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第40話
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その子は、“焼き手”のなかでも特別だった。
名はカリナ。
目が鋭く、口数は少ない。
けれど、火を見つめるときだけは、誰よりも饒舌だった。
「この焼き色……相手は迷ってる。」
「ちょっとだけ甘さを下げて、でも形を崩さないで……“揺れる心”を焼き出す。」
政務厨房の大人たちは最初、笑っていた。
が、交渉のたびに的確なパンを焼き出すカリナに、次第に頭を下げるようになった。
“火加減の天才”
“口ではなく匂いで空気を読む少女”
そう呼ばれた彼女に、ある日、難題がやってきた。
「カリナ、お前の次の任地は“風雲の王宮”だ。」
その国には、ひとりの宰相がいた。
――言葉を飾らず、飾ったかと思えば裏があり、沈黙が笑いか怒りか分からない。
政では“読めぬ者”として名高く、火外交においても“最大の難敵”と噂されていた。
「パンの焼き目で心が読める?はて、わしの心はどこにあるのやらな。」
その初対面。
宰相はカリナを上から下まで眺め、にやりと笑った。
「さて、嬢ちゃん。わしの“気配”を読み取れるかな?」
カリナは言葉もなく、ただうなずいた。
厨房に入るとすぐに窯を確認し、生地に指を通す。
「……なるほど」
小麦に火が通る寸前、彼女は一瞬、目を閉じた。
次の瞬間、ぱちん、と火が跳ねた。
焼き上げたのは、形の歪な半月パン。
甘さは限界まで抑え、焦げ目は一点だけ濃い――それも、パンの端。
通常なら“失敗作”とされるもの。
「ほう……?」
宰相は眉を上げた。
そのパンを一口。
二口。
……そして、声を出して笑った。
「やられたな」
「わしが“どちらにも転ぶ”と読んだのか?いや、“どちらにも転ばない”と見たな?」
「この焦げ、ふざけて見えて――見事に“読まれた”よ。これは、“宰相、言葉を出せ”という焼き方だ。」
カリナは無言のまま、深く一礼した。
その日から、宰相は彼女のことをこう呼ぶようになった。
「わしの“焼き師”だ。」
以来、重要な会談の前には必ず、カリナが呼ばれた。
焼き上げたパンの甘味と焼き色は、宰相の一言目を決める“鐘”のような存在となった。
「……この香り、随分と“柔らかい”ではないか。我が方の姿勢も、和らげよう。」
あるとき、他国の使者が驚いて聞いた。
「宰相、パンで政を……?」
「違う。“政”が火を見てるのだよ。そちらも焼いてみたらどうかな?」
宰相は笑いながら、カリナの焼いたパンを半分に割った。
その香りは、まるで“敵をも焦がさぬ火”だった。
名はカリナ。
目が鋭く、口数は少ない。
けれど、火を見つめるときだけは、誰よりも饒舌だった。
「この焼き色……相手は迷ってる。」
「ちょっとだけ甘さを下げて、でも形を崩さないで……“揺れる心”を焼き出す。」
政務厨房の大人たちは最初、笑っていた。
が、交渉のたびに的確なパンを焼き出すカリナに、次第に頭を下げるようになった。
“火加減の天才”
“口ではなく匂いで空気を読む少女”
そう呼ばれた彼女に、ある日、難題がやってきた。
「カリナ、お前の次の任地は“風雲の王宮”だ。」
その国には、ひとりの宰相がいた。
――言葉を飾らず、飾ったかと思えば裏があり、沈黙が笑いか怒りか分からない。
政では“読めぬ者”として名高く、火外交においても“最大の難敵”と噂されていた。
「パンの焼き目で心が読める?はて、わしの心はどこにあるのやらな。」
その初対面。
宰相はカリナを上から下まで眺め、にやりと笑った。
「さて、嬢ちゃん。わしの“気配”を読み取れるかな?」
カリナは言葉もなく、ただうなずいた。
厨房に入るとすぐに窯を確認し、生地に指を通す。
「……なるほど」
小麦に火が通る寸前、彼女は一瞬、目を閉じた。
次の瞬間、ぱちん、と火が跳ねた。
焼き上げたのは、形の歪な半月パン。
甘さは限界まで抑え、焦げ目は一点だけ濃い――それも、パンの端。
通常なら“失敗作”とされるもの。
「ほう……?」
宰相は眉を上げた。
そのパンを一口。
二口。
……そして、声を出して笑った。
「やられたな」
「わしが“どちらにも転ぶ”と読んだのか?いや、“どちらにも転ばない”と見たな?」
「この焦げ、ふざけて見えて――見事に“読まれた”よ。これは、“宰相、言葉を出せ”という焼き方だ。」
カリナは無言のまま、深く一礼した。
その日から、宰相は彼女のことをこう呼ぶようになった。
「わしの“焼き師”だ。」
以来、重要な会談の前には必ず、カリナが呼ばれた。
焼き上げたパンの甘味と焼き色は、宰相の一言目を決める“鐘”のような存在となった。
「……この香り、随分と“柔らかい”ではないか。我が方の姿勢も、和らげよう。」
あるとき、他国の使者が驚いて聞いた。
「宰相、パンで政を……?」
「違う。“政”が火を見てるのだよ。そちらも焼いてみたらどうかな?」
宰相は笑いながら、カリナの焼いたパンを半分に割った。
その香りは、まるで“敵をも焦がさぬ火”だった。
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