9 / 86
●近くて遠い。
しおりを挟む
ぽかぽかと暖かい陽気で風もないので、僕は久しぶりに自転車で大学に行った。
通学途中にはちょっとした新興住宅地があり、そこここで新しい家が建設されている。最近、その住宅地の現場に、父の会社が生コンを卸しているらしい。先日、僕は兄が現場で働く姿を目撃した。その時は車だったから、兄の働く様子をじっくり見られなかった。生コン車の後部についているステップに登って何かしている後ろ姿が、ちょっと見えただけだ。
兄を目撃した場所から少し離れたところで、僕は自転車を停めた。少し前までコンクリートの基礎がむき出しになっていたが、今日は柱を建てる作業が行われていて、大工さん達が忙しそうに働いていた。まるで魔法みたいだ、と僕は思った。柱が建ったことというより、柱と柱の間に空間が出来ることが、僕には魔法のように思えるのだ。嗅ぐだけで心をワクワクと踊らせる、新品の木材の匂い。色にたとえればまっさらな白。いいなぁ。僕も、卒業して社会人になったら家を建てるんだ。遠くに引っ越すんじゃなくて、うちの敷地内の隅っこに、新しい家を建てたい。僕はその家で、お兄さんと父と母の四人で暮らすのだ。
自転車をこぎながら、僕は小学生時代からの親友の、雄大君の家のことを思った。初めて雄大君の家に行ったとき、雄大君の家はまだ新築したばかりだったので、室内にはあまり家具がなくて広々としていた。遊びに行くごとに、徐々に家具が増えて物も増えた。室内面積は増えたものの分だけ減るけれど、雄大君の部屋は雄大君だけの空間に育つ。雄大君のお姉さんの真咲姐さんの部屋もそうだ。
ただの更地に杭が打たれ基礎が作られ、柱が建って屋根が乗せられ、壁が出来て、部屋になる。そしてそこに人が暮らす。その過程で、部屋という空間はそれ一つ一つが固有のものとして育っていく。その礎の部分を作るために必要な仕事を担っているのが、僕の父や兄だ。それはすごいことなのではないか、と僕は思った。そのすごさを僕は兄に伝えて共有したい。それなのに……。
兄は夕方に風呂から上がってから、ずっと部屋に籠もりっきりだ。父が最近、消防団の集まりだとかで夜は留守がちなので、兄は逆によく家にいる。
僕はレポートを書く手を止め、ヘッドホンを外して聞き耳を立てた。聴こえて来るのは、茶の間からのテレビの音と母の笑い声だけ。廊下を挟んで真正面が兄の部屋だが、ドア二枚を隔てているのに、「近寄るな」という匂いを感じる。
兄との距離は、直線距離にしてほんの数メートル。なのにとても遠く感じる。子供の頃、ままごと遊びのために地面に描いた間取りを思えば、数歩飛び跳ねて辿り着ける距離。だが越えるには勇気とパワーが要る。この場合、部屋というものが持つのは魔法というよりは呪いだ。僕に極限までトイレを我慢させるほどの。
思い切ってドアを開けたら同時に兄の部屋のドアも開いて、僕は漏らしそうなほど驚いた。
「なに?」
兄は片眉を上げて言った。常時、粒子の細かい砂埃で白っぽい廊下が、パッと桜色に華やいだ。
通学途中にはちょっとした新興住宅地があり、そこここで新しい家が建設されている。最近、その住宅地の現場に、父の会社が生コンを卸しているらしい。先日、僕は兄が現場で働く姿を目撃した。その時は車だったから、兄の働く様子をじっくり見られなかった。生コン車の後部についているステップに登って何かしている後ろ姿が、ちょっと見えただけだ。
兄を目撃した場所から少し離れたところで、僕は自転車を停めた。少し前までコンクリートの基礎がむき出しになっていたが、今日は柱を建てる作業が行われていて、大工さん達が忙しそうに働いていた。まるで魔法みたいだ、と僕は思った。柱が建ったことというより、柱と柱の間に空間が出来ることが、僕には魔法のように思えるのだ。嗅ぐだけで心をワクワクと踊らせる、新品の木材の匂い。色にたとえればまっさらな白。いいなぁ。僕も、卒業して社会人になったら家を建てるんだ。遠くに引っ越すんじゃなくて、うちの敷地内の隅っこに、新しい家を建てたい。僕はその家で、お兄さんと父と母の四人で暮らすのだ。
自転車をこぎながら、僕は小学生時代からの親友の、雄大君の家のことを思った。初めて雄大君の家に行ったとき、雄大君の家はまだ新築したばかりだったので、室内にはあまり家具がなくて広々としていた。遊びに行くごとに、徐々に家具が増えて物も増えた。室内面積は増えたものの分だけ減るけれど、雄大君の部屋は雄大君だけの空間に育つ。雄大君のお姉さんの真咲姐さんの部屋もそうだ。
ただの更地に杭が打たれ基礎が作られ、柱が建って屋根が乗せられ、壁が出来て、部屋になる。そしてそこに人が暮らす。その過程で、部屋という空間はそれ一つ一つが固有のものとして育っていく。その礎の部分を作るために必要な仕事を担っているのが、僕の父や兄だ。それはすごいことなのではないか、と僕は思った。そのすごさを僕は兄に伝えて共有したい。それなのに……。
兄は夕方に風呂から上がってから、ずっと部屋に籠もりっきりだ。父が最近、消防団の集まりだとかで夜は留守がちなので、兄は逆によく家にいる。
僕はレポートを書く手を止め、ヘッドホンを外して聞き耳を立てた。聴こえて来るのは、茶の間からのテレビの音と母の笑い声だけ。廊下を挟んで真正面が兄の部屋だが、ドア二枚を隔てているのに、「近寄るな」という匂いを感じる。
兄との距離は、直線距離にしてほんの数メートル。なのにとても遠く感じる。子供の頃、ままごと遊びのために地面に描いた間取りを思えば、数歩飛び跳ねて辿り着ける距離。だが越えるには勇気とパワーが要る。この場合、部屋というものが持つのは魔法というよりは呪いだ。僕に極限までトイレを我慢させるほどの。
思い切ってドアを開けたら同時に兄の部屋のドアも開いて、僕は漏らしそうなほど驚いた。
「なに?」
兄は片眉を上げて言った。常時、粒子の細かい砂埃で白っぽい廊下が、パッと桜色に華やいだ。
11
あなたにおすすめの小説
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻本作品(オリジナル)の結末をif(運命の番)ルートに入れ替えて、他サイトでの投稿を始めました。タイトルは「一度目の結婚で愛も希望も失くした僕が、移住先で運命と出逢い、二度目の結婚で愛されるまで」に変えてます。
オリジナルの本編結末は完全なハッピーエンドとはいえないかもしれませんが、「一度目の〜…」は琳が幸せな結婚をするハッピーエンド一択です。
うそつきΩのとりかえ話譚
沖弉 えぬ
BL
療養を終えた王子が都に帰還するのに合わせて開催される「番候補戦」。王子は国の将来を担うのに相応しいアルファであり番といえば当然オメガであるが、貧乏一家の財政難を救うべく、18歳のトキはアルファでありながらオメガのフリをして王子の「番候補戦」に参加する事を決める。一方王子にはとある秘密があって……。雪の積もった日に出会った紅梅色の髪の青年と都で再会を果たしたトキは、彼の助けもあってオメガたちによる候補戦に身を投じる。
舞台は和風×中華風の国セイシンで織りなす、同い年の青年たちによる旅と恋の話です。
黒とオメガの騎士の子育て〜この子確かに俺とお前にそっくりだけど、産んだ覚えないんですけど!?〜
せるせ
BL
王都の騎士団に所属するオメガのセルジュは、ある日なぜか北の若き辺境伯クロードの城で目が覚めた。
しかも隣で泣いているのは、クロードと同じ目を持つ自分にそっくりな赤ん坊で……?
「お前が産んだ、俺の子供だ」
いや、そんなこと言われても、産んだ記憶もあんなことやこんなことをした記憶も無いんですけど!?
クロードとは元々険悪な仲だったはずなのに、一体どうしてこんなことに?
一途な黒髪アルファの年下辺境伯×金髪オメガの年上騎士
※一応オメガバース設定をお借りしています
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
【完結】この契約に愛なんてないはずだった
なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。
そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。
数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。
身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。
生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。
これはただの契約のはずだった。
愛なんて、最初からあるわけがなかった。
けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。
ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。
これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。
【BL】正統派イケメンな幼馴染が僕だけに見せる顔が可愛いすぎる!
ひつじのめい
BL
αとΩの同性の両親を持つ相模 楓(さがみ かえで)は母似の容姿の為にΩと思われる事が多々あるが、説明するのが面倒くさいと放置した事でクラスメイトにはΩと認識されていたが楓のバース性はαである。
そんな楓が初恋を拗らせている相手はαの両親を持つ2つ年上の小野寺 翠(おのでら すい)だった。
翠に恋人が出来た時に気持ちも告げずに、接触を一切絶ちながらも、好みのタイプを観察しながら自分磨きに勤しんでいたが、実際は好みのタイプとは正反対の風貌へと自ら進んでいた。
実は翠も幼い頃の女の子の様な可愛い楓に心を惹かれていたのだった。
楓がΩだと信じていた翠は、自分の本当のバース性がβだと気づかれるのを恐れ、楓とは正反対の相手と付き合っていたのだった。
楓がその事を知った時に、翠に対して粘着系の溺愛が始まるとは、この頃の翠は微塵も考えてはいなかった。
※作者の個人的な解釈が含まれています。
※Rシーンがある回はタイトルに☆が付きます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる