Cursed Heroes

コータ

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一周年記念イベント最終日

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 明かりが消えて真っ暗になった汚い研究所の中でじっと座り込み、今日という日がくることを待ち続けた。

 もう準備は終わっている。しばらく深い闇の中で案を巡らせ、以前から決めていたルートとは違う道を考え出した。結果的に、今僕が見上げているモンスター召喚装置は今回の主役ではなくなった。

 星宮の元秘書から受け取ったスマートフォンも脇役であり保険だ。この端末にはモンスター召喚装置の代替システムをインストールしてあるが、正常に起動してくれる可能性は残念ながら高いとは言えない。

 何より、ゲートはあと一つか二つ程出現させる程度で終わりにしたい。これ以上乱雑に異界の門を開くことはしたくなかった。

 今回のメインは僕自身だ。自らの手でこの酷く汚れきった世界を終わりにしてやりたくなったのだ。

 僕は世の中を知れば知るほど嫌いになった。

 誰よりも親父から信頼されていたはずなのに後継者として選ばれることはなかった。実力が第一だと言っていたのに、僕より無能な弟を選んだのだ。

 ある日どうしても納得がいかなくなり親父に詰め寄った。奴はもっともそうな理由を偉そうに語っていたが、目の奥が泳いでいたことを見逃しはしなかった。嫌でも気がついたんだよ。

 後継者に選ばれなかった本当の理由は、僕だけが血の繋がった息子ではなかったからだ。おふくろは親父と結婚する以前、違う男と結婚していた。幼い時は解らなかったが、成長する程に親父の心は透けて見えるようになる。

 弟は成長する程に偽善の仮面を被るようになっていく。社会に出れば嘘の塊。あからさまな嘘ならまだいいが、誰しもが誠実を誓いながら腹の底に刃を隠し持っている。

 子供の頃はあれだけ希望に満ちた世界に見えたのに、その実なんと汚い悪意に塗れているんだろう。憧れの感情など少しも湧き上がることはなかった。

 僕にとって信用できる存在とは妹だけだった。同時に愛する存在も妹だけだった。だがあの子は周りの言葉に騙され、本当に正しいことが見えていないのだ。しかし、もうすぐ解ってくれる筈だ。

 僕は静かに立ち上がり、小さな研究所から出て戦いに向かうことにした。ヒビ割れて虫がうろつき回る階段を登り、眩い光に包まれた地上に戻って行く。



 今日は六月三十日日曜日。カイが世界のラストデーだとか抜かしやがった日だ。

 俺は昼過ぎ頃になって目を覚ました。きっと戦いは夜から始まるだろう。夕方まで体を休めつつCursed Heroesのアプリを起動させて、武器とかいろいろ確認したり、大河さんや仲間とチャットをしながら準備に務めた。後はもう通知を待つだけだろう。

 十七時を過ぎても十八時を過ぎても、まだモンスターが現れるという通知はこない。直ぐにでも出発できる用意はしてるけど、いつも夜だからな。きっと今回もそうか。

 業を煮やしていたのは俺だけじゃなかったらしい。まだ通知も来ていないのに、ルカはこんなチャットを送って来た。めいぷるさんと三人のルームで、

『圭太、めいぷるちゃん! 南口駅に十九時十分までに集合ね! そこから車で待機して、通知が来たら直ぐ向かうわ!』
『おう!』
『は、はいー』とめいぷるさんは即答してる。

 確かに通知と同時に車で動いたほうが早いだろうな。でも、またタクシーなのか? とにかく行けば解るだろう。親父にはまたいろいろ理由をつけて帰るのが遅くなるっていうチャットを送った後、誰もいない静かな家を見渡す。

「今日で取り戻してやる。待ってろよおふくろ、由紀」

 親父も明日になればきっと安心できるようになるはずだ。だっておふくろと妹が帰ってくるんだから。俺は家を出ると真っ直ぐに南口駅に向かおうと歩き出した。いつもの通学路は人がいっぱいで、これから戦いが始まるなんて嘘みたいに感じる。

 南口駅に辿り着いた俺は広場に向かおうとしたが、そこで改札前にいた意外な奴らがこっちに手を振って来た。

「あ! 圭太じゃん!」
「よーう。お前一体何処に行こうってんだよ」

 沙羅子と鎌田がこっちに近づいてくる。何処に行くかはちょっと答え難い。まだハッキリ決まってもいないし。

「ちょっとな。どうしても行かなくちゃいけない所があってさ」

 二人はいつもどおりに見えるけど駅周辺はなんだか空気が違っている。こんなに警察がちらほら見かけられる風景って珍しいと思う。

「今日なんか事件あったんじゃね? すげえ警察多いんだよ」
「……そうかもな。お前らも、早く家に帰ったほうがいいぞ」

 もしかして大河さんが裏で動いているんだろうか。街は普段の明るい雰囲気とは全然違ってて、どうも殺伐としているように感じた。

「なんだよー。つれねえなあ。俺がこの前体験した、幽霊マンションでの武勇伝を聞かせてやろうと思ってたのによ」

 お前は怖がって逃げてただけだろと、思わず突っ込みたくなる気持ちを必死に抑えていると沙羅子が、

「あーあ。圭太と遊びたかったのに。そうだ! ねえ、この前くれたプレゼント、ちゃんと今日も付けてるよ」

 ニコニコしながら側に来る沙羅子にドギマギしつつも、俺は内心ちょっとホッとした。実はAタワーに行った時、とある装飾品をプレゼントしたんだけど。

「ん? なんだよお前ら。プレゼントって。ハッ……ま、まさか」
「どうした鎌田。俺もう行くわ。じゃあなー」
「あ……うん。じゃあねー」

 鎌田の妙な視線をガン無視して、沙羅子は元気に上げた右手を振っている。俺はもう集合時間に遅れそうになっていたのでちょっと走って広場に行くと、ルカとめいぷるさんが待っていた。

「遅ーい! アンタはギリギリの時間に来るのがポリシーなの? 理解に苦しむわ」
「悪い! でも遅刻はしてないからいいだろ」

 めいぷるさんがいつになく落ち着いた精悍な顔でこっちを見てきて、彼女の決意がヒシヒシと伝わってきた。

「圭太君。多分もうすぐ向かうことになるけど、準備は大丈夫?」
「はい。もう万全ですよ」
「じゃあ二人とも、早速車へ向かうわよ! ついて来なさい」

 ルカに先導されて向かった広場奥にある駐車場に一台のタクシーが止まってる。それにしてもルカはタクシー好きだな。いつも通り後部座席に乗り込んだ俺とめいぷるさん。ルカは助手席だが、実はこのいつも通りの流れで気がついたことがある。

 運転手さんの後ろ姿には見覚えがある。全然喋っている時は見たことがないんだけど。あれ? よく見たらこの後ろ姿って……いや、まさかな。ルカが少し遅れて助手席に座ったところで、俺は運転手さんに声をかけてみる。まさかとは思うんだけど。

「あの……運転手さん」
「どうしたの圭太?」

 クルッと振り向いてくるルカ。お前に言ってんじゃねえよ。

「いや、お前じゃなくてさ。運転手さん、俺そういえばあんまりお金が……」

 ルカがシートベルトを締めつつ、周囲を見回している。

「大丈夫よ。あたしがなんとかするわ」
「そうか。だったら問題ないんだけど……あの、運転手さん」

 またしてもルカが振り返ってきて、

「もう! さっきからどうしたのよ圭太」
「いやいや! ルカに言ってるんじゃなくて」

 めいぷるさんは珍獣を見るような目で俺達のやり取りを見守っている。

「運転手さん……もしかしてマスターっすか?」
「はう!?」

 運転手さんの背中が飛び上がり、俺は確信した。ルカはうわー……と心の声が聞こえて来るようなガッガリ顔をしてから前を向いた。

「やっぱりマスターじゃないですか! ていうかあれですよね? 神社に行った時とかいろいろ、マスターが送迎してくれていたんですよね? どういうことですか!」

 マスターは数秒くらい沈黙してから、勢いよく振り向いて俺を見ると、普段とは違うキザな笑顔を見せて、

「フフフ……バレてしまったら仕方あるまい! 圭太君。何を隠そう喫茶店のマスターは世を偲ぶ仮の姿。ある時はマスター、ある時はタクシーの運転手、してその実、」
「あたしの執事なの」

 突然ルカが話に割って入ってきて、マスターは青い顔になってる。

「お、お嬢様っ!? 私が正体がバレた時に用意していた決めゼリフをぉ!?」
「し、執事ぃ!? マジかよ」

 今度はマスターの代わりに俺が飛び上がりそうになった。そうか。ルカはあの大財閥雨風の娘なんだよな。めいぷるさんも金持ちだし、もういないけどランスロットは異界の英雄らしいし、このチームで普通なのは俺だけだったわけだ。

「ええー……マスターって、そうだったんですかぁ」

 めいぷるさんは呆然としている。ですよね。

「そうよ。あたしが生まれた時からお世話してもらってるの。元々あの喫茶店は、シャムやランスロットが圭太をキープしたくて始めたことよ。二人ともアンタが絶対必要だから、どんな手を使っても仲間に引き入れるって凄かったんだから」
「ま、マジかよ。そういえば店の名前……」

 そうだ。喫茶店の名前はAMAKAZEだった。そんな中で俺とルカ、めいぷるさんのスマホがバイブレーションしやがった。

『モンスター出現中です!』

 いよいよ来たか。

「丁度いいタイミングだわ! さあ出発よ」
「かしこまりました」

 マスターの声と同時に走り出しているタクシーの中で、俺はいつにも増して湧き上がってくる緊張と戦う。めいぷるさんも同じようだったけど、横顔はいつになくキリッとしている様子だった。

 車で15分ほどかかった場所は、廃れきったビル街だった。Aタワー周辺が急速に発展して人を集めまくったせいで、反面大きく衰退しちまったところもある。ここはその代表例ってとこだろうな。

「こちらでございます。皆さん、どうかお気をつけて」
「ありがとー! じゃあ行きましょ」
「ありがとうございましたー」

 ペコリと頭を下げて車を降りるめいぷるさん。

「マスター、いつも助かってます」
「あ! 圭太君」

 一番最後に車を出ようとしていた俺をマスターは呼び止めた。

「……はい?」
「ルカお嬢様のことを頼んだよ。君だけが私の頼りだ」
「大丈夫ですよ! 任しといて下さい」

 俺は胸を叩いてマスターに笑いかけドアを閉める。マスターは最後にお嬢様に一礼をすると、そそくさとタクシーで街から出て行った。ルカは俺の隣までくると、今までどおりにスマホを取り出してインストールを始める。

「もう敵が出てくるまであまり時間がないわ。圭太、めいぷるちゃん! 気合い入れなさい!」
「おう!」
「は、はいー」

 めいぷるさんもインストールを開始し、少し遅れて俺もアーチャーへの変身を始めた。最後の戦いに気合いが入っているのは勿論俺達だけじゃない。何処からか入り込んできたプレイヤー達がちらほら姿を見せてきた。

「みんなやる気まんまんじゃん。ルカ、俺達も……?」

 俺はルカのほうを向いて声をかけようとしていたが、最後まで言い切れなかった。一瞬だがルカの体がボヤけて見えたというか、なんか透けたような気がしたんだ。以前もあった気がする。しかも今日のルカは、どうも顔色が悪いように見えるんだが。

「え。どうしたの圭太」
「あ? いや……なんか今、お前が」
「危ない! 圭太君!」

 言いかけた俺をめいぷるさんが突き飛ばした。その瞬間に猛烈な爆発音と共に道路に大穴がブチあけられて更にぶっ飛んじまった後、ゴロゴロ転がりつつも俺は起き上がった。やってくれるじゃねえか。

「爆発魔法か! 誰だよ」

 ルカもめいぷるさんも、お互い距離は離れちまったが無事みたいだ。俺達を狙って来たのは忘れもしない、黒ローブに身を包んだウィザード、ランスロットだった。
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