ニンゲンミナライは成長中

サトー

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時間外

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「……君の仲間は俺を時間外に訪ねて来るのが、よっぽど好きみたいだな」

顔を真っ赤にして、息を切らしながらヒナタが連れてきてくれたのはキキョウ先生だった。
キキョウ先生は今日も身体が大きくて、肌が日焼けしていて、堂々としている。
上下とも濃い青色の服に、今日は白衣を羽織っていて、勤め先の病院からそのまま連れてこられたように見えた。

「別の姿で女の所へ行こうとしていたのを、無理やり捕まえてきたんだ!」とヒナタが大きな声で言うのを無視して、キキョウ先生はのそのそと俺の側に近寄ってきた。

「……お休みの日にすみません」

女の人と会う用事があったのに俺のせいでごめんなさい、とモジモジしながら謝っている間、キキョウ先生は俺の顔をじいっと見ていた。

「まあ、いいさ……。ちょうど俺も君に用があったから」
「キキョウ、早くアオイを見てやってくれよ!さっきまで、病院に行きたいって泣いてたんだ!
きっとよっぽど体の調子が悪いに違いないぞ!」

痛みに耐えられなくて涙を流していたんじゃなくて、自分の身体がどうなってしまうのかわからない不安でさっきは泣いてしまった。
ヒナタは優しいから、俺が起きているのも辛いほど痛くて苦しい思いをしているんじゃないかって、きっと心配している。

男なのに胸が膨れていることも、押すと痛いということも、俺にとって自分の力では解決できないような大変なことだ。
だけど、真っ青な顔をしながらも俺にぴったりと寄り添って離れようとしないヒナタを見ていると、「違うよ。全然、そういうことじゃないんだよ」と、なぜか誤解を解かないといけないような気持ちになってくる。

「あの、ヒナタ。ごめん、違う……俺は……」
「キキョウはどんな医者よりも腕がいいんだ!アオイのことも絶対に治してくれるからな!」
「うん……」

キキョウ先生は、落ち着け、とヒナタの肩をパシパシと大きな掌で何度も叩いた。
この前みたいに身体をあちこち調べられたりはしなかった。いきなり「実はな」とキキョウ先生から話が切り出される。

「……君の身体は、かなり複雑な治療が必要なんだ」
「えっ……」

キキョウ先生の口調は淡々としていて、冷静そのものだった。
どう見ても嘘や冗談を言っているようには見えない。ショックで言葉が出ない俺より数秒遅れてから、ヒナタが「わ、わわっ……!」と側でオロオロし始めた。


「なんだって……!?そんなに……そんなに悪いのか?」
「……数えきれない程の患者を切ってきた俺ですら、上手くいくかはわからない。
それぐらい難しい治療だ」

キキョウ先生の話を聞いているうちに、ヒナタの顔色はどんどん悪くなり、ほとんど吐きそうになっている。
その様子は俺よりもずっとずっと具合が悪そうだった。


「かなり集中しないと成功する確率はほぼゼロに近いだろう……。悪いが、ヒナタ、お前は帰ってくれないか?
ほんの少しの音でも、気が散って、手元が狂うからな」
「そ、そんな治療を、病院でもないここで、やるのか……?」
「…………俺ぐらい腕のいい医者になると、どこでだって患者を治すことは出来る。なにせ、物資も建物もない戦地に行っていたこともあるからな」
「わ、わかった……。
……アオイは、鶏に追い回されただけで泣きそうになるような怖がりなんだ。それに、それに、まだたった15歳だ……。
どうか、あまり痛い思いはさせないで治してやっておくれよ。兄さん、お願いだよ……」

自分のことでも無いのに、ヒナタは「兄さん」と泣きそうになりながら、キキョウ先生にすがり付くようにして、俺の治療のことを頼み込んでくれた。
その姿を見ていると、さっき泣いた時とは違う理由で、目と鼻の奥がツンと痛くなる。
目をゴシゴシ擦ってから、帰るのを躊躇しているヒナタに「大丈夫だよ」と伝えた。


「……彼もそう言ってるし、俺くらい腕のいい医者が集中すれば、きっと大丈夫だ。
ヒナタ、お前は、ほら穴を出てホタルを迎えに行ってきてくれ」
「……わかった!」



バタバタとヒナタが家を飛び出していくと、家は急に静かになる。
まだ何もしていないのに、なんだか一仕事を終えたような、そんな気持ちだった。
いつの間にか滲んでいた額の汗をそっと拭ってから顔を上げるとキキョウ先生と目が合った。

「……で?どこを診て欲しいんだ?俺は医者だ。患者の秘密は守る」
「…………む、胸が押すと痛いです……。それと、あの、どんどん膨れているんです……」

最初に勇気を出してハッキリと「胸が痛い」と言ったものの、どんどん恥ずかしくなってしまって、最後の方は、ほとんど聞き取れないような小さな声になってしまった。
キキョウ先生は、聞き返すこともしなければ、驚きもしなかった。
黒い皮の手帳を開いて、カリカリと何かを書き込んでいる。
「15歳、男、胸の膨れ」といったことを書いているのかもしれない。

「悪いがほんの少しの時間でいいから、服を上に捲ってくれ」
「…………はい」

こんなことになって身体を誰かに見せるのは、もちろん初めてだった。
見せてしまったら、これは気のせいなんかじゃなくて、俺の身体がおかしい、ということがいよいよ決定してしまうような気がして、怖い。

服の裾を両手で握りしめながら、自分の胸をもう一度よく見てみた。
ほんの少しポコっとしているくらいで、すごく大きく膨れているわけでもなければ、俺の身体全体が女の人のようになっているというわけでもない。
声変わりは進んでいるし、喉もなんだかゴツゴツして男っぽくなっている。
それなのに、どうしてなんだろう、と自分の胸を押してみたら、やっぱりそこだけ盛り上がっていた。

キキョウ先生はチラッと俺の方を一瞬見てから、ほんの少し指の腹で胸を押しただけで、すぐに「もういい」と服を下ろすことを許してくれた。

「……思春期の男の子供に起こる身体の変化の一つだ。病気じゃないし、特別珍しいことでもない」
「ほ、本当に……?」
「一年もしないうちに胸は元に戻るが、気になるなら、今すぐ治してやってもいい」
「お願いします……!」

成長に遅い早いがあるように「ホルモンバランスの乱れ」で、そういったことが起こったり起こらなかったりするのも、個人差があるのだとキキョウ先生は説明してくれた。




「あれ……?で、でも、俺の身体、すごく複雑な治療が必要なんですよね……?」

胸の膨らみは病気じゃない、と言われて、ほんの一瞬安心したけど、ヒナタがここから飛び出していく前にキキョウ先生から言われた、ショックな言葉が次々と頭を過った。
胸以外のどこかはやっぱり大変な病気を患っていると思うと、不安で堪らなくなる。

「……あれは半分嘘だ。付き添いの人間が側にいると、特に思春期の子供は自分の体のことについて正直に話したがらない。
診察室に入っても、恥ずかしがって何も教えてくれないこともあるからな」

……てっきり「なんでもっと早く言わなかった」と怒られるんじゃないかって心配していたのに、キキョウ先生は、「君もホタルやヒナタの前では言いにくいことだってあるだろ」と静かにいうだけだった。

初めてキキョウ先生に診て貰った日は、ホタルの前で胸のことを恥ずかしくて言えなかったから、素直に「はい」と返事をした。
キキョウ先生は、体の成長は笑われたり、からかいの対象にされたりしていいものじゃない、一人一人にとって大切なことなのだと俺に言い聞かせた。

「……成長して大人の身体に近付くことには、何も恥ずかしいことじゃない。それが人より早かったとしても遅かったとしてもだ」

……俺の成長はきっとすごく遅い方に入るのだろうけど、キキョウ先生は「ちゃんと大きくなってる」と俺の頭に手を置いた。
どっしりしていて、頼もしい大きな手は、触れて貰えるだけで「大丈夫なんだ」って、俺に感じさせる心地良い重みがあった。

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