兄がΩ 〜うっかり兄弟で番いましたが、今日も楽しく暮らしています。〜

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●近くて遠い。

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 ぽかぽかと暖かい陽気で風もないので、僕は久しぶりに自転車で大学に行った。
 通学途中にはちょっとした新興住宅地があり、そこここで新しい家が建設されている。最近、その住宅地の現場に、父の会社が生コンを卸しているらしい。先日、僕は兄が現場で働く姿を目撃した。その時は車だったから、兄の働く様子をじっくり見られなかった。生コン車の後部についているステップに登って何かしている後ろ姿が、ちょっと見えただけだ。
 兄を目撃した場所から少し離れたところで、僕は自転車を停めた。少し前までコンクリートの基礎がむき出しになっていたが、今日は柱を建てる作業が行われていて、大工さん達が忙しそうに働いていた。まるで魔法みたいだ、と僕は思った。柱が建ったことというより、柱と柱の間に空間が出来ることが、僕には魔法のように思えるのだ。嗅ぐだけで心をワクワクと踊らせる、新品の木材の匂い。色にたとえればまっさらな白。いいなぁ。僕も、卒業して社会人になったら家を建てるんだ。遠くに引っ越すんじゃなくて、うちの敷地内の隅っこに、新しい家を建てたい。僕はその家で、お兄さんと父と母の四人で暮らすのだ。
 自転車をこぎながら、僕は小学生時代からの親友の、雄大ゆうだい君の家のことを思った。初めて雄大君の家に行ったとき、雄大君の家はまだ新築したばかりだったので、室内にはあまり家具がなくて広々としていた。遊びに行くごとに、徐々に家具が増えて物も増えた。室内面積は増えたものの分だけ減るけれど、雄大君の部屋は雄大君だけの空間に育つ。雄大君のお姉さんの真咲まさき姐さんの部屋もそうだ。
 ただの更地に杭が打たれ基礎が作られ、柱が建って屋根が乗せられ、壁が出来て、部屋になる。そしてそこに人が暮らす。その過程で、部屋という空間はそれ一つ一つが固有のものとして育っていく。そのいしずえの部分を作るために必要な仕事を担っているのが、僕の父や兄だ。それはすごいことなのではないか、と僕は思った。そのすごさを僕は兄に伝えて共有したい。それなのに……。
 兄は夕方に風呂から上がってから、ずっと部屋に籠もりっきりだ。父が最近、消防団の集まりだとかで夜は留守がちなので、兄は逆によく家にいる。
 僕はレポートを書く手を止め、ヘッドホンを外して聞き耳を立てた。聴こえて来るのは、茶の間からのテレビの音と母の笑い声だけ。廊下を挟んで真正面が兄の部屋だが、ドア二枚を隔てているのに、「近寄るな」という匂いを感じる。
 兄との距離は、直線距離にしてほんの数メートル。なのにとても遠く感じる。子供の頃、ままごと遊びのために地面に描いた間取りを思えば、数歩飛び跳ねて辿り着ける距離。だが越えるには勇気とパワーが要る。この場合、部屋というものが持つのは魔法というよりは呪いだ。僕に極限までトイレを我慢させるほどの。
 思い切ってドアを開けたら同時に兄の部屋のドアも開いて、僕は漏らしそうなほど驚いた。
「なに?」
 兄は片眉を上げて言った。常時、粒子の細かい砂埃で白っぽい廊下が、パッと桜色に華やいだ。
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