地獄の渡し守

板倉恭司

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ボリス編

ショウゲンとグレン、面倒な事態に遭遇する

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 トライブの縄張り内は、異様な空気に包まれていた──

 監獄都市ゴーダムの中でも、トライブの仕切る地区は比較的平和な場所である。街中をトライブの構成員たちが定期的に巡回し、揉め事があれば介入する。彼らが常駐しているため、秩序が保たれていたのだ。
 ところが、今日の彼らは殺気立っていた。腰の刀に手をかけつつ、道行く人々を睨みつけるようにしながら巡回しているのだ。一触即発の空気が路上に漂い、街は火薬庫のごとき雰囲気である。一般市民たちは、巻き添えを食わないよう家の中にこもり、必要ない外出は控えるようにしている。
 だが、それも当然だろう。なにせ、トライブの大物幹部であるロームとその部下たちが、道の真ん中でバラバラ死体となって発見されたのだから。
 しかも、ご丁寧に血文字まで付けて。



 そして今、トライブの本部には幹部たちが集合していた。彼らは要塞のごとき建物内にある会議室にて、円卓を囲む形で椅子に座っている。
 物々しい雰囲気の中、まず口を開いたのは、ナンバー2の地位にいるディンゴだった。彼は立ち上がると、皆の顔を見回した。

「既にほとんどの者が知っているとは思うが、確認の意味も込めて状況を説明する。ゆうべ、ロームと部下四名が殺害された。奴らは、手足をバラバラにされた状態で発見されたそうだ。そばの塀には、彼らの体から流れた血で文字が書かれていた」

 ディンゴは、重々しい口調で語る。それを聞いている者たちの表情は様々だ。

「文字は、何と書いてあったのだ?」

 ショウゲンの問いに、ディンゴは険しい表情で答える。
 
「トライブは皆殺しだ、と書かれていたらしい」

 その言葉を聞いた途端、居並ぶ幹部たちの表情が変わった。

「これは、もう戦争だな。ユーラックの奴ら、完全に俺たちをナメきってやがる。潰すしかねえだろう……後は、あんたが腹くくるだけだぞ、ショウゲン」

 パチーノが、挑むような口調で言った。すると、他の幹部たちからも声が上がる。

「このままだと、放っておいたら誰かが飛びますぜ!」

「いっそ、俺に行かせてくださいよ!」

 次々と、勝手なことを言い出す幹部たち。だが、ショウゲンは鋭い表情で彼らを睨みつけた。直後、一喝する。

「まだだ! 奴らの仕業と決まったわけではない!」

 ショウゲンの一声で、ざわついていた室内は静まりかえる。だが、止まらない者もいた。

「そんなことを言っていていいのか? ガキ共を、つけあがらせるだけだぞ」

 不敵な表情で言い放つパチーノに、ショウゲンは言葉を返そうとした。その時、室内に若者が飛びこんでくる。

「大変です! ロームの子分たちが飛びました! ユーラックの店を襲い、数人を殺し火をつけたそうです!」

 その瞬間、ショウゲンは顔を歪めた。拳を握りしめ、入ってきた若者を睨む。

「それは本当か!?」

「はい。ロームの子分たちは、先ほど帰ってきたそうです。ユーラックの奴らをシメてやった、などと吹聴していたと聞いています」

「バカ共が……先走りおって」

 ショウゲンは低い声で唸り、皆の方を向いた。 

「ディンゴ、ビリー、ライザ、お前たちは支度をしろ。準備が整ったら、すぐさま発つ。俺と一緒に来てくれ」

「ショウゲン、どうする気だ?」

 パチーノが尋ねるが、ショウゲンはそれを無視し足早に出て行った。

 ・・・

 その頃、ユーラックの方でも、一触即発の空気が漂っていた。
 彼らの縄張りにある屋台を、トライブの構成員たちが襲撃したのだ。周囲にいた人間を殺傷した後、屋台の残骸に火をつけて逃走した。しかも、ご丁寧にも襲撃者たちの名前を壁に遺して行ったのだ。
 当然、血の気の多いユーラックの若者たちは黙っていない。彼らもまた、殺気立っていた。



 ユーラックの縄張りであるファット地区の中心には、巨大な広場がある。普段は数多くの屋台が設置されており、メンバーたちが集まってバカ騒ぎをする場所ということになっている。
 しかし今は、ユーラックの主だったメンバーが集結していた。彼らは全員が幹部クラスであり、使い慣れた得物を握りしめ地べたにしゃがみ込んでいる。その数は、二十人ほどだろうか。
 彼らの中心には、リーダーであるグレンがいた。

「兄貴、どうすんだよ! ここまでやられて、まだ黙ってる気かよ!?」

 ユーラックの中でも、ひときわ凶暴なことで知られるシドが、ナイフを振り回しながら騒ぎ立てる。周りの若者たちも、同調するかのようにうんうん頷いた。
 ひとり冷静なグレンは、改めて皆の顔を見回した。若者たちは、いかにも勇猛果敢な表情を浮かべている。俺たちは、何も怖くねえ……とでも言いたげだ。
 しかし、グレンにはわかっていた。ここにいる全員が、本心では怖いのだ。怖くて怖くてたまらない。次に襲われるのは、自分かもしれない……その思いが、逆に皆を突き動かしている。そう、彼らは怖いからこそ過激な手段に出る。怖いから、殺される前に殺そうとする。
 こうなった以上、もはや止めることは出来ない。自分が何を言おうが、子分たちは動き出すだろう。ならば、自分が行くしかない。

「いいだろう。明日、奴らのところに乗り込むぞ」

 グレンは皆を見回し、そう宣言した。とたんに、周囲がどっと沸く。

「よっしゃあ! ぶっ殺してやろうぜ!」

「クソオヤジ共が!」

「いよいよ俺らの時代だよ!」

 口々に吠える若者たちを、グレンは無言のまま見つめていた。このままでは、戦争は避けられない。となると……問題は、どこを落とし所にするかだ。正面からの潰し合いともなると、最終的に勝つのはトライブだろう。組織としての力の差は、向こうの方が上だ。本格的な戦争ともなると、組織力の差がものをいう。
 しかし、ショウゲンはそんなことは望んでいないはずだ。ユーラックを潰せば、トライブとてただでは済まない。そうなった場合、確実に他の連中が台頭してくる。下手をすれば、そのままトライブまで潰されるかもしれない。
 グレンは、今回の襲撃はトライブの下っ端が先走っただけ……そう読んでいる。ショウゲンの意思でないのなら、まだ話し合いで解決できる余地はあるはずだ。ならば、多少の小競り合いの後に自分が乗り込み、トライブの縄張り内でショウゲンと再度話し合う。そこで、落とし所を探るしかない。
 だが、下の者たちを納得させられるかどうか……そこが難しい。
 そんなことを考えていた時だった。ひとりの若者が飛び込んで来る。

「大変だよ! トライブの連中が、話し合いたいって言ってきたよ!」

「話し合いだと? どこでだ?」

 眉間に皺を寄せるグレンに、若者は慌ただしく喋り出す。

「リ、リムラ地区だって。ショウゲンが直接来るってよ!」

「リムラ地区、か」

 リムラ地区は、今のところどこの組織も関与していない地域だ。いわば中立地帯である。話し合いには、確かに持ってこいだろう。

「仕方ねえなあ。まあ、話くらいなら聞いてやるか」

 グレンは、余裕の表情を見せつつ言った。もっとも、内心ではホッとしている。戦いの段階をすっ飛ばし、話し合えるのならば上出来だ。あとは、こちらにとって少しでも利のある条件を引きだし手打ちに持ち込む。
 総力戦を避けるには、それしかない。
 その時、シドが勢いこんで顔を突き出す。

「兄貴! 俺も行くぜ!」

「お前は駄目だ。残れ」

「はあ? なんでだよ!?」

 シドは声を荒げて詰め寄るが、グレンは冷静な表情だ。

「俺がいない間、誰がシマを守るんだよ? お前しかいないだろうが。わかるな?」

 落ち着いた口調で語りつつ、グレンは彼の胸を拳で突いた。この愚弟が話し合いの場に同席したら、面倒なことになる。なんとか、ここに残さなくては。

「わ、わかったよ」

 シドは、不満そうな表情を浮かべながらも頷いた。

 ・・・

 渡し屋の店の中は、しんと静まりかえっていた。
 客がいないのは、今に始まったことではない。だが今日は、店に漂う空気そのものが重苦しかった。ニコライの耳にも、既に情報は入っている。トライブの人間が、ユーラックの店を襲った……こうなると、戦争を避けるのは難しい。

「どうするのです?」

 不意に、ボリスが口を開いた。

「さあな……これはもう、尋常な手段じゃ止まらない。よっぽどの手を使わないとな」

 そう言って、ニコライは歪んだ笑みを浮かべる。その時、店の扉が開いた。
 入って来たのは、二人の若い女だ。いずれも黒い革のシャツを着ており、腰には数本のナイフをぶら下げている。美しい顔の持ち主ではあるが、下手なことをしようものなら大事な部分を切り落とされるのがオチだ。
 そう、二人はクイン率いるアマゾネスの構成員なのである。

「姐さんに、これを渡してこいと言われました」

 片方の女が、黒い木製の箱を差し出す。ニコライが受け取ると、女たちは頭を下げて去っていく。

「さて、何が入っているのやら」

 ニコライが箱を開けると、中には羊皮紙の巻物が入っていた。彼は巻物を広げ、書かれている内容に目を通す。
 ややあって、顔を上げた。

「ショウゲンとグレンが、リムラ地区で話し合うんだって。まいったね……」




 


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