ぼくたちは異世界に行った

板倉恭司

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老人大交渉

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「ドラゴンを逃がして欲しい」

 その言葉を聞き、一行は思わず硬直していた。いきなり現れ、ドラゴンを逃がしてくれだと? 何をバカなことを言っているのだろうか……さすがのガイやカツミも、何と答えていいのかわからず顔を見合わせる。
 しかし、そんな当たり前の感覚とは無関係の者もいた。

「ほう、それは面白い! やろうじゃありませんか! で、報酬の方は?」

 大はしゃぎで騒ぎ立てるタカシ。その声に反応したのは、やはりギンジだった。

「タカシ、あんまり騒ぐな。爺さん、何だか知らないが、とにかく入ってくれ。物騒な話は玄関でするもんじゃないだろう」

 そう言うと、ギンジは老人を招き入れた。



 老人は、フリントと名乗った。ギンジの前に座り、鋭い目付きで見つめる。

「先ほど、お前たちが起こした騒ぎを見させてもらった。お前たちは、人間離れした強さを持っている。だが、それだけでなく、未熟ではあるが自制心も持ち合わせている。そこの若者は……確か、ガイくんとかいったな。大したものだよ」

 そう言うと、フリントはガイに視線を移す。ガイは照れているのか、柄にもなくプイっと横を向いた。すると、乱入してきた者がいる。

「な! なー! ガイは凄いんだにゃ! チャムが嫁に選んだだけのことはあるにゃ!」

 嬉しそうに叫びながら、ガイに抱きつくチャム。

「それ逆だ。お前が嫁だよ」

 困った顔をしながらも、ガイはなすがままになっている。
 その時、寝ているヒロユキが咳き込み出した。ニーナが慌てて抱き起こし、心配そうな表情で背中をさする。すると、フリントの視線はヒロユキとニーナに移った。
 だが、それは一瞬のことだった。

「お前たちのことは調べさせてもらった。どうやら、あちこちから追われているようだな。ならば、儂らと手を組まんか? そうすれば、安全な場所を提供するし、必要な物も渡そう。さらに、お前たちが最も知りたいことを教えるが、どうだ?」

「知りたいこと?」

 ギンジが訝しげな表情になる。すると、フリントは頷いた。

「そうだ。元の世界に帰る方法を、な」

 一行の間に、再び緊張が走る。全員が黙りこみ、思わず顔を見合せていた。
 しかし、ギンジは首を振った。

「元の世界に帰る方法なら、もう知ってるよ。あんたに頼る必要はない」

 フリントはその言葉に対し、かすかな笑みを浮かべる。

「知っている、と言えるのか? 確かに、お前たちには滅びの山に行けば、異世界に通じる門がある……という知識はあるだろう。だがな、門番に対する知識はまるでない。門番は強いぞ……お前たちでは、絶対に勝てない」

 その途端、ガイの表情が変わる。

「何だと? 上等じゃねえか! その門番が──」

「まあ待て、ガイ」

 言いかけたガイを、片手で制するギンジ。改めてフリントの方に向き直る。

「その門番は、ハザマみたいな化け物なのか?」

「その通りだ。お前は、ギンジさんといったな。ハザマを知っているのなら、話は早い。門番はハザマほどではないが、恐ろしい化け物だ。お前らが立ち向かっていったところで、確実に皆殺しだろう。だが、儂は奴に勝つ方法を知っている。それに……」

 フリントは言葉を止め、ヒロユキに視線を移す。ヒロユキは苦悶の表情を浮かべて眠っていた。

「この少年は、どうするのだ。人狼に噛まれたのであろう? ならば、険しい山道の移動には耐えられまい。あと二日三日は安静にしていなくてはならないだろう。ダークエルフの秘薬がなければ、既に死んでいただろうがな」

「そんなことまで調べたのたのかよ。恐れいったね、まったく」

 ギンジは、呆れたように頭を振る。少しの間、思案するような素振りを見せた。
 ややあって、口を開く。

「あんたに聞きたいことがある。なぜ、ドラゴンを逃がそうとするんだ?」

「儂が、ドラゴンを逃がす理由を知る必要があるのか? お前たちには、何の関係もないだろう」

 冷たい声で言い放つフリント。だが、ギンジも引かなかった。

「それが、そうもいかないのさ。あんたの言うことが本当かどうか、今のオレたちには確かめる術がない。となると、あんたが何者で、何が目的か……オレたちは知る必要がある」

 ギンジは言葉を止め、フリントの反応を見る。しかしフリントは黙ったまま、表情を崩さない。
 しばらく間が空いた後、ギンジは言葉を続ける。

「あんたがそれなりの地位にいるのであれば、オレたちにも納得できるし、あんたから聞いた情報に基づき行動できる。しかし、あんたがどこの何者かもわからないんじゃあ……信用することはできない。あんたを信用できないとなると、あんたから聞いた情報も信用できない」

「なるほど。だがな、お前は最終的には儂の話を信用する以外にないのだ。他に何の情報もない、この状況ではな。違うか?」

「いや、それは違うぜ。真偽の不明な情報……そんなものに振り回されるくらいなら、ない方がマシだよ」

 ギンジのその言葉を聞き、フリントの表情が険しさを増す。

「お前は、本当に疑り深い男だな。臆病である、とも言える」

「ああ、あんたの言う通りオレは臆病者だよ。だからこそ、今まで生きてこられた。今さら、勇者と呼ばれたくないしね」

 ギンジもまた、不敵な笑みを浮かべて見せる。この二人の不気味なやり取りを目の当たりにし、ガイとカツミは固唾を飲んで見守っていた。
 しかし、タカシはその横でヘラヘラ笑っている。いつもと違い、タカシは敢えて口を出さずにいたのだ。ここで自分が下手に口を挟むと、話が妙な方向に転ぶ可能性がある。
 今のところ、腹の探り合いはギンジに分がある……とタカシは見ていた。ならば、その流れに任せていればいい。
 自分の出番は、もう少し先だ。

「お前は、儂の申し出を断ると言うのか?」

 険しい表情で、フリントは尋ねた。

「このままだと、そうせざるを得ないな。あんた、ちょっと虫が良すぎるぜ。はっきり言って、オレはあんたが信用できない。あんたのくれるといった情報の信憑性もまた、大いに疑わしい。それ以前に……信用できない奴とは組めない。あんたがオレたちを信用し、必要なことを打ち明けてくれない限り……この話はなしだ」

「……」

 フリントは、鋭い目付きでギンジを睨みつける。しかし、ギンジは不敵な笑みを浮かべたまま、その視線を受け止めた。二人の間の緊迫した空気は室内を覆っていき、いつしかチャムやリンまでもが二人のやり取りを見守っている。
 だが、その空気を和ませる者が現れた。

「えっと、お話し中すみません。フリントさん、ハチミツ酒でも飲みませんか? 喋りっぱなしだと、喉も渇くでしょう」

 そう言ったのは、タカシだった。ヘラヘラ笑いながら、フリントに皮の水筒を差し出し、蓋を開ける。するとハチミツ酒の独特の匂いが室内に漂う。
 彼の行動に困惑した表情のフリント。だが、顔色が変わった者もいた。

「な! 何だにゃ! 不思議な匂いがするにゃ!

 そう言いながら、寄って来たのはチャムだった。皮袋の匂いを嗅ぎ、目を輝かせる。

「な!? 凄く美味しそうだにゃ! 飲みたいにゃ──」

「バカ! 何やってんだチャム!」

 慌てた様子で、チャムを引きずり戻すガイ。すると、その二人を見たフリントの表情が緩み始めた。
 ややあって、口を開く。

「わかった、あんたのいう通りにしよう。ただし、この部屋では何も話せない。儂の後に付いて来てくれ」



 その後、一行はフリントに案内され、新しい宿の中を歩いていた。
 外からも見えていた、あの巨大な建造物の中に。

「なあフリントさん、オレたちは、ここに泊まることになるのか?」

 ギンジが尋ねると、フリントは頷いた。

「そうだ。この中にいれば、まず安全だろう。だか忘れるな……下手に街中をうろつけば、お前たちの身の安全は保証できん」

 石造りの建物の中は、ちょっとした宮殿のようであった。通路には松明が並べられ、召し使いらしき者や衛兵の姿が目立つ。だが、その者たちもフリントの姿を見ると、黙って道を空ける。
 一行は、建物の中でも大きな部屋に通された。テーブルと椅子くらいしかない殺風景な部屋である。毛布が部屋の片隅に積まれている以外、生活必需品がない。さながら牢獄のようである。

「フリントさんよう、ここに泊まれってのかい? なんか囚人にでもなった気分だぜ」

 そう言いながら周りを見渡し、ため息をつくガイ。その横では、チャムがリンの手を握りニコニコしている。チャムはもともと世話好きなのだろうか、実に甲斐甲斐しくヒロユキやリンの世話をしている。

「そう言うな、あの宿屋よりはマシだろう。それよりも……」

 ギンジは言葉を止め、フリントに視線を向ける。フリントは不気味な表情のまま、扉の近くでじっと一行の様子を見守っていた。

「もうそろそろ話してくれてもいいんじゃないか、フリントさん。あんたは何者だ? なぜドラゴンを逃がす?」

 ギンジの問いに、フリントは頷いた。少しためらうような素振りを見せた後、フリントは重い口を開く。だが、その口から語られた言葉は、様々な怪異を目の当たりにしてきた一行をして驚愕させるものだったのだ。

「ここに捕らえられているドラゴンは……儂の息子なのだ」

「な、何を言ってるんだよ……バカなことを──」

「いや、これが真実だ。お前たちも、レイから聞いたはず……この世界は、大きく変わろうとしている。崩壊するのか? あるいは変化して存続するのか? ただひとつ確かなのは、儂らドラゴンはもはやその姿を維持できなくなったということだ。もしドラゴンの姿のままでいれば……いずれ知性を失い、魔力を失い、ただの巨大な獣として生きることとなるのだ」

 フリントはいったん言葉を止め、一行の顔を見渡す。
 だが、一行はみな唖然とした表情のまま立ち尽くしていた。ギンジやタカシですら……この想定外の話を前にして、何も言葉を返せずにいたのだ。

「儂の息子のタッスルは、ドラゴンの姿のままで知性を保てないかと、いろいろな手段を試みていたのだ。しかし魔術師たちに捕獲され、強制の魔法により自由を奪われてしまった。このままでは、タッスルは知性を完全に失ってしまう。そして巨大な獣と化し、ここの人間どもに飼われて生活するようになる。人間どもの……家畜のように……」

 フリントの顔に、初めて表情が浮かんだ。苦悩、悲哀、絶望……あらゆる感情が溢れ出し、先ほどまでの威厳が崩れ落ちていく。それを見たギンジは、やっと口を開いた。

「わかった。あんたを信じよう。あんたの息子は、必ず助け出してやる。それで、俺たちは何をすればいいんだ──」

「バカ! お前何やってんだ!」

 ギンジの言葉を遮るかのような大声。突然、ガイが怒鳴ったのだ。全員がそちらを見る。
 するとチャムが楽しそうな表情で、ハチミツ酒の入っていた皮袋に口を付けていたのだ。

「チャム! お前は何をやってんだ!」

 ガイは、慌てて皮袋を引ったくる。しかし、既に遅かった。

「このバカ……全部飲んじまったよ……」

 呆然とした顔で、皮袋を逆さに振るガイ。その横で顔を真っ赤にしているチャムは、完全なる酔っぱらい状態であった。

「なー、これは美味しくないにゃ。でも、いい気分だにゃ。もっと飲みたいにゃ……にゃはははは! ガイ大好きだにゃ!」

 突然ガイに抱き付き、顔をベロベロ舐め始めるチャム。ガイは、慌てて引き離した。

「バ、バカ野郎! 子供が見てるだろうが!」

「関係ないにゃ! ガイ大好きにゃ──」

「てめえら、いい加減にしねえか! ガイ! てめえはチャムを連れて向こうに行ってろ! 話の邪魔だろうが!」

 堪忍袋の緒が切れたのか、凄まじい形相で怒鳴りつけるカツミ。さすがのガイも、神妙な面持ちでチャムを抱き寄せ、隅の方へと連れて行った。
 そんな二人を見て、ギンジは苦笑する。

「悪いなフリントさん、話の腰を折っちまって……続きをするとしようか」

 だがフリントは、ギンジの声に反応しなかった。彼の視線は、隅の方でひそひそ話し合っているガイとチャムに向けられている。

「フリントさん、どうかしたのか?」

「いや、長生きはするものだな。まさか、こんな不思議なものが見られるとは」

 フリントの顔には、驚愕の表情が浮かんでいる。だが、自身を見つめているギンジの視線に気づいた。

「ああ、すまん。とにかく、タッスルが捕らえられている場所はわかっている。儂はタッスルを繋ぐ鎖を切り、首輪を外して逃がすつもりだ。お前たちには、それを手伝ってもらいたい」

「いいだろう。それくらいなら──」

「いや、まだある。もし、タッスルが完全に獣と化していて、儂の言葉が耳に入らぬようなら……タッスルを殺してくれ」

「本気か?」

「ああ。完全に獣と化してしまっていたら……例え逃がしたとしても……いずれは獣として狩り殺されるだけだ。その前に、儂が始末をつける」










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