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17.触れたい
「先に寝てろって言っただろ」
エリオは起きているけど、俺は最初の計画通りコソコソとベッドへ潜り込む。起きて待っていてくれたのか。そう思って舞い上がりそうになる心を静めるためだった。
「……疲れてるだろ。もう休んだ方がいい」
相変わらずエリオの背中は壁にぴったりとくっつているが、お互い向き合うようにして横になっているから、いつもより距離が近い。
「フィンともう少し話したかったから。フィンが疲れていて、すぐ眠ってしまうとしても、ちゃんと顔を見ておやすみって、言いたかったから……」
本当に? と興奮した声で聞き返したくなるのをなんとか堪えた。たとえ、エリオの言う話したいが、「友達とまだ楽しくお喋りがしたい」程度の気持ちだったとしても話している間は、今日という日はまだ終わらない。
「……なんだよ、まだ話したいって」
ダメだ、これじゃあすぐに気づかれてしまう、と顔が熱くなる。浮わついているのを隠そうとして、微かに声が震えていることに。
「うん……。フィンと一緒に山へ行けて、俺、本当に嬉しかったってことを伝えたくて」
「そうか。それならよかったよ」
「俺さ……、この町へ向かう船に乗る時、もう旅はやめて、故郷へ帰ろうかなって少しだけ迷ってたんだ。俺の父親は漁師だから、実家へ戻ってその後を継ごうかなって……」
「本当に?」
前向きで明るいエリオから弱音を聞くのは初めてだった。エリオの言葉を聞いて驚いてもいたが、それもそうだよなと俺は心のどこかで納得もしていた。
金儲けのことは考えていないエリオは常にギリギリの生活を続けていただろうし、言わないだけで、危険な場所では怖い思いだってしていただろう。クレアを探している、というエリオの思いはきっと嘘じゃない。でも、いくらクレアを探そうと、手がかり一つ見つからない、どこまで行っても終わりのない旅が続くだけだ。クレアはもうどこにもいないのだから。
「友達を探す、病気が治る薬を探すって大事な約束があったのに、俺は……」
「俺は旅をやめようと思ったエリオのことを悪いとは思わない。ずっと一人で旅を続けてきたんだろ? 誰だって辛いし、迷う気持ちになるのも普通のことだと、俺は思う……」
「……ありがとう」
励ましているようでいて、自分の胸をぐさぐさと突き刺すような行為だった。エリオを縛り付けているのは俺なのだと、自覚する度に泣きたくなる。俺にとっては唯一の希望だった約束が、エリオを苦しめている。
「でも、フィンと今日薬草を集めにいったでしょう? 病院の先生がすごく喜んでくれたのを見て、ああ、よかった、この笑顔が俺の大事な友達の約束とも繋がってるんじゃないかって、そう思えて俺まで元気をもらえたよ」
「……無理してるんじゃなくて?」
「ううん。本当だよ。……俺、冒険家になるって決めた時、俺もそれを許した俺の両親も、バカだっていろんな人から言われてたんだ。だから、早く立派になってその評判が俺の育った町まで届くようにって気持ちばかりが焦っていたのかも。……誰にも言えなかった、大事な友達を探してるなんて。でも、フィンは俺が旅を続けてる理由を聞いても俺を笑わなかったでしょう。それがすごく嬉しかった。ありがとう」
ぎゅっとエリオが投げ出した手のひらを握りしめている。話し終わった後でフッと短く息を吐く様子は、誰にも言えなかった思いをようやく吐き出せてホッとしているように見えた。
「来週、この辺りでしかとれない、紫水晶を洞窟へ探しに行くんだ。高く買ってくれるって約束があって……。ちゃんと成し遂げられたら、俺も自分の仕事ぶりに自信を持てそう」
「……大丈夫かよ。洞窟は危険だし、それに、その紫水晶を頼んだヤツは本当に信用出来る相手なのか?」
「うん。大丈夫だよ。洞窟については何度も下見に行ったし、その人もすごくいい人だから」
「それならいいけど……。時々、冒険家と依頼人の間で報酬のことで揉めたって話を聞くから。何か困ったことがあったらすぐ言え。あんまり、無理はするな」
うん、と素直に頷くエリオはいつもと変わらない。この笑顔や明るさの下に、いろいろな思いを一人で抱えていたんだろう。さっきだって、さらっと話しているようだったけれど、自分や自分を見守る両親までバカにされてエリオが傷ついていないわけがなかった。側にいても、クレアじゃない俺には何もしてやることが出来ない。
「……エリオはバカなんかじゃない。なあ、そんなことを言うヤツ等のことなんか気にするなよ」
気がついたらエリオの方へ手を伸ばしていた。ただ、誰にもそんなこと、言わせてたまるかと思っていた。手のひらでそっと触れたエリオの頬がさらっとしていて柔らかい。
「……ありがとう。フィンは優しいね。初めて会った時から、ずっと気にかけてくれていたの、俺、知ってたよ」
どうして? と聞かれていたら、きっと「エリオだから」と迷わず答えていた。俺の手が頬に触れているのに嫌がることもせずに、エリオが目を閉じる。
「他にこういうことをするヤツっている? 仲がいいヤツとか……」
今側にいるのがエリオじゃなくて女の子だったら「誰にでもこういうことすんの?」と囁いて、それで、首を横に振るその子を、彼女のついている小さな嘘ごと抱きしめていたのに。今まで息をするのと同じくらい簡単に出来ていたことが、エリオが相手だとギクシャクして上手くいかなくなる。
「……いない。誰も」
エリオが微かに首を横に振る。そういう相手がいないからと言って、俺が触れ続けてもいいという理由にはならない。それでも、エリオに触れていたかった。
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