凶気の呼び声~狭間の世界にうごめく者~

板倉恭司

文字の大きさ
65 / 73

陽一、初仕事に挑む

しおりを挟む
 大沼ビルの地下駐車場。
 西村陽一は目出し帽を被り拳銃を握りしめ、車の陰に身を潜めていた。傍らには藤田鉄雄がいる。鉄雄もまた目出し帽を被り、拳銃を握りしめていた。



 昨夜、陽一は鉄雄から拳銃の扱い方を教わった。

(いいか、お前には正確な射撃なんか期待してないんだ。とにかく、コイツを構えて奴らの前に出て、胴体を狙って引き金を引けばいいんだ。あとは俺が引き受ける)

 そう言いながら、陽一に様々なことを教え込んだ。
 陽一も、スポンジが水を吸い込むように、教わったことを吸収していった。学校の勉強とは違うのだ。もし学んだことを本番で忘れたのならば、それは死を意味する。かつてないほど、真剣に学習したのだ。



「そろそろだ。スーツを着たふたり組の男が降りて来る。片方はアタッシュケースを持っている。そいつらを見たら、打ち合わせ通りにやれ」

 そう言うと、鉄雄は足音を立てずに移動する。打ち合わせでは、陽一が拳銃を構えて前に出る。わずかに遅れて、鉄雄が拳銃を構えて後ろから襲う。
 もし相手が抵抗する素振りを見せたら、迷わず撃て……そう教わった。陽一は拳銃の安全装置を解除し、車の陰から待ち受ける。広い駐車場だが、車は二台しか停まっていない。そもそも、このビルは銀星会の所有物みたいなものなのだ。関係者以外は入って来ない。つまり、裏社会しか来ないということだ。
 だからこそ、銃声を聞いたとしても、誰も通報したりしない。



 エレベーターが降りて来た。直後、ふたりの男が出て来た。どちらも厳つい風貌で、高級そうなスーツを着ている。片方の男は、手にアタッシュケースをぶら下げていた。
 それを見た瞬間、陽一の心臓は一気に動きを速めた。痛みさえ感じるような激しい鼓動と、息苦しさを感じる。逃げ出したい気持ちに襲われた。いや、逃げ出すというよりは、その場にうずくまってしまいたかった。何もかも見なかったことにしたい、そんな衝動に駆られた。
 だが、それは出来ない。
 自分の裡に蠢く、どす黒い何か……それが命じたのだ。
 殺せ、と。

 陽一は立ち上がる。口からは、本人以外には意味不明な声が漏れる。拳銃を構え、ふたりの前に躍り出た。
 ふたりは驚愕の表情を浮かべながらも、目の前の事態に反応した。ひとりは懐に手を伸ばす。
 その瞬間、陽一は発砲した──

 銃弾を胸に受け、男はのけぞる。だが、陽一は止まらない。さらに、もう一発──
 発砲の衝撃で、手首に痛みが走る。しかし、陽一は痛みに耐えた。さらに、駄目押しとばかり発砲する。
 三発の銃弾は、男の胸に全て命中した。無事で済むはずもなく、仰向けに倒れる。
 だが、もうひとりいる。アタッシュケースから手を離し、懐に手を入れる。
 だが、別方向から銃声があがる。後ろに回った鉄雄が、もうひとりに銃弾を撃ち込んだのだ
 男は地面に崩れ落ちる。だが鉄雄は容赦なく、倒れた男に銃弾を撃ち込んだ。

「陽一、よくやったな。さあ、ずらかるぞ」

 その声は震えていた。さすがの鉄雄も、このような状況では、いつものようなクールな態度ではいられないらしい。陽一は体を震わせながらも、鉄雄の後に続く。歩きながら目出し帽を脱ぎ、ポケットに入れる。



 鉄雄と陽一は、階段で地上に出た。ふたりとも、清掃業者のような作業服を着て帽子をかぶっている。そのまま、なに食わぬ顔で歩いていた。
 陽一は今にも力が抜けそうになる足をどうにか動かし、鉄雄の後にピッタリとくっついて歩いている。
 しばらく歩き、人気ひとけのない場所に停まっている車に乗り込む。
 その運転席には、火野正一が座っていた。

「鉄さん、やりましたね。じゃあ、行きますよ」

 正一は努めて冷静に振る舞おうとしているが、声は震えている。直後、車を発進させた。
 やがて、鉄雄が口を開く。

「陽一、チャカをよこすんだ」

 その声に、陽一は不自然なものを感じた。それでも、素直に拳銃を渡す。



 二十分後、陽一は廃墟の中に居た。
 鉄雄がアタッシュケースを開け、正一が狂喜乱舞する……その様子を、陽一は呆けたような表情で見ていた。
 その胸に去来していたものは、仕事を終えた満足感でも、恐怖から解放された安心感でもなかった。
 虚無感だった。

 自分の全てを賭けた計画は、見事に成功した。人生で初めて拳銃を撃ち、人間を射殺したのだ。結果、自分は金を手に入れた。
 だが、自分が本当に欲しかったものは、金ではなかった。

 あんたたちは、あんな紙切れが欲しかったのか?

 陽一の目には、札束を前に狂喜乱舞する正一と、満足げな笑みを浮かべる鉄雄は、あまりにも無様に見えた。
 自分の嫌悪していたはずの者たちと、本質的には変わりない姿──

 僕は、こんな奴らに憧れていたのか。

 だが、鉄雄の表情が変わった。冷酷な顔つきで、こちらを向く。
 そして、拳銃を向けた。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

処理中です...