兄がΩ 〜うっかり兄弟で番いましたが、今日も楽しく暮らしています。〜

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その後の兄と弟。

☆お兄さんの手料理が食べたい!

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※2004年の春。
 
「僕、お昼はお兄さんの手料理が食べたいです!」
「えー……」
 まったく。久しぶりに家に兄弟二人きりになったらこれだ。
 今朝、親父が昼は母さんと外に食いに行こうと思うがお前はどうする? と聞いてきたから、俺はそれより家でゴロゴロしていたいと答えた。すると親父は「じゃあノリだけ連れていく」と言った。俺が一緒に行くって言ったら、きっと知玄とものりは家で留守番を命じられただろう。親父は俺と知玄を二人きりにさせたくないんだ。俺らがまた、親の居ぬ間に何かよからぬことをするんじゃないかと、親父は思っている。
 だが親父は詰めが甘かった。知玄は「今日はバイトです」と爽やかに嘘を吐いて居残った。「そうか、じゃあ仕方がねぇ」じゃねぇよ。事実確認くらいしろよ。知玄のバイト先のオーナー、親父の同級生じゃねぇかよ。
 昼頃に俺は二度寝から目を覚まし、ちゃんと寝間着から普段着に着替えて、部屋の内鍵を上げた。知玄の急襲に警戒しつつ、そーっとドアを開けたら、家の中はしんとしていた。あの知玄が、親父の言いつけ『無意味やたらと兄ちゃんに近づかないこと』を殊勝に守ってるなんてな、と感心しながら茶の間に入ったら、知玄は炬燵を背に静かに土下座をして、俺を待ち構えていたってわけだ。
 結局、飯を作ることにした。昼飯買いに行くには半端な時間だし、まず第一に、俺がめちゃめちゃ腹を空かせていた。
「手料理っつったって、お前何が食いたいんだよ」
「お兄さんが作ったものならなんでもいいです」
「お前そんなことべぇ言ってると、将来嫁に嫌われるぞ」
「うー」
 “何でもいい”が一番面倒臭ぇ。
 冷蔵庫を開けてみれば、ろくなもんが入ってねぇ。たまごとベーコンと、賞味期限切れの納豆か。
「目玉焼き丼でもいい?」
「急にレベル低くなりましたね。この間は僕のために肉じゃが作ってくれたのに」
 あれはただ、俺が無性に食いたくなったから作っただけだ。知玄のためじゃない。
「嫌なら作らないけど?」
「えっ、あっ、全然嫌じゃないです。お兄さんが焼いた目玉焼き、すごく食べたいです!」
 知玄は真面目優等生っぽく手を真っ直ぐ挙げて言った。
 知玄に冷や飯をレンジで温めるよう言いつけてから、俺はフライパンを出して目玉焼き作りに取りかかった。まずはベーコンをカリッとするまで焼いて、その上にたまごを四個、割って落とす。片手に盾のように蓋を持ち、コップに汲んだ水を少し、フライパンの中に放り込むように注ぐ。たちまちジャーッと水蒸気や油が吹き上がる。
 蓋の下で水蒸気がボンッ、ボンッと派手な音をたてる。いつの間にか俺の背後に来ていた知玄が、「おぉっ!」「うははーっ!」と声を上げてはしゃいだ。騒ぎながらも隙あらば俺の腰を触ろうとする手は、容赦なく振り払ってやる。
 今作ってるのは、目玉焼きは目玉焼きでも、普通の目玉焼きじゃないやつ。レアレアのレアなやつ。黄身が完熟で、白身の、黄身の周りを囲ってる縁の部分がまだ少し透けてるくらいがいい。けど、これが結構、火加減が難しい。知玄は肉じゃがに比べたらレベルが低いなんて言ったが、とんでもない。これ、なかなかハイレベルなやつだぞ。
 蓋はガラス製だが、内側からすっかり曇ってしまって中が見えにくい。ほとんどカンで火を止める。
「ご飯よそった?」
「はい、この通り」
 知玄は自信を持ってご飯の入った丼を俺に見せたが、
「おいおい、全然ほぐしてないじゃん」
 ご飯はただラップを外されたまま、まん丸なおにぎりみたいな形で、丼の底に固まっていた。
「まぁいいか面倒臭ぇ。よこしな」
 俺は丼を受け取り、丸い飯の塊の上に、ベーコンエッグを載せた。
「あ。」
「あぁーっ」
 完熟の黄身が生焼けの白身から外れて急斜面を転がり、カリカリに焼けたベーコンの尖った端っこに当たって破裂し、黄色い汁になった。
「すみません。それ、責任とって僕が食べます」
「いや兄ちゃんが食うから。それより、もう一つの飯はちゃんと平らにして」
 知玄が飯の表面をしゃもじでペタペタと平らにならしている間に、フライパンの上に待たされていた残りの目玉焼きは、熱が通り過ぎてしまった。白い膜の下から僅かに透けて見える黄身の色が、もう霞んだピンクだ。あーあ。
 目玉焼きにかけるのはソース派と醤油派がいるけど、うちは完全に醤油派で、あと塩コショウに粗挽きのブラックペッパーも追加すれば、完璧だ。俺達は炬燵テーブルのいつもの席についた。俺が親父の席の正面、知玄がお袋の正面のところだ。
「いただきます」
 俺の二個の目玉焼きの、片方は既にぺしゃんこだが、もう片方はきれいな形で、黄身を箸の先でつつくと白い膜がプツンと裂けて、中からとろとろの黄身が溢れ出した。これがいいんだよなぁ。白身とベーコンでご飯を巻いて黄身を絡め、口に放り込む。
「うめぇ」
「超美味しいです、お兄さん、超美味しいですよ! たまご固まってますけど!」
 へぇへぇ、レアなやつが食いたかったのね。
「ほら、知玄」
 俺は、とろとろのたまごのかかった黄色い飯を箸で掬って、知玄の口元へ差し出した。「あーん」と鳥の雛みたいに開いた大口に、箸ごと飯を入れる。知玄はへにゃりと顔を綻ばせ、
「おぉーいしーい」
 と、まるでグルメ番組のお笑い芸人みたいなリアクションをした。なかなか悪くないな、と思ってから、あ、もはやつがいでも何でもねぇのに余計なことをやってしまったと思った。これ、親父に見られたら、二人揃って拳骨喰らわせられるやつだ。
「はい、お兄さんも。あーん」
 知玄は半月形になった黄身の塊を、俺の鼻先につき出した。火が通り過ぎて、赤みのない白っぽい黄色になっている。ぐいっとつき出すから、思わずぱくっと食べてしまった。すっかりもさもさな食感だ。
「はぁー、美味しかった。ごちそうさまでした」
 知玄は俺より先に食い終えて立ち上がった。
「それじゃあ僕、バイトに行ってきます!」
「えっ」
 バイトって嘘じゃなかったのか。そそくさと茶の間を出ようとした知玄だったが、ふとこっちを向くと、老人みたいに腰を屈めて俺の方に近寄ってきた。
「お兄さん、そんな顔して。もしかして、一人でお留守番が淋しいですか?」
 いや、そうじゃねーよ。自分の食器ぐらい、自分で片付けてから行け!
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