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立国編

85.宗像氏盛との仕合い

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宗像氏盛むなかたうじもりと太刀を抜いて向き合う。

玉石のせいで足元が不安定なのが多少気になる。究極的には少し浮かせて滑ればいいのだが。
氏盛との距離はおよそ2m。一跳びで双方の間合いに入るギリギリの距離だ。
氏盛は腰を落とし、太刀を自分の右顔の横に構えている。
八相はっそうの構えに似ているが、もっと両肘を張った変則的な構えだ。

相手の出方がわからない以上、こちらは受けに回るしかない。
八相の構えから出される斬撃は袈裟懸けか逆胴。こちらは下段の構えで備える。

と徐々に氏盛が構えを変える。
右顔の横で立てていた太刀を寝かせ、左肘を突き出してくる。同時に落としていた腰を更に落としている。
そのままジリジリと間合いを詰め、氏盛が体ごと突っ込みながら袈裟懸けを繰り出す。
俺も左足を一歩踏み出して飛び込み、下段から逆袈裟懸けで迎え撃つ。
結局、中心部で上下から斬り結ぶことになった。

こうなると本来は上から斬り下ろしてくる氏盛のほうが有利だ。なにせ重力を味方にできる。
氏盛は佐伯と同じく身長160㎝を超える、この世界では大柄なほうである。
俺のほうが頭一つ大きいが、体重や筋力では氏盛のほうが上だろう。
ただしこちらも精霊の力で強化してある。

斬り結んだ太刀をじりじりと押し返しながら受け流し、一旦引く。

「ほう……若いだけだと思っておったら、意外とやるのう……ならばこれはどうじゃ」

そう言って氏盛が再度構える。左顔の横で、今度は切っ先を前にして太刀を倒し構える。突きか。

こちらは正眼の構えで備える。

踏み込んで刺突を繰り出す氏盛の太刀を右に払って逸らし、そのまま空いた左手で氏盛の肩を掴んで足払いを掛ける。
倒れ込む氏盛に右膝を蹴りこみ、うつ伏せで転がしてから腰に左膝を落とす。後ろから氏盛のまげを掴み、喉笛に太刀を突き付けた。

「うわあ……容赦ねえな……」

紅の呟きが聞こえてくる。
佐伯が苦笑いしているが、俺が致命傷でも癒せるのを知っているからこその余裕だろう。
桜ははらはらした表情で見ているが、梅は親指を立ててウインクしている。
誰だ梅にそんな仕草教えたのは……

「まあ仕合いで命までは取らんさ。というか大丈夫か?」

さすがに鳩尾みぞおちと腰への膝打ちは強烈だったか。氏盛は口から泡を吹いている。
首を蹴り抜いてもよかったのだが、それだと首が折れ、流石に死んでしまう。

佐伯と桜、梅と紅が駆け寄ってくる。
紅が佐伯から氏盛の太刀の鞘を受け取り、太刀を拾って納めた。
桜は簡単に氏盛の体を診察し、厳かに皆に告げた。

「腰骨と背骨が折れています。これは良くて下半身不随ですね~」

やりすぎたか……とりあえずうつ伏せに倒れた氏盛の腰の辺りに緑の精霊を集め、癒す。
桜、梅、紅が氏盛を囲んで膝を下ろしている。
桜は心配そうにしているが、梅と紅はどちらかといえば楽しそうだ。紅は氏盛が戦意を失っていなければ直ちに抑え込むつもりだろう。

しばらくすると、氏盛が意識を取り戻どし、仰向けに寝がえりをうつ。

「氏盛殿!お気を確かに!」

佐伯の呼びかけで氏盛がゆっくりと目を開け、辺りを見渡す。
氏盛を覗き込む桜、梅、紅が揃って視界に入ったようだ。

「おお……三女神様が御降臨あそばされた……」

「だれが三女神だよ!寝言は寝て言え!」

と氏盛の鳩尾に紅が拳を叩き込んだ。
紅よ……それはツッコミではない。

と、こんな感じで宗像氏盛との仕合いは終わった。

再び意識を取り戻した氏盛が動けるようになるのを待ってから、山を下りる。

まあ山を下りる前にも氏盛と紅達にはひと悶着あったのだが。

「どうせ肩を借りるなら、田心姫神たごりひめがいいのう」

「うるさい。俺をそんな名で呼ぶな!」

「なら田岐津姫神たぎつひめでも市杵島姫神いちきしまひめでもいいのじゃが」

「ダメです。私に触れていい男はタケル様のみ」

「子供じゃねえあんだからよ、キリキリ歩け」

まあじゃれ合っているのは打ち解けている証拠か?
しかしこの世界のおっさん連中は、皆こんな感じのような気がするが。

ともかく、山を下りた俺達は氏盛の案内で社務所に戻った。
社務所の前で所在なげに待っていた次郎が、俺達を見つけて駆け寄ってくる。

「氏盛様!斎藤殿!もしかしてお二人で仕合われたのですか!」

氏盛が答える。

「おう!仕合しおうたぞ!儂の完敗じゃ!」

「なんと!斎藤殿は父上に続いて氏盛様までも打ち負かされましたか!」

「完敗も完敗、何にもできんかったわ。打ち合おうたのはたった一合のみ。あっというまに剣を流され、鳩尾に膝を叩き込まれて意識が飛んだわい」

「なんと……父上と氏盛様を打ち負かす斎藤殿の剣技……それがしも見とうございます!斎藤殿!今度は兄上と仕合いなどいかがでしょう!」

「次郎よ、自分で挑もうとは思わんのか?」

そう氏盛が尋ねる。

「いやいや、父上や氏盛様が勝てぬ相手に、私が挑むなと百年早いです!そちらの女子衆おなごしゅうならまだしも……」

「あん?お前、俺になら勝てるって言ったか?」

そう紅が問い正す。
と次郎はぶんぶんと頭を振って答えた。

「いえ!紅様は女神様のようなお方!挑むなど天罰が下ります!穂波の戦での正確無比な射撃と、ケガをした私への恩情は決して忘れませぬ!白様と黒様も同じです!」

どうやら紅や白、黒はこの少年の中で神格化されたらしい。ちょうど三人で三女神。自分達の奉たてまつる神になぞらえ、しっくり来たのだろう。

とすると、次郎が言う女子衆おなごしゅうとはつまり……

「要はうちらに喧嘩売ってんだろこいつ。この桜と梅によ?」

最近分かったのだが、梅は引っ込み思案でもなく、ましてや人見知りなどでもなく、そして単なるツンデレキャラでもない。
武器を持つと完全にオラオラ系ヤンキーになるのだ。そして桜もそれに合わせて、時には紅を超えるほど好戦的になる。
まあ武器を取り上げるか、頭をワシワシするかで二人ともふにゃふにゃになるからいいのだが。

「そうだ!斎藤殿や紅様には太刀打ちできなくても、くっついて回ってるだけのお前らには負ける気がしない!俺と勝負しろ!」

「上等じゃねえか。桜!どっちからやる?」

「え~どうせこの子怪我してぶっ倒れるでしょう?私一度自分に刃を向けたものを癒せるほど優しくはないし、私は後のほうがいいわあ」

桜がほんわかと、しかし好戦的な目で次郎を見据えて答えている。
自分が負けることを前提にしている桜の発言に、次郎がいきり立つ。

「別に二人同時に掛かってきてもいいんだぞ!あとから一対一だったから負けたなんて言われたらたまらないからな!」

「あら~そんなこと紅様達の前で宣言しちゃっていいのかしら坊や?あとで泣いちゃっても知らないぞ~」

「坊やって言うな!いいからまとめて掛かってこい!」

完全に桜と梅のペースに呑まれている。

「佐伯殿、これは子供同士の喧嘩だ。真剣を使うこともないだろう。手ごろな木刀などないだろうか?」

「ありますぞ!どれでもお好きなものをお使いください」

どこからともなく佐伯が木刀とカシの棒を持ってくる。

「じゃあ桜と梅はこれを使え、小太刀はここに置いておくように。桜は苦無くないも置いていけよ」

そう言って桜にカシの六尺棒を、梅に短い木刀を二本渡す。
その間に次郎も腰の小太刀を没収され、代わりに木刀を与えられていた。
まあこれで怪我はしても死ぬことはないだろう。
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