灰と麦と夜明けのパン

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第42話

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「これ……パンなの?」

ティナは、蒸気を含んだ柔らかな塊を手にとって首を傾げた。

それはユハから届いた“サラ”と呼ばれるものだった。

「焼いてない。けど、火は通ってる。蒸されてる、って感じだな。」

レノが慎重に裂いてみると、なかからふわりと甘い香りが立った。

麦の香り。塩と香辛料。少しの油。

「あ……でも、これ、なんか……“安心する”匂いだ。」

子供たちが順番に口にすると、皆が目を細めた。

「甘くないけど……やさしい。」

「パンっていうより、おくるみの中みたい……。」

その一言に、ティナが目を光らせた。

「……包む、ね。じゃあ、これを“包んで焼いてみたら”どうかしら。」

「包む……?」



実験はすぐに始まった。

サラのように“蒸された塊”の周囲を、夜風のパン生地でそっと包む。

内側には蒸気とやさしさ。外側には夜風の焼き色。

焼き時間、温度、厚み……何度も試した。

そしてついに、焼き上がったのは――

ひとくち噛むと、外は香ばしく、中はふんわりと湯気が立ちのぼる。

まるで、“火が抱きしめている”ような食感。

「これは……“包み火パン”だ!」

名づけたのは、子供たちだった。

やがてこのパンは、病人や老人、働き疲れた人々に重宝される。

「噛まずに食べられるのに、腹にしっかり残る。」

「冷めても柔らかい。懐に入れても壊れない。」

さらには旅人の携行食としても注目され、柔らかな布で包まれた状態のまま出荷されるようになる。

「これ、国を越えて伝わるぞ。」

マルクはそう言って、外の風を見上げた。

ユハの“サラ”は、夜風の火を通して“包み火パン”へ。

焼き手たちはそれを“焼くことで生まれる優しさ”の新たな形として、各地へ運び始めた。

そして、噂はまたひとつ、生まれた。

「このパンの中には、“焼いた人の記憶”がこもっているらしいよ。」

「食べるとね、胸の奥があったかくなるんだ。」

「それはきっと、火が“誰かを包もうとした”からなんだって。」
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