偽武神

I.G

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一話 帰還

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 この世には二種類の人間がいる。片方は「神人」と呼ばれ、体に属性を纏っている。もう片方は「武人」と呼ばれているが、至って普通の人間である。神人との違いは、皆白眼であること。しかし、武人は神人と「共の契り」を交わすことで、己の体に秘めた武器を神人の属性を纏った状態でこの世に体現できる。人は武人と神人が合わさったこの状態を「武神」と名付け、武神は、魔族と長い間戦ってきた。
 ただ、そんな彼らには神人と武人の間で子供を作ってはならないという掟が存在した。その理由は、赤ん坊が十中八九死亡するから。ところが、稀に運よく無事に生まれてくる子供もいる。人々は掟破りの意味も込めて、その子供達をこう呼んだ。
 「偽武神」と。





 ――もう二度と、ここに帰ってくることなどないと思っていた。
 馬車の荷台から、簾を外して外を眺める。右手には運河の支流が自分の向かう方と
は逆の南へと蛇行している。もう……そろそろか――と体を伸ばした直後、
「お兄さん、見えましたよ。都の防壁です」
 一颯は御者の声を聴いて荷台から身を乗り出した。
「直に着きますよ。学園に」
「そうですか……」
 我知らず、元気のない声でそう返していた。そして、御者の言葉通り、あっという
間に目的地に到着してしまった。
 『武神育成学園』
 とても一望できない程、巨大なレンガ造りの校舎の看板にその文字が刻まれている。
事前に得た情報では、この校舎の裏手にこれから自分が暮らす学生寮があり、
更に奥にはこの国の長である神王のお屋敷がある。
「こんなとこでこれから暮らすのか……」
 長旅で疲れた体を猫のように伸ばしながら、校舎の扉の前でそう呟いた。
 校舎の中に入ると、更にその憂鬱さは増した。首を巡らすだけで目に入る
高級そうな美術品、圧倒されて天を仰げば煌々と輝くシャンデリアが
一颯を待ち構えていた。だが、その華やかさとは裏腹に、校舎内は閑散としていた。
それもそのはず、今日、学園はお休みだと聞いている。幸運だった。
もしもここの学生にこの目を見られていたら、軽い騒ぎになっていたかもしれない。
 一颯は時計に目を移す。
「十時か……」
 あと二十分もすれば入学試験が始まる。
 ――行くか。







「もう! 信じらんない! なんであいつらここに来ないのよ!」
 汚れた窓ガラスから差し込む光に照らされ、塵がまるで雪のように視界を
漂っている。この汚らしい空き部屋で、セリファ・ラムドルはある二人と
密会をする予定だった。しかし、二人は来ない。時間が過ぎゆくにつれ、
セリファの怒りと焦りは増していく。
 もしや、場所を間違えただろうか。いいや、そんなはずはない。
「ここのはず……よね」
 誰にも知られてはならない。だから、何度も場所を変えて人気のない所で
密会をしてきた。けれど、それももうすぐ終わる。なぜなら近々、練りに
練った計画を実行に移すから。
「……今日は計画の最終確認をするはずなのに……」
 その時、扉の前で音がした。
 ここは空き部屋。誰も来るはずがない。もしも来る者がいるとすれば、それは……
「ちょっと遅いわよ!」
 安堵のため息をつき、セリファは扉を開けた。
「――っ!?」
 セリファはすぐさま飛び退いた。
 そこに立っていたのは、漆黒の黒髪と、白と黒の異なる色の目を持った青年だった。





 ――部屋を間違えたか……じゃなきゃ、ここに人がいるはずがないもんな。
 一颯は突然開いた扉をゆっくりと閉じた。
 ――けど珍しかったな、あの赤髪。
 入学試験を無事に合格し、自分の部屋番号を伝えられた一颯は、その番号を
頼りに自分の部屋の前へと足を運んだ。だが、その部屋の中から出てきたのは、
燃え盛る炎の色をした赤髪と、ツリ目の綺麗な顔をした女だった。両目とも
白眼であったため、武人で間違いないのだが、気になるのは髪の色だ。
この国に赤髪の人間はいない。赤い髪を持つのは隣国の赤炎国の民であり、
ということは、あの女は赤炎国の武人ということになる。
「なんで赤炎国の人間が……」
 いいや。そんなことはどうでもいい。まずは自分の部屋に行かなければ、
と一颯はもう一度部屋番号をメモした紙に目を通した。
 六〇一
「……」
 間違いなく、ここである。
 一颯は再び扉を開ける。するとそこには、窓から身を乗り出し、今にも
逃げようとするあの赤髪の女がいた。
「お、おい! お前誰だ!?」
「や、やばっ!」
 女は捕まってたまるかと窓から飛び降りる。
 ――おいここ六階だぞ!?
 一颯はすぐさま窓際に駆け寄り、目を落とした。しかし、
そこにあの赤髪の女の姿はない。
「どこ行った……?」
 しばらく辺りを見渡すも、どこにも彼女は見当たらなかった。それもそのはず、
赤髪の女は飛び降りたと見せかけ、念の為に開けておいた五階の空き部屋へと
飛び入ったのだから。
「なんだこれ?」
 大事な物を忘れて。
 一颯は部屋に置き忘れたそれを手に取る。一見、ただのハンカチのようにも
見える一枚の布をまじまじと観察する。しかし、これの正体が知りたいのは
山々だが、長旅に加えて、つい今しがた入学試験を終えたばかり。
流石にもう眠い。この布があの女の忘れ物なのはほぼ確実なのだから、
学園が始まった時にでも返そう。あの目立つ容姿ならすぐに見つかる。
ついでに、何故自分の部屋にいたのかも、その時問い詰めればいい。
 もう今日は寝よう。明日から新たな生活が始まる。きっと、
過酷な日々になるのは間違いない。
 なぜなら一颯は、偽武神なのだから。
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