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春が来た
145.筑前国の子供達を迎え入れる
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桜と太郎に春がやってきた。
二人がどのように惹かれあっていったのか、それこそ別の機会にじっくり語ってもらう必要があるとして、実は俺達には時間的な余裕が全くない。
3月、弥生の月の中頃には少弐家からの人質がやってくる。
しまったな……田植えが終わる頃を指定すればよかっただろうか。しかしあまり猶予を与えるのも甘い話だ。
何にせよ、少弐家からの若い人質が2人、体裁を取り繕うために他にも何人かが人質としてやってくる。
それが数人の規模なら、今の子供達の家で吸収できる。
だが10人とか20人になれば、新しく家を建てる必要があるだろう。
家人達を迎えに行った名越家一門も、ちらほらと戻ってきている。
名越家の入植地の取り纏めは名越元章に一任しているから、一人ひとり面談などはしていない。
ただ田畑の実りが収穫できるようになるまでは、ある程度の食料支援は必要だ。
そんなこんなで、桜と太郎の婚儀の準備などは全て佐伯家と宗像家に任せることにした。
まあ、単に忙しいからだけではなく、白や黒に任せると、ウェディングドレスにブーケなど準備しかねないという理由もあったのだが。全く……どこで情報を仕入れてくるのやら。
そんな弥生の月も後半に差し掛かった頃、人質達を連れた一行が牛車と騎馬で到着した。
引率してきたのは弥太郎。行商人として筑前国と筑豊国を巡っている博多の乱波だ。
牛車の中から、見慣れた禿頭の爺さんが顔を出した。
「よおタケル!お主らに預ける子達を連れてきたぞい。やれやれようやく来れたわい。ほれ、早よ手を貸さんか!」
全く……呼んでもないのに人使いの荒い爺さんだ。
弥太郎がそんな爺さんを見て苦笑いしている。
「うわあ……三善のジジイも来たのか」
紅の呟きは、これまでの経緯を知っている式神達の総意だろう。
「お爺さん!お久しぶりです!お元気でしたか?」
そう言って爺さんの手を取って、牛車から降りる手助けをしたのは小夜だった。
「おお!あん時の女子か!すっかり大きくなったのう!いや元気そうで何よりじゃ!」
爺さんも小夜の事を覚えていたらしい。
「感動の再会は後にしてじゃ。とりあえず子供らを引き渡すぞい。引き渡しが終わるまでは儂の責任だからのう」
そう言いながら、爺さんは牛車の中から子供を数人降ろした。
「ほれ!挨拶せんかチビども」
この子供らの誰かは少弐家現当主の孫の筈だが、爺さんはそんな事を気にするそぶりもない。
まあ普段からこういう接し方をしているのだろう。
牛車から降りたのは総勢5名。概ね10歳前後に見えるが、一人だけまだ幼児と思しき子供がいる。
その子供達の服装を見て、里の子供達がギョッとした顔をする。青と黒も顔を顰めている。
牛車から降りた子供達が着ていたのは、麻布の貫頭衣だった。小夜が倒れていた時に、あるいは小野谷の子供達が着ていたのと同じ服だ。違うと言えば、まだ服が新しいことと、着ている当人達が着慣れた雰囲気ではないことぐらいか。
「弥太郎。少弐家の直系の子供達は、いつもこの様な服を着ているのか?」
思わず弥太郎に問いかける。詰問調になってしまうのも仕方ないだろう。俺が小野谷や大隈から子供達を迎え入れた時に最初に準備したのは、暖かい食事と清潔な服だった。服の満足度は人間が文化的で健康な生活を営むには重要なファクターなのだ。
「斎藤殿。この子供達の服には少々事情がありまして……」
弥太郎が申し訳なさそうに頭を下げる。
「爺さん。またお前の差し金か?」
矛先を向けられた三善の爺さんが頭かぶりを振る。
「儂じゃない。資能じゃ。どうせ人質なのだから、着飾っても仕方ないというてな。奥方達は“こんな奴婢のような服で送り出すなど以ての外”と泣いておったがの。しかし子等には辛い思いをさせたものじゃ」
やれやれ。この世界の人質というものがどういう扱いをされるのか知らないが、少なくとも奴隷のように扱う気はないのだが。むしろ実習生と同じ扱いとカリキュラムで教育し、近隣諸国の次世代以降がこの里へ牙を剥くことがないようにすることが目的だ。
「青、黒。この子達の自己紹介は後回しだ。まずは風呂に入れて、何か服を着せてやってくれ。着慣れた狩衣のようなものがあればいいのだが、間に合わなければ平太や棗達と同じもので構わない。小夜と椿は青と黒の手伝い。ついでに健康状態のチェックだ。エステルと梅は食事の準備を。手隙の子達は宿泊所の支度を整えてくれ」
『了解!』
その日の夕食には、筑前国の子供達も間に合った。
結局、子供達の服装はフード付きの厚手のシャツやワンピースなど簡単なものになったようだ。ただし色とりどりになっている。
どうやら黒の試作品の内、里の子供達に不評だった服を放出したらしい。
夕食の前に女の子の家に勢ぞろいした里の子供達と筑前国の子供達、それに式神達と三善の爺さん、弥太郎を加えた面々による顔合わせを行う。
いつもは特に席順など決まっていないが、今日は梅と椿の号令でビシッと席順が決められていた。
上座には俺と俺の右に青、左に小夜、小夜の左に白と黒、青の右に紅の6人が並ぶ。
上座から見て右手側、縁側を背にする位置に、梅を筆頭に子供達が座り、まだ小さな柚子や八重は一列下がった場所でエステルが面倒を見ている。
上座から見て左手側には、三善の爺さんを筆頭に筑前国の子供達が並び、末席は弥太郎だった。これは別に弥太郎が最も身分が低いというわけではなく、単に最も幼い子が弥太郎に懐いているからという理由らしい。
「では、これより双方の顔合わせを行わせていただきます」
梅の厳かな声で、顔合わせが始まった。
「まずは私から。梅と申します。里の子供の総代を務めさせていただいております」
「なあ、梅ってあんなキャラだったか?」
俺は傍に座る小夜に耳打ちする。
「梅ちゃん緊張してるの!タケルさんの出番は最後だから、黙って聞いてて!」
小夜に耳を引っ張られながら叱られた。ここはしばらく大人しくしておこう。
「儂は三善忠行である。筑前の子供達の受け入れ、感謝致す。願わくばこの子らが健やかに過ごせるよう、何卒ご配慮のほどよろしくお願い申し上げる」
今度は三善の爺さんが胡座のまま両手を床に付き、深々と頭を下げた。
「承知した。では端から順に名と生まれを述べよ」
梅はまだ口調を変える気はないらしい。
三善の爺さんの隣に座る男の子が口を開いた。
「少弐経資が長男、藍丸にございます!齢七つです!」
「大友能次が弟、六郎にございます。齢十二となります。よろしくお願いいたします」
ああ。御牧郡では共に奮戦した大友の弟か。能次本人が来たがっていたが、とりあえず弟を派遣したというところか。
「馬場頼興の息子、三郎にございます。齢九つです」
「平井頼兼の三女、キヌにございます。齢十一でございます」
「少弐経資が長女、ミヨです!五つです!」
しかしこの世界の命名法は慣れない。7~8歳までは割と適当な名前で呼び、男子なら10歳になる頃までに長男から順に家督継承順に太郎や次郎といった名前を付ける。
15歳を過ぎて成人すれば、ちゃんとした名前を名乗らせる。
とまあこれは男子の場合だ。
これが女子だと、もっといい加減に自然現象や野生動物の名前を付けることが多いらしい 。
しかし今のところ名前がカブることが無くて助かる。
「皆、遠路はるばるご苦労だった。少弐家からはどんな説明を受けたかは知らぬが、五名を実習生として受け入れる。この里では武家だ百姓だといった家柄は何の意味もない。日々の食事を得るために田畑を拓き、明日の自分達のために知恵を学ぶ。陰陽術や武芸の修練も行う。全ては自分と自分達を守り、栄える力を身につけるためだ。まずはそれを肝に銘じよ」
五名の新しい実習生と、里の子供達が一斉に頭を下げる。
「堅い話はこれぐらいにして、まずは飯だ。飯を食いながら、里の子供達を紹介しよう。爺さんと弥太郎は酒のほうがいいか?」
俺の呼びかけで椿達が一斉に盆を運んでくる。
「酒か!お主らの作る酒は格別だと弥太郎からも氏盛からも聞いておるぞ!楽しみだわい!」
こうして、子供達のお披露目を兼ねた酒宴が始まった。
二人がどのように惹かれあっていったのか、それこそ別の機会にじっくり語ってもらう必要があるとして、実は俺達には時間的な余裕が全くない。
3月、弥生の月の中頃には少弐家からの人質がやってくる。
しまったな……田植えが終わる頃を指定すればよかっただろうか。しかしあまり猶予を与えるのも甘い話だ。
何にせよ、少弐家からの若い人質が2人、体裁を取り繕うために他にも何人かが人質としてやってくる。
それが数人の規模なら、今の子供達の家で吸収できる。
だが10人とか20人になれば、新しく家を建てる必要があるだろう。
家人達を迎えに行った名越家一門も、ちらほらと戻ってきている。
名越家の入植地の取り纏めは名越元章に一任しているから、一人ひとり面談などはしていない。
ただ田畑の実りが収穫できるようになるまでは、ある程度の食料支援は必要だ。
そんなこんなで、桜と太郎の婚儀の準備などは全て佐伯家と宗像家に任せることにした。
まあ、単に忙しいからだけではなく、白や黒に任せると、ウェディングドレスにブーケなど準備しかねないという理由もあったのだが。全く……どこで情報を仕入れてくるのやら。
そんな弥生の月も後半に差し掛かった頃、人質達を連れた一行が牛車と騎馬で到着した。
引率してきたのは弥太郎。行商人として筑前国と筑豊国を巡っている博多の乱波だ。
牛車の中から、見慣れた禿頭の爺さんが顔を出した。
「よおタケル!お主らに預ける子達を連れてきたぞい。やれやれようやく来れたわい。ほれ、早よ手を貸さんか!」
全く……呼んでもないのに人使いの荒い爺さんだ。
弥太郎がそんな爺さんを見て苦笑いしている。
「うわあ……三善のジジイも来たのか」
紅の呟きは、これまでの経緯を知っている式神達の総意だろう。
「お爺さん!お久しぶりです!お元気でしたか?」
そう言って爺さんの手を取って、牛車から降りる手助けをしたのは小夜だった。
「おお!あん時の女子か!すっかり大きくなったのう!いや元気そうで何よりじゃ!」
爺さんも小夜の事を覚えていたらしい。
「感動の再会は後にしてじゃ。とりあえず子供らを引き渡すぞい。引き渡しが終わるまでは儂の責任だからのう」
そう言いながら、爺さんは牛車の中から子供を数人降ろした。
「ほれ!挨拶せんかチビども」
この子供らの誰かは少弐家現当主の孫の筈だが、爺さんはそんな事を気にするそぶりもない。
まあ普段からこういう接し方をしているのだろう。
牛車から降りたのは総勢5名。概ね10歳前後に見えるが、一人だけまだ幼児と思しき子供がいる。
その子供達の服装を見て、里の子供達がギョッとした顔をする。青と黒も顔を顰めている。
牛車から降りた子供達が着ていたのは、麻布の貫頭衣だった。小夜が倒れていた時に、あるいは小野谷の子供達が着ていたのと同じ服だ。違うと言えば、まだ服が新しいことと、着ている当人達が着慣れた雰囲気ではないことぐらいか。
「弥太郎。少弐家の直系の子供達は、いつもこの様な服を着ているのか?」
思わず弥太郎に問いかける。詰問調になってしまうのも仕方ないだろう。俺が小野谷や大隈から子供達を迎え入れた時に最初に準備したのは、暖かい食事と清潔な服だった。服の満足度は人間が文化的で健康な生活を営むには重要なファクターなのだ。
「斎藤殿。この子供達の服には少々事情がありまして……」
弥太郎が申し訳なさそうに頭を下げる。
「爺さん。またお前の差し金か?」
矛先を向けられた三善の爺さんが頭かぶりを振る。
「儂じゃない。資能じゃ。どうせ人質なのだから、着飾っても仕方ないというてな。奥方達は“こんな奴婢のような服で送り出すなど以ての外”と泣いておったがの。しかし子等には辛い思いをさせたものじゃ」
やれやれ。この世界の人質というものがどういう扱いをされるのか知らないが、少なくとも奴隷のように扱う気はないのだが。むしろ実習生と同じ扱いとカリキュラムで教育し、近隣諸国の次世代以降がこの里へ牙を剥くことがないようにすることが目的だ。
「青、黒。この子達の自己紹介は後回しだ。まずは風呂に入れて、何か服を着せてやってくれ。着慣れた狩衣のようなものがあればいいのだが、間に合わなければ平太や棗達と同じもので構わない。小夜と椿は青と黒の手伝い。ついでに健康状態のチェックだ。エステルと梅は食事の準備を。手隙の子達は宿泊所の支度を整えてくれ」
『了解!』
その日の夕食には、筑前国の子供達も間に合った。
結局、子供達の服装はフード付きの厚手のシャツやワンピースなど簡単なものになったようだ。ただし色とりどりになっている。
どうやら黒の試作品の内、里の子供達に不評だった服を放出したらしい。
夕食の前に女の子の家に勢ぞろいした里の子供達と筑前国の子供達、それに式神達と三善の爺さん、弥太郎を加えた面々による顔合わせを行う。
いつもは特に席順など決まっていないが、今日は梅と椿の号令でビシッと席順が決められていた。
上座には俺と俺の右に青、左に小夜、小夜の左に白と黒、青の右に紅の6人が並ぶ。
上座から見て右手側、縁側を背にする位置に、梅を筆頭に子供達が座り、まだ小さな柚子や八重は一列下がった場所でエステルが面倒を見ている。
上座から見て左手側には、三善の爺さんを筆頭に筑前国の子供達が並び、末席は弥太郎だった。これは別に弥太郎が最も身分が低いというわけではなく、単に最も幼い子が弥太郎に懐いているからという理由らしい。
「では、これより双方の顔合わせを行わせていただきます」
梅の厳かな声で、顔合わせが始まった。
「まずは私から。梅と申します。里の子供の総代を務めさせていただいております」
「なあ、梅ってあんなキャラだったか?」
俺は傍に座る小夜に耳打ちする。
「梅ちゃん緊張してるの!タケルさんの出番は最後だから、黙って聞いてて!」
小夜に耳を引っ張られながら叱られた。ここはしばらく大人しくしておこう。
「儂は三善忠行である。筑前の子供達の受け入れ、感謝致す。願わくばこの子らが健やかに過ごせるよう、何卒ご配慮のほどよろしくお願い申し上げる」
今度は三善の爺さんが胡座のまま両手を床に付き、深々と頭を下げた。
「承知した。では端から順に名と生まれを述べよ」
梅はまだ口調を変える気はないらしい。
三善の爺さんの隣に座る男の子が口を開いた。
「少弐経資が長男、藍丸にございます!齢七つです!」
「大友能次が弟、六郎にございます。齢十二となります。よろしくお願いいたします」
ああ。御牧郡では共に奮戦した大友の弟か。能次本人が来たがっていたが、とりあえず弟を派遣したというところか。
「馬場頼興の息子、三郎にございます。齢九つです」
「平井頼兼の三女、キヌにございます。齢十一でございます」
「少弐経資が長女、ミヨです!五つです!」
しかしこの世界の命名法は慣れない。7~8歳までは割と適当な名前で呼び、男子なら10歳になる頃までに長男から順に家督継承順に太郎や次郎といった名前を付ける。
15歳を過ぎて成人すれば、ちゃんとした名前を名乗らせる。
とまあこれは男子の場合だ。
これが女子だと、もっといい加減に自然現象や野生動物の名前を付けることが多いらしい 。
しかし今のところ名前がカブることが無くて助かる。
「皆、遠路はるばるご苦労だった。少弐家からはどんな説明を受けたかは知らぬが、五名を実習生として受け入れる。この里では武家だ百姓だといった家柄は何の意味もない。日々の食事を得るために田畑を拓き、明日の自分達のために知恵を学ぶ。陰陽術や武芸の修練も行う。全ては自分と自分達を守り、栄える力を身につけるためだ。まずはそれを肝に銘じよ」
五名の新しい実習生と、里の子供達が一斉に頭を下げる。
「堅い話はこれぐらいにして、まずは飯だ。飯を食いながら、里の子供達を紹介しよう。爺さんと弥太郎は酒のほうがいいか?」
俺の呼びかけで椿達が一斉に盆を運んでくる。
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