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その後の兄と弟。
☆僕のことが嫌い?(下)
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「今日はどうされました?」
急に歯医者が視界に入ってきたからびっくりした。
「あー……えっと、歯の健診と歯石取りをしてもらいたく……」
「自覚症状とかあります?」
「特にないっす」
「なるほど。じゃあ診てみますね」
診察が始まった途端、チビ助は大人しくなった。よかった。歯医者と歯科助手の二人がかり。チビ助に暴れられて存在を主張されたら、隠しだて出来るシチュエーションではない。
虫歯なし。奥の歯茎に若干の腫れあり。歯石を取ってもらい、フッ素を塗ってもらい、そして煙草の吸いすぎと小言を言われる。もう半年以上吸ってないんだけど。だが、そういえば前回歯のクリーニングをしてもらったのは一年以上前だから、無理もないのか。
妊夫歯科健診に来たことは、言い出せず。母子手帳には空欄の一ページが出来てしまった。これ、後になって何か言われるのかな。サボったとか、これだからΩはとか。
十年前の俺なら、きっと躊躇なんかしなかった。若気の至り真っ最中なお年頃で無敵だったから、というのもあるけど、世の中が変わる前だったからというのもある。
この十年で、Ωという存在の認知度は上がった。だがそれは悪い意味でだ。Ωが産んだ子をそこらに棄てたり、虐待して死なせたりっていう事件が立て続けに明るみになって、報道されたせい。それに対する世論の反応はすさまじいものだった。誰もが道に外れた奴への制裁を望んでいるようだった。俺だって、世論の前に引摺り出されれば、制裁を受ける立場だ。
沈黙することが俺を守りチビ助を守る……はず。
歯医者から外に出た途端、チビ助が暴れだす。幸い、炎天下の街に人影はない。けど、ちょっと落ち着いてくれ、痛いし。と、腹を撫でてもチビ助は大人しくならない。胎動は生きてる証拠だから、いいけどさ。
しかし、何故か空白のある母子手帳。それを将来チビ助が見て、どう思うんだろう。自分の親は自分を守る気がなかったとか、思うだろうか。
「すんません」
受付に引き返したら、幸いにも受付担当者はいなくて、さっき俺を診た歯医者がちょうどカウンターの向こうに居た。
「さっきの、これに書いて貰えますか」
母子手帳を開いて差し出したら、歯医者はそれと俺とを見比べて、
「いいですよ」
と言った。
これも自己満足だろうか。でも医者には守秘義務があるから、俺がΩだって言い触らしたら俺の方から訴えてやれるはず。親が子供のために出来ることしたくらいで、何だっていうんだよな。
ちょうど家の前まで来たとき、正面から白のCR-Vが近づいてきた。茜の車だ。ということは、
「お兄さーんっ」
知玄が帰ってきたんだ。知玄はいつも、曜日の概念を持っていないかのように、帰って来られる日に帰って来る。
「お散歩でしたか?」
「いんや。歯医者行って来ただけ」
「じゃあお昼は食べれます? 三人でどこかに食べに行こうかって話していたんですけど」
「フッ素塗っただけだから、三十分経てば飲食していいって言われたけど、外食はちょっとな……」
「了解です。僕達で何か買って来ますね」
そんな訳で、思いがけず賑やかな昼食になった。ほか弁とテイクアウトのピザを一枚食ったら、もう満腹だ。
「すまん、ちっと横になっていい?」
「いいですよー」
茜もいる前で悪いなと思いつつ、俺は床に寝そべった。お袋なら「食べてすぐに寝ると牛になるよ!」って怒るが、知玄と茜は何も文句を言わない。理解者しかいない空間っていいな。すまんが甘えさせてもらおう。
横になった途端に、チビ助がもごもごと動き出した。俺が飯を食った後はいつもそうだ。これは「飯だ飯だー!」と喜びを表現しているのか、それとも他に何か理由があったりするんだろうか。まるで俎の上の鯉のような動き。意味は違うけど……。
「すごーい! 知白さん、ちょっと触らせてもらってもいい?」
「いいけど」
「やったー。じゃあ失礼します」
女子に触られるのはちょっと照れ臭いけど。茜はきゃあきゃあと喜んだ。チビ助は良いとこ見せてやるぜと言わんばかりに、いつも以上の動きを見せた。まさかこいつめ、現時点で既に女好きなのか? そうなのか?
「お兄さん、僕も触りたいです」
知玄は何故か茜よりも遠慮がちに言った。
「おう、触れ触れ。遠慮するなや」
って俺は答えた。
「じゃあ失礼して。チビ助ちゃーん」
その瞬間、チビ助はぴたりと動かなくなった。
「あれっ」
知玄が手をひっこめると、チビ助はまたもごもごと蠢き始めた。
「チビ助ちゃーん」
またしても、知玄の手が触れた途端、チビ助は一ミリも動かなくなった。
「もしかして、チビ助ちゃんは僕のことが嫌い?」
「いや……」
知らんけど。知玄が手を離すと、チビ助は何事もなかったように、ドゥルンドゥルンと動き始めた。
急に歯医者が視界に入ってきたからびっくりした。
「あー……えっと、歯の健診と歯石取りをしてもらいたく……」
「自覚症状とかあります?」
「特にないっす」
「なるほど。じゃあ診てみますね」
診察が始まった途端、チビ助は大人しくなった。よかった。歯医者と歯科助手の二人がかり。チビ助に暴れられて存在を主張されたら、隠しだて出来るシチュエーションではない。
虫歯なし。奥の歯茎に若干の腫れあり。歯石を取ってもらい、フッ素を塗ってもらい、そして煙草の吸いすぎと小言を言われる。もう半年以上吸ってないんだけど。だが、そういえば前回歯のクリーニングをしてもらったのは一年以上前だから、無理もないのか。
妊夫歯科健診に来たことは、言い出せず。母子手帳には空欄の一ページが出来てしまった。これ、後になって何か言われるのかな。サボったとか、これだからΩはとか。
十年前の俺なら、きっと躊躇なんかしなかった。若気の至り真っ最中なお年頃で無敵だったから、というのもあるけど、世の中が変わる前だったからというのもある。
この十年で、Ωという存在の認知度は上がった。だがそれは悪い意味でだ。Ωが産んだ子をそこらに棄てたり、虐待して死なせたりっていう事件が立て続けに明るみになって、報道されたせい。それに対する世論の反応はすさまじいものだった。誰もが道に外れた奴への制裁を望んでいるようだった。俺だって、世論の前に引摺り出されれば、制裁を受ける立場だ。
沈黙することが俺を守りチビ助を守る……はず。
歯医者から外に出た途端、チビ助が暴れだす。幸い、炎天下の街に人影はない。けど、ちょっと落ち着いてくれ、痛いし。と、腹を撫でてもチビ助は大人しくならない。胎動は生きてる証拠だから、いいけどさ。
しかし、何故か空白のある母子手帳。それを将来チビ助が見て、どう思うんだろう。自分の親は自分を守る気がなかったとか、思うだろうか。
「すんません」
受付に引き返したら、幸いにも受付担当者はいなくて、さっき俺を診た歯医者がちょうどカウンターの向こうに居た。
「さっきの、これに書いて貰えますか」
母子手帳を開いて差し出したら、歯医者はそれと俺とを見比べて、
「いいですよ」
と言った。
これも自己満足だろうか。でも医者には守秘義務があるから、俺がΩだって言い触らしたら俺の方から訴えてやれるはず。親が子供のために出来ることしたくらいで、何だっていうんだよな。
ちょうど家の前まで来たとき、正面から白のCR-Vが近づいてきた。茜の車だ。ということは、
「お兄さーんっ」
知玄が帰ってきたんだ。知玄はいつも、曜日の概念を持っていないかのように、帰って来られる日に帰って来る。
「お散歩でしたか?」
「いんや。歯医者行って来ただけ」
「じゃあお昼は食べれます? 三人でどこかに食べに行こうかって話していたんですけど」
「フッ素塗っただけだから、三十分経てば飲食していいって言われたけど、外食はちょっとな……」
「了解です。僕達で何か買って来ますね」
そんな訳で、思いがけず賑やかな昼食になった。ほか弁とテイクアウトのピザを一枚食ったら、もう満腹だ。
「すまん、ちっと横になっていい?」
「いいですよー」
茜もいる前で悪いなと思いつつ、俺は床に寝そべった。お袋なら「食べてすぐに寝ると牛になるよ!」って怒るが、知玄と茜は何も文句を言わない。理解者しかいない空間っていいな。すまんが甘えさせてもらおう。
横になった途端に、チビ助がもごもごと動き出した。俺が飯を食った後はいつもそうだ。これは「飯だ飯だー!」と喜びを表現しているのか、それとも他に何か理由があったりするんだろうか。まるで俎の上の鯉のような動き。意味は違うけど……。
「すごーい! 知白さん、ちょっと触らせてもらってもいい?」
「いいけど」
「やったー。じゃあ失礼します」
女子に触られるのはちょっと照れ臭いけど。茜はきゃあきゃあと喜んだ。チビ助は良いとこ見せてやるぜと言わんばかりに、いつも以上の動きを見せた。まさかこいつめ、現時点で既に女好きなのか? そうなのか?
「お兄さん、僕も触りたいです」
知玄は何故か茜よりも遠慮がちに言った。
「おう、触れ触れ。遠慮するなや」
って俺は答えた。
「じゃあ失礼して。チビ助ちゃーん」
その瞬間、チビ助はぴたりと動かなくなった。
「あれっ」
知玄が手をひっこめると、チビ助はまたもごもごと蠢き始めた。
「チビ助ちゃーん」
またしても、知玄の手が触れた途端、チビ助は一ミリも動かなくなった。
「もしかして、チビ助ちゃんは僕のことが嫌い?」
「いや……」
知らんけど。知玄が手を離すと、チビ助は何事もなかったように、ドゥルンドゥルンと動き始めた。
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