死業屋稼業

板倉恭司

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善意無想(三)

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 さっきから、誰かに後をつけられている──

 西村右京は、そっと後ろを振り返ってみた。すると、五間(十メートル弱)ほど向こうに、袖無しの胴着を着た少女の姿が見える。死業屋のお鞠だ。人混みに紛れて立っており、右京のことを見ようともしていない。が、恐らく彼に対する用事で来ているのだろう。
 右京は、さりげなく周囲を見回してみた。今は昼時であり、陽は高く昇っている。周囲には商店が並んでおり、大勢の人がうろうろしていた。
 こんな場所では、話しかけたくないのか。あるいは呪道から、人前で話しかけるな……と、指示されているのかもしれない。確かに、お鞠のような少女と定町見回りの右京が立ち話をしていたら、かなり目立つ光景だろう。
 いずれにしろ、やることはひとつ。右京は、のんびり歩いていった。狭い道へと入っていく。
 人気ひとけのない路地裏にて立ち止まり、地面にしゃがみ込む。疲れたような表情で、首をぐるぐる回した。すると、待っていたかのようにお鞠が近づいて来た。恐る恐る、といった感じで少しずつ距離を詰めて来る。こちらを睨んでいるが、元の顔が可愛らしいため怖さはまるで感じられない。
 そんな彼女の姿は、猫を連想させた。餌を差し出している人間に、おっかなびっくりで近づいていく野良猫……想像したら、思わず笑いそうになった。
 お鞠の方は、こちらがそんなことを考えているとは夢にも思っていない様子だ。低い姿勢で右京を睨みながら、徐々に近づいて来る。右京はにっこり微笑んで見せたが、彼女の表情は変わらない。
 距離が縮まった時、お鞠は懐から書状を取り出した。手を伸ばし、右京に突き出す。
 右京は面食らいながらも、書状を受けとった。

「これ、呪道さんからかい?」

 尋ねると、彼女はうんうんと頷いた。直後、ぱっと飛び退く。足音も立てず、さささ……と早足で去っていった。あっという間に、視界から消える。
 面白い子だ、などと思いながら書状を開けてみる。すると、堅苦しい挨拶も何もなく「立木藤兵衛について調べろ」とだけ書かれていた。呪道らしい文面ではある。
 右京は、思わず首を捻る。立木藤兵衛なる人物、聞き覚えがあるような、ないような……。

「立木藤兵衛? 何者だろう?」

 ・・・

 闇があたりを覆う亥の刻になった頃(午後九時から十一時の間)。
 立木藤兵衛は滝田と本庄を従え、竹林の中にある一軒家に来ていた。平屋で、粗末な造りではあるが中は広い。部屋には畳が敷かれており、行灯あんどんの明かりが隅々まで照らしていた。
 そんな中で、数人の使用人らしき男女がせわしなく動いている。眠りこけている幼い子供たちを、次々と室内に運び込んでいった。実のところ、立木らが薬で眠らせて運んできたのだが……。
 やがて、立木ら三人は奥の部屋に通された。
 そこで彼らを待っていたのは、がっちりした体格の中年男である。身の丈は六尺近いだろう。肩幅も広く、腕も太い。髪はぼさぼさだが、かろうじて髷だけは結っている。山賊の親分のごとき風貌だ。
 この男は根本忠雄ねもと ただお、裏の世界の商売人である。

「御三方、今回はご苦労様でした。で、次回は何人ほど用意できますでしょうか?」

 根本の問いに、立木はにこやかな表情で答える。

「最低でも、五人は用意できるでしょう。今回は、剣呑横町から連れて来ました。あそこなら、子供がいなくなろうが訴え出る者はいません。前のように、役人がしゃしゃり出てくるようなことはないでしょう」

「なるほど、考えましたな。さすが立木さん、頭が回る。いやあ、お見事です」

 言いながら、根本は手を叩いた。まるで太鼓持ちのような仕種だ。厳つい顔の男には似つかわしくない。だが、立木は満更でもなさそうな様子だ。

「いえいえ、私などたいしたことはありませんよ。これからは、ああいう町を中心に回ってみるつもりです。貧乏人の子沢山といいますが、あのあたりは子供が多い。ひとりやふたり、いなくなったところで気にも留めない親が多いです。その上、役人に訴える者もいない。ですから、これからはもっともっと集められますよ」

 そう言うと、にっこり微笑む。
 立木は顔だけ見れば、優しげな好々爺に見える。実際、近所の者たちからは、商売人でありながら欲得抜きの活動にも力を入れている善意に満ちた人格者として知られている。
 その実体は、死の商売人なのだが。

「ほう、それはありがたい。さすが立木さんだ。我々などには、思いもつかぬ発想です。いやあ、上に立つ人は発想からして違いますなあ。たいしたものです」

 根本は、大げさな態度で立木を褒めちぎる。がっちりした体つきではあるが、賞賛の言葉が流暢に飛び出る。

「いやあ、それほどでもありませんよ」

 満更でもなさそうに、立木は笑う。そばにいる滝田は苦々しい表情だが、根本はそんなことにはお構いなしで話を進めていく。

「では、こちらをお納めください」

 言いながら、根本は小判の束を差し出して来た。直後、にっこり微笑む。

「この調子で、どんどん集めていってくださいね」

「もちろん、そのつもりです。この立木に、お任せください」



 三人が出て行った後。
 使用人のひとりが、根本にそっと耳打ちした。

「あの立木ですが、最近あちこちの人間から恨みを買っているようです。少々、動きが派手すぎるようですね」

「らしいな。俺の耳にも、噂は入ってきている」

「これも噂ですが、立木を殺すために、裏の人間に依頼した者がいたという話も聞きました。奴も、そう長くはないと思われます」

「そうか。ならば、命のあるうちにしっかり働いてもらうとするか」

 根本は、冷酷な表情で頷いた。



 一方、立木は滝田と本庄を従え、夜道をのんびりと歩いていた。

「あの根本とかいう男、どうも信用できませんな。奴はいつか、立木さんを裏切りそうな気がします」

 滝田が、案ずるような顔で声をかけてきた。だが、立木は余裕の笑みを浮かべる。

「お前に言われずとも、わかっている。だがな、あの男には金と力がある。利用できるものは、利用せんとな。いずれ、奴の上にいる者と話をつけるつもりだ」

 そう答えた時だった。不意に、本庄が右手を突き出し立木の歩みを止める。

「前に誰かいるぞ。知り合いか?」

 その言葉に、滝田が提灯を高く掲げた。
 五間(十メートル弱)ほど先の木の陰から、男が姿を現す。年齢は四十代か。凶暴な光を目に宿し、じっとこちらを睨んでいる。
 じっと目を凝らす立木。どこかで見た覚えがある。誰だったろうか……確か、前にも店に乗り込んで来たはずだ。その時は、役人を呼んで追い払ったはず。
 そこまできて、ようやく思い出した。

「ひょっとして、大工の利吉りきちさんですか?」

「お前ら……うちの坊主を、どこにやったんだ!」

 利吉は怒鳴り、懐から短刀を取り出す。顔は赤く、足取りもおぼつかない。どうやら、酔っ払っているらしい。 

「お宅の息子さんですか? 知りませんよ。ちゃんとお宅に帰したはずです。私には、何の責任もありません」

「とほけんな! お前、あちこちから子供をさらってんだろ! 知ってんだよ!」

 利吉は、短刀を振りかざす。しかし、立木の顔に恐れはない。ため息をつき、本庄の方を向く。

「言っても無駄なようです。先生、お願いします」

「わかった」 

 返事と同時に、本庄が動く。瞬時に間合いを詰め、右足を飛ばす──
 鞭のようにしなる回し蹴りが、利吉の右手首を打った。手首が砕け、思わず短刀を落とす。
 直後、利吉の顔面に本庄の掌底打ちが炸裂した。その一撃で意識を刈り取られ、利吉は崩れ落ちる。
 本庄は、倒れた利吉を担ぎ上げた。次の瞬間、何のためらいもなく首から投げ落とす──

「これなら、転んで首を折ったとの見立てになるはずだ」

「さすが先生、見事なお手並みです」

「今後も、よろしく頼みますぞ」

 死体と化した利吉を見下ろす三人の目には、何の感情も浮かんでいなかった。

 



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