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一郎、美女と出会う
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仁美一郎は、帰り支度を始める。今日はデスクワークだけだったため、ずっと座りっぱなしだった。このところ運動不足だ。まだ二十五歳だというのに、体力の衰えを感じる。やはり、トレーニングジムか何かに通った方がいいのだろうか。だが、それも面倒くさい。
一郎はいつものように、バスを降り駅に向かう。いつもと変わらない日常だ。
いや、何かが違う。普段とは違うものを感じるのだ。その異変の正体を見つけるべく、周辺を見回した。
電車の中で、ひとりの女が真っ直ぐ自分を見つめている。上品そうな美しい顔立ち、白い肌と長い黒髪、豊満な胸元が印象的である。
一郎は思わず目を逸らした。女はとても美しい。だが、それだけではない。どこかで会った覚えがある。だが、どこで会ったのだろうか? 記憶を辿ってみた。しかし思い出せない。
妙な話だった。あんな女と知り合いだったのなら、忘れるはずがない。しかし、一郎のこれまでの人生における記憶を隅から隅まで掘り起こしてみても、名前は出てこなかった。
だが、顔には見覚えがある。自分は、確実にあの女を知っている。
一郎は顔を上げ、女を見る。すると女は立ち上がり、電車のドアに向かい歩いて行く。こちらを見ようともしない。
このままにしておきたくなかった。話しかけたい衝動を押さえ、女に近づいて行く。その瞬間、電車が停まった。扉が開き、女は電車を降りて行った。
一郎は扉の前で立ち尽くす。どうすればいいのだろう。
後を追うべきか? いや待て。追ってどうするのだ? お前は誰だ、と尋ねるのか? 名前を聞いたところで、わかるはずもないのだ。
それ以前に、自分は何がしたいのだろう。
立ち尽くす一郎の前で、扉が閉まる。電車は走りだした。
その時、女が振り返る。電車が通り過ぎて行く一瞬の間、悲しそうな目で一郎を見つめていた。
一郎は狐につままれたような気分で、真幌駅に降りた。あの女は何者だったのか。自分に何かを訴えようとしていた気がする。
歩きながら、このところの異変について考え続けていた。最近、記憶の混乱が激しい。一昨日あたりから、昨日にかけての記憶があやふやなのだ。
ただひとつ、はっきり覚えていることがある。血まみれの少年の記憶だ。
そう、深夜に血まみれの少年が歩いていた。右手に刃物を持っていた……気がする。刃物にも、血が付いていた。
いや待て。一昨日、道路を歩いていた少年は血まみれだった。が、何も持ってなかった。
「おい、あんた。この前はすまなかったな」
いきなりの声。と同時に、後ろから肩を叩かれた。一郎が振り返ると、そこには見知らぬ中年男が立っている。
「は、はあ……」
作り笑いを浮かべながら、頭の中で考えを巡らせる。この男は誰だろう? 職場の人間だろうか? それとも友人か?
いや、自分に友人はいないはずだ。
「おいおい、ついこの間会ったばかりなのに忘れたのか? 高山裕司、お巡りさんだよ」
中年男はニヤリと笑う。顔のシワなどから、四十を遥かに過ぎているように思われる。しかし疲れることなく歩き続け、敏捷に動き、そして獲物に襲いかかる猟犬……なぜだか知らないが、そんな印象を受けた。
そうだ。
俺は前に、この猟犬みたいな男と話したぞ。
いつ? 何のために?
「お前さん、この辺に住んでいたのか。ところで、ここで何してるんだ?」
高山に聞かれ、一郎は考えを巡らせた。
自分はなぜ、こんな男と関わってしまったのか。どうしても思い出せない。その場を切り抜ける言い訳を考えたが、それも思いつかない。
「い、いやあ……刑事さん、僕はこれから家に帰るところですよ。仕事で疲れちゃいましてね」
「仕事?」
高山は訝しげな表情で、一郎を見つめる。いや、見つめると言うよりも睨みつけると言った方が正確だろう。
「え、ええ……仕事ですけど……」
思わず口ごもる。この刑事の態度は何なのだろう。
いや、待てよ。
思い出した。俺は、この刑事と話をしたんだよな。
確か、二日前に護送車から脱走した奴がいた。そいつは一家四人を惨殺したのだとか言ってた。父と母はメッタ刺しに──
その時、一郎の頭を激しい痛みが襲った。まるで、頭蓋骨をドリルで抉られているかのようだ。たまらず、その場で頭を押さえてしゃがみこんだ。
「おい! どうしたんだ! 大丈夫か!?」
高山の声が聞こえる。同時に、肩に触れる手の感触も……一郎は、その手を掴んだ。
「すみません。水、水を……」
言いながら、一郎はポケットの中から小瓶を取り出した。中から数個の錠剤を取り出し、口に放り込む。バリバリと噛み砕いた。
ようやく頭痛が消えた。一郎は立ち上がり、よろよろした足取りで歩いていく。今日は、早く帰ろう。
あれ?
今、誰かと話してなかったか?
一郎はいつものように、バスを降り駅に向かう。いつもと変わらない日常だ。
いや、何かが違う。普段とは違うものを感じるのだ。その異変の正体を見つけるべく、周辺を見回した。
電車の中で、ひとりの女が真っ直ぐ自分を見つめている。上品そうな美しい顔立ち、白い肌と長い黒髪、豊満な胸元が印象的である。
一郎は思わず目を逸らした。女はとても美しい。だが、それだけではない。どこかで会った覚えがある。だが、どこで会ったのだろうか? 記憶を辿ってみた。しかし思い出せない。
妙な話だった。あんな女と知り合いだったのなら、忘れるはずがない。しかし、一郎のこれまでの人生における記憶を隅から隅まで掘り起こしてみても、名前は出てこなかった。
だが、顔には見覚えがある。自分は、確実にあの女を知っている。
一郎は顔を上げ、女を見る。すると女は立ち上がり、電車のドアに向かい歩いて行く。こちらを見ようともしない。
このままにしておきたくなかった。話しかけたい衝動を押さえ、女に近づいて行く。その瞬間、電車が停まった。扉が開き、女は電車を降りて行った。
一郎は扉の前で立ち尽くす。どうすればいいのだろう。
後を追うべきか? いや待て。追ってどうするのだ? お前は誰だ、と尋ねるのか? 名前を聞いたところで、わかるはずもないのだ。
それ以前に、自分は何がしたいのだろう。
立ち尽くす一郎の前で、扉が閉まる。電車は走りだした。
その時、女が振り返る。電車が通り過ぎて行く一瞬の間、悲しそうな目で一郎を見つめていた。
一郎は狐につままれたような気分で、真幌駅に降りた。あの女は何者だったのか。自分に何かを訴えようとしていた気がする。
歩きながら、このところの異変について考え続けていた。最近、記憶の混乱が激しい。一昨日あたりから、昨日にかけての記憶があやふやなのだ。
ただひとつ、はっきり覚えていることがある。血まみれの少年の記憶だ。
そう、深夜に血まみれの少年が歩いていた。右手に刃物を持っていた……気がする。刃物にも、血が付いていた。
いや待て。一昨日、道路を歩いていた少年は血まみれだった。が、何も持ってなかった。
「おい、あんた。この前はすまなかったな」
いきなりの声。と同時に、後ろから肩を叩かれた。一郎が振り返ると、そこには見知らぬ中年男が立っている。
「は、はあ……」
作り笑いを浮かべながら、頭の中で考えを巡らせる。この男は誰だろう? 職場の人間だろうか? それとも友人か?
いや、自分に友人はいないはずだ。
「おいおい、ついこの間会ったばかりなのに忘れたのか? 高山裕司、お巡りさんだよ」
中年男はニヤリと笑う。顔のシワなどから、四十を遥かに過ぎているように思われる。しかし疲れることなく歩き続け、敏捷に動き、そして獲物に襲いかかる猟犬……なぜだか知らないが、そんな印象を受けた。
そうだ。
俺は前に、この猟犬みたいな男と話したぞ。
いつ? 何のために?
「お前さん、この辺に住んでいたのか。ところで、ここで何してるんだ?」
高山に聞かれ、一郎は考えを巡らせた。
自分はなぜ、こんな男と関わってしまったのか。どうしても思い出せない。その場を切り抜ける言い訳を考えたが、それも思いつかない。
「い、いやあ……刑事さん、僕はこれから家に帰るところですよ。仕事で疲れちゃいましてね」
「仕事?」
高山は訝しげな表情で、一郎を見つめる。いや、見つめると言うよりも睨みつけると言った方が正確だろう。
「え、ええ……仕事ですけど……」
思わず口ごもる。この刑事の態度は何なのだろう。
いや、待てよ。
思い出した。俺は、この刑事と話をしたんだよな。
確か、二日前に護送車から脱走した奴がいた。そいつは一家四人を惨殺したのだとか言ってた。父と母はメッタ刺しに──
その時、一郎の頭を激しい痛みが襲った。まるで、頭蓋骨をドリルで抉られているかのようだ。たまらず、その場で頭を押さえてしゃがみこんだ。
「おい! どうしたんだ! 大丈夫か!?」
高山の声が聞こえる。同時に、肩に触れる手の感触も……一郎は、その手を掴んだ。
「すみません。水、水を……」
言いながら、一郎はポケットの中から小瓶を取り出した。中から数個の錠剤を取り出し、口に放り込む。バリバリと噛み砕いた。
ようやく頭痛が消えた。一郎は立ち上がり、よろよろした足取りで歩いていく。今日は、早く帰ろう。
あれ?
今、誰かと話してなかったか?
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