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海外買い付け編
122.豚を手に入れる
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エステル達と出会った場所は、セビリアの北およそ6kmの場所だった。
セビリアの街の南西側は街の中を流れる川に沿って湿地帯が広がっているが、湿地を除けばほぼ森林。ところどころに畑が拓かれている程度。その畑があるところに村が点在している。点在する村はセビリアを中心として、湿地帯を避けるようにほぼ放射状に広がっている。
セビリアの北方10kmほどには、木々の深い山が迫っている。
木々の間を駆け抜けながら3Dスキャンを駆使して索敵するが、軍勢と呼べるような集団は見つからない。せいぜい4、5人程度の農作業グループだ。差し迫った危険はなさそうだ。
エステル達の所に戻ると、ちょうど紅達が火葬の準備を終えたところだった。
地面を1mほど掘り、革鎧や鎖帷子くさりかたびらを脱がされた遺体を一体ずつ寝かせている。
「タケル!2000℃ぐらいでいいか?」
紅が聞いてくる。『なるべく高温で』といったからだろう。
「ああ。頼む」
俺がそう言うと、紅が盗賊たちの遺体を一気に青白く燃え上がらせた。
「ひいいいっ」
男達が再び腰を抜かし頭を抱える。
「青い……青い炎だ……」
「地獄の火だ……俺達も焼かれる……」
おう……高温で燃焼させようと、数千℃の炎を使ってくれたのだが、村人達の恐怖心まで燃え上がらせてしまったようだ。
そんな中でエステルだけが正気を保っている。
「エステル?お前は怖くないのか?」
「怖いです。ですが一度私達を助けてくださった方が、この炎を私達に向けることはないと信じております」
まあ、最初から豚を盗むつもりなら、こんな回りくどいことはしないしな。
紅が着火した遺体は、ものの数十秒で遺体を燃やし尽くし失火した。
後に残されたのは白っぽい灰のみ。人体を構成するミネラル分は残っているだろうが、この灰から魔物ができるというなら見てみたい気もする。
残された灰はそのまま穴の中に埋め戻す。怯える男達もエステルがなだめすかし、手伝わせる。
「あなた達!救ってくれた恩人の前で恥ずかしい姿を見せない!いい大人でしょ!」
なるほど……正気に戻ったエステルはこんな感じなのか。椿が大きくなるとこんな感じになるのだろうか。
埋葬を終えた後の土には落ち葉を被せ、偽装する。木でも植えようかと思ったが、まあ自然に生えてくるだろう。
あとは……
「エステル、最初にも言ったが俺達の目的は豚を買うことだ。お前の村から買うことはできないか?」
「それはできますが、何頭ほどでしょう」
「最低でも雄2頭、雌3頭。可能なら雄2頭、雌8頭は欲しい。対価は銀貨か、穀物で支払う。どうだ?」
「それは……ちょうどこの荷台に乗っている豚達と同じですね」
ん?そうなのか?
紅達を見ると、頷いている。どうやらたまたま盗賊たちが荷台に乗せていたらしい。
「それならちょうどいい。豚の王も認めていたし、この荷台ごと買い取りたいが、どうだろう」
村人たちが5人で相談している。
「どうせ盗賊どもに持って行かれるはずだったやつだ。いいんじゃないか?」
「しかし一気に10頭も失うと……」
「でも、街に持っていっても大した稼ぎにはならないぞ?それならあの銀貨を貰ったほうが……」
「穀物と引き換えって言ってたぞ?いい取引なんじゃないか?」
いやダダ洩れだからな?
「あの……穀物とは麦でしょうか?どれくらいの量ですか?」
「銀貨より穀物がいいか?黒、麦を出してくれ。2俵でいい」
黒が収納から麦の俵を2つ取り出す。
俵の口を開き、中身を村人に見せる。
「こ……これは!小麦ですか?」
「ああ。この小麦と馬車を引いていた馬は2頭とも置いていく。それでどうだ?」
「はい!その条件で結構です。どうぞお持ちください!」
皆を代表してルカがいう。どうやら村の代表者的な存在のようだ。
「では取引成立だな。黒、荷台ごと豚を収納してくれ。紅と白は俵を馬に積んでくれ」
『了解!』
紅と白が手分けして2頭の馬に一俵づつ麦の俵を積みつける。と、紅が何かに気づいた。
「なあタケル。馬を引き渡すなら、焼印はまずくないか?」
焼印?
紅が指差す所を見ると、確かに馬の腰の辺りに菱形に十字を組み合わせた刻印がある。
確かにこの焼印を残しておくと厄介だ。盗賊どもが使っていた馬だから、どうせどこかで奪ったか盗んだモノだろう。何かの弾みで、所有権を主張されたりしたら、村人達がかわいそうだ。
だが、一旦引き攣れて塞がった火傷の痕は、緑の精霊では癒せないだろう。緑の精霊はあくまでも自然治癒力を高めているだけだ。
仕方ない。切除するしかないか。
「紅、しばらくの間、馬を大人しくさせられるか?」
「おう!任せろ!」
「白、焼印を切除し、直ちに癒す。手伝ってくれ」
「了解!」
紅が馬の顔を正面から抱きかかえ、動きを止める。
その間に白が焼印を薄く削そぎ切り、俺が直ちに緑の精霊で再生させる。
馬は一瞬ビクッと身を震わせたが、暴れる事なく切除に成功した。
もう一頭の馬にも同じ施術を行う。これで、馬の本来の持ち主が現れても所有権を証明するものは無くなった。
改めて、麦の俵を積んだ馬の手綱をルカとアーロンに手渡す。
空を見上げると木々の木漏れ日の間から、ほぼ中天に差し掛かった太陽が見える。
そろそろ帰らないと、子供達が寝てしまう。
「それではこれにて失礼する。エステル、そして皆もお元気で」
そう言って南の方向に去ろうとした俺の手を、エステルが掴んだ。
「お待ちください!まさかこのまま帰られるおつもりですか!?」
「え?ダメなの?遺体の埋葬も済んだし、豚の対価も支払ったろう?」
「まだ私達を助けていただいたお礼ができていません!それに盗賊の仲間が襲ってきたらどうしたらいいんですか!?さっきそこの赤い髪の人が話してました。倒した盗賊達の荷物の量が少ないから、絶対仲間が近くにいるって。だから……私の村に来てください!せめて安全だと思えるまで!」
紅め……余計なことを……しかし安全宣言ができる日までって、そんなこと可能なのか?
「それを心配して、さっき見回りをしてきたが、それらしい集団は見当たらなかったぞ?」
「あいつらの手口は分かっています。ここにいるアーロンさんは、以前襲われた村の生き残りです。あいつらはまず豚を奪い数を減らします。豚の数が減ったのを不審に思って調べにきた村人や騎士を個別に襲います。それから一気に村を襲い、その村を支配下に置くのです。支配下に置いた村は、見た目ではわかりませんし、あいつらが日中にわざわざ出歩くとも思えません」
「アーロンさん、それは本当ですか?つまり今回の件もあいつらの手口だと?」
俺はアーロンに尋ねる。アーロンは首を振り、目に涙を浮かべながら訴えてきた。
「そのとおりです。奪われた私の村を隠れて見に行きましたが、生き残った村人達は普段どおりの生活をしているように見えました。しかし我々以上に痩せ細り、全く元気はありませんでした。おそらく奴隷のよううな扱いをされているかと……」
「ちょっと待て。そこまで分かっていながら森に様子を見に来たのか?しかもこんな少人数で。殺されに来たのか?」
思わずエステル達を問い詰める。
「だって仕方ないじゃない!村では米や麦も育てているけど全然収量が上がらない!盗賊を放っておけば豚の数が減って村は立ち行かなくなるのよ!街に知らせても豚の数が減っただけじゃ取り合ってくれない。お前達の数え間違いだろうって。数も数えられない田舎者だから仕方ないって!でも誰かが死ねば、それがセビリア市民なら話は違う。騎士たちも本気になってくれる。だから……」
「だから殺される覚悟でここに来た……ということか。村のために犠牲になると?」
「タケル。全部が全部救えないのは分かっている。でもな、目の前で起きていることぐらい、手を差し伸べてもいいと思うぜ?」
「私も賛成。ここで手を引けば、きっと後悔する」
「私も助けたい!エステルちゃんはいい子だよ?ここで死なせちゃうのはもったいないよ!」
やれやれ……乗りかかった舟というか、毒も喰らわば皿までと行くか。
「よし、エステルの申し出を受ける。エステル、ルカさん、しばらく村に厄介になるが、構わないか?」
「はい!是非!!」
「よっしゃ!じゃあ里には俺から連絡しとくな!」
紅が張り切って通信を始めた。
「もしもし青か?みんなそこにいるか?……おう!タケルから伝言だ!“金髪のえらい別嬪が命の危機だから助ける。帰りが遅くなるが気にせず寝ていてくれ”だってよ!……ん?小夜、金切り声じゃ何言ってるかわっかんねえよ。じゃ伝言は伝えたぞ?またな~」
通信を切った紅が振り返ってみた光景は、ジト目で紅を見る黒と白、そして怒りに肩を震わせる俺の姿だった。
「あれ?俺なんかやらかしちゃった感じ?」
セビリアの街の南西側は街の中を流れる川に沿って湿地帯が広がっているが、湿地を除けばほぼ森林。ところどころに畑が拓かれている程度。その畑があるところに村が点在している。点在する村はセビリアを中心として、湿地帯を避けるようにほぼ放射状に広がっている。
セビリアの北方10kmほどには、木々の深い山が迫っている。
木々の間を駆け抜けながら3Dスキャンを駆使して索敵するが、軍勢と呼べるような集団は見つからない。せいぜい4、5人程度の農作業グループだ。差し迫った危険はなさそうだ。
エステル達の所に戻ると、ちょうど紅達が火葬の準備を終えたところだった。
地面を1mほど掘り、革鎧や鎖帷子くさりかたびらを脱がされた遺体を一体ずつ寝かせている。
「タケル!2000℃ぐらいでいいか?」
紅が聞いてくる。『なるべく高温で』といったからだろう。
「ああ。頼む」
俺がそう言うと、紅が盗賊たちの遺体を一気に青白く燃え上がらせた。
「ひいいいっ」
男達が再び腰を抜かし頭を抱える。
「青い……青い炎だ……」
「地獄の火だ……俺達も焼かれる……」
おう……高温で燃焼させようと、数千℃の炎を使ってくれたのだが、村人達の恐怖心まで燃え上がらせてしまったようだ。
そんな中でエステルだけが正気を保っている。
「エステル?お前は怖くないのか?」
「怖いです。ですが一度私達を助けてくださった方が、この炎を私達に向けることはないと信じております」
まあ、最初から豚を盗むつもりなら、こんな回りくどいことはしないしな。
紅が着火した遺体は、ものの数十秒で遺体を燃やし尽くし失火した。
後に残されたのは白っぽい灰のみ。人体を構成するミネラル分は残っているだろうが、この灰から魔物ができるというなら見てみたい気もする。
残された灰はそのまま穴の中に埋め戻す。怯える男達もエステルがなだめすかし、手伝わせる。
「あなた達!救ってくれた恩人の前で恥ずかしい姿を見せない!いい大人でしょ!」
なるほど……正気に戻ったエステルはこんな感じなのか。椿が大きくなるとこんな感じになるのだろうか。
埋葬を終えた後の土には落ち葉を被せ、偽装する。木でも植えようかと思ったが、まあ自然に生えてくるだろう。
あとは……
「エステル、最初にも言ったが俺達の目的は豚を買うことだ。お前の村から買うことはできないか?」
「それはできますが、何頭ほどでしょう」
「最低でも雄2頭、雌3頭。可能なら雄2頭、雌8頭は欲しい。対価は銀貨か、穀物で支払う。どうだ?」
「それは……ちょうどこの荷台に乗っている豚達と同じですね」
ん?そうなのか?
紅達を見ると、頷いている。どうやらたまたま盗賊たちが荷台に乗せていたらしい。
「それならちょうどいい。豚の王も認めていたし、この荷台ごと買い取りたいが、どうだろう」
村人たちが5人で相談している。
「どうせ盗賊どもに持って行かれるはずだったやつだ。いいんじゃないか?」
「しかし一気に10頭も失うと……」
「でも、街に持っていっても大した稼ぎにはならないぞ?それならあの銀貨を貰ったほうが……」
「穀物と引き換えって言ってたぞ?いい取引なんじゃないか?」
いやダダ洩れだからな?
「あの……穀物とは麦でしょうか?どれくらいの量ですか?」
「銀貨より穀物がいいか?黒、麦を出してくれ。2俵でいい」
黒が収納から麦の俵を2つ取り出す。
俵の口を開き、中身を村人に見せる。
「こ……これは!小麦ですか?」
「ああ。この小麦と馬車を引いていた馬は2頭とも置いていく。それでどうだ?」
「はい!その条件で結構です。どうぞお持ちください!」
皆を代表してルカがいう。どうやら村の代表者的な存在のようだ。
「では取引成立だな。黒、荷台ごと豚を収納してくれ。紅と白は俵を馬に積んでくれ」
『了解!』
紅と白が手分けして2頭の馬に一俵づつ麦の俵を積みつける。と、紅が何かに気づいた。
「なあタケル。馬を引き渡すなら、焼印はまずくないか?」
焼印?
紅が指差す所を見ると、確かに馬の腰の辺りに菱形に十字を組み合わせた刻印がある。
確かにこの焼印を残しておくと厄介だ。盗賊どもが使っていた馬だから、どうせどこかで奪ったか盗んだモノだろう。何かの弾みで、所有権を主張されたりしたら、村人達がかわいそうだ。
だが、一旦引き攣れて塞がった火傷の痕は、緑の精霊では癒せないだろう。緑の精霊はあくまでも自然治癒力を高めているだけだ。
仕方ない。切除するしかないか。
「紅、しばらくの間、馬を大人しくさせられるか?」
「おう!任せろ!」
「白、焼印を切除し、直ちに癒す。手伝ってくれ」
「了解!」
紅が馬の顔を正面から抱きかかえ、動きを止める。
その間に白が焼印を薄く削そぎ切り、俺が直ちに緑の精霊で再生させる。
馬は一瞬ビクッと身を震わせたが、暴れる事なく切除に成功した。
もう一頭の馬にも同じ施術を行う。これで、馬の本来の持ち主が現れても所有権を証明するものは無くなった。
改めて、麦の俵を積んだ馬の手綱をルカとアーロンに手渡す。
空を見上げると木々の木漏れ日の間から、ほぼ中天に差し掛かった太陽が見える。
そろそろ帰らないと、子供達が寝てしまう。
「それではこれにて失礼する。エステル、そして皆もお元気で」
そう言って南の方向に去ろうとした俺の手を、エステルが掴んだ。
「お待ちください!まさかこのまま帰られるおつもりですか!?」
「え?ダメなの?遺体の埋葬も済んだし、豚の対価も支払ったろう?」
「まだ私達を助けていただいたお礼ができていません!それに盗賊の仲間が襲ってきたらどうしたらいいんですか!?さっきそこの赤い髪の人が話してました。倒した盗賊達の荷物の量が少ないから、絶対仲間が近くにいるって。だから……私の村に来てください!せめて安全だと思えるまで!」
紅め……余計なことを……しかし安全宣言ができる日までって、そんなこと可能なのか?
「それを心配して、さっき見回りをしてきたが、それらしい集団は見当たらなかったぞ?」
「あいつらの手口は分かっています。ここにいるアーロンさんは、以前襲われた村の生き残りです。あいつらはまず豚を奪い数を減らします。豚の数が減ったのを不審に思って調べにきた村人や騎士を個別に襲います。それから一気に村を襲い、その村を支配下に置くのです。支配下に置いた村は、見た目ではわかりませんし、あいつらが日中にわざわざ出歩くとも思えません」
「アーロンさん、それは本当ですか?つまり今回の件もあいつらの手口だと?」
俺はアーロンに尋ねる。アーロンは首を振り、目に涙を浮かべながら訴えてきた。
「そのとおりです。奪われた私の村を隠れて見に行きましたが、生き残った村人達は普段どおりの生活をしているように見えました。しかし我々以上に痩せ細り、全く元気はありませんでした。おそらく奴隷のよううな扱いをされているかと……」
「ちょっと待て。そこまで分かっていながら森に様子を見に来たのか?しかもこんな少人数で。殺されに来たのか?」
思わずエステル達を問い詰める。
「だって仕方ないじゃない!村では米や麦も育てているけど全然収量が上がらない!盗賊を放っておけば豚の数が減って村は立ち行かなくなるのよ!街に知らせても豚の数が減っただけじゃ取り合ってくれない。お前達の数え間違いだろうって。数も数えられない田舎者だから仕方ないって!でも誰かが死ねば、それがセビリア市民なら話は違う。騎士たちも本気になってくれる。だから……」
「だから殺される覚悟でここに来た……ということか。村のために犠牲になると?」
「タケル。全部が全部救えないのは分かっている。でもな、目の前で起きていることぐらい、手を差し伸べてもいいと思うぜ?」
「私も賛成。ここで手を引けば、きっと後悔する」
「私も助けたい!エステルちゃんはいい子だよ?ここで死なせちゃうのはもったいないよ!」
やれやれ……乗りかかった舟というか、毒も喰らわば皿までと行くか。
「よし、エステルの申し出を受ける。エステル、ルカさん、しばらく村に厄介になるが、構わないか?」
「はい!是非!!」
「よっしゃ!じゃあ里には俺から連絡しとくな!」
紅が張り切って通信を始めた。
「もしもし青か?みんなそこにいるか?……おう!タケルから伝言だ!“金髪のえらい別嬪が命の危機だから助ける。帰りが遅くなるが気にせず寝ていてくれ”だってよ!……ん?小夜、金切り声じゃ何言ってるかわっかんねえよ。じゃ伝言は伝えたぞ?またな~」
通信を切った紅が振り返ってみた光景は、ジト目で紅を見る黒と白、そして怒りに肩を震わせる俺の姿だった。
「あれ?俺なんかやらかしちゃった感じ?」
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