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○誰も何も言わないからといって……。

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「許されるわけねーだろが、このバカッタレがーっ!!」
「ぎゃーっ!!」
 まさかのジャーマンスープレックス。仁美の火葬が終わった途端、親父があらぶりだした。そうだよな、一つ屋根の下で息子達が過ちを犯しているのを止めない親なんか、いるわけがない。しかし、怒られるのは俺だけだろうと思ったら、逆に知玄とものりがとっちめられてしまうとは。

「で、番契約はどうやったら解けんでや」
「αがΩに対して解除するって一言言えばいいだけだって、誓二せいじさんが言ってました」
 知玄はぐすっと鼻をすすり上げた。
 まるで魔法だ。親父は半信半疑そうな顔で、顎を擦っている。
「アキよ。本当なんきゃ」
「うん、解除権があるのはαだけなんだって」
 しかもαは番を解消してもノーダメージだ。一方、Ωはといえば、ショックで身体を壊すし、一生他のαとは番契約を結べない。発情期ヒートにはαを無差別に惹きつけるフェロモンを出すし、ヤられれば妊娠する。庇護してくれるαを喪ったΩの行く末は悲惨だ。
 なんて、詳細は語らない。知玄を迷わすような事は言えない。俺だって、この番契約は解除されるべきだと思うし。
「ほら、知玄。兄ちゃんに番を解消しますって言え。オメーが兄ちゃんを解放するんだ。オラ、けじめをつけろや!」
 親父にせっつかれて、とうとう、知玄が折れた。
「僕、井田知玄は、お兄さ……井田知白ともあきさんとの番契約を、解除します……」
 
 翌日から急に暖かくなった。桜は三月の間に満開になり、四月を待たずに全部散った。だが俺の二十二歳の誕生日は冬が戻って来たように寒く、朝からみぞれまじりの冷たい雨が降った。日曜だというのに、親父から一階の事務所に呼び出された。
「調子はすっかりいいのか」
「お陰様で、久しぶりに煙草がどちゃくそ美味ぇ」
 俺が煙を吐き出すと、親父はあからさまに顔を顰めた。
「アキよ。お前、少しは自分の健康に気ぃ遣いな」
 今更何を言うか。酒と煙草は紳士の嗜みだとか言って、俺に十三からやらせてたのは誰だっつうの。
「急に俺を娘扱いすんなって。Ωはガキを産むってだけで、あとはただの男と変わんねえの」
「それぐらい、おめえらの世代よか俺らの方がよく知ってんだよ。それにしても」
 親父は俺が言うことを聞かねえから諦めたのか、自分も煙草に火を点けた。
「お前、よくちゃんと医者に通ったな」
「うん?」
「仁美を身籠ってた時によ。さすが俺の息子だ、胆が据わってらいな。孕んだ男Ωは病院にも行かず、一人で部屋とか公衆便所とかでガキぃ産んで、そのまま棄てっちまうのが定石だっつうのに」
「ふん、なりふりなんか構ってらんねぇだろ」
 親父は笑った。
「俺と母さんの子育ては失敗じゃなかったってこったな。まぁ、知玄の方はもう少し教育が要るみてえだが」
「どうだか」
「ところでアキよ」
「何?」
「今年は仕方ねぇが、来年こそ修業に出な。却って丁度いいだろ、同期が同い年ばっかのが。お前には期待してる。外で一杯学んで、俺の会社を継いででかくしろよ」
「へいへい」
 結局、それが果たされることはなかった。俺が修業に出て三年もせず、親父の会社は連鎖倒産の波に呑まれた。
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