はだかの魔王さま

板倉恭司

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魔王の遊戯(1)

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 そこは、奇妙な部屋だった。



 真っ白い壁に囲まれた、狭い部屋。その中央で、綺麗な身なりの少年と青年とが向かい合う形で椅子に座っている。
 二人の間には小さなテーブルがあり、その上には四角い板が置かれていた。板の上には、五角形の小さな木片が幾つも置かれている。
 少しの間を置き、少年が木片のひとつを動かした。

「オウテ。これで、ツミとなります。あなたの負けです」

 そう言って、少年はにっこりと笑う。白いワイシャツに蝶ネクタイといういでたちで、年齢は十歳前後だろうか。肩まで伸びた金髪と透き通るように白い肌、人形のように美しい顔立ちの持ち主である。

「なるほど。ショウギというものは、面白いゲームだね。でも難しい。君には、とても勝てないな」

 青年の方は、首を傾げながら言った。彼は、綺麗な黒髪と整った顔立ちである。だが、少年とは違い奇妙な格好をしていた。頭には美しい黄金の冠を被り、紺色のマントを羽織っている。しかしマントの下は、白いパンツを履いているだけだ。
 ちなみに彼の履いているのは、「白ブリーフ」という種類のパンツである。
 彼はゲームに負けたようなのだが、悔しそうな表情はしていない。むしろ、興味深そうな表情で、板を眺めている。

「そういえば、彼女が降り立って何日になる?」

 言いながら、青年は顔を上げ少年を見つめる。
 すると、少年の口元が僅かに歪んだ。その表情には、翳がさしている。

「そろそろ十日になりますね」

「十日? いったいどうしたんだろうね。今までは、三日もすれば活動を始めたのに」

 首を傾げながら、青年は白い壁に視線を移し右手を軽く振った。すると、壁一面に奇妙な映像が映し出される。
 そこは森の中のようだった。木が生い茂り、鳥や小動物が時おり横切っていく。
 森の中には、一軒の丸太家が建っていた。それを見た青年は、静かな口調で語り始めた。

「かの街に十人の善人がいたなら、その十人のために街を滅ぼさない……これは、君が昔に読んでいた小説の中の、神さまの発した言葉だったね。何という本だったかな?」

「聖書です」

「そうそう、聖書だった。でも、それは間違っているんじゃないのかな。たかが十人のために、周囲に害毒を垂れ流す悪人たちの住む街を野放しにする……これは、随分と非合理な話だよ」

 ・・・

 神さまが泣いたら、涙が雨になる。

 昔、そんな話を聞かせてくれたのは母だった。懐かしい思い出に浸りながら、グレンは窓から空を見上げる。
 いい天気だ。これなら、雨は降らないだろう。となると神さまは今、空の上で笑っているのだろうか。そんなことを考えながら、グレンは顔を下げ床の上を見る。
 視線の先には、とても奇妙な生き物がいた。ケロイド状の皮膚が顔を覆っており、体毛らしきものは一本も生えていない。目は片方しか開いておらず、もう片方は大きな瘡蓋《かさぶた》のようなもので塞がれている。しかも皮膚は緑色で、手足はとても短い。また、手足の先端に指らしき物は付いておらず、棒切れのような形状だ。ただ、顔や頭の形そのものは人間の赤ん坊に似ている。
 その奇妙な生き物は、床の上で丸くなっていた。だが、グレンの視線に気付き上を見上げる。
 すると、表情が僅かに変化した。これは、微笑んでいるのか。あるいは、何かを訴えているのか。

「ゴブ、何してんだ?」

 グレンが、微笑みながら尋ねる。すると、ゴブッ、という鳴き声が返って来た。



 この奇妙な生物は、二週間ほど前から家に住んでいる。グレンの弟のジードが、山の中で拾って来たのだ。
 初めは村人が捨てた奇形児かと思い、どうしたものかとグレンは悩んだ。すぐに死んでしまうのではないか、と。だが、ジードの説得に押されて家に置くこととなった。
 ジードは、この生き物にゴブと名付けた。鳴き声からの命名である。醜い外見にもかかわらず、ゴブは意外と賢い。すぐに名前を覚え、彼ら兄弟に懐いてしまった。こちらの言うことも、ちゃんと理解しているらしい。言われたことは、きちんと守り生活している。



 そんなゴブが、よちよちと歩いてきた。グレンの足元に近づき、彼の顔を見上げる。

「ジードの奴、遅いなあ」

 そう言いながら、グレンはしゃがみこんだ。手を伸ばし、ゴブの頭を優しく撫でる。ケロイド状の皮膚、歪んだ背骨、毛のない頭部……誰が見ても、可愛いとは思わないだろう。はっきり言って、こんな醜い生き物は見たことがない。
 だが、ゴブは生きようとしている。短い手足を動かし、一生懸命に床を這う。歯がほとんどない口を開けて美味しそうに食べ、ひとつしかない目でグレンやジードをじっと見つめる。時に、二人に向かい笑うような表情を浮かべることもあるのだ。
 グレンは、そんなゴブを見るたびに、何とも言えない気分になる。この生き物は本来ならば、自然界では生きられないはず。それを生かしておくことは、いいことではないのかもしれない。
 しかしゴブは、必死で生きようとしているのだ。その姿を見てしまった以上、今さら見捨てることも出来ない。
 こうなったら、ゴブの生に最後まで付き合ってやろう……グレンは、そう思っている。

「兄貴、ただいま」

 言葉とともに、弟のジードが入って来た。彼は、毛皮の服を着た大柄な男である。猟銃を背負っており、鳥を二羽、腰からぶら下げていた。

「おう、帰ったか。ところで、村の様子はどうだ?」

 グレンの問いに、ジードは暗い表情で首を振る。

「あれはまずいな。村人たちもピリピリしてる。いずれ、何か起きそうだ」

 予想通りである。グレンは、思わず顔をしかめた。あの村は、どうなってしまうのだろう。



 パングワン村の主な収入源は、畑で取れた作物や育てた家畜などを売ることである。
 また、山奥でしか生えない薬草を採ったり、川魚を釣ったり……村人たちの生活はつましいものだったが、それでも今までは食べるに困っていなかった。
 ところが、今年は作物がほとんど採れなかった。家畜も、病気のためほとんどが売り物にならない。
 そればかりか、山道に熊や狼や猪が大量に出没し、商人たちが相次いで襲われる。さらに、村人も何人か食い殺されてしまった。
 それだけでも、充分な災難だが……村長が、とんでもないことを言い出したのだ。

「これは、村の危機だ! こうなったら、神木に生け贄を捧げなくてはならない!」

 神木とは、村の中央に生えている大木だ。樹齢は百年を超え、村のシンボルとなっている。
 かつて、その神木に生け贄を捧げたら災厄がやんだ……という言い伝えが、パングワン村には存在しているのだ。生け贄とは、すなわち人間である。生け贄として選ばれた人間の体を切り刻み、神木の根元に埋める。そうすることで、災厄は収まる……。
 馬鹿馬鹿しい話だ。グレンに言わせれば、そんなものは迷信以外の何物でもない。
 いや、迷信よりもたちが悪いだろう。なぜなら、神木に生け贄を捧げる儀式は……結局のところ、村人たちのストレス解消のためのリンチ殺人だからだ。
 村の空気を乱し、村八分にされている者を殺す。そのための大義名分として、儀式なるものを利用している。これは、村の血塗られた伝統なのだ。
 災厄が起きた場合、村人たちは人間を投票で選び生け贄にする。無論、村で一番嫌われている人間が選ばれることになる。その生け贄を皆でなぶり殺し、神木に捧げる。
 言うまでもなく、この風習は外の人間には知られていない。村だけの、秘密の掟なのだ。もし政府の関係者にでも知られれば、村そのものが消滅してしまうだろう。
 グレンは迷っていた。彼もまた、この村で育った人間である。いつの日か、この狂った風習が自然消滅することを願っていた。事実、生け贄の儀式はここ百年近く行われていなかったらしい。
 しかし、このままでは儀式が再開されてしまいそうだ。

 もう、限界なのか。

 古い伝統と因習に支配され、血塗られた歴史を持つ村。やはり、滅びるべきなのかもしれない。

「兄貴、どうするんだ?」

 ぶっきらぼうな口調で、ジードが尋ねた。この男は、頭の回転は早くない。だが、強い信念と正義感とを持っている。それゆえ、たびたび村人たちと衝突してきた。
 グレンもまた、都会で学んだ知識を基に村を改革しようと努めてきた。だが、それゆえ村長から反感を買っている。
 結果、兄弟そろって村八分に近い状態である。

「さあな。逆に、お前はどうしたいんだ?」

「学のない俺に、分かるわけないだろうが」

 ジードの呟くような言葉に、グレンは苦笑した。

「俺たちも、そろそろ潮時かもしれないぞ

「潮時?」

 ジードが怪訝な顔で聞き返す。

「ああ。この村は、どうしようもない。村長は、また儀式を始めるかもしれないな」

「だったら、止めないと──」

「無理だ。奴らは、俺たちの言うことなんか聞いてくれないよ」

 吐き捨てるような口調で言ったグレンに、ジードは顔を歪めた。

「そんなことはない。心を込めて、ちゃんと話せば分かってくれるはずだ」

「どうかな……熊や狼と話す方が、まだマシかもしれないぞ」

 グレンの言葉に、ジードは下を向く。彼もまた、さんざん村人たちと話し合ってきたのだ……しかし、彼らは聞く耳を持たなかったのだ。

「奴らは弱く、しかも外の世界と接触していない。奴らにとって、村の掟こそが全てなんだよ。ジード、今の俺たちではどうにも出来ない」



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