地獄の渡し守

板倉恭司

文字の大きさ
10 / 37
ボリス編

ボリス、昔を思い出す(2)

しおりを挟む
 その日以来、ボリスとニコライは友だちとなった──



 翌日、杖を突きながら森の中に入って来るニコライに、ボリスは声をかけた。

「こんにちは、ニコライさん」

 そう言うと、ボリスはニコライを軽々と持ち上げた。さらに、そのたくましい肩の上に乗せる。
 ニコライは、恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「僕は歩けますから──」

「いいんですよ、私は強いんですから。それに私は、走るのも速いんですよ」

 言いながら、ボリスはニコライを抱き抱えた。直後、馬のような速さで走る──

「う、うわあ! 凄い!」

 ニコライは感嘆の声を上げた。たとえ目は見えなくても、体に感じる空気の流れや音などから、自分がどれだけ速く動いているのかは理解できる。少年は今、未知の感覚に感動していた。



 やがて二人は、屋敷へと到着する。ボリスはニコライを降ろし、扉を開ける。

「ここが私の家です。ニコライさん、来て下さい」

 ボリスは嬉しかった。この屋敷で、友人をもてなす日が来ようとは……彼はニコライを椅子に座らせ、お茶とお菓子を出す。

「このお菓子は、私が作ったものです。本に書かれていた通りに作ってみました。お口に合うといいのですが……」

 ニコライは、ボリスに導かれて焼き菓子を手にした。一口、食べてみる。
 すると、その表情が一変した。

「ボリスさん! これ、凄く美味しいです! こんな美味しいお菓子、食べたことない!」

 叫びながら、ニコライは焼き菓子にかぶりつく。あっという間にたいらげてしまった。
 少年のそんな姿を見て、ボリスはホッとした表情になる。もし、気に入ってもらえなかったらどうしよう、という不安があったのだ。
 しかし、ニコライは美味しそうに食べてくれたのだ。ボリスは、とても嬉しかった。他人の喜ぶ顔が、自分にとっても幸せとなる……ボリスにとって、初めて知った感覚であった。

「ボリスさんは、本当に凄いですね。力が強くて、足も速くて、美味しいお菓子も作れて……」

 ニコライの顔には、純粋なる尊敬の念がある。ボリスはたまらない気分になった。嬉しくて、恥ずかしくて、でも楽しい。こんな複雑な気持ちは、生まれて初めてである。
 これが、幸せというものなのだろうか。書物の中でしか知り得なかったものを今、実際に味わっている。
 だが、すぐに現実に引き戻された。

「それに比べると、僕は本当に恥ずかしい。村のみんなから、お前は役立たずだって言われます。この目が、見えないから……」

「そんなことはありません!」

「いえ、僕には分かります。昔はちゃんと目が見えていて、字が読めて、勉強もしていたのに……今の僕は、何も出来ないんです」

 ニコライの表情は、一気に暗くなる。ボリスは、そんな彼をじっと見つめた。もし、目が見えるようになれば、ニコライは普通の人と同じ人生を歩めるだろう。
 だが、そうなった時……彼の目は、ボリスの醜い姿をも映し出すことになる。
 この醜い姿を見た後も、ニコライは自分と友だちでいてくれるだろうか。

「ボリスさん?」

 不安そうな声が聞こえ、ボリスはハッと我に返る。

「ニコライさん、あなたは目が見えるようになりたいですか?」

「もちろんですよ!」

 即答するニコライに、ボリスは複雑な表情を浮かべながら口を開いた。

「あなたの目を治す方法があります」

「ほ、本当ですか!?」

 表情を一変させるニコライに向かい、ボリスは静かに語った。

「ある所に、数百年前より生きている魔女がいるそうです。その魔女は不思議な魔力があり、盲目の人の目を治したことがあるそうです」

「そ、その魔女はどこにいるんですか?」

 勢いこんで尋ねるニコライに、ボリスは冷静に答えた。

「ビクター山の頂上です。ここから、歩いて二日ほどかかる場所ですが……行ってみたいですか?」

「はい! 行きます! 目が治るなら、どこにでも行きます!」

 ニコライは、大きく首を振りながら答えた。放っておけば、今すぐにでも飛び出して行きそうだ。ボリスは、静かな口調で言葉を続ける。

「待ってください。そのような伝説がある、と本には書かれています。しかし、それが真実であるという保証はありません。しかも険しい山道を進まなくてはならない上、途中には人食い鬼や牛の頭を持つ怪物も出るそうです」

 その言葉に、ニコライはうつむいた。人食い鬼の怖さは、噂に聞いている。さらに、牛頭の怪物までいるというのか。

「ニコライさん、よく聞いてください。そんな危険な場所を通り、苦労しながら山の頂上に行ったとしても、実際にその魔女がいるかどうかは分かりません。仮に魔女がいたとしても、治せるという保証もありません。治してくれるかどうかも不明です。それでも、あなたは行きたいのですか?」

 ボリスの問いに、ニコライは下を向いた。眉間に皺を寄せ、じっと黙りこむ。
 やがて、震える声で答えた。

「行きます。治る可能性が僅かでもあるなら、それに賭けてみたいんです」

「途中で、命を失うかもしれないんですよ。はっきり言いますが、今のあなたが行けば、死ぬ可能性の方が高いんです。それでも行くんですか?」

 その言葉に、ニコライはうつむいた。ボリスは黙ったまま、彼を見つめる。
 やがて、ニコライは声を震わせながら語り出す。

「目の見えない僕が、村でどんな目に遭わされているか……あなたは分からないでしょう。僕は、みんなからバカにされ、イジメられているんです。それだけじゃない。夜になると、僕は男たちから服を脱がされ、無理やり体を……」

 そこで、ニコライの言葉は止まった。彼の口からは嗚咽が洩れ、体はガタガタ震えている。光を失った目からは、大粒の涙がこぼれ落ちた。
 ボリスも、体を震わせていた。彼は世間知らずだが、ニコライが何をされているのかは理解できた。世の中には、男が好きな男がいることくらいは知っている。ボリスは怒りのあまり、拳を握りしめていた。なんという下劣な男たちなのだろうか。目の見えない少年の体を、無理やり……。
 ややあって、ボリスは口を開いた。

「わかりました。では、私も一緒に行きます。道案内をしましょう」

 



 翌日、二人は険しい山道を進んでいた。ニコライの顔には、疲労の色が濃い。前を進むボリスが手を繋いで導いてはいるが、それでも彼にとっては並大抵の苦労ではない。ただでさえ足場の悪い山道を、盲目の身でありながら歩かなくてはならないのだ。
 それでも、ニコライは進む。文句ひとつ言わず、歩き続ける。

 不意にボリスが立ち止まり、そっと囁いた。

「動かないで、静かにしていてください。オーガーがいます」

「オーガー!?」

 恐怖におののくニコライに、ボリスの手が触れた。

「大丈夫です。私が行って、追い払って来ます。ですから、ここに隠れていてくださいね」

 そう言うと、ボリスは去って行く。後に残されたニコライは、震えながら身を伏せた。

 やがて、ドスンドスンという大きな音が響く。何か、巨大な物がぶつかり合うような音だ。
 続いて、何かがへし折れるような音も……ニコライは恐怖を感じながらも、必死で唇を噛みしめ耐えていた。万一、ボリスが殺されてしまったなら、ニコライの命もない。
 ややあって、足音が聞こえてきた。足音はニコライに近づき、彼のすぐそばで止まる。

「ニコライさん、奴は逃げていきました。もう大丈夫ですよ」

 ボリスの声だ。ニコライは安堵のあまり、へなへなと崩れ落ちる。
 その時、またしても声がした。

「ニコライさん、引き返すなら今のうちです。この先、またオーガーが出るかもしれませんよ。あるいは、もっと恐ろしいものも。しかも、道はさらに険しくなりますよ。それでも、あなたは進むのですか?」

 ボリスの口調からは、真剣さが伝わってくる。だが、ニコライは体を震わせながら首を振った。

「いえ、行きます!」



 その夜、たき火のそばでボリスの用意した弁当を食べる二人。突然、ニコライが口を開いた。

「目が治っても治らなくても、ずっと友だちでいてくださいね」

「えっ?」

 戸惑うボリスの手を、ニコライは握りしめる。

「約束ですよ。僕たちは、いつまでも友だちです」

「もちろん。いつまでも友だちです」

 ボリスは、優しい口調で答えた。もっとも、彼の心には暗い影がさしている。もしニコライが、彼の醜い顔を見たとしたら……それでも、自分と友だちでいてくれるだろうか。
 その時、ニコライがすっとんきょうな声を上げる。

「そうだ! 帰ったら、一緒にお菓子屋さんをやりましょう!」

「は、はい? お、お菓子屋さん、ですかぁ?」

 きょとんとなるボリス。だが、ニコライは構わず喋り続ける。

「はい! ボリスさんのお菓子、凄く美味しいです。だから、一緒に町でお菓子屋さんをやりましょう! あんな村はおさらばして、一緒に町に行きましょう!」

 ハイテンションな態度で夢を語るニコライの姿は、とても微笑ましいものだった。ボリスは苦笑しつつ答えた。

「わかりました」

「約束ですよ! 帰ったら、一緒にお菓子を作りましょう!」



 次の日も、二人は山道を進んで行く。
 ニコライの足は、歩き続けたせいでひどく傷ついていた。皮は剥け、あちこちひび割れている。ボリスの手当てとマッサージがなかったら、彼は歩くことすら出来なかっただろう。
 さらに、ニコライの全身を疲労が蝕んでいた。肉体的な疲れもさることながら、精神的な疲れの方が大きい。どれだけ歩けば到着するのか、彼には分からないのだから。

 文字通り、手探りで歩くニコライ。だが、彼は弱音を吐かなかった。ボリスの手を握りしめ、ずっと歩き続けた。
 だが突然、肩に手が置かれた。

「ニコライさん、着きました」

「えっ、本当ですか!?」

 ニコライは、思わず立ち止まる。

「はい、本に書かれていた通りの場所です。まさか、こんなものが本当にあるとは……」

 ボリスの声には、驚愕の念がある。彼の目の前には、見たこともない巨大な樹が生えている。幹の周囲は、歩いて回ろうとすれば数分がかりだろう。高さは、雲を貫き天に届くいてしまうのではないかと思えるほどだ。
 その根本には、奇妙な紋章の描かれた扉があった。本に書かれていた通り、古代文字が刻まれている。
 伝説の魔女の家に間違いない。

「本当に、着いたんですね。よかった……」

 安堵感ゆえか、ニコライはその場に座りこんだ。その時、ボリスの声が聞こえてきた。

「いったん休憩しましょう。それから、訪問するとしますか」






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

二度目の勇者は救わない

銀猫
ファンタジー
 異世界に呼び出された勇者星谷瞬は死闘の果てに世界を救い、召喚した王国に裏切られ殺された。  しかし、殺されたはずの殺されたはずの星谷瞬は、何故か元の世界の自室で目が覚める。  それから一年。人を信じられなくなり、クラスから浮いていた瞬はクラスメイトごと異世界に飛ばされる。飛ばされた先は、かつて瞬が救った200年後の世界だった。  復讐相手もいない世界で思わぬ二度目を得た瞬は、この世界で何を見て何を成すのか?  昔なろうで投稿していたものになります。

処理中です...