君を想う

ゆっけ

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婚約者編

ⅩⅨ

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 視線をさ迷わせるジルベルトは侍女を見た。しかし、彼女は目を合わせてくれない。無表情だ。涙目で意を決してヴァレンティーナの頬に触れるか触れないかのキスをする。

「ん?」

 小首を傾げるヴァレンティーナ。これでは、駄目なのだろうかと、もう一度試す。今度は、しっかりとヴァレンティーナの柔かな頬に唇を落とす。

「んん?」

 また小首を傾げるヴァレンティーナ。ジルベルトも小首をヴァレンティーナが傾げている方に倒す。何処かで「ぶほっ」と聞こえたが気のせいだろうか。

「ジル」

「なんですか?」

「別れの挨拶は唇にして欲しいのだけどね」

「唇ですか!?」

 それでも目を閉じたままのヴァレンティーナに顔が真っ赤なままのジルベルトは、彼女の顎を持ち、目蓋を伏せて唇へと自分の唇を近付けた瞬間、

「んんっ!!!」

 ヴァレンティーナが後頭部と腰を手で押さえてジルベルトの唇を奪った。押し退けようとするが何故か身体強化したヴァレンティーナには敵わなかった。
 深く口づけされ、そろそろ酸欠になりそうな頃にやっと解放された。

「…ティーナ」

「ふふ。ジルベルトの唇は甘いね。ご馳走さま」

 ペロリと舌舐めずりしたヴァレンティーナ。先程まで触れていた柔らかな感触が思い出されて、また赤面するジルベルト。
 侍女は、それを無表情で見守る……静かに鼻血を垂らしながら。

「…!今度こそ、帰ります!!」

「またね」

 ふらつく背中が見えなくなるまで見守り、部屋へと戻った。
 すると、部屋の中に榛色の瞳と長い茶色の髪をポニーテールにした少女が立っていた。

「やあ、イオリ」

「主様、お久し振りです」

「そうだね。で、どんな具合だい?」

「はい、彼奴は隣国に入国し、近くの村で暮らし始めました」

 実は、ライラには監視としてヴァレンティーナの私兵が張り付いている。それの定期報告の為、彼女は戻ってきたのだ。

「それだけかい?」

「いえ、『天からの御遣い』と名乗り、村に来た兵士と町へ同行しました」

「予想通りの動きだね」

「はっ」

「ところで、報告なら念話で良いんだよ?」

「主様の麗しい御顔が見たかったので」

「…一人にされる彼が、不憫だね」

 何故か、イオリはヴァレンティーナの事を異常な程に敬愛していた。任務で各国を飛び交っているが少しでも時間を見つけてはヴァレンティーナの顔を見に来る。

「何かあれば念話で良いからね。引き続き宜しくね」

「御意!それと、これが報告書です」

 恭しく報告書をヴァレンティーナに渡すと一歩下がり、ヴァレンティーナが報告書に目を落とし、視線を元に戻すとイオリは消えていた。
 ヴァレンティーナは疲れたようにソファに体を沈み込ませると、天井をぼんやり見てから先程イオリから渡された報告書に目を通す。そこにはキッチリとした文字でライラの行動が書き込まれていた。

「彼らしいね」

 晩餐までの間に事細かく書かれていた報告書を侍女が呼びに来るまで読んでいた。その日は、お風呂に入った後は、細々とした雑務を熟して就寝した。
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