凶気の呼び声~狭間の世界にうごめく者~

板倉恭司

文字の大きさ
4 / 73

武志、不敵に笑う

しおりを挟む
 天田士郎アマダ シロウは、路地裏の暗がりに身を隠していた。一見すると、中肉中背の平凡な男だ。安物のスーツに身を包み、道端にしゃがみ込んでいる姿は泥酔したサラリーマンにしか見えないだろう。
 既に深夜一時ではあるが、歓楽街においてはまだ宵の口の時間帯だ。そこかしこからバカ声が聞こえてくる。
 すぐ近くには、酔いつぶれて寝ている男がいる。千鳥足でご機嫌な様子の酔っ払いもいる。さらには、売春婦らしき女もあちこちで佇んでいる。
 だが士郎の視線は、ある一点に向けられている。十メートルほど先にある、派手な看板のキャバクラだ。その入り口から目を離さなかった。


 一時間ほど経った時、キャバクラからひとりの男が出てくる。見送りに出てきたキャバ嬢に大きな声で何やら言った後、大股で歩き去る。
 同時に、士郎も立ち上がった。男の後を、ゆっくりとついて行く。
 前方を進む男の歩き方は、まさにチンピラそのものだった。肩をいからせており、やたらと歩幅が広い。だが、身に着けているスーツとネクタイはさほど高いものではない。しかも、前から裏社会の住人とおぼしき者が来ると、すぐに視線を逸らして道を譲る。
 歩いているうちに、人通りが途絶えた。真幌マホロ市は駅とその周囲はお洒落な歓楽街である。だが住宅地に来ると、人通りはかなり少なくなる。ましてや、この時間帯になると人通りはなくなり、無人の町と化す。
 その時、士郎は襲いかかった。男の背後から音もなく近づき、首に腕を巻き付ける。そして腕を狭めていく。
 首の頸動脈を絞められ、男は抵抗する間もなく意識を刈り取られた。



 どのくらいの時間が経ったのだろう。
 男は、ようやく意識を取り戻した。と同時に、頑丈なダクトテープで両手首と両足首をぐるぐる巻きにされた挙げ句、パイプ椅子に座らされていることにも気づく。周囲はコンクリートの壁が剥き出しになっており、床には埃やゴミくずなどが散乱している。
 そして目の前には、パイプ椅子に腰掛けた若者がいた。ひどく痩せており、特に顔の細さは異様である。肌の色も悪く、まるでヤク中のようだ。黒いジャージを着ており、傍らにはスーツ姿の士郎が立っている。
 ジャージ姿の若者は、にこやかな表情を浮かべ口を開く。

「やっとお目覚めですか、寺門達也《テラカド タツヤ》さん」

「お、お前は誰だ! な、何をする気だ! 俺にこんな真似して、ただで済むと思ってんのか!」

 寺門は怒鳴りつける。だが、若者に怯んだ様子はない。黙ったまま、じっと寺門の顔を見つめている。その表情は穏やかなものだった。
 寺門の顔に、明らかに動揺しているであろう表情が浮かぶ。その動揺を悟られまいと、無駄なあがきを始める。

「い、いいか! 俺のバックにはな、銀星会がついてくれてんだ! それだけじゃねえぞ! 俺のケツ持ってくれてんのは桑原さんだ! 銀星会の若頭だ! おいてめえ、わかってんのかよ!」
 寺門はさらにわめき散らす。しかし、依然として武志は黙ったままだ。その態度は冷静そのものである。しかし、その冷静さが寺門の恐怖感を募らせていく。

「お、お前誰だ? 俺はお前なんか知らないぞ。いいか、俺に手を出したら……さ、三百人が動くんだぞ!」

「何とか言えよ! な、なんとか……い、言えって! だ、黙ってちゃわからねえじゃねえか!」

「俺の名は、大和武志ヤマト タケシです。あなたは、本当に覚えていないんですか? 俺の顔を見て、何か思い出しませんか?」

 そう言いながら、武志は立ち上がった。ゆっくりと寺門に近づいて行く。
 寺門は恐怖を隠しきれなくなった。ガチガチと口の中で歯が当たる。目の前の男は正気ではない。寺門は確かに、ヤクザとの繋がりはある。ただし、その使い走りをさせられているといった程度の付き合いだ。
 これまで、かなりの数のヤクザを見てきたのだ。その中には、人を殺した経験のある者もいたし、ヒットマンと呼ばれる者もいた。
 しかし今、寺門の目の前にいる者は……根本的に何かが違う。ヤクザは金のために人を殺す。金にならなければ殺さない。
 目の前の男は、金にならなくても殺す──

「お、俺は本当に……お前なんか知らない。な、何かの間違いです。た、助けてください。お願いします……」

 震えながら、命乞いを始める。いつの間にか、目からは涙が流れていた。寺門は生まれて初めて、本物の死の恐怖と対面したのだ。その恐怖を前にし、体のコントロールが利かなくなっている。
 その時、武志は不敵な表情で笑った。

「俺が誰だか知ってるはずだ。俺はこの五年間、あんたのことを忘れたことはなかった」




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

処理中です...