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9話

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レベッカの顔面にかけることを
避けれたのは、不幸中の幸いだった。

しかし、彼女が驚いて悲鳴を
上げることは免れなかった。

試合どころではなくなり、
近くで待機していた教師達が
煙の中へと入っていく。

彼らが目にしたのは、四つん這いで
床に吐き続けるジンと、
それにドン引きして腰を抜かした
レベッカだった。

その後、相手の視覚を奪い、
加えて目の前で嘔吐をしたジンの
戦略が極めて悪質だと
審判に判定され、ジン達は
失格となった。

しかし、それに抗議をしたのは、
ジン達ではなくレベッカだった。

自分は一度彼に降参したと。

けれど、審判はそれを認めなかった。

この次の対戦相手はあの
ソフィアが待ち構えている。

一番の目玉であるソフィア対レベッカの
対戦が見れないとあっては、生徒中、
いやこの大会を観戦していた全ての
者から反感を買うだろう。

それでも、レベッカは
四回戦に進まなかった。
自分は彼に負けたのだと、
その一点張りだった。

そして、最終的に今年の
魔法戦を優勝したのは、
前大会と同じくソフィアとなった。






「悪かった、アルナ」

魔法戦の後、目を覚ました
アルナにジンは謝罪した。

「ど、どうして謝るの?」

「俺はお前に覇者のバッチを
渡すことができなかった」

それにぽかんとアルナは口を開けた。

「え? そんな約束したっけ?」

「いや、してない。
だが、あれがあれば、
お前はもう他の奴等に
馬鹿にされずに済んだ」

「もしかして、この二週間、
一生懸命この魔法戦の特訓をしてたのは、
そのためだったの?」

魔法戦に出場が決まって二週間。
二人は昼休み、放課後、
そして朝の時間も
練習を重ね、作戦を練った。

アルナはどうしてここまで練習に
熱心だったのか不審に思っていたが、
その謎がようやく氷解した。

「ジン君って優しいんだね」

「は? 俺が優しい?」

そんなこと初めて言われた。

「私はこの魔法戦に一緒に
出てくれただけで嬉しかったんだよ。
怪我もしなかったし、すっごく
心強かった」

そう微笑んでアルナは言ったが、
視線が会場の方へ向くと同時に
表情が沈んでいった。

「でも......嫌だな......」

「負けたのがか?」

「そうじゃなくて、もう二人で
練習とかできないのが」

「どういうことだ。
あんなに魔法戦に出るのを
嫌がっていたのに。
また出たくなったのか?」

「違うよ。そうじゃなくて」

彼女はこちらに顔を向けた。
夕日で赤く染まったその顔を。

「ジン君と二人でいられる
時間がこれで少なくなっちゃうのが
悲しいなぁって。
もっと二人でいたいなぁって
思っただけ」

これはアルナにとっては、告白に
近かった。

しかし、それをジンが察することなど
できるはずもなく、

「何言ってるんだ。
大会がなくなっても、
委員会の仕事を二人でする
機会はいくらでもあるだろ」

ここで、俺もだよと
言えていれば、ジンに初めて
彼女ができたかもしれないのに。

そりゃこういう反応されるよなぁと
アルナは苦笑いしていた。

だが、ジンの言う通り、
二人でいられる時間はたくさんある。

焦る必要はないとアルナは
立ち上がった。

「帰ろ。明日も学校だ。
次は学園祭の準備もあるし、
忙しくなるよ」

アルナはいつものように笑って
そう言った。






その夜、ジンは先生に呼ばれた。

師匠から電話がかかっているらしい。

内容は容易に推測できる。

「ジン。お前やったな」

今日のことだろう。

「お前、あれほど私が出るなと
言った魔法戦に
出たらしいじゃないか」

「ああ、出た」

そのさっぱりとした物言いに、
師は動揺したようだった。
明らかにジンの様子が
変わっているのを感じ取る。

ただ単に、暴れたくて
出場したわけでは無さそうだと、
流石に気がついたようで、

「何故出た。お前は今まで一度も
私に逆らったことがないのに、
何がお前をそこまで
その大会に固執させた」

「知り合いを助けたいって思ったから」

「は、今なんて」

「アルナの力になりたいと
思ったから、だから出た」

師は信じられなかった。
あのジンから誰かを助けたいという
単語が飛び出てこようとは。

「そ、そうか......なら、まあいい」

思わず許してしまった。

「......これも成長したと
思っていいのかね......」

そう独り言を呟く。

「まあいいさ、そういう理由で
魔法を使ったのであれば、
今回は大目に見よう」

ジンはその言葉にほっと
胸を撫で下ろした。

「いい感じになっているようだな、
ジン。どうだ、そっちの生活は」

「退屈なときもある。
だが、確かに今まで経験したことない
感情に出会えるときがあった」

「ほう......素敵な言葉を
使うではないか。
いいことだ。
では、これからも頑張りたまえ」

「ああ。師匠も死ぬなよ」

「アホ言うな。
私が死ぬわけなかろうが」

そう笑って通信を切ろうとした
師から、

「あ! まてまてまて! 重要なことを
伝え忘れていた」

「重要なこと?」

「お前今Fランクのクラスに
いるんだったな?」

「そうだが」

「明日からクラスを変えてもらう」

「......は?」

「お前の明日からのクラスは
SSランクだ」

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