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海外買い付け編

115.スンの農園にて

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スンの歩くスピードは速い。
異邦人の、それも女の客らしき存在がいることなど気にも留めていないようだ。

「タケル、あいつどう思う?」

「どう思うも何も、まだ一言しか話してないだろう」

「いや、一言話せば十分だろ。絶対変な奴だぞあれ」

「紅姉、先入観で語るのは良くない」

「ああああっ!スンって人と黒ちゃんの話し方そっくり!」

そんな会話を4人で交わしながら、スンの後をついて歩く。


30分ほども歩いただろうか。菩提樹らしき二本の巨木の間を通った所で、スンが立ち止まり、こちらを振り返った。

「到着した。ここが俺の農園だ」

スンの足元から先は石畳の道が続き、敷地を囲むように石垣が伸びている。
石畳の道の右手には背丈より少し高い杭がずらりと等間隔で並び、杭に巻き付くように緑色のツタ植物が茂っている。その周りで数人が籠を持ち、収穫作業を行っているのが見える。

黒と白がスタスタと栽培されているツタ植物に歩み寄り、つぶさに観察を始めた。

「これが胡椒?葉の大きさは手のひらより少し小さいけど、肉厚で光沢がある。乾燥地帯だから?葉の付け根から花芽が出て、穂を出している。ヤマゴボウに少し似ている」

「土は赤土で少し乾いてるね!石灰のようなものが撒かれているかも」

「穂に小さな白い花がたくさんついて、それが実になっている。一房の穂には……だいたい50粒ほど実が成る様子」

「赤い実が熟した奴かな?お姉さん!この実ってそのまま食べられるの?」

白が収穫しているお姉さん?に話しかけている。

「なんだいお客さんかい?変わった服を着ているねえ」

白が話しかけた恰幅の良いサリー姿のお姉さんが、笑顔で応対してくれている。

「赤い実も緑の実もそのまま食べられるけど、生で食べるなら赤い実のほうがいいかもね」

「そうなんだ!ちょっと味見してもいい?」

白がスンに話しかける。無言の返事を了承と受け取ったのか、白と黒がおもむろに赤い実を口に運んだ。

「うひゃあ!不思議な辛さだね!」

「最初は甘いのに、実の中の種を噛んだ瞬間に辛さが口いっぱいに広がる。でも不快じゃない」

「どれどれ、俺にも味見させろ」

今度は紅が緑の実を口に放り込んだ。

「おう!これは凄いな!噛んだ瞬間に辛さが頭に突き抜けていく!爽やかな辛さって奴だな!」

三人は交互に緑の実と赤い実を口に放り込んでいくが、どうやら緑の実に落ち着いたようだ。

「俺は緑のほうが好きかな。赤い実のように甘さがない分、スッキリしている」

「私も緑のほうが好き!でも料理によっては赤い実の種だけ使えば合うんじゃない?」

「白に同じく。赤い果肉だけ集めても、また違う味わいかもしれない」

「気に入ってくれたようだね。緑の実はまだ未熟。赤い実は完熟した実だよ。緑の実をそのままじっくり天日干しにすれば黒い胡椒に、赤い実を茹でて果肉を取り、中の種だけを干せば白い胡椒になるよ」

サリーのお姉さんが教えてくれている。

「赤い実から取り出した種を撒けば芽が出る?」

黒が栽培方法を聞いている。

「どうだろうねえ。これだけ実をつけるんだ。中には芽が出る種もあるかもしれないけど、普通はツルの先の若い芽を挿し木にして殖やすねえ。実を付けるのに3年、収穫できるのは10年ってとこかね」

「一株からの収量はどれくらい?」

「収量?う~ん……年によって当たり外れはあるけど、だいたいこの籠一杯ぐらいかね。ちょっと持ってみるかい?」

そう言ってお姉さんが黒に籠を渡す。
籠を受け取った黒が、慎重に重さを確かめている。

「だいたい2キロぐらい。乾燥したらもう少し重量は減りそう」

納得したのか、黒がお姉さんに籠を返す。

「ねえねえお姉さん!肥料とかは上げているの?お水は??」

白が栽培方法について質問を重ねる。

「特には何もしていないね。あまり土が湿っていると、根っこが腐ってしまうからね。根をしっかり張ってしまえば、育てるのは楽なほうだよ」

「じゃあ病気とかにも強い?」

「そうだねえ。病気ってあれだろ?ツルの先のほうから枯れていいくとか、葉っぱに点々がついたりとかだろ?特には聞かないねえ」

「そっかあ!お姉さんお仕事中なのに教えてくれてありがとう!」

「ありがとうございます。お仕事頑張ってください!」


白と黒、そして紅がお姉さんに手を振りながら戻ってきた。

「タケル、だいたいわかった。収量予測もできる」

「栽培方法は任せて!風の結界を張ってしまえば、温度も湿度も管理できるよ!」

「とりあえずあの刺激は癖になるぞ!肉料理にも魚料理にも合うし、ぜひ導入しよう!」

3人とも気に入ったようだ。


「ほかの作物も見てみるか?」

スンの申し出に乗っかり、農園内を案内してもらうことになった。
案内といっても、相変わらずスンはずんずんと先を歩くだけだ。ただし俺達が立ち止まると、少し離れたところでスンも立ち止まり、待っていてくれる。

スンの農園には、呆れるほど多くの品種の作物があった。
香辛料だけで言えば、本格的なカレーが農園の作物だけで作れてしまえそうだ。

樹木が茂っている場所には、肉桂にっきやインドゴムの木が生えている。
肉桂はシナモンを取るために栽培もされていた。切り株からは多数の脇芽が伸び、次の収穫を待っている。

ゴムの木は栽培されているというより自生しているようで、特に利用されている感じはない。
元の世界の観賞用のゴムの木と違い、原生のゴムの木は優に高さ10mに達するような巨木だ。気根が垂れ下がり、さながら立派なガジュマルの木のようにも見える。

農園内の池には、小型のカモのような水鳥が群れを成して泳いでいた。カモの家禽化に成功しているようだ。合鴨農法のようなことが試せるかもしれない。

そして俺を驚かせる光景が、農園の低地側に拡がっていた。
高さ2mを越える巨大なススキのような植物が、一面に生い茂っている。
いや、ススキと違って茎がある。まさか……

その植物群に駆け寄り、茎と葉を調べる。
直径3cmほどの茎にはおよそ30cmごとに節があり、節のところから長い葉が出ている。この長い葉が揺れる様子が、遠くからみるとあしのようにも巨大なススキのようにも見える。
根本は一か所から複数の木質化した茎が出ているが、地下茎で繋がっているような雰囲気はない。
手ごろな1mほどの一本を刈り取り、茎の断面を観察する。
断面は竹のように空洞ではなく、白い髄ずいが詰まっている。
断面を舐めると……甘い。

「サトウキビだ……」

「サトウキビ?サトウってあの砂糖?」
黒が確認してくる。

「そう。あの砂糖だ。舐めてみるか?」

そう言って、刈り取ったサトウキビを3本に分けて、それぞれに渡す。

「うん、甘いな。でも甘酒ほどじゃない」

「薄めた花の蜜のような甘さ」

「これが本当に砂糖になるの?」

まあ皆の反応も当然だろう。サトウキビの髄の中にたっぷりと糖分が含まれるとは言っても、別に砂糖が詰まっているわけではない。

「この髄の絞り汁を集めて、石灰で中和してから濃縮し、出てきた結晶を集めて水で晒してまた濃縮して濾過して……を繰り返すと、白や黒が料理に使う、真っ白な精製糖になる」

「うわあ……あんまり気にしてなかったけど、結構手間がかかりそうだね」

「そうだな。それでも砂糖は貴重だし重要な甘味だからな。これは是非栽培したいが……」

「じゃあ、このサトウキビってのも分けてもらおうよ!」

白はあっけらかんと言うが、そううまく話が進むだろうか。

振り返ると、スンがじっとこちらを見ている。

「用が済んだなら戻るぞ」

そう言ってスンがまたずんずんと歩き出す。

農園の入り口の大きな菩提樹の根元まで来ると、スンはこちらを振り返り口を開いた。

「それで……異国のジン使いとジンが、我が農園に何の用だ?」
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