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2話 スキルが2つありました

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 試験終了のブザーが鳴り響くと、溜め息がそこかしこから聴こえ、ガタガタと椅子から立ち上がる音がした後、試験会場から出ていく人々の背中を見送る。

 (一応全部埋めた……やれるだけはやったんだ……)

 俺は正直、受かる自信は持てなかった。 目を瞑り試験内容を思い出せるだけ思い出し、法律の本を読み返す。

 (多分大丈夫……)

 これで駄目でもまだ2回試験は受けられると自分を鼓舞し、何とか席から立ち上がる。

 会場を後にして駐輪場に行き、原チャリに跨るが、中々エンジンを掛ける事が出来なかった。

 試験が終わっても、その場で合格発表にはならない。

 受験する人達が多い為、採点に時間が掛かるからだ。

 発表は後日スマホへ送られる。

 そして受かってた場合、免許発行の為に必要な顔写真を撮られた後、幕張ダンジョンの1階層へ行き、そこでスキル能力を授かる。

 そのスキル能力は全て千葉ギルドに報告し記録として残す為、免許証を受け取るまでに掛かる時間はほぼ一日。
 朝から晩まで掛かりっきりになるらしい。

 「はぁ……取り敢えず帰るか」

 試験の反省などしたところで、合格発表すらまだなのだから、何時までもここに居るのは馬鹿みたいに思えてきたので、漸く俺は原付きを動かして探索者免許センターの門から出て行った。

 婆ちゃん家に借りてた原チャリを置き、コッソリ玄関の下駄箱の上に原チャリの鍵を置くと、自宅のアパートへと向かう。

 ──まぁ、目と鼻の先なんだけど。


 階段を上がって一番奥の角部屋が俺の借りてる部屋だ。
 部屋の鍵を取り出して、鍵を開けてドアノブを捻ると、鍵は閉まったままだった。

 「あれ? 鍵閉めないで出掛けたのか……」

 特に盗られる物などない部屋だったので良かったが、次からは気を付けようと思いながら、再び鍵を開けて部屋の中に入ると、婆ちゃんが玄関先で仁王立ちのまま俺を睨んでた。

 婆ちゃんが何か言う前に、俺は自分の部屋から飛び出して、階段もひとっ飛びで飛び越えて1階に逃げると、婆ちゃんもひとっ飛びで降りていたらしく、駆け出す前に襟首を掴まれた。

 「どぉこ行くんだぁい? だ~い~き~ちゃ~ん?……」

 怖ろしげな低い声で俺の耳元で囁く婆ちゃんは、そのまま襟首を掴んだまま持ち上げて、俺の部屋へとゆっくりと戻り、言い訳を言う前にタコ殴りにされた。

 うめき声も上げられずに横たわるだけになった俺を、正確に踏み付けながら、婆ちゃんは帰って行った。

 どうやら今日は原チャリに乗って老人会で知り合った彼氏とダンジョンデートしに出掛ける予定だったが、俺が勝手に乗ってってしまった為に、デートは延期されたらしく、俺の部屋をマスターキーで開けて、ずっと帰りを待ってたらしい。

 婆ちゃんは地震で生き残り、その日に出来たダンジョンへと食材を探しに侵入しスキル能力を得たらしく、今でも現役の探索者だ。

 原チャリを二人乗りで堂々と乗り回しても捕まらない透明化の能力を持ち、単独で8階層に到達した強者だったらしい。

 そのお陰かどうか分からないが、俺くらいの体重でも軽々と持ち上げる筋力までありやがるもんで、俺は幼少の頃から婆ちゃんには、何かに付けて殴ら……鍛え上げられていた。

 (今日はもうこのまま寝よ……)

 殴られ慣れ……鍛えられていた為、痛みや顔の腫れも直ぐに治まるが、試験の結果が気になってしまい、何もやる気が起きなかった俺は、そのまま玄関先で寝た。





 次の日の夕方、試験結果がスマホに届く。
 試験結果はたとえ落ちていても告知されるのだ。

 スマホを持つ手は震え、うまく画面をタップ出来ない。

 深呼吸しても何も変わらなかったので、テーブルにスマホを置いて、利き腕の左手を右手で押さえながらスマホをタップする。

 メールの絵を押した瞬間目を瞑り、恐る恐る目を開けて内容を確認した……。

 そこには、合格の二文字があった。
 免許証の配布日は明後日の午前で8時から受け付けると書かれていた。

 何度も確認した。
 何度も何度も画面を消しては、開いてを繰り返し、そのまま遠吠えの様な声で叫んだ。

 「やったー! 受かったー!」

 隣からの「うるせぇ!」って声も気にせずに叫び、踊り狂った。

 その騒ぎで迷惑を被った隣人と階下に住む人達が婆ちゃんに助けを求めて、フルボッコにされるまで俺は叫びながら踊り狂っていた。

 次の日の朝は珍しく優しい声の婆ちゃんに祝われて、更に合格祝いまで渡された。

 「ほれ、受け取りな」
 「鍵? 何の鍵?」
 「表に出れば分かるよ」

 そう言って俺を玄関へと追いやる。

 ──原チャリの鍵には見えないし、何だろう?

 と、思いながら玄関を開けると、そこには絶版されてもう中古でも手に入らないと言われていたムンキーが、置いてあった。
 かなり古いバイクだが、まるで新品の様に磨かれたアルミのミラーに、ムンキー ドイトナ スクランブラーマフラーが付いていた。

 どれもピカピカに磨かれていて、何時だったか乗ってみたいと言った覚えのあるバイクだった。

 「ば、婆ちゃん! 如何したのこれ⁉」
 「賭けに勝って貰ったんだけど、わたしゃギアとか面倒臭いのは嫌いでね、アンタにやるよ! 欲しかったんだろ? それ」

 「だれと何を賭け……あ、俺の探索者試験か? 誰だよ落ちる方に賭けた奴……」

 酷いやつも居るもんだと文句を言ったが、そのお陰で欲しかったバイクが手に入ったんならいっかと思った。

 「……別れた爺さんだよ」
 「え……爺さんは死んだんじゃ?」

 そうだ。 昔……婆ちゃんに聞いた時は、地震で死んだと聞いていた。

 「生きてたんだよねぇ……新しい女連れてたんで、孫のアンタの話をしてたら、賭けの話になってね? いやぁ、よくぞ受かってくれたよ! お陰でたんまり慰謝料も取れたし、足りない分をそのバイクにして、泣き喚く爺ぃからぶん盗ってやったわ! わはははははっ!」

 何でもこのバイクは爺さんが昔から愛用してたバイクで、かなり金も注ぎ込んでたらしく、エンジンも新車に近い状態を維持し続けてたらしい。

 大地震のあった日も、婆ちゃんや子供の事を放ったらかしにして、バイクを守りに外へ出て、行方不明になったんだとか……。

 「……婆ちゃんは何を賭けてたの?」
 「さぁ? 何だったかねぇ……忘れちまったよ」

 そう言うと、出掛けるからと言って原チャリに乗って出掛けていった。

 何となく寂しそうに見えたのは気のせいだろうか……?

 まぁ、婆ちゃんの事だから大丈夫かな?っと、少し心配したがムンキーバイクを見たら、そんな気分など吹き飛んだ。

 その日は婆ちゃんは帰ってこなかったが、次の日の朝には俺を見送りに家から出てきたので、問題はなかったらしい。

 「じゃあ婆ちゃん、行ってくるね!」
 「おう! 良い能力が芽生える事を祈ってるよ!」
 「ありがと! 行ってきます!」

 そう言って送り出された俺は、ピカピカのムンキーに乗って再び幕張探索者免許センターへと向かった。







 免許センターについた時刻は午前7時半だった。 割と早くついたなぁと思ったが、受付けには既に長蛇の列が……。

 (どんだけ早く来てんだよ!)

 そう思っていると、友達同士で試験を受けて受かったらしい二人が居て、話し声がした。

 「あたし朝4時に起きて直ぐに家出たのに既に並んでてびっくりしちゃった!」

 「一番前の子なんて徹夜して待ってたらしいよ?」

 等々……。

 (いや、まぁ……嬉しいのは分かるけど、流石に徹夜組が居るとか無いわー)

 と、少し呆れて一番前に並ぶ奴は誰だよと思い、少し横にズレて見てみたら。

 ──小鳥遊妹かよ!

 「試験会場で余裕綽々みたいな面してた癖に、徹夜かよ!」と、思わず声に出して突っ込んだら睨まれた。

 サッと顔を隠したが多分見られたんだろう……。

 じとーっとした視線を感じる……。

 何か、何もかも見られてる様な変な感じがする。

 ──鑑定持ちか?

 と疑ったが、これから免許証に貼るための顔写真を撮るし、能力を授かる為にダンジョン1階に行くのはその後だった為、気のせいかと思って、取り敢えず気配を消す様に心掛けながら息を殺して小さくなっといた。

 鑑定という能力は、他人の名前や年齢を見る能力で、もし今見られてるとしたら、彼女小鳥遊雀には俺の名前がバレてる事になる。
 そうなると、要らん恨みを買いそうなんだが……。

 ──そういえば、養成エリート学校には、変な噂があったなぁ……と、思い出す。

 養成エリート学校の試験と面接に受かった子達は、中学に上がったその日の内に、ダンジョンに行き能力を早めに知って、その能力に沿った授業をするとか何とか……。

 まぁ、噂だし。
 前の人を隠れ蓑にしてるのに、じとーっとした視線を感じるけど、多分見えてないない。
 きっと、勘違いだと自分に言い聞かせ、恐怖を押し殺す。

 彼女に睨まれると、漏れ無くお姉さんにも嫌われるという噂もある。
 お姉さんはすこぶる美人でとても優しいが、一度妹が敵と認識した相手には、鬼に成るらしい……。

 まぁ、これも噂だし……。
 被害にあった人も一人や二人じゃないと聞くけど、証拠もないしね。

 うんうん気のせい気のせいと首をフリフリすると、目を瞑ってきたる未来の妄想をし、現実逃避を全力で行った。

 そうこうしてると、受付からギルド職員が現れ、今から写真撮影をするので身嗜みを整える様にと声が掛かる。

 ザワザワとしながらも、自分の番が来るのを待つ間に整えれば良いやと思っていたら、

 「顔をあげてー顎引いてー」と、声が聴こえた。

 何だろうと思って声のする方を見ると、一人の男性がカメラ片手に目を瞑り、何か唱えていた。

 ──何してんだ?

 と、不思議そうに見てたら

 「はーい、オーケー!」と声がして、先頭から列を成して階段を降りていく。

 すれ違いざまにギルド職員の女性にどこに行くのか聞いてみると、

 「地下にあるダンジョンに行きますよー」と言われた。

 「え、写真は?」
 「さっき撮りましたよ?」

 と、返ってくる。

 さらに詳しく聞くと、カメラに向って何かを唱えていた人の能力は、ここに居る全員の顔写真を一度に撮る事が出来る能力があり、待ち時間を大幅に削る事が出来るのだそうな……。

 「マジすか……」

 俺は髪など何も整えてなかった事を後悔した。

 一応、撮り直しは可能か聞くと、

 「ランクが上がれば出来ますよー」と、良い笑顔で言われた。

 毎年俺みたいな奴が必ず一人二人は居るらしく、今年も俺を含めて三人ほど居たらしい。

 欠伸をしてる奴と判目になってる奴とボサボサの寝癖を付けた奴《俺》の三人だそうだ。

 良い笑顔なのは、賭けに勝ったかららしい。

 ──探索者ってのは賭け好きなのか? この人にしても婆ちゃんにしても……。

 俺はため息を吐くと、撮り直しは諦めて、階段へと向かう。

 幕張にあるダンジョンは、面接センターの真下にも1階層があるらしく、その他にも出入り口が複数あるんだとか……。何処からでも入れるが、2階層へ続く階段は1つしかないので、そこを監視してれば不法に侵入してくる奴の取締が出来るんだそうな。


 階段を下って、短めの通路を歩き、少ししたらまた直ぐに階段を上ると、再び受付のある場所に着いた。

 この部屋の受付は複数ある様で、名前を呼ばれた奴から順に受け付けに行くようだ。

 ──ダンジョンは?

 と、思っていると同じ様に疑問に思った人が居たのか、受け付けで聞いてる人が居たので耳を澄まして聞いていると、さっき歩いた短い通路がダンジョンの1階層らしかった。

 ──何だよ……楽しみにしてたのに。

 そう思って居たのは俺だけじゃなかったようで、一斉に溜め息を漏らしたのか「「はぁ……」」って、声がまるで合唱の様に部屋に響いた。

 その溜め息を聞いた受付さん達は笑いながら説明してくれた。

 少し前までは、ちゃんとしたダンジョンで、2階へ続く階段なんかも見えていたらしい。
 それが壁で覆う事になったのは、感動してウルウルしてる人が多く、一向にこの部屋に辿り着かないやつばかりで、全員の登録が終わるのに三日も費やす事になったかららしい。

 「感動するのは本格的に潜った後にしてねー」と、受付さんの満面の笑顔なのに笑ってない目を見たら、文句など誰も言えなくなった。

 ──3日間掛かったって事は、受付さん達も3日間寝泊まりして仕事してたって事か……かなりブラックだなぁ……。

 静まり返った部屋には、名前を呼ばれた人の返事と芽生えたスキル能力の説明を口頭で伝える声だけが響き、効率良く次々と登録を終えた人達が増えていく。

 登録を終えた順に帰っても良いのだが、誰がどんなスキル能力を授かったのか気になり、誰も帰ろうとはしなかった。

 徹夜組の小鳥遊雀も、俺を睨む事はやめたらしく、名前を呼ばれた奴をじとーっとした目で見ている様だ。

 口頭で伝える前に次に呼ばれた奴を見てる事から、やっぱり奴は鑑定持ちらしい事が伺えた。

 どうやら火のないところに煙は立たなかった様で……。

 ──噂が事実と言う事は……登録終わったら即!逃げよう。

 そう心に誓い、青くなっていく顔を必死に擦って暖めようと無駄な努力をしていたら、名前を呼ばれたので受付に急ぐ。

 「では、名前と能力を」
 「はい、遠峰大樹 スキル能力は……あ、まだ見てませんでした」
 「直ぐに確認してください!」
 「す、すいません」

 俺は先程まで背中に刺さる視線が気になってしまい、肝心の能力の確認を忘れていた。 焦りながらも、ステータスと唱えると

━━━━━━━━━━

 遠峰大樹 16歳
 状態 恐慌気味
 スキル『忍術』
 ユニークスキル『獣化』

━━━━━━━━━━

 と、ある。



 「あの……スキルは忍術で……その……もう一つあるんですけど……コレは普通ですか?」


 そう尋ねた。
 俺の記憶では授かる能力は一人に付き1つだけだった筈で、ましてやユニークなんて付くスキルは聞いた事が無かった。

 どうやらギルド職員さんもそうだったらしく、驚いた目をしていたし、俺の声は静まり返っていた部屋にも響いたようで、固唾を呑んで見守っているのか、背中に刺さる視線が増えた。

 「その……もう一つ? のスキルには何と?」
 「……何か、ユニークスキルって書いてあって、能力は『獣化』で……す?」

 そう伝えると、一斉に話し出した合格者と受付さん達の声で場が騒然となり、暫く静まることはなかった。 
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