聖女と騎士のはなし

笑川雷蔵

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Coeur・3

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「エクセターのギルバート」
 低い声音で呼びかけたレオに、漆黒の双眸が向けられた。
「何の真似だ、これは」
 灼熱をはらんだ少年の問いかけに返ってきたのは、短いいらえだった。
「報告書だ」
 うろたえるそぶりひとつ見せず、言いつくろおうともせず、北の騎士は厳然たる事実だけを口にする。
「<髪あかきダウフト>の動向について、月に四度の書簡を届けるようアーケヴ大公閣下より命令を拝領し」
「違うッ」
 騎士の言葉を激しく遮ると、レオは握りつぶした報告書を騎士へと突きだしてみせた。
「よくもこんなことが書けるな、こんな」

 見てください、やっと書けるようになりました。

 みずから綴った「わたしわだうふとです」という短文を、得意げに披露していた村娘の笑顔がよぎる。
 多忙の合間を縫って、日当たりのよい窓辺の席で彼女が懸命に覚えた綴りかたは幼子のそれにも似て、とねりこ館に侍する貴紳淑女の流麗な文字を見慣れたレオには、お世辞にもすばらしいものとは言えなかったのだけれども。
 おぬしにしてはましな出来だとぶっきらぼうに告げた騎士に、聖女と呼ばれる乙女はほんとうですかと喜びに顔を輝かせる。

 じゃあもっと練習したら、わたしにもできますか。

「事実だ」
 あたたかなおもいすら切り裂くような、冷然とした声がレオの耳を打つ。
「分不相応にも神の剣を授かった、いやしき百姓娘について余すところなく伝えよと司教猊下は仰せになられた」
 幾重にも線を引かれ消された紙面には、剣抱く乙女などまるで取るに足らぬ存在であることを強調した内容と、首府エーグモルトに坐す大公や諸侯司教の虚栄心をくすぐるような、飾り立てた言葉ばかりが並んでいる。とうてい、ダウフトに読み聞かせることなどできぬ代物だ。
 そんなものを、なぜ聖女に最も近しいはずのこの騎士がしたためなければならないというのか。
「裏切るのか、ダウフトを」
 花のように顔をほころばせ、誰よりも彼を信じきっている村娘を、不器用な気遣いを装ったその裏でこんなにも惨たらしく。
「俺の務めだ」
 恐るることなかれ。誠実であれ。真実を語れ。守るべきものを思え。
 叙任を受けた若き騎士が最初に唱える、四つの誓いすらも欺いて。
「必要とあらば、その処遇も」
 ゆるゆると持ち上げられた騎士の右手が掴んだのは、剣の柄――

 ギルバートみたいに手紙を書いたり、本を読んだりできますか。

 激昂のままに、手に掴んでいたものを騎士めがけて投げつけた。
 ソーヌ司教に宛てた幾枚もの書き損じが顔に当たり、ばさばさと床に舞い散っていったときでさえ眉一つ動かそうとしないエクセターのギルバートを、鋼玉の双眸で睨みすえる。
「司教の犬め」
 吐き捨てるように言葉を放ち、じわりと滲んできた視界にレオは唇をきつく噛みしめる。
 続けざまに罵声を浴びせかければよいのだろうか。拳もて殴りかかればよいのだろうか。けれども、怒りに打ち震える身は拳ひとつ振り上げることすらままならず、こころを声として解き放てばみじめに泣きわめくようなものしか表れまい。
 王の裔はゆるがぬ。涙せぬ。デュフレーヌの激甚と矜持は、決してそれを許さない。
「気が済んだか」
 どこまでも感情を抑えた声に、レオは目を見張る。
 東方の美姫が北の騎士家に伝えた双の漆黒は、こんなときですらゆるごうとしない。凍えたこころを銀の鎧兜によろい、雪のマントを翻し氷の精霊たちを従えるという冬の騎士のように。
「これが俺だ」
 ゆるがないはずだ。
「<聖女の騎士>でも何でもない、ただの」
 わずかに生じた罅から、心裡などのぞかせるはずもない――

「レオ?」
 あるじの私室から、いきなり飛び出してきた相棒にヴァルターが目を丸くする。
 引き留めようとした手を邪険に振り払い去ってゆくわがまま侯子に、なんだよあいつはとぶつくさ言っていたヴァルターが部屋へと視線を向けたのだろう。なんですかこれはと声を上げるのが聞こえてくる。
「こんなに散らかして。聞いてるんですかギルバートさま」
 どうして林檎とパンまで落ちているんですと、慌てて片づけを始めたらしいヴァルターの声を遠くに聞きながら、レオはひたすら回廊を目指して歩んでゆく。
「……の裔はゆるがぬ」
 口にすればするほど、揺らぐ声音にみずからを叱咤する。
「涙せぬ」
 言葉を裏切るかのように、次から次へと頬を伝う流れを袖でぬぐい去る。
「デュフレーヌの矜持は、盾のごとく」
 父祖から受け継いだ銘を呟きながら、人気のない場所にたどり着き石壁に背をもたせかけた。
 報告書につらねられた忌まわしいことばを頭から振り払おうとすればするほどに、美しい細密画で飾られた昔ばなしの本を手に、これを読んでみたいんですと笑っていたダウフトの姿がよぎる。
 今すぐにでも、すべてを洗いざらいぶちまけてしまいたい。
 そうすれば砦の皆に、<聖女の騎士>なぞ単なる幻にしかすぎぬことが知れ渡るだろう。エクセターのギルバートが、<髪あかきダウフト>の側に立つことさえふさわしからぬ男であることも――

 <聖女の騎士>でも何でもない、ただの。

 自らがしたためた書き損じを叩きつけられてなお、逃げることなく彼を見ていた騎士のまなざしと声がよみがえり、レオはちいさく嗚咽する。
「あんな奴」
 そらかわいい弟子のお出ましだぞ師匠と、<狼>たちから笑いとともに上がった声にじつに不本意そうな表情を見せていた男が唾棄すべき輩と知ったことが、なぜこんなにも腹立たしくて仕方がないのだろう。

「……うそだ」
 どうしてこんなにも悔しくて、悲しくて、やりきれないのだろう?


              ◆ ◆ ◆


 あれは、いつのことだったのだろう。

「とうさま」
 大勢の騎士や兵士を率いて華々しく出陣していった父が、無事にとねりこ館へ戻ってきたことが嬉しくて思わず飛びついたときだ。
「ちいさな獅子は、相変わらずのやんちゃぶりだね」
 幼い自分を抱きあげ相好を崩した父に、殿がお留守の間はそれは大変でしたのよと母が微笑む。
「とうさまに見ていただくんだと言って、毎日庭で剣術ごっこに励んでおりましたの」
「池に転げ落ちて、魚たちを驚かせたうえに派手なたんこぶまでこしらえてね」
 おかげで馬用の軟膏をめぐって一晩じゅう皆で議論するはめになったよとぼやいた父に、それはさぞ盛り上がったことでしょうと応じた母が、何かを思い出したらしく急にくすくすと笑い出す。
「そんなにおかしいだろうか、エルヴィラ」
「ええ。とねりこの世継ぎたる我が背の君が、侯家の伝統たる馬用の軟膏について、まじめなお顔で他家の皆さまに語っておられるところを想像したものですから、つい」
「真実に近しく迫った、貴女のたくましい想像力にこそ白旗を掲げるべきなのだろうね。エルヴィラ」
 さすがは<女傑>殿の妹御と大仰に肩をすくめてみせた父に、我が姉でしたら嬉々としてまつりごとの駆け引きをくり広げておいでですわと楽しげに応じる母。仲睦まじい両親がくり広げていた珍妙なはなしは、幼子にはなかなか理解しがたいものが多かったけれども。
「おはなしして、とうさま」
 魔物をやっつけた勇敢な騎士のはなしがいいとねだった自分に、なぜか父は困ったように微笑んだ。幼子が思い描くものとははるかにかけ離れたいくさ場の悲惨を、母と自分が過ごす庭園へは決して運びこむまいとしたのだろうか。
「それなら、エクセターの騎士のはなしをしてあげよう」
「えくせたー?」
 聞き慣れない言葉は、どこか遠い異国の響きを帯びている。ヨランドおばちゃまのお城より遠いのと問うた自分に、そうだよと父はうなずく。
「とねりこ館からはるか北、一月のあいだ旅をしてようやくたどりつく場所だ。かの地に住まいし騎士たちこそ、円卓の王に剣を捧げ、その身を盾と為して王を守りまいらせたエイリイが裔」
 いくさ場の暁と夕陽に紅蓮の髪を燃え立たせた、美しい戦乙女に懸想した騎士は数あれど、ただひとり若きコルマクだけが乙女が課した三つの難題をみごとに解きあかし、たおやかな手を取ることを許されのだという。
「そのふたりが、エクセターの地に住まう騎士たちの祖になった。ジェフレにパーシー、ダグラス、カーン、キルケニ、サマセットそしてエクセター」
「おんなじなまえだよ、とうさま」
「そう。エイリイとコルマクの末の子に引き継がれた名、それがエクセターだ」
 清らなるながれを守護せし、堅牢なる城門であれ。
「牙剥き荒れ狂う氷の海をまなこに映そうとも、やがて来たるまばゆき春を胸に抱き、己が心を強く揺り動かした者にこそゆるぎない誓いを捧げる。彼らに我が君と認められたのならば、これ以上の僥倖はないだろう」
 そう呟いた父へ、わくわくした気持ちを抑えきれずに無邪気に尋ねたような気がする。
「レオも、おともだちになれる?」
 そう口にした自分へ、晴れ渡るような笑みを見せた父は何と答えていただろうか――


「止めい」
 朝にやんだはずの雪が、ふたたびちらつきはじめた冬空のもと。修練場の様子を眺めやるなり放たれた副団長の言葉に、修練に参加していた騎士や騎士見習いたちが一斉に動きを止めた。
「副団長」
 何か不都合でもあったのかと問うた騎士へ、
「撤収させろ」
「しかし、まだ修練は始まったばかりで」
 驚き戸惑う部下の進言に、老いたる灰色狼は鋼の双眸を若者たちへと向けた。
「うわの空に用はない」
 冷然と言い放った副団長に、困惑ぎみに顔を見合わせた騎士見習いの少年たちが、その場にたたずんだまま副団長の視線を受け止めたとねりこの侯子を一斉に見やる。
「レオ」
 肘でつついてきたヴァルターにもかまわず、鋼玉の双眸で老騎士を見返した少年だったが――やがて刃を潰した剣を修練場の砂地に放り投げた。
「ばか、何やって」
 慌てて制しようとした相棒の声に被さるかのように、鞭のような声が飛んだ。
「頭を冷やすがいい、小僧」
 峻厳なる鋼の双眸は、どうやらこちらが思う以上にさまざまなものごとを見抜いているらしい。
「よけいなお世話だ」
 わがまま侯子が放った憎まれ口に気色ばむ部下を制し、放っておけとそっけなく返した副団長にもかまわずに。服の裾を掴んでいるヴァルターの手を振り払い、そのまま修練場から立ち去るべく砂地を歩んでいたレオは、ふいにわき起こったどよめきに足を止めた。
「エクセター卿だ」
「コンデ卿から一本取ったぞ」
 興奮に顔を輝かせた見習いたちが向ける視線の先には、地べたにへたりこみ降参の意を示す同輩の鼻先に、練習用の剣を突きつけたかの騎士の姿がある。
「三回目」
 声音にも、表情にも、何の揺らぎも見せぬままに、若い騎士は普段と変わらぬ修練を続けている。まるで数日前の騒ぎなどなかったかのように、レオに対する態度すらいつものままだ。

 つまり、エクセター卿にとってはどうでもいいわけか。

 床に散らばり踏みつけられた書簡も、ダウフトの処遇も、レオの怒りさえも、何もかもがあの男にとっては黙っていれば過ぎ去ってゆくものごとにしかすぎないのだろう。それが証拠に、黒髪の騎士は居並ぶ騎士たちに向けて次は誰が相手かと冷然と問いかけている。
「おい、ギルバート」
 呆れ顔のサイモンが、少しは休みを入れろってと諫めたのだが、
「次」
 一切応じようとしないエクセターの騎士に、しょうがねえなこいつはとぼやいた砦いちのお調子者が、何を思ったか不意に腰に佩いた剣を鞘ばしらせる。
「やるなら実戦仕様でな。そのほうが気も引き締まるってもんだろ、かぼちゃ頭さんよ」
 お調子者の挑発に、そうだなと呟いたギルバートが一歩踏み出すなり鋭く放った一の太刀。それを悠然と受け止めたウォリックのサイモンが、口の端に好戦的な笑みを浮かべたさまに居並ぶ騎士見習いたちが歓声を上げた。
「エクセター卿とウォリック卿だぞ」
「すげえ」
「おい、あんまり押すなよ」
「しょうがないだろ、後ろの奴らが見たくて押してくるんだからさ」
 やがて騎士として立つ日のために、魔族と渡り合い生き延びてきた男たちのわざを目に焼きつけておこうと群がる少年たちから離れた場所で、サイモンと刃による激しい応酬をくり広げているギルバートをレオは冷めたまなざしで見やる。そうして、今度こそ修練場から立ち去ろうとしたときだ。

「荒れとるのう」
 だれかがぼそりと呟いた一言に、ふたたび足を止めた。
「振り払おうとすればするほど、よけいに目立っておるわ」
 飄々としながらも、少年にはまるで見抜くことのできなかった騎士の動揺を言い当てた声の主に頭をめぐらせ、レオは驚きの声を上げる。
「騎士団長」
「おお、似たもの師弟の弟子のほうか」
 そろって臍を曲げとるのかとにやりとした騎士団長へ、誰が弟子だとレオは憮然と応じる。
「あんな奴と一緒にするな」
「ほう、その割にはしっかと睨みつけておったようだが」
 いつもならば、そろそろ砂埃の味を噛みしめておるころだろうにと呵々と笑った老騎士に、かっと頬が熱くなるのを感じる。どうやら砦の長殿は、毎日のようにくり広げられる南の侯子と北の騎士との騒ぎをさりげなく覗いていたらしい。
「いつ見てもみごとなやられっぷりだの。他の見習いたちが二、三度で音を上げるところを、十編負けてもなお噛みつこうとするのはおぬしぐらいだが」
「うるさい」
 少年の無礼にも、騎士団長は表情を険しくすることもなかった。猛る仔狼を悠然と受け流す老狼の貫禄そのままに、いつもの調子でことばを続ける。
「ナイジェルの奴が、魔物も逃げ出すあの面で嬉しそうに話しておったわ。エクセターの泣き虫小僧以来、久々に腕の鳴る奴が来たと」
 信じがたいことばに、レオは思わずぽかんとする。今、騎士団長は何と言った?
「泣き虫小僧って」
「似たもの師弟の、師匠のほうだったかの」
 たしか十七のころは、今のおぬし以上にナイジェルに叩きのめされておったわと、驚天動地の事実をしみじみと述懐する騎士団長に、そんなこと信じられるもんかとレオは反発する。
「じゃあ、今のエクセター卿は何なんだ」
 エクセターのギルバート、ジェフレのリシャール、ウォリックのサイモン、リキテンスタインのウルリック。
 砦に来た二十人のうち、かろうじて四人だけが生者の道を勝ち取った六年目の騎士たちは、後輩の騎士や騎士見習いの少年たちから憧れをもって見つめられる存在だ。
 そんな彼らに――エクセターのギルバートに、みじめで悔しくて情けない思いを噛みしめたことなどあったとでもいうのか。保身のためなら、人のこころすら平然と踏みにじることができるようなあの男に。
「あれは這い上がってきおったわ」
 短いことばに、幾度となく東の砦を見舞った悲惨をのぞかせて、バルノーのヴァンサンは呟く。
「まともな騎士の叙任も受けられず、砦に着いたその日に三人の同胞が斃れた小競り合いで、真っ先に死ぬぞと<狼>どもに酷評を下された小僧が」
 しにたくない。しにたくない。
 魔物を屠った剣を抱え、返り血を浴びたままうわごとのようにくり返し震えていたのだという。
「砦いちのなまくらよと嗤われて、なぜにこんな役立たずが生き延びるのかと言葉を投げつけられて、人のおらぬ所で涙を流してな。ジェフレのはなしでは、剣術の稽古よりも本や草花を好む子供だったそうだが」
「騎士の息子なのにか」
 そんな腑抜けがどうして騎士になったんだと不平たっぷりに返したレオに、興味があるのかと砦の長は問うてくる。
「ならば、エクセターに聞いてみてはどうだ」
「誰があんな奴に」
 つっけんどんに応じた少年に、そうくると思ったわいと騎士団長は肩をすくめる。
「いずれ劣らぬ似たもの師弟、なぜかは知らねど交戦中とあっては、おぬしも素直に聞けぬだろうしの」
 若造もそう簡単に話すとは思えんでなとぼやいた騎士団長が、何か妙案を思いついたらしい。
「<髪あかきダウフト>に頼んではどうかの。さしもの朴念仁もあの娘なら」
「だめだ」
 鋭く放たれた少年の声に、今度は騎士団長が目を丸くする番だった。
「ダウフトはだめだ」
 エクセターのギルバートにこれ以上関われば、いつの日かダウフトは真実を知るだろう。あの男が非難の矢面に立たされるのは自業自得以外の何ものでもないが、村娘を悲しませるような結果だけは招きたくない。
 ただならぬ雰囲気に、しばし少年を見つめていた騎士団長だったが――やがてやれやれと嘆息してみせた。
「感づきおったか、小僧」
 エクセターの務めをと続けた老騎士に、レオは鋼玉の双眸を見張る。
「知っていたのか?」
「知っているもなにも、あやつにすべてを命じたのはこの儂だ」
 悪びれる風もなく事実を口にした老騎士に、どうしてそんな真似をとレオは気色ばむ。
「はじめからあんな男だと分かっていながら、ダウフトの側づきに決めたのか」
 剣を抱く聖女を守るにふさわしい騎士ならば、他にいくらでもいただろうに。エクセターのギルバートが司教の走狗そうくと知りながら、なぜ砦の長ともあろう者がそんな軽率きわまりない決断を下したというのか。
「これ落ち着かんか。まったく、早とちりなところはマルグリット殿に似たようだの」
 その昔、美貌の姫君イズーが夫に選んだ相手はデュフレーヌのユーグ侯だという噂話を耳にするなり、真に姫と恋仲でありながら貧しい無名の騎士にすぎなかったヴァンサンのもとへ乗りこんで。
 どうかイズーさまを連れてお逃げあそばして、ユーグさまのお嫁さまになることが幼きころからわたくしの夢でしたのにと、ナイジェルがうんざりして耳を塞いだほどの勢いで大泣きした<かわいいマルゴ姫>の名を持ち出して、騎士団長はレオを諫める。
「よい機会だ、この際自分で調べてみてはどうじゃ」
「なんで僕が」
 ふてくされるレオに、いや儂がしゃべるのは簡単だがと騎士団長は告げる。
「おのずから納得せねば、気がすまんのがおぬしの気性じゃ。<髪あかきダウフト>のときと同じように」
 騎士見習いとして砦に押しかけるきっかけとなった騒動を持ち出され、レオは思わず顔を赤らめる。あのときの自分のふるまいときたら、今となっては思い出すだに恥ずかしい、かなうものならば記憶から消し去ってしまいたい類のものだというのに。
「そういうところは、ユーグによう似ておる」
 もっとも、あちらは年季が入ったぶんひねくれ具合も並大抵ではないがのと、かつての恋敵をさらりとこき下ろすと、騎士団長はさて執務に戻るかと大きく伸びをする。
「ナイジェルやネヴィルに見つからぬうちに戻らんと、血祭りに上げられかねんわ」
 いっそ書類の海で溺れるがいいと言わんばかりの監視ぶりを思い描いたのか、ぞくりと身を震わせた騎士団長が、まったく老いらくの身に鞭打ちおってからにとぶつくさ言いながら去ろうとしたところを、こら待てとレオは呼び止める。
「何じゃ、手取り足取り教えてくれるほど世の中は甘くできとらんぞ」
「そんなことは分かってる」
 あんたが莫迦殿で迷惑するのは、デュフレーヌとベランジェールの人たちなんだから。せいぜい自分の頭で考えて、自分の足で動くことね。それができなければ、わたしが「デュフレーヌの莫迦殿」って盛大に吹聴してあげるわよと、これまた歯に衣着せぬじゃじゃ馬娘によって骨身に叩きこまれた教訓だ。
「調べろって言われても、何から取りかかればいいんだ」
 レオがまったく知らぬ砦のできごとか、はたまたエクセターのギルバートが司教の犬になり下がった理由か。曖昧模糊とした状況は何よりレオの厭うところだが、端緒すらつかめないのでは手も足も出せやしない。
「おお、それもそうだの」
 ぽんと手を打つと、不審そうに自分を見やった少年にはかまわずに、ならば十年ほど前のできごとを調べてみるがよいと騎士団長は言う。
「かつてエーグモルトの近郊で、ひとり残らず討ち死にした騎士たちの一団がおった」
 いまでも我らの語り草になるほどに、多くの魔族を道連れにしてなと老騎士は静かに告げ瞑目する。
「かの騎士たちにしてみれば、退くに退けなかったことだろうて。そこが陥ちれば、もはや後がなかったのだから」
「どこだ、それは」
 問いかけたレオに返ってきたのは、思いもよらぬこたえだった。

「ソーヌだ」
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