魔法使いと、猫耳少女

板倉恭司

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遭遇

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 翌日、デビッドは山道を歩いていた。
 山道とはいっても、日頃からパングワン村の人たちが行き来しているせいか、とても歩きやすい。デビッドは荷物を背負い、サリアンの家を目指し一心不乱に進んでいた。
 デビッドは山道を歩き続け、川のほとりに差し掛かった。しかし、その足はピタリと止まる。彼の耳に、ただならぬ雰囲気の声が聞こえてきたのだ。
 デビッドは、声のする方に慎重に近づいて行った。

「おら! このケットシーが! さっさと山から出て行け!」

 叫びながら、石を投げる子供たち。十人近い彼らの顔には、何かに憑かれたような残酷な表情が浮かんでいる。また、巨大な犬を連れている子供もいた。犬はすっかり興奮し、ワンワン吠えている。仔牛ほどの大きさがあり、黒い毛に覆われた犬だ。
 そんな彼らの標的になっているのは、毛皮の服を着た少女であった。ここからではよく見えないが、年齢は十歳になるかならないか。少年たちを睨み、低く唸りながら、じりじりと後退している。
 その頭には、猫のような三角の耳が付いていた。

「君たち何をしている! やめるんだ!」

 血相を変え、両者の間に割って入るデビッド。すると、少年たちの投石は止んだ。
 一方、少女はまだ威嚇するような唸り声を上げていた。黒い髪は首の辺りで切り揃えられ、顔にはどことなく猫らしさがある。しかも頭には猫のような耳、尻からはしましま模様の長い尻尾が生えていた。間違いなく、ケットシー族の少女だ。
 さらに、その手には草と木の皮で編んだ篭カゴのような物を持っていた。中には、魚や木の実などが大量に入っている。
 そんな少女に向かい、デビッドはにっこりと微笑んだ。

「君、大丈夫かい?」

 優しく尋ねると、ケットシーの少女の顔から、警戒の色が薄れていく。
 その時、鈍い音がした。直後、体に痛みが走る……デビッドの背中に、少年の投げた石が命中したのだ。

「どけよ、おっさん! どかねえと、一緒にやっちまうぞ!」

 少年たちの罵声を聞き、デビッドは顔をしかめながら振り返る。

「君らは、何を考えているんだ? こんな小さな女の子に向かって、大勢でよってたかって石を投げるなんてひどいだろうが! 恥ずかしくないのか!」

 デビッドは、彼らを怒鳴り付けた。だが、少年たちは怯まない。

「おっさんには関係ないだろうが! こっちの事情も知らないくせに、しゃしゃり出てくるんじゃねえ!」

 ひときわ体の大きな少年が、怒りに満ちた表情で怒鳴り返して来た。その目には、殺意に近いものが宿っている。
 いや、彼だけではない。その周囲に居る少年たちの目にも、何かに憑かれたような光が宿っているのだ。
 それを見たデビッドは、愕然となった。少年たちにとって、これは単なるイジメではない。村の敵を倒すための、いわば聖戦なのだ。このままでは、少年たちはケットシーの少女を殺してしまいかねない。

「き、君たち……ひとまず落ち着くんだ」

 デビッドは顔を歪めながらも、どうにか声を絞り出した。しかし、少年たちは止まらない。

「クロ! 行け!」

 ひとりの少年が叫ぶと同時に、犬の首輪に付いていたロープを手離す。
 すると、犬は凄まじい勢いで走って来た。こちらも興奮しきった表情だ。目はらんらんと輝き、口からは牙が見え隠れしている。
 犬は、デビッドの首めがけ飛びかかった──
 デビッドは、咄嗟に左腕を突き出した。すると、犬は腕に噛みつく。
 左腕を、凄まじい激痛が襲う。デビッドは、思わず悲鳴を上げた。だが、犬は噛みついたまま離そうとしない。それを見て、少年たちは歓声をあげる。

「いいぞ!」

「やっちまえ!」

「奴らを噛み殺せ!」

 騒ぎ立てる少年たち。犬もその声に煽られるように、さらに牙を食い込ませていく──
 その時だった。突然、犬はビクンッと体を震わせたのだ。噛みついていた腕から、慌てて飛び退く。
 直後、倒れていたデビッドがゆっくりと起き上がる。その目には、奇妙な光が宿っていた。

「僕を怒らせるなよ、君たち。でないと、大変なことになるぞ!」

 少年たちに向かい、怒鳴り付ける。その目の光はますます強くなっていき、同時に周囲の空気にも変化が生じ始めた。不気味な何かが、辺りにたちこめていく。少年たちは、呆然として立ちすくんでいた。
 だが次の瞬間、まず犬が走り出す。何かに怯えたようにキャンキャン鳴きながら、文字通り尻尾を巻いて逃げ出したのだ。
 それを見た少年たちは、呆気に取られていた。何事が起きたのか、全く把握できないまま立っていた。一方、デビッドはゆっくりと近づいて来る。その瞳に、不気味な光を宿したまま──
 直後、彼らは血相を変えて一斉に逃げ出す。無論、少年たちは何が起きているのかは分かっていない。だが、尋常でない何かをその場から感じ取ったのだ。デビッドよりも遥かに強いはずの犬が、怯えながら逃げた……これは、確実にただ事ではない。少年たちにも、それくらいは理解できたのだ。

 少年たちが消え去った今、その場にはデビッドとケットシーの少女だけが残されていた。デビッドは荒い息を吐きながら、思わずしゃがみこんだ。

「だ、大丈夫ですにゃ?」

 背後から、心配そうに声をかけてきた者がいる。先ほど襲われていたケットシーであろう。デビッドは振り向いた。
 ケットシーの少女は地面に両膝を着き、不安そうな表情でこちらを見つめている。
 そんなケットシーに、デビッドは微笑んで見せた。

「うん、大丈夫だよ。君こそ大丈夫かい?」

「はい……ですにゃ」

 ぎごちない口調で、ケットシーは答えた。デビッドは立ち上がり、彼女の頭を撫でながら尋ねた。

「なあ君、サリアンさんの所に帰るんだろ? すまないが、僕も連れて行ってくれないかな?」

 そう、デビッドには分かっている。目の前にいる少女こそ、昨日ゾフィーから聞いた話に登場したケットシーであろう。
 ならば、この少女にサリアンの家まで案内してもらった方が早い。先ほどの状況を見た限り、一刻も早くサリアンの元に辿り着かなくてはならない。このままだと、本当に殺し合いが起きかねないのだ。

「にゃにゃ!? わかりましたにゃ! では、ミーニャに付いて来てくださいにゃ!」

 にっこりと微笑み、ケットシーの少女はデビッドの手を握る。デビッドも、思わず微笑んだ。

「君の名前は、ミーニャというのかい?」

「はいですにゃ! サリアン様には、お世話になってますにゃ!」

 いかにも楽しそうに答えるミーニャ。彼女はデビッドの手を引き、嬉しそうに歩き出した。



 道中、ミーニャはあれやこれやの話をした。彼女から聞いた話をまとめると……。
 ミーニャは十年ほど前、山の中で生まれた。しかし両親は数年前、人間たちに捕まって連れ去られてしまったのだ。幼いミーニャはたったひとり、山の中で必死で生きてきた。
 ところが一年前、ミーニャは病に襲われた。高熱を出し、山の中に倒れていた幼い少女……そのままだったら、確実に野獣の餌となっていただろう。
 しかし偶然にも、ひとりの老人がその場に通りかかった。老人はミーニャを自分の家に連れて帰り、持てる知識を総動員して彼女の病を治したのだ。
 やがてミーニャは元気を取り戻し、命の恩人である老人と一緒に暮らすようになった。
 その老人こそ、魔術師のサリアンだったのだ。

「サリアン様は、凄くいい人ですにゃ。でも、今は病気で寝ているのですにゃ……」

 そう語るミーニャの表情は曇っている。その様子を見る限り、彼女はサリアンのことをとても慕っているようだ。もっとも、それも当然の話だろう。まだ幼いミーニャにとって、この世でたったひとりの頼れる大人なのだから。
 そんなことを考えながら歩いていたデビッドだが、ふと思い出したことがあった。

「ミーニャ、君は村の子供に怪我をさせたのかい?」

 その問いに、ミーニャはまたしても表情を曇らせた。

「はい、ですにゃ……」

「何故、怪我をさせたんだい?」

 さらに尋ねる。すると、ミーニャはきっと彼を睨んだ。

「あいつらが悪いんですにゃ! あいつらが、ミーニャの尻尾を掴んだんですにゃ!」

 いかにも不満そうな表情で、ミーニャは訴えてきた。尻尾を掴まれたのが、よほど不愉快だったのだろう。もっとも、尻尾を掴まれるのが好きな動物など、まずいないのだが。

「そ、そうか。確かに、君は悪くないよね」

 デビッドも、ミーニャの剣幕に驚き、たじたじとなった。彼女をなだめるために、頭を撫でる。

「とにかく、サリアンさんの家に行こう。サリアンさんは病気なんだろ? だったら、早く行こう」

 そう言って、ミーニャの手を握る。すると、彼女はハッとなった。

「そ、そうでしたにゃ! 早く行きましょうにゃ!」

 そう言うと、ミーニャはデビッドの手を引き歩き出した。



 草原の中に、サリアンの家はあった。パングワン村からは、さほど遠くない位置だ。大人の足ならば、半日も経たないうちに到着できるであろう。
 サリアンの家の前に立ち、デビッドは周囲を見回した。魔法使いの家と聞き、勝手に怪しげなものを想像していたのだ。しかし今、彼の目の前にあるのは、ごく普通の二階建ての丸太小屋である。まるで、木こりか猟師が住んでいそうな雰囲気だ。
 その丸太小屋に近づき、扉を叩くミーニャ。

「サリアン様! ミーニャですにゃ! 開けてくださいにゃ!」

 すると、ミーニャの声に反応したかのように、扉が自動的に開いた。ミーニャは、すぐさま小屋に入って行く。デビッドは、その後に続いた。

 小屋の中は、殺風景なものだった。部屋の真ん中には、木のテーブルと椅子が置かれている。壁には暖炉があるが、火は点いていない。
 そして部屋の隅に置かれているベッドには、ひとりの老人がいた。髪の毛と髭は真っ白で、体はガリガリに痩せこけている。上体を起こした姿勢で、じっとこちらを見ていた。痩せており体も小さいが、その瞳には未だ力が宿っている。間違いなく、この老人がサリアンであろう。

「ミーニャ、その男は何者だ?」

 しわがれ声で尋ねるサリアン。だが、その直後にいきなり苦しみ出した。口を手で押さえ、ゲホゲホと咳き込む……ミーニャが慌てた様子で近づき、サリアンの背中をさする。デビッドもサリアンに近づき、懸命に背中をさすった。
 やがて、サリアンの咳は収まる。

「すまないな。あんたは、旅の人か?」

 弱々しい声で、サリアンは聞いてきた。デビッドは微笑みながら頷く。

「はい。私はデビッドといいまして、あちこち旅をしています」

 そう答えるデビッド。実のところ、自身の呪いの話をしたかったのだが、この状況ではそれは無理だ。まずは、サリアンの体調に気を付けながら、パングワン村との争いを止めなくてはならない。

「で、あんたは何をしに来たのだ?」

 サリアンの問いに、デビッドは思わず顔をしかめた。この場で言うのはためらわれるが、しかし言わなくてはならない。

「実は、パングワン村の人たちが……あなたに対し、ひどく腹を立てているそうです。このままだと、あなたとミーニャちゃんの身に危険が及ぶかもしれません。ここから逃げた方がいいのではないですか?」

「それは出来ない」

 にべもない態度で、デビッドの言葉をはねつけるサリアン。その表情は険しくなっていた。どうやら、噂以上の頑固者らしい。
 だが、こちらとしても引くわけにはいかないのだ。

「何故です? 村の男たちは、ひどく腹を立てているそうですよ。このままだと、家に押し寄せてくるかもしれません。現に、今さっきもミーニャちゃんが村の子供たちに襲われていたんです──」

「何だと? 本当か?」

 サリアンはデビッドの言葉を遮り、ミーニャの方を見る。すると、彼女はためらいがちに頷いた。

「はい、ですにゃ……おっきい犬が、飛びかかってきましたにゃ。デビッドさんが助けてくれなかったら、ミーニャは噛み殺されてたかもしれませんにゃ」

 恐る恐る、先ほどの出来事を話すミーニャ。サリアンは、さらに険しい表情で下を向いた。
 ややあって、何かを決意したような表情で顔を上げた。

「デビッドさん、といったな。儂の話を聞いてくれんか」

 ・・・

 サリアンは十年ほど前から、この辺りに住んでいる。パングワン村の人間とも、今までは特に揉めることなく共存していたのだ。
 しかし一年ほど前から、サリアンはミーニャと同居するようになる。結果、一部の村人たちとの間に溝が出来てしまった。
 だが、それはまだ良かった。半年ほど前に、サリアンと村人たち全員との間に決定的な亀裂を生じさせる出来事が起きてしまったのだ。



 事の起こりは、村人たちが山奥で古い洞窟を発見したことであった。
 その洞窟の中には、古代に使われていたとおぼしき珍しい装飾品や武器などが落ちている。村人たちはそれを拾い、街に住む商人に見せた。すると、商人はこう言った。

「これは、ひょっとしたら古代文明の遺品かもしれないぞ。調べてみるから、しばらく待っていてくれ」

 その言葉を聞いた村人たちには考えた。仮に、古代文明の遺品であった場合……果たして幾らになるのだろうか。
 そこで一部の村人たちが、サリアンの家を訪れ話をした。
 すると、サリアンの口からこんな言葉が返ってきたのだ。

「もし、本当に古代文明の遺品であるなら……その値段は計り知れないぞ。恐らく、村人全員が一生遊んで暮らせるほどだ。すぐに、その洞窟に案内しろ」

 それを聞いた村人たちは狂喜した。サリアンを洞窟に案内し、次いで他の村人たちにも知らせる……自分たちが、巨万の富を得られるかもしれないことを。
 しかし、その翌日に洞窟の入り口は巨大な石の壁によって塞がれる。
 そして、サリアンは村人たちに宣言した。

「あの洞窟には、近づいてはならん。さもなくば、みな呪われるぞ!」

 ・・・

「な、何故です? 何故、そんなことを!?」

 話を聞き終えたデビッドは、思わず大声で詰め寄った。パングワン村のゾフィーが言っていたのは、そのことだったのだ。村人たちに巨万の富をもたらすかもしれない古代文明の遺品。しかし、サリアンのせいで遺品を手に入れられなくなってしまったのだ。遺品を得るためなら、何をしでかすか分からない。
 だが、サリアンは首を振った。

「村人たちもあんたも、何も分かっておらん。あの洞窟の奥には、怪物が眠っているのだ」
  

    
    

    



    

    
    

    
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