筑豊国伝奇~転生した和風世界で国造り~

九尾の猫

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御牧郡攻防戦

140.御牧郡攻防戦②

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日暮れと共に神湊に集結した俺達106名と26頭は、紅の呼びかけで集まった平底舟50艘あまりに乗り込み、一路上陸地点を目指した。

目標は洞山と山鹿御崎の間に広がる数百メートルの砂浜だ。

白の結界にすっぽりと包まれた船団は、荒れる海上に大きな半円を描きながら滑るように進み、そのまま浜に乗り上げ停止した。

浜に上がった馬達の間を紅が一頭一頭周り、馬の頭を抱きかかえて何やら言い聞かせている。

「よく頑張ったな!もうひと踏ん張りだから、大人しくしてろよ!」

馬をはじめとする家畜達の扱いに慣れた紅ならではのケアなんだろう。


全員の上陸を確認し、白と黒の先導で結界を保ったまま進軍を始める。

一行は上陸した砂浜から、低い山あいを抜けて江川えがわを下り、洞海ほらのうみまで進出した。
この江川は、一端を遠賀川河口域に、もう一端を洞海へと注ぐ自然運河だ。

洞海からは金山川を上り、夜半過ぎに折尾の集落の少し西側、小高い丘の麓に達した。

ここまでおよそ12kmの道のりを6時間ほどで踏破したことになる。
時速6㎞。夜間に明かりもない山道を足軽達の足に合わせて進んだのだから、まあ順調なほうだろう。

「白、黒。本隊に動きはあるか?」

「窓を開くけど……今のところ動きはなさそう」

「筏はざっと50枚くらいは出来上がっているみたい。氏盛が報告を受けていました。何回か往復する前提にはなりますが、数は揃っていると思います」

とすれば、単にまだ渡河するつもりがないということか。

「ではこの場で野営する。雨除けと視覚阻害を兼ねて、白はそのまま結界を維持してくれ」

『おう!』


結局、夜が明けて雨が上がっても、本隊側に動きは無かった。
ただ待つだけというのも辛いものだ。

結界内部は雨の影響もなく、15℃程度の気温を保てている。
炊事の煙は白が散らしてしまうから、温かい食事も摂れる。
そのおかげで、ただ待っている別動隊の士気が下がることが無いのが救いだ。

ただ、小夜と桜は交代で里に戻らせ、休息を取らせている。
いくら精霊の力が扱えるといっても、まだ未成年の女の子だ。

午後になって、ようやく本隊側に動きが出てきた。
本隊を監視している式神の映像には、小隈の集落近くの河川敷に運び込まれる数々の筏が映っている。
しかし少弐軍の後詰一千は、その半数が箱崎に留まっていた。
奴ら一体何を考えている……

陽が落ちるのとほぼ同時に、御牧川の西岸から東岸に向けて縄が何本も張られ始めた。
いよいよやる気になったらしい。

一度に5枚ほどの筏が川を渡り始めた。先頭の筏には鎧兜を纏った氏盛が仁王立ちしている。
少弐家側の大将である少弐景資も川を渡ってきた。

こうして、夜の間に本隊およそ一千が渡河に成功し、多賀山に陣取る宇都宮軍を両面から攻める準備はできた。



その夜、大友能次が話しかけてきた。

「斎藤殿。実は斎藤殿に感謝せなばならないことがございます」

「どうした大友殿。お主とは此度が初対面ではなかったか?」

「はい。ただ、我が領民が大変お世話になりまして。我が領地は大野でございます。乙金も領内の集落の一つです」

乙金か。隣の集落とのイザコザから急襲を受けていたところに出くわしたのが妙に懐かしい気もする。

「そうか…乙金の……」

「はい。斎藤殿にいただいた薬草で治療を受けに来る人々で、乙金はすっかり活気付いています。それで、あの薬草を増やせないかと試みているようです」

薬草といってもただのヨモギだ。ヨモギとしての性質は変わっていないのだから、栽培自体は普通にできるだろう。ただ薬効が遺伝するかはわからないが。

「我が父もきちんと挨拶したいと申しております。この戦さが終われば、一度我が家へご足労いただけませんか?」

「ああ。ぜひ伺いたい。最近は筑豊に篭りっきりだしな」

「その筑豊です。何でも若者を集めて新しい農耕法や陰陽道のご指導をされているとか。私も是非ご指導いただきたいのですが、流石に父の許しが出なくて……」

「そうか…将来は領地を預かる大事な身体だろうからな。どこの馬の骨ともわからん奴に預けるなどできないだろう」

「ですから…この戦いが終わったら、是非とも父の許しを得たいのです。ご協力いただけませんか?」

おいおい、“この戦いが終わったら”は死亡フラグだぞ。
こんな戦さで味方を失うつもりはない。そもそも、もっと大きな戦さが迫っているのだ。宇都宮家も今回は敵方ではあるが、蒙古との戦さでは大事な味方になるはずなのだ。

「わかった。無事に生き残ってくれ」

「もちろんです。斎藤殿もどうかご無事で」



翌朝、降り続いた雨はすっかり上がり、夜の帳が朝日に追い出されようとしている頃、本隊が動き出した。
宇都宮軍が陣取る多賀山の北側斜面から隠れるように南側から近づいている。

そろそろだ。

別働隊に指示を出す。

「皆の者、突入に備えよ!白を先頭に紡錘陣形を作れ!初陣の3人が白の後ろ。桜は直掩、その両翼を黒と紅、更に後ろに各家が続け!俺と小夜は初陣組を後方から守る!皆急げ!」

『おう!!』

隊形を整えて丘に登る。

眼下には多賀山の宇都宮軍にゆっくりと迫る本隊が見える。
戦列の右翼を“丸に一枚柏”の旗指物を指した宗像勢、中央部と左翼は“隅立て四つ目結”の旗指物を指した少弐勢が占めている。


戦列から鎧兜の武将達が一歩抜け出し、大声で名乗りを上げ始めた。

「我こそは筑前の守護、少弐家が次男、少弐景資である!我が牧場を不逞に荒らす輩に、今こそ鉄槌を与えん!」

「我は宇都宮有房うつのみやありふさである!ここ御牧郡はもともと我らが領地である!即刻立ち去れ!」

有房と名乗った武将は、“左三つ巴”の旗指物を指し、立派な大鎧を付けている。
別動隊の最年長である涌井利長でさえ、大袖の付いた胴丸に兜ぐらいで、その他の者は大袖も付けていない。
まあ財力の違いと言えばそれまでだが、そもそも大鎧など動きにくいだろうに。

「我が方は豊前国が誇る陰陽師が控えておる!術に掛かりたくなければ早々に立ち去ることじゃ!わっはっはっは!!」

何やら不穏なことを言っている。

「白、黒、紅。あいつらの中に陰陽師らしき者はいるか?」

「ん……精霊を集めている人は10人ぐらいいる……けど……」

「少ない。集まっている精霊が圧倒的に少ない」

「ありゃ惣一朗達とどっこいどっこい、佐助や千鶴よりはマシってぐらいだ。あれで陰陽師を名乗れるんなら、三善の爺さんや小夜や桜は化け物に見えるだろうな」

そうか。ならばさほど恐れる必要はないか。

「よし、黒は敵の武将と陰陽師をマーキングしてくれ。陰陽師の術で実害が出るようなら、最優先でこれを排除」

「了解」

「弓を持つ者は構えよ!鏑矢が鳴り終えると同時に射かける。白!指揮を」

「了解!射手は構え!狙う角度は私に合わせて!」

双方の戦列から放たれた鏑矢が、ポーンともヒューとも聞こえる甲高いを音を立てた。

「放て!続いて第二射構え!!…………放て!!」

白の指揮で50名ほどの射手が五斉射した。合計250本の矢が敵陣に吸い込まれ、その大半が敵の射手に命中した。

「突入する!皆槍を構えよ!止まるなよ!敵のただ中に置いて行かれるぞ!」

『おう!!』

「突入!」

『おおおおおっ!!!!!』

雄たけびを上げながら、26騎と80名が白の結界を纏ったまま楔のように敵陣の後方から襲い掛かった。
敵兵の背中を蹴り飛ばし、騎乗した武士を跳ね飛ばしながら敵陣の中央まで駆け抜け、一旦敵の左翼側に転進し、敵陣を抜ける。

自陣を食い破られ浮足立ったところに、氏盛率いる右翼が襲い掛かった。

右翼は大丈夫だろう。問題は中央部と左翼だ。
氏盛が率いる右翼の宗像勢に比べ、中央と左翼の少弐勢の動きが鈍い。というか、斜傾陣のように右翼が突出してしまっている。
このまま少弐勢が引き、引いた隙間を宇都宮勢が埋めてしまえば、宗像勢が孤立してしまう。

「敵右翼を叩く!皆の者!再突入準備!」

「了解!射手は準備して!」

再び白の号令で弓が引き絞られる。

再度50名の射手から五斉射、250本の矢を敵に打ち込むが、その内の何本かは結界のようなものに阻まれる。
敵の陰陽師が動き出したようだ。

「突入する!黒は敵陰陽師から目を放すな!」

『おおおおおっ!!!!』

敵の右翼に突入した俺達の前後左右に、土の壁が立ちはだかる。

「ぶつかる!!」

「大丈夫!このまま突っ込んで!」
悲鳴を上げる皆を、白が叱咤する。

白の結界ごと土の壁を突き破った先には、陰陽師達を従えた宇都宮有房 うつのみやありふさの本陣が立ち塞がった。

鎧兜のただ中にあって、狩衣姿の陰陽師は異質だ。
まあ服装で言うなら、灰色の乗馬服を着た俺達6人のほうがもっと異質なのだろうが。

「近接戦闘だ!全員下馬せよ!置き盾構え!紅と黒は敵陰陽師を始末してくれ!」

「おうよ!任せろ!」

紅と黒が敵陣に肉薄する隙に、こちらも置き盾で即席の陣を形成し、敵本陣ににじり寄る。
後方や側方に回り込もうとする敵は、白の指揮で射手が仕留める。

本陣に突入した紅と黒が、敵陰陽師10人を次々と斬り飛ばしていく。

「よし、本陣に突入する。足軽達も遅れるなよ!槍構え!進め!!」

武士達の戦いと言えば、名乗りを上げての一騎打ちを連想するかもしれない。
だが実際は意外なほどシステマティックな集団戦を行う。
まず弓矢による遠距離攻撃に始まり、双方の距離が縮まれば、置き盾で構築された戦列の隙間を抉じ開ける。
連列が崩れれば、足軽を伴った武士が飛び込み、敵の戦列を崩していく。
もっと後代に成立した剣術のような、洗練された刀捌きではない。
肩に担いだ刀ごと相手にぶつかり、ひっくり返った所に止めを刺すような戦い方だ。
足軽達は主人の予備の武器を携行し、あるいは倒れた雑兵に止めを刺し、主人がひっくり返った際には助け起こすのが役目だ。

本陣に突入した佐伯太郎、赤松孝利、涌井利次の初陣3人も獅子奮迅の戦いを見せる。
負けじと佐伯次郎、大友能次の二人も暴れまわっている。
そんな若武者のサポートをする桜は、小夜の遠距離支援も受けながら、よく若武者達を御している。

「やれやれ……儂らの出る幕がないな……」

「全くでござる。何やら引率にきた気分ですな。そらっ!」

戦列の後方にある置き盾の裏で控えている涌井利長や大内義孝が、ぼやきながらも弓矢で支援している。

太陽が中天に差し掛かる頃には、本陣で抵抗する者はいなくなり、残りは宇都宮有房と数名の手勢のみとなった。
さっさと脱出しようにも、後方に回り込んだ紅と黒が退路を遮断し、それでも進もうとすると白が狙撃するといった具合で、その場から動けなくなっていたのだ。

「太郎、任せる」

太郎に声を掛ける。太郎は今回が初陣、しかも名乗りを変える大事な初陣だ。
ここまで来て討ち取られることもないだろうし、危なくなれば桜や俺達が割って入る。
太郎は肩で息をしながら皆に一礼すると、足軽から槍を受け取り、有房に向き合った。

「宗像勢が一人、佐伯家当主の佐伯太郎である。いざ尋常に勝負!」

「太郎……太郎だと!幼名風情がこの有房の前に立つかっ!」

有房は刀を右肩に乗せたまま姿勢を下げ、兜と前に突っ込んできた。
体重の乗った突進。まともにぶつかれば体重に劣る太郎に勝ち目はない。
まともにぶつかればな。

太郎は有房の右側面に槍を叩きつけ、その反動を利用して側方に飛びながら一回転し、槍の石突きを有房の首筋に突き込んだ。

一瞬の間を置いて、有房が崩れ落ちる。

太郎配下の足軽達が有房に駆け寄り、兜を外す。

太郎が有房に跨り、有房の肩を膝で押し付けながら髷を掴んで頭を持ち上げ、腰の小太刀を抜く。

その姿を見て、小夜が俺の手を握りながら目を閉じた。

太郎が小太刀を振るい、有房の首を掻き切った。


立ち上がった太郎が、有房の首を掲げて勝ち名乗りを上げる。

「宇都宮有房の首、佐伯太郎が討ち取ったり!!」

「よくやった!皆、勝ち鬨どきを上げよ!えいえい!」

『おー!!!!」

別動隊から始まった勝ち鬨は、宗像勢が攻めていた右翼に伝わり、本隊中央部と左翼にも伝播した。

勝ち鬨に追われるように、生き残った宇都宮勢は散り散りに北東方面へと落ちていった。
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