変えようと政界に入る……いかにも、日本人の好みそうな話ではありませんか」
「考えすぎだ。陰謀論と同じだよ」
「あなたは、父という人間をまるでわかっていない。あの男はね、それくらい平気でやりますよ。自分の野心のためなら、子供のひとりやふたりは何のためらいもなく死なせます」
その言葉の奥には、氷のような冷たさがあった。大下は言い返そうとしたが、続いて放たれた言葉に、思わず顔を歪める。
「僕が直接聞いたわけではありませんが、譲治がちゃんと聞き出してくれていましたよ。ガリラヤの地は、僕の殺害を父から依頼されたそうです。それもまた、桐山譲治のやったこととして報道される予定でした」
衝撃を受けながらも、言い返そうとした時だった。大下は、己の体に違和感を覚える。舌が妙に重く感じるのだ。
一方、大翔は真剣な表情で喋り続ける。
「身を隠していた間は、本当につらかったです。死にそうな体験もしました。ですが、僕は死ねなかった。理由のひとつは、両親に復讐するためですよ」
「君は、何を言っているんだ?」
ようやく、大下の口から言葉が出た。眉間に皺を寄せ、大翔を睨みつける。が、すぐに表情が緩む。何かがおかしい。体が変だ。
大翔はくすりと笑い、再び語り出す。
「もうひとつは、あの人を探し出すためです。僕が、生まれて初めて心から愛した人……あの人を見つけるためには、力と金が必要でした。ですから、まずは父と母と兄に死んでもらったんです。財産を全ていただくためにね」
大翔は、とんでもないことを告白している。だが、それどころではない。大下は、やっと異変の正体に気づいた。手足にうまく力が入らない。体が、思うように動かせないのだ。どういうことだろう。
その謎は、すぐに解けた。
「やっと効いてきましたか。実はね、先ほどあなたが飲んだ麦茶には、特殊な筋弛緩剤が入っていました。もう、あなたは体を動かすことが出来ないでしょう」
その言葉に、大下は顔を歪めた。だが、すぐに表情が弛緩してしまう。どうにか体を動かそうとするが、手足をずらすのがやっとだ。心の中に疑問が湧いてくる。なぜだ? なぜ、こんなことをする?
必死で動こうとする大下に向かい、大翔は語る。
「僕がなぜ、こんな所を指定したと思います? ここに来るまで、あなたは大量の汗をかく。結果、薬の入った麦茶を確実に飲んでくれるだろう……と。計算通りにいきました。まあ、プランBやCも用意してありましたけどね」
「なぜだ? なぜ、こんなことをする?」
ようやく、言葉が出た。だが、体と同じく舌も上手く動かせない。
そんな大下を、大翔は蔑むような目で見つめる。
「桐山譲治は、僕の友だちなんですよ。生まれて初めて出来た、最高の親友です。彼を侮辱する者は、僕が許しません」
「ち、違う。侮辱などしていない」
かろうじて話すことは出来る。どうにか、言葉による説得が出来れば……。
「あなたはさっき、桐山の心には光がない、とおっしゃっていましたね。それは違います。彼には、山村伽耶という光があったんです。とても暖かく、貴い光がね……それを見抜けなかったあなたには、譲治を理解することなど不可能なんですよ。それ以前に、僕たちのすることの邪魔にもなるでしょうしね」
大翔の突き刺すような言葉。しかし、何も言い返せない。大下は、必死で手を動かそうとした。ポケットのスマホに触れようとする。だが、動かない。かろうじて、肩の筋肉がピクピク動くだけだ。それすら困難になってきている。
その時、ドアの開く音がした。大翔はニヤリと笑う。
「ゲストが来ましたよ。あなたが会いたがってた人です。せっかくだから、会わせてあげようと思いましてね」
入ってきた者を見た瞬間、大下の口が開いた。
片方は桐山譲治だ。取り調べた時と同じく、Tシャツとカーゴパンツ姿である。耳には、人の内臓を模したようなピアスを付けていた。ヘラヘラ笑いながら、動けない大下を見下ろしている。
もうひとりは、金色の髪をショートカットにした若い女だ。恐らく十代の半ばだろう。少女といっていい年代だ。タンクトップとデニム姿で、ほっそりした体型である。もっとも、肩や腕はしなやかな筋肉に覆われていた。耳にはピアスを付けている。譲治と同じものだ。
少女は不敵な笑みを浮かべ、大下を見下ろしている。誰だろうか。だが、こんな女のことなどどうでもいい。
目の前に、あの桐山譲治がいる──
「き、桐山……」
どうにか、言葉が出た。まさか、桐山譲治と大翔が行動を共にしていたとは。
すると、譲治はニイと笑った。
「お久しぶりなのん、大下さん。紹介すんね、僕ちんのハニーの伽耶ちゃん」
言った直後、譲治は少女の肩に手を回した。目をつぶり、彼女の頬に唇を押し付ける。だが少女の方は、大下から視線を外さない。
その時、大下は気づいた。
「山村……」
それ以上は、言葉が出てこなかった。言葉にする必要もなかった。
この女は、山村伽耶なのだ。彼女もまた、恐ろしく印象が変わっていた。ちびっこの家の高岡は言っていたのだ……伽耶はとても真面目で、堅物だが正義感の強い子だったと。実際、写真や画像などから受ける印象は、高岡の言った通りのものだった。
しかし、目の前の少女は違う。鋭い瞳からは、高い知性と意思の強さを感じさせる。さらに全身から、数々の修羅場を経験した匂いを放っている。ただし、金目当ての犯罪者とは根本から異なっていた。あえて言うなら、政治犯のごとき雰囲気だ。
これまで大勢の犯罪者を見てきた大下の目から見ても、ヤクザや半グレなどといった人種とはレベルの違う凄みを感じる。
何よりの変化は、顔の痣が綺麗に消えていたことだ──
「はじめまして、山村伽耶です」
言った直後、彼女はポケットからタバコの箱を取り出す。
一本取り出し、口に咥えた。すると、譲治がぱっとライターを出した。ホストのように、恭しい態度で火をつける。
伽耶は煙を吸い込んだ。一瞬の間を空け、煙を吐き出す。
直後、再びこちらを見た。
「知ってます? タバコって虫よけになるんですよ。一時、山に潜んでいましてね。虫や蛇なんかを防ぐために吸い始めましたよ」
言った後、彼女はまたタバコを咥えた。煙を吸い込みながら、ゆっくりと近づいてくる。
「あなた方警察は、法の番人であると同時に正義を執行する機関でもあるはずです。あなたが関係者に会っていると聞いて、私は期待していたんですよ。いつか、警察がラエム教と銀星会の罪を暴き、罰を与えてくれるんじゃないかと。ところが、あなたが追っていたのは譲治だけだった」
穏やかな口調であった。だが、そこで伽耶の表情は一変する。
「警察は、ラエム教や銀星会のような巨悪のしたことは見逃すくせに、譲治のような人間の犯した罪はきっちり罰しようとするんですね。小学生の時と、全く同じです」
伽耶の口調は、がらりと変わっていた。美しい顔には、冷ややかな殺意が浮かんでいる。脅しやハッタリではない本物の殺意だ。
この少女は、顔の痣と共に己の良心をも消してしまったのか──
「小学生の時、私は奴らに殺されかけた。私を助けるため、譲治は上原を殺した。なのに、あんたらが罰したのは譲治だけ。他の連中は、野放しのままだった」
言いながら、タバコの煙を大下に吹きかける。直後、伽耶の口元が歪んだ。
「鬼灯村の事件も同じ。千葉さんも石野さんも、目の前でクズどもに殺された。私と大翔も殺されかけた。私たちを守るため、譲治はボロボロになりながら必死で戦ったんだよ。そんな譲治を、あんたらは罰する気なんだね。本当に悪い奴らは、野放しのまま。あんたらのやり方は、よくわかったよ。私はもう、あんたらには従わない。これからは、譲治や大翔と同じ道を行く。ラエム教にも銀星会にも、私が罰を与える」
鋭い口調で言い放った伽耶は、咥えていたタバコを手にした。火のついたままのタバコを、大下の顔面に投げつける。その瞳には、未だ消えることのない恨みがある。
直後、大翔が口を開いた。
「アメリカの連続殺人鬼ベン・ルーニーは、犠牲者の肉を食べていたそうです。特に、腎臓のアップルソースかけがお気に入りだったとか。犠牲者の肉を食べることで、人間を超越した怪物になれる……ベンは、そう信じていたそうです。事実、彼は人間離れした能力の持ち主だったと記録されています。手錠を壊してみせたり、裏返しにされたカードの模様を正確に当ててみせたとか。死刑を受け入れる気になったのも、人生に飽きたからだ……と、本人は述懐していたらしいです。実際、微笑みながら電気椅子に座ったそうですよ」
そこで、大翔の顔つきが変わる。
「僕はね、強くならなきゃいけないんですよ。あの人を捜し出して、彼女を苦しめる者から守ってあげたいんです。そのためには、ベンのような強さが必要なんです」
憑かれたような表情で、大翔は語っていた。その瞳には、異様な光が宿っている。
やっと思い出した。取り調べの時の譲治だ。あの時の譲治と、似たものが瞳に宿っている。
「お、お前ら、俺をどうする気だ?」
どうにか、声を搾り出す。もはや、顔を動かすことすら出来ない。かろうじて、声を出すのがやっとである。
先輩刑事の高山の言葉が脳裏に蘇る。
(お前だって、家庭を持って平和な人生を歩みたいだろうが。だったら、ここまでにしておけ)
高山は正しかった。この世の中には、刑事であっても足を踏み入れてはいけない領域がある。かかわってはいけない者たちがいる。
刑事といえど、しょせんは人間。こんな人間をやめようとしている怪物たちに、単独で会ってはいけなかったのだ。
後悔の念が、体中を駆け巡る──
「どうする気か、知りたい?」
答えたのは譲治だ。ニヤリと笑った直後、顔を大下の耳元に近づけて来る。大下は必死で遠ざかろうとした。だが、体は動かない。今では、心臓の動きすら小さくなってきた気がする。
譲治の手が、ゆっくりと伸びてくる。その時、大下の脳裏にある言葉が浮かんだ。
(敏行、よく聞け。儂は、戦場で鬼を見た。この世の中には、本物の鬼がいる。奴らとは、絶対にかかわるな)
やっとわかったよ、爺ちゃん。
こいつら、本物の鬼だ──
大下は、驚愕の表情を浮かべ目の前の少年を見ていた。
それも無理もない話だ。事前の調査によれば、三村大翔は引きこもりのニートだった。中学生の時にひどいイジメに遭い、不登校になる。以来、十六歳になるまで引きこもっていた。当時の写真や画像などを見ても、線の細さと気弱そうなおどおどした目つきが印象的である。顔立ちそのものは悪くないが、自信の無さが画像からも見てとれる。魅力的とは、お世辞にもいえない。
父の勧めで鬼灯親交会に参加したものの、火災に遭い行方不明となっていた。それから一年近くが経過し、いきなり姿を現したのだ。
間近で見る大翔には、イジメに遭い引きこもっていたニートという雰囲気はない。精悍な顔つき、Tシャツ越しにもわかる筋肉質の引き締まった体、野生味あふれる鋭い瞳……軽量級の有名格闘家か、若きエリート兵士といった雰囲気を醸し出している。
何よりの大きな違いは、内面からにじみ出ている圧倒的な自信だ。人は、僅か一年足らずでここまで変われるものなのだろうか。
「こんな時にお邪魔して、本当に申し訳ありません。ですが、あなたには是非とも話してもらいたいことがあるんです」
大下は、額の汗を拭いながら言った。すると、大翔は苦笑しつつ立ち上がった。
「この暑いのに、わざわざここまで来るとは。あなたは、本当に仕事熱心なんですね」
そう、ここまで来るのに、大下はかなり苦労したのだ。
ふたりがいるのは、三村家の別荘である。白土市の山の中に建てられており、途中で急な階段を昇らなくてはならない。しかも夏真っ盛りの八月では、じっとしていても汗が出る。
日頃から鍛練を欠かさない大下も、この暑さにはまいっていた。普段なら、頼まれても来たくはない。
だが、この三村大翔には絶対に会っておかねばならなかった。
「こんなものでよければ、飲んでください」
言いながら、麦茶の入ったグラスを差し出す大翔。大下は頭を下げて受け取り、即座に飲み干した。
「いや、ありがとうございます。お陰で、生き返りましたよ……あ、すみません。こんな時に、不謹慎でしたね」
「いえいえ、お気になさらないでください。家族の件を、いつまでも引きずってはいられませんから」
大翔は、ニッコリ微笑んだ。
確かに、今の発言は不謹慎だ。大翔の父・三村一樹と母・麻美、そして兄・健都は、二ヶ月ほど前に車の事故で亡くなっていた。
事故の一月後、行方不明になっていた大翔が都内の派出所に出頭する。鬼灯村火災で行方不明になっていた少年が、一年近く経ってから姿を現した……このニュースは、一時期テレビやネットなどで話題となる。マスコミは、こぞって取材を申し込んだ。しかし、返ってきたのはこの言葉だけである。
「何があったのか、全く記憶にありません。気がついたら、森の中を歩いていました。ホームレス同然の暮らしをしながら、どうにか生きていました」
後は、取材を完全にシャットアウトする。マスコミも最初のうちは大翔をしつこく追い回した。しかし、彼らの興味や関心はすぐに別の人物へと移る。有りがちな話だ。
だが、大下だけは違っていた。彼もまた最初のうちは断られたが、諦めることなく何度も連絡した。時には、彼の行く先を独自に調べて待ち伏せたりもした。
最終的に効果があったのは、この言葉だった。
「私は、桐山譲治くんを事情聴取しました」
この一言を発した途端、大翔は会うことを承諾したのである。
「刑事さんは、僕に何が聞きたいのです?」
親しげな口調で、大翔は聞いてきた。
「まずは、あの日、あなたが何を見たのか……それを聞かせてください」
「鬼灯村事件ですか。あなたは、既に気付かれているのではないですか?」
その言葉に、大下は苦笑した。
「どうでしょうね。まずは、あなたの話を聞かせてください」
「あれはね、いくつかの偶然が重なった不思議な話なんですよ。まず初めは、ラエム教が絵図を描いた単純な計画でした。ガリラヤの地が主催する鬼灯親交会ですが、そもそもはラエム教への高評価と信者の獲得を狙ったイベントだったんですよ」
それは、大下も知っている。だが、黙ったまま彼の話を聞くことにした。目の前にいる少年は、この事件に深くかかわっている。恐らく、全ての真相を目の当たりにしてきたのだろう。今まで身を隠していたのも、そのせいだ。
「ところが、コストがかかる割に思った程の効果が出ない。そこで彼らは考えました。鬼灯親交会は、今年をもって終わりにしようと。しかし、ここまで上手くいってきたものを中止させるには、それなりの理由が必要です」
それも、大下は知っている。付け加えるなら、ラエム教とガリラヤの地の関係がこじれてきたのも理由のひとつだ。もっとも、その事実を指摘する気はなかった。今は黙ったまま、彼に話させよう。
「そこに絡んできたのが、銀星会です。奴らは、石野怜香の母親から娘の殺害を依頼されていました。保険金殺人ですね。銀星会は、山の中での事故に見せかけ怜香さんを殺害する計画を立てました。そこで、銀星会とラエム教の利害が一致したわけです。事故が起きたとなると、鬼灯親交会も中止せざるを得ないですからね」
銀星会。
日本屈指の広域指定暴力団であるこの組織は、事件に深くかかわっている。石野怜香の母親である石野明美の愛人は、銀星会の構成員だった。ふたりは、実の娘である怜香に生命保険をかけての殺害を企てる。それもまた、既に調査済みだ。
ただし、大翔がその点に行き当たっていたとは意外だった。この少年の調査能力は侮れない。
「さらに浮上してきたのが、千葉拓也さんです。拓也さんは、両親とラエム教徒である保護司の勧めで鬼灯親交会に参加しました。彼にも生命保険がかけられていましたからね。二人を事故死させれば、ラエム教も銀星会も得するわけですよ」
驚きだった。まさか、大翔がここまで知っていたとは。探偵でも雇ったのだろうか。少なくとも、素人がネットで調べた程度では掴めない情報のはずだ。
そんな大下に向かい、大翔は語り続ける。
「しかも、何の偶然か桐山譲治まで会に参加することになりました。僕の予想ですが、彼の参加を知り、計画は変更となったのでしょう。二人を事故死させるよりは、殺人の前歴がある譲治が殺した……という形にした方が自然だと考えたのですよ」
「なるほど」
大下は、思わず相槌を打っていた。桐山の参加は偶然であるのは間違いない。が、その参加により連中が計画を変更させた……有り得る話だ。二人が事故で死ぬよりは、かつて殺人を犯したことのある少年に殺された、という形にした方がつじつまは合う。
「彼らのシナリオは、こうです。まず、適当な理由をつけて譲治を反省室に入れる。その後、ボランティアのナタリーさんが反省室の鍵をかけ忘れ、譲治が脱走する。凶暴化した譲治が二人を……いや三人を殺し、ガリラヤの地の職員が取り押さえて警察に突き出す予定だったのですよ。実際には、職員が三人を殺して、その罪を譲治とナタリーさんに押しつけるのですがね」
「三人? 二人ではないのですか?」
思わず、話の途中で聞いていた。すると、大翔は頷く。
「ええ、彼らの標的は三人だったのです。まあ、それについては後でお話しますよ。ところが、ここで偶然に偶然が重なり、計画に大きな狂いが生じました。まず、彼らは譲治をあまりにも甘く見ていました。譲治はね、職員たちの手に負えるような人間じゃなかったんですよ。彼らは譲治を取り押さえることに失敗し、まんまと逃げられました。結果、彼のお陰で僕たちは村を脱出できたのです」
「では、あなたは見たのですか?」
ここで、ようやく本題に入った。鬼灯村火災のことも知らねばならないが、それ以上に知りたいのは桐山のしたことだ。
「見たって、何をですか?」
「桐山が、人を殺すところです」
「直接は見ていませんが、彼が襲撃してきた者を殺したのは間違いないですね。でも、あれは正当防衛ですよ。僕たちの命を守るためにしたことです」
「それは無理ですね。あれだけの人が死んでいては、正当防衛は成立しません」
その言葉に、大翔は目を逸らし下を向いた。一方、大下は語り続ける。
「私はね、あの事件の直後に桐山を取り調べました。衝撃を受けましたよ。あの男はモンスターです。心のどこにも、人間らしい光や影が感じられない。それどころか、快楽殺人犯の可能性もある。桐山を放っておいたら、大変なことになります。是非とも、警察署で見たまま聞いたままを話してください。あなたの証言があれば、奴に逮捕状が出るはずです」
「なるほど、そうですか。あなたの目的は、桐山譲治を逮捕することだけなのですね。まあ、想像通りでしたが」
顔を伏せたまま、大翔は言った。大下は、深く頷く。
「そうです。桐山を、自由の身にしておいてはいけない。あなたの協力があれば、奴を逮捕できます」
その時、大翔は顔を上げる。不敵な表情を浮かべ、口を開いた。
「その前に、ひとつ話をさせてください。本当なら、僕も鬼灯村で殺されているはずだったんですよ」
語る少年の目には、光が宿っている。大下は微かな疑問を感じた。この目、どこかで見た覚えがある。どこで見たのだろう?
次の瞬間、そんな疑問など吹き飛ばす言葉が飛び出る──
「父が裏の人間に依頼し、依頼された者がガリラヤの地に話を持ちかけました。総理大臣の椅子をも視野に入れていた父にとって、僕の存在は汚点でしかないですからね」
「いや、それはないだろう」
あまりにもとんでもない言葉に、思わず強い口調で言い返していた。ありえない話だ。確かに、ニート息子は立場的にマイナスにはなってもプラスにはならない。だからといって、そこまでするだろうか。
しかし、大翔は態度を変えず語り続ける。
「そうでもないんですよ。引きこもりのニートである僕が死ねば、選挙の際のマイナス点がひとつ減ります。また、同情票も集めやすいですからね。息子を凶悪な犯罪者に殺された父親が、世の中を変えようと政界に入る……いかにも、日本人の好みそうな話ではありませんか」
「考えすぎだ。陰謀論と同じだよ」
「あなたは、父という人間をまるでわかっていない。あの男はね、それくらい平気でやりますよ。自分の野心のためなら、子供のひとりやふたりは何のためらいもなく死なせます」
その言葉の奥には、氷のような冷たさがあった。大下は言い返そうとしたが、続いて放たれた言葉に、思わず顔を歪める。
「僕が直接聞いたわけではありませんが、譲治がちゃんと聞き出してくれていましたよ。ガリラヤの地は、僕の殺害を父から依頼されたそうです。それもまた、桐山譲治のやったこととして報道される予定でした」
衝撃を受けながらも、言い返そうとした時だった。大下は、己の体に違和感を覚える。舌が妙に重く感じるのだ。
一方、大翔は真剣な表情で喋り続ける。
「身を隠していた間は、本当につらかったです。死にそうな体験もしました。ですが、僕は死ねなかった。理由のひとつは、両親に復讐するためですよ」
「君は、何を言っているんだ?」
ようやく、大下の口から言葉が出た。眉間に皺を寄せ、大翔を睨みつける。が、すぐに表情が緩む。何かがおかしい。体が変だ。
大翔はくすりと笑い、再び語り出す。
「もうひとつは、あの人を探し出すためです。僕が、生まれて初めて心から愛した人……あの人を見つけるためには、力と金が必要でした。ですから、まずは父と母と兄に死んでもらったんです。財産を全ていただくためにね」
大翔は、とんでもないことを告白している。だが、それどころではない。大下は、やっと異変の正体に気づいた。手足にうまく力が入らない。体が、思うように動かせないのだ。どういうことだろう。
その謎は、すぐに解けた。
「やっと効いてきましたか。実はね、先ほどあなたが飲んだ麦茶には、特殊な筋弛緩剤が入っていました。もう、あなたは体を動かすことが出来ないでしょう」
その言葉に、大下は顔を歪めた。だが、すぐに表情が弛緩してしまう。どうにか体を動かそうとするが、手足をずらすのがやっとだ。心の中に疑問が湧いてくる。なぜだ? なぜ、こんなことをする?
必死で動こうとする大下に向かい、大翔は語る。
「僕がなぜ、こんな所を指定したと思います? ここに来るまで、あなたは大量の汗をかく。結果、薬の入った麦茶を確実に飲んでくれるだろう……と。計算通りにいきました。まあ、プランBやCも用意してありましたけどね」
「なぜだ? なぜ、こんなことをする?」
ようやく、言葉が出た。だが、体と同じく舌も上手く動かせない。
そんな大下を、大翔は蔑むような目で見つめる。
「桐山譲治は、僕の友だちなんですよ。生まれて初めて出来た、最高の親友です。彼を侮辱する者は、僕が許しません」
「ち、違う。侮辱などしていない」
かろうじて話すことは出来る。どうにか、言葉による説得が出来れば……。
「あなたはさっき、桐山の心には光がない、とおっしゃっていましたね。それは違います。彼には、山村伽耶という光があったんです。とても暖かく、貴い光がね……それを見抜けなかったあなたには、譲治を理解することなど不可能なんですよ。それ以前に、僕たちのすることの邪魔にもなるでしょうしね」
大翔の突き刺すような言葉。しかし、何も言い返せない。大下は、必死で手を動かそうとした。ポケットのスマホに触れようとする。だが、動かない。かろうじて、肩の筋肉がピクピク動くだけだ。それすら困難になってきている。
その時、ドアの開く音がした。大翔はニヤリと笑う。
「ゲストが来ましたよ。あなたが会いたがってた人です。せっかくだから、会わせてあげようと思いましてね」
入ってきた者を見た瞬間、大下の口が開いた。
片方は桐山譲治だ。取り調べた時と同じく、Tシャツとカーゴパンツ姿である。耳には、人の内臓を模したようなピアスを付けていた。ヘラヘラ笑いながら、動けない大下を見下ろしている。
もうひとりは、金色の髪をショートカットにした若い女だ。恐らく十代の半ばだろう。少女といっていい年代だ。タンクトップとデニム姿で、ほっそりした体型である。もっとも、肩や腕はしなやかな筋肉に覆われていた。耳にはピアスを付けている。譲治と同じものだ。
少女は不敵な笑みを浮かべ、大下を見下ろしている。誰だろうか。だが、こんな女のことなどどうでもいい。
目の前に、あの桐山譲治がいる──
「き、桐山……」
どうにか、言葉が出た。まさか、桐山譲治と大翔が行動を共にしていたとは。
すると、譲治はニイと笑った。
「お久しぶりなのん、大下さん。紹介すんね、僕ちんのハニーの伽耶ちゃん」
言った直後、譲治は少女の肩に手を回した。目をつぶり、彼女の頬に唇を押し付ける。だが少女の方は、大下から視線を外さない。
その時、大下は気づいた。
「山村……」
それ以上は、言葉が出てこなかった。言葉にする必要もなかった。
この女は、山村伽耶なのだ。彼女もまた、恐ろしく印象が変わっていた。ちびっこの家の高岡は言っていたのだ……伽耶はとても真面目で、堅物だが正義感の強い子だったと。実際、写真や画像などから受ける印象は、高岡の言った通りのものだった。
しかし、目の前の少女は違う。鋭い瞳からは、高い知性と意思の強さを感じさせる。さらに全身から、数々の修羅場を経験した匂いを放っている。ただし、金目当ての犯罪者とは根本から異なっていた。あえて言うなら、政治犯のごとき雰囲気だ。
これまで大勢の犯罪者を見てきた大下の目から見ても、ヤクザや半グレなどといった人種とはレベルの違う凄みを感じる。
何よりの変化は、顔の痣が綺麗に消えていたことだ──
「はじめまして、山村伽耶です」
言った直後、彼女はポケットからタバコの箱を取り出す。
一本取り出し、口に咥えた。すると、譲治がぱっとライターを出した。ホストのように、恭しい態度で火をつける。
伽耶は煙を吸い込んだ。一瞬の間を空け、煙を吐き出す。
直後、再びこちらを見た。
「知ってます? タバコって虫よけになるんですよ。一時、山に潜んでいましてね。虫や蛇なんかを防ぐために吸い始めましたよ」
言った後、彼女はまたタバコを咥えた。煙を吸い込みながら、ゆっくりと近づいてくる。
「あなた方警察は、法の番人であると同時に正義を執行する機関でもあるはずです。あなたが関係者に会っていると聞いて、私は期待していたんですよ。いつか、警察がラエム教と銀星会の罪を暴き、罰を与えてくれるんじゃないかと。ところが、あなたが追っていたのは譲治だけだった」
穏やかな口調であった。だが、そこで伽耶の表情は一変する。
「警察は、ラエム教や銀星会のような巨悪のしたことは見逃すくせに、譲治のような人間の犯した罪はきっちり罰しようとするんですね。小学生の時と、全く同じです」
伽耶の口調は、がらりと変わっていた。美しい顔には、冷ややかな殺意が浮かんでいる。脅しやハッタリではない本物の殺意だ。
この少女は、顔の痣と共に己の良心をも消してしまったのか──
「小学生の時、私は奴らに殺されかけた。私を助けるため、譲治は上原を殺した。なのに、あんたらが罰したのは譲治だけ。他の連中は、野放しのままだった」
言いながら、タバコの煙を大下に吹きかける。直後、伽耶の口元が歪んだ。
「鬼灯村の事件も同じ。千葉さんも石野さんも、目の前でクズどもに殺された。私と大翔も殺されかけた。私たちを守るため、譲治はボロボロになりながら必死で戦ったんだよ。そんな譲治を、あんたらは罰する気なんだね。本当に悪い奴らは、野放しのまま。あんたらのやり方は、よくわかったよ。私はもう、あんたらには従わない。これからは、譲治や大翔と同じ道を行く。ラエム教にも銀星会にも、私が罰を与える」
鋭い口調で言い放った伽耶は、咥えていたタバコを手にした。火のついたままのタバコを、大下の顔面に投げつける。その瞳には、未だ消えることのない恨みがある。
直後、大翔が口を開いた。
「アメリカの連続殺人鬼ベン・ルーニーは、犠牲者の肉を食べていたそうです。特に、腎臓のアップルソースかけがお気に入りだったとか。犠牲者の肉を食べることで、人間を超越した怪物になれる……ベンは、そう信じていたそうです。事実、彼は人間離れした能力の持ち主だったと記録されています。手錠を壊してみせたり、裏返しにされたカードの模様を正確に当ててみせたとか。死刑を受け入れる気になったのも、人生に飽きたからだ……と、本人は述懐していたらしいです。実際、微笑みながら電気椅子に座ったそうですよ」
そこで、大翔の顔つきが変わる。
「僕はね、強くならなきゃいけないんですよ。あの人を捜し出して、彼女を苦しめる者から守ってあげたいんです。そのためには、ベンのような強さが必要なんです」
憑かれたような表情で、大翔は語っていた。その瞳には、異様な光が宿っている。
やっと思い出した。取り調べの時の譲治だ。あの時の譲治と、似たものが瞳に宿っている。
「お、お前ら、俺をどうする気だ?」
どうにか、声を搾り出す。もはや、顔を動かすことすら出来ない。かろうじて、声を出すのがやっとである。
先輩刑事の高山の言葉が脳裏に蘇る。
(お前だって、家庭を持って平和な人生を歩みたいだろうが。だったら、ここまでにしておけ)
高山は正しかった。この世の中には、刑事であっても足を踏み入れてはいけない領域がある。かかわってはいけない者たちがいる。
刑事といえど、しょせんは人間。こんな人間をやめようとしている怪物たちに、単独で会ってはいけなかったのだ。
後悔の念が、体中を駆け巡る──
「どうする気か、知りたい?」
答えたのは譲治だ。ニヤリと笑った直後、顔を大下の耳元に近づけて来る。大下は必死で遠ざかろうとした。だが、体は動かない。今では、心臓の動きすら小さくなってきた気がする。
譲治の手が、ゆっくりと伸びてくる。その時、大下の脳裏にある言葉が浮かんだ。
(敏行、よく聞け。儂は、戦場で鬼を見た。この世の中には、本物の鬼がいる。奴らとは、絶対にかかわるな)
やっとわかったよ、爺ちゃん。
こいつら、本物の鬼だ──
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