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俺は可愛かった
しおりを挟む十年前、俺は天才子役と言われていた。
赤ちゃんモデルのオーディションで、一次選考に受かると、合格通知と一緒に表彰状が送られてくると知った俺の両親は「貰えれば良い記念になるだろう」と軽い気持ちで、赤ん坊の俺のプロフィールを芸能事務所へ送った。
リビングで撮影された俺の写真は書類選考を通過し、その後のカメラテストや事務所の役員との面談にも合格。産まれて数ヶ月で芸能事務所に籍を置くこととなった。
俺は決して、「赤ん坊」という生き物特有の可愛さから抜きん出ているというわけでは無かったと思う。天使みたいに顔が整った、俺よりも可愛らしい赤ん坊は探せばいくらでもいる。
じゃあ、どうして売れっ子子役になれたのかというと、とにかく俺はカメラや撮影スタジオとの相性が抜群だった。
大勢のスタッフに囲まれようが、撮影のために知らない大人に抱かれようが決して泣かない。スケジュールが長引いてしまった時も、ぐずることもなくニコニコしている俺は重宝された。
「だいすき! おかわりちょーだい?」
初めて出演した麦茶のコマーシャルでは、汗だくになった幼児の俺がコップいっぱいの麦茶を飲み干し、舌足らずな喋り方をしただけで、「可愛すぎる!」と日本中で話題になった。
おむつのパッケージ、子育て雑誌や子供服ブランドのモデル、ドラマ、CMと経験を積むごとに、小さかった俺はあらゆることをぐんぐん吸収した。
一度指導を受ければ、泣く演技も、大人が求める可愛い無邪気な子供の演技も、すぐにモノに出来たし、台本は一度家で読んでしまえば、初めから終わりまで全て覚えられる。
運良く可愛らしく中性的な顔つきに成長したということもあって、物心がつく頃には「天才美少年子役」と紹介されるようになった。
ろくに学校も行けないくらい忙しい日々が続いたが、全く苦では無かった。事務所の社長や映画やドラマの撮影スタッフは俺のことをそれはそれは大切に扱い、「百年に一人の逸材だ」と褒めちぎり、俺はそれに喜びを感じていた。
そうして、月日が流れ、百年に一人の逸材だった天才子役は、誰にも気付かれないよう過去を隠して、ひっそりと生活をしている。
◆
両親以外の大人から初めて怒られたのは、大学生になって、家の近くのスーパーでアルバイトを開始した時だった。
「声が小さい」だとか「大事なことはメモを取りなさい」だとか、そういう基本的なことで社員から叱られた時に、俺は固まってしまった。
「ええ……、この人俺に怒ってる……」
反省するどころか、「どうしてこの人は、俺を叱るんだろう?」と引きすぎて、ロクに返事も出来なかったため、ますます怒られた。
中学生になるまでの俺は子役特有の愛嬌でどこへ行っても可愛がられた。
スタジオ入りしただけで、スタッフ全員が震え上がるような大御所女優も「お姉ちゃん」と懐いてくる俺に「度胸があるじゃん。気に入った」と目を細めていたし、多少生意気なことを言っても、叱るどころか大人達はどっとウケていた。「いいよ、そういうのもどんどん出していこう」とマネージャーからはたっぷり褒められた。
十歳前後で自分の顔の可愛さを充分理解していた俺は、「こんなに可愛い俺が生意気を言うと笑いになっちゃうのかあ……」と、ますます自信をつけ、芝居をすることと、大人からちやほやされることが大好きになった。
……残念ながら、中学に入学した辺りから、急激に身長が伸び、変声期が始まり、中性的な美少年だった面影はどこにも無くなってしまう。
ぱっちりとした大きな目は、目尻が上がって、可愛らしい雰囲気は消え失せた。顎もスッと伸びたせいでずいぶん男っぽい顔立ちになった。喉仏だって、ボコッと出ているし、手だってゴツゴツしている。
愛くるしさを失った俺は、子役から俳優への転換が上手くいかず苦しめられる事になる。可愛い子供時代のイメージから脱却することは難しく、仕事は激減。自分自身も「可愛くなくなってしまった」と自信を無くしてしまったため、とうとう芝居をすることが出来なくなってしまった。
中学の三年間は休業し、そうして、ひっそりと事務所を辞めた。「負けてたまるか」という根性も無い、才能が枯れ果てた俺を引き止める大人は誰もいなかった。
いつの間にか、俺のいた席には別の子役が座っていた。
「ねえ~……この弁当にも半額シールを貼ってよ」
「あっ、すみません……ごめんなさい……」
「早く!」と有無を言わさない女性の態度に、半額シールを貼るのは19時を過ぎてからなんです、それまでに、カゴいっぱいに弁当をキープしておくのはズルじゃあないんですか……とはとてもじゃないけど口には出来なかった。
今日もバイト先のスーパーで半額の弁当や生鮮食品を求めてやって来た客に揉みくちゃにされながら、「半額」と書かれた赤と黄色のシールを貼る。
どうやら俺の人生の絶頂期は10歳までだったようで、あの頃に明るさも自信も何もかもを置いてきてしまったみたいだ。
すっかり陰気でトロくなってしまった俺は、大学にもバイト先にも友達はいない。
誰にも俺が元子役だなんて知られたくなかった。落ちぶれてしまった俺を見ないで欲しい。
分厚いレンズの、フレームが大きな眼鏡をかけて素顔を隠していても、大学では「ねえねえ、あの人って……」と時々俺の方を見ながらヒソヒソと話をしたり、笑ったりする人もいる。
そんな時は恥ずかしくてとてもツライけど、両親だけは「負けるな」といつも言ってくれるから、自分のペースで大学での勉強も、スーパーでのアルバイトもひっそりと頑張れる。
◆
今日は遅すぎるという理由で、並んでいるお客さんから舌打ちされないようにしよう……とアルバイトを始めてから三ヶ月が経っても未だに慣れないレジの前でソワソワしていた。早く終わらないかな、とついつい何度も時計を見てしまうのがすっかり癖になってしまっている。
他にも空いているレジはあるのに、それは全部すっ飛ばして、一人の男の人が俺の所にやって来たのは21時過ぎのことだった。
「いらっしゃいませ」とボソボソ挨拶をしながら、サッカー台へ直にバラバラと並べられた商品を手早くスキャンしていく。
半額シールの付いたおにぎりが三個と、カップ焼きそばとカップヌードルのトムヤムクン味。大きさがバラバラのペットボトルも無ければ、汁気の多いお総菜も無い。良かった、袋詰めが難しくない……とホッとしてしまう。
カゴを使っていないということはフラッとやって来て、今夜食べるものだけを手に取ったんだろうなあ、と勝手に想像する。
「……ポイントカードはお持ちですかっ」
いつもこの言葉を言う時だけは声を張るようにしている。会計が全部済んだ後に「やっぱポイント付けて」と言われると、とてもとても面倒なことになってしまうからだ。
男の人は答えなかった。ただ、黙って俺の顔をじっと見ている。聞こえなかったのか、それともポイントカードを持っていないんだろうか。若い男の客は「煩わしい、面倒だ」という理由で、持っていてもカードを財布から出さないからな……と思っている時だった。
「……あまさわ そら、さん?」
久しぶりに呼ばれたその名前に、ゾッとして俺は後退りしそうになった。「天沢 空」は事務所の社長が付けた、子役時代の俺の芸名だ。
本名は「東野 空」だし、ちゃんとスーパーのシンボルマーク入りの名札にも「ひがしの」と平仮名で書いてある。どうしてバレたんだろう、嫌だ、嫌だ、と頭が真っ白になる。
「あ、あの……」
違います、と言ってレジ打ちを再開させなきゃ、と思いながら下を向いて固まっていると、「急に声なんかかけてすみません」と優しい声が降ってきた。
「覚えてないですか、俺、圭太です。長塚圭太。昔、朝のヒーローアクションもので一緒だった……」
「圭太お兄ちゃん!?」
ながつか けいた、という音に反応してガバッと顔を上げる。子供の頃と同じ言い方で、「圭太お兄ちゃん」と呼んだのに、その声からは子役時代の瑞々しさも透明感も、一切感じられなくて途端に恥ずかしくなる。
「ごめんなさい……。長塚さん、覚えてます……。あの頃は、お世話になりました」
「良かった。 てっきり、忘れられてるかと思って……。お久しぶりです」
ここで俺はようやく、圭太お兄ちゃんこと、長塚さんの顔をマトモに見た。……あの頃と変わらないのはちょっとだけ日焼けした肌だけだった。長かった髪はバッサリとカットされていて、険しくて鋭かった顔つきはずいぶん優しくなっている。
芸能界にいた時の名残なのか、長塚さんは俺のことを「空さん」と呼び、敬語を使った。
「……あっ、すみません。せっかく声をかけて貰ったのに、お話も出来なくて……」
次のお客さんが順番を待っている。あたふたしながら、長塚さんの会計を済ませていると「今日、何時に終わりますか」と顔を覗き込まれた。
「へ……!?」
「久しぶりに少し話がしたいんですけど、お願い出来ませんか」
「う、え、ええっ……!?」
あと一時間後だからきっとすごく待たせちゃうと思います、いいんですか、とは言えず、小さな声で「22時過ぎです」というのが精一杯だった。
「……その時間に、入り口の方で待ってます」
かつて、イケメンヒーロー、と呼ばれていた長塚さんは、俺と違って声も喋り方も落ち着いていた。やっぱりカッコいいな、俳優を辞めてしまったの、勿体無いな……とグレーのスウェットにダウンを羽織っただけの長塚さんの後ろ姿を眺めていたら、「あのー……」と次のお客さんから声をかけられて、「すみません、すみません」と何度も謝るハメになった。
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