俺が俺をなくしても

サトー

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19.紫水晶

◇◆◇

 友情、と言うにはいきすぎた事をしてしまったと思う。いくらエリオが恋を知らないとは言っても、「普通、ただの友達とここまで触れ合うんだろうか? 子供でもない、成人した男どうしが?」と思っていてもおかしくはない。隠している俺の気持ちに気づかれて、気持ちが悪い、怖いと思われてしまったら、きっとエリオはこの部屋からいなくなってしまう。

 バカだ、俺は。後悔でぐずぐずと翌日の朝は起きられずにいた。いつかそうなるとわかっていても、エリオを失うのが怖い。

 疲れているのかエリオはまだ眠っている。
 エリオが目を覚ましたらどんな顔をすればいい? ごちゃごちゃ言い訳をせずに澄ましていた方がいいんだろうか。その方が、エリオも「俺の気にしすぎ? フィンは普通だ」と思うかもしれない。……エリオの寝顔を見つめながら、今朝のこの瞬間をどう凌ぐか? ということだけを一生懸命考えていた。


「ん……、……あ、おはよう、フィン」

 もぞもぞと身動ぎした後、昨夜の温もりを思い出したように、はにかみながらエリオが微笑む。

「……あのさ」
「うん?」

 覚えているんだろう、と声には出さずに目だけで問い掛ける。覚えていて、どうしてそんなふうに笑いかけたりするんだと、エリオの表情一つで俺の胸はぐちゃぐちゃに引っ掻き回されていく。仮に真っ青な顔をしてエリオがベッドを飛び出していたとしたら、それはそれで泣きそうになっていただろうに。

「……よく眠れた?」
「ああ。そっちは?」
「俺も。朝までぐっすり眠れた」

 同じベッドに寝ているものの、俺とエリオの身体はもう触れ合っていない。シーツの下の爪先も、むき出しの腕も、さらっとして乾いている。それなのに、昨日エリオを腕の中に抱いていた時と同じような幸福で甘ったるい空気を俺は感じていた。

「どうしたの?」
「あ、いや、今ってちゃんと起きてるんだよなと思って……」
「フィン? まだ寝ぼけてるの?」

 ケラケラと笑うエリオの目の下には柔らかそうな膨らみ。あの頃と同じだと、もう一度俺は目を閉じる。二度寝のためじゃない、ただ頭の中を整理するためだ。少なくともエリオは昨日のことを気持ち悪いとは思っていないし、俺を嫌がっているわけでもない。

「……起きるか。寝坊をすると朝飯が没収されるから」
「それは困る! おばさんの作るチーズのトーストを食べないと一日が始まらないよ!」

 ベッドから飛び起きてからは、慌ただしく身支度を整えて、競い合うようにして一階の食堂へ降りた。クローゼットの前でふざけて肩を押したり、何度も目が合ったりしていたと思う。弾けるようなエリオの笑顔に俺の鼓動が跳ねる。抱き合って真面目な話をする時と違って、ただじゃれ合っているだけなのに、特別なのだと俺には感じられた。

◇◆◇

 それから数日が穏やかに過ぎていった。
 
 朝はいつでも同じ時間に下へ降りてきて、夜は店の後片付けをエリオが手伝ってから二人で部屋に戻る。店が休みの日だって俺とエリオが一緒に過ごしていることを親父さんも女将さんも気がついているようだったが、二人は何も言ってこなかった。「危ないことはダメだよ。うまい話には必ず裏があるからね」と用心するよう女将さんがエリオに釘を挿している所は見かけたけど、エリオの夕飯を俺が作りたがることについては、突っつかずにソッとしておいてくれる。

 ただ、店に来ていたアーロのバカが「あ? フィンがエリオを好きなんだと思ってたけど、エリオもフィンが好きなのか?」とデリカシーの欠片もないことをデカイ声で言ったせいで、俺もエリオもすっかり狼狽えてしまった時は大変だった。エリオは真っ赤になってフォークを持ったままうつむき、俺は拭いていた皿を割りそうになった。

「なんか、悪かったな……」とバカの癖に全てを察したような表情で俺の肩を叩いて来た時は本気でイラついた。俺もエリオも、不自然なくらいお互いから目を逸らしていて、気まずい空気が漂う。
 女将さんが「ダメだよ」と諭すような声で、アーロを外まで送っていったのも、全てが、俺にとっては馴れない、全身がむず痒くなるような出来事だった。



「はあ……。あのバカ、いい加減にしろよ、ホントに……」
「はは……、アーロって、すごく豪快で大胆な所があるよね……」

 その日は女将さんが「アーロと騒いでいたから、エリオは全然食が進んでないじゃないの。ゆっくり食べな」と気を使ってくれて、店を閉めた後でエリオとゆっくり食事をとった。俺の作るスパゲッティはまだまだ親父さんの足元にも及ばないけれど「フィンの特製スパゲッティだ」とエリオは喜んでくれた。



「……明日、洞窟の方へ行くって? 女将さんから聞いた」
「うん。もう、入念にコースを調べて紫水晶の採れそうなポイントもだいたい目星はついてる」

 紫水晶。強力なエネルギーを持っていて、この国の王妃の王冠にも使われている宝石なのだと聞いたことがある。単に美しくて珍しいだけじゃなく、真実の愛をあらゆる災厄から守る効果があると信じられていて、金持ち連中の間ではすごい値段で売買されているという。

「本当に大丈夫か? 俺も一緒についていけたらな……」
「大丈夫だよ! 非常用の脱出道具も持ってるし、入口にガイドを待機させてる。紫水晶って、洞窟の奥のすごく狭い所にあるんだけど、俺は身体が小さいから、他の人よりも簡単に中へ入って戻ってこられるんだ。身体が小さいのは嬉しくないことだけど……」

 アーロような大男ならあちこちに身体をぶつけて傷だらけになってしまうような岩場でも、エリオみたいに小柄ならその心配は必要ないのだろう。エリオは遊び半分で冒険に出ているヤツ等と違って何度も下見だってして、念入りに準備をしている。それならそう心配はいらないかと思えた。
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