灰と麦と夜明けのパン

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第7話

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夜明け前、灰色の空気に包まれた工房に、かすかな湯気が立っていた。

「……今日は、ちょっと変わったの、作ってみようと思う。」

「また実験パン?」

ティナが目を細める。

「レノにも食べてもらいたい。腹もちがよくて、携帯できて……ちょっとだけ甘いヤツ。」

「……うん。じゃあ、手伝う。」

小麦粉を篩にかけながら、レノが尋ねてくる。

「名前は?」

「“夜風のかりかりパン”。」

その瞬間、ティナがふっと笑った。
素直な、柔らかい笑いだった。

「月みたいな形にしよ。三日月。ね、いいでしょ?」

材料はすべて、これまで蓄えた“余り物”。
ぶどう酵母はやっと安定し、ハチミツはティナが小さな祭壇の残り物を分けてもらってきた。粗塩はレノの秘密の“交易物”。
そして、焼き色を出すための“灰水”は、前回の焚き火から慎重に抽出したものだった。

「この生地、少し空気を含ませたい」

「また変なこと言ってる。」

「いや、ほんとに。」

俺は手早く丸めた生地を細長く成形し、そっと両端を内側に折り曲げた。成形は三日月型。中にわずかな空洞ができるように、生地を重ねすぎず、巻きすぎず。

「ハケなんてないから、布でいいか。」

灰水を浸した布を使い、生地の表面をさっと撫でた。

「うまく焼けるといいな……。」

石窯に火を入れる。
レノが薪を慎重にくべ、ティナが煙の流れを見張る。
火の匂いに、パンと希望が混ざっていく。

――そして三十分後。

「……焼けた。」

焦げ目の浮いた皮は、見事にカリカリに仕上がっていた。
小さな三日月が並んだ木の板は、どこか儀式の供え物のようにも見えた。

「いただきます。」

最初に齧ったのは、レノだった。

「……これ、やばいな。皮が音を立てて砕ける。なのに、中が……ほんのり甘い。ふわって、する。」

ティナもそっと一口。

「……やだ、これ、うますぎて……だめ。」

「え、だめ?」

「だってまた、広まっちゃうじゃん、絶対これ。」

俺は笑いながら、三人分の“試作”を慎重に包んだ。

「でも、これは……必要な人に、届けたい。」

夜風のかりかりパン。最初の一歩は、三人だけの贅沢だった。

だが、この味が、また街のどこかへ届く日も、遠くない。
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