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29.読み取れない
「フィン、こっちこっち! 早く来て!」
「おい、危ないから走るなよ!」
その日は食堂の定休日で、俺とエリオは外で食事を済ませた後、「せっかくだから散歩をしながら帰ろう」と港の方へ向かっていた。
昼間は多くの乗船客と船乗りで賑わっている場所も最終便が出発した後は、野良の猫がウロウロしているくらいでしんと静まり返っている。灯台が見える場所に行こうとエリオははしゃいでいた。酒は一滴も飲ませていないけれど、転倒する可能性だってある。ちょうど遠くの灯台の明かりが見える場所に木製の長椅子があったので「一度落ち着け」とエリオを捕まえてからそこへ座らせた。
「ごめん……、フィンと外出出来るのが楽しくてつい……」
「いや、楽しいのはいい。ただ、暗くて足元が見えづらい場所もあるから危ないだろう?」
「うん、うん、そうだよね。ごめんね」
一緒にいる時に「楽しい」と言われて嫌な気持ちになる人間なんていない。だから俺もエリオの肩を抱いて「いいよ、エリオを捕まえるのが俺は好きだから」なんてクサイことを言ってしまう。我ながら過保護なうえに甘いと思うが仕方がない。照れたように微笑むエリオの頬に口づけた。
「あ、あのさ、この港からはあちこちへ船が出ているでしょう? 俺、フィンと行ってみたい島がいくつもあるんだ」
「行こう。俺が冒険の役に立つかはわからないけれど」
「そうじゃなくて! 仕事じゃなくて、フィンと綺麗な景色を眺めたり、変わったものを食べたりしたいだけだよ……!」
冒険のためではなく、ただ一緒に出掛けようと誘われるとエリオにとって俺は特別なのだと感じられて嬉しい。
「……それでさ、遠出したら、宿をとるのは、どうかなって」
「いいよ」
たまには二人で知らない場所でゆっくり過ごすのも悪くない。エリオにもいい気分転換になるだろう。そんな気持ちで俺は頷いたわけだが、「よかったあ」とエリオはずいぶんホッとした様子で俺に抱きついてきた。
「なんだよ、大袈裟だな」
「絶対に行きたかったから。……フィンとちゃんと二人になりたいから」
「いつも二人でいるだろ?」
部屋ではいつも一緒に過ごしている。だから、改まって言う事でもないのにいったいどうしたのか。不思議そうにしている俺を見てエリオは「なんでもないよ」と言っていたがどことなく不満そうだ。
「ん? なんで怒ってるんだよ、エリオ」
「怒ってないよ……」
「言わないとわからないだろ……」
顎に手を添えて、顔を近づける。目を閉じたエリオの唇に軽く触れたのが合図になってどちらからともなくぴったりと身体を密着させる。外でここまで堂々と触れ合うのは初めてだったが、誰もやって来ないような時間だ。エリオが恥ずかしがるならやめればいい。そう考えた俺は小さな唇を夢中で求めた。
「ん……」
ずっとクレアへの思いを大切にして恋愛をしてこなかったと言っていたし、恥ずかしがりやでもあるエリオは誰かに見られることを気にして嫌がるんじゃないかと思っていた。それなのに、離れるどころか俺の方へ身体を傾けてきて、自分からも唇を押し当ててくる。まるで「もっと」と口づけをねだっているようだ。
「ん、ぅ……」
小さく声を漏らした後、うっすらと開いたエリオの唇におそるおそる舌を伸ばす。まだ触れるだけの口づけしかしたことがない。本当にいいのか、と信じられない気持ちと興奮が混ざって鼓動が早くなっていく。
びくりと肩は震えていたが、エリオはその先へ進むことを拒まなかった。唇も柔らかいと思っていたけれど、口の中はもっと柔らかい。そんな当たり前のことを頭に思い浮かべてしまうくらい、エリオと初めての深い口づけは俺にとって特別だった。つたない舌の動きもぎゅっとしがみついてくる手のひらも何もかもが可愛い。エリオの何もかもが俺の心をぎゅっと鷲掴みにする。離したくないという俺の気持ちに応えるように、エリオの熱い舌が俺の口内を撫で、身体がどんどん俺の方へ倒れてくる。
「ん、ん、んぅ……」
「おい……、エリオ、ここ、外……」
驚いた、思っていたより大胆だったんだな。
そんな言葉をなんとか俺は飲み込んだ。「ごめん、ごめんなさい……」と真っ赤になって謝るエリオは少しでもからかえばそのままどこかへ逃げて行ってしまいそうだったからだ。
よっぽど気分が昂っていたのか、雰囲気にのまれてしまっていたのか。エリオに半ば押し倒されるようにして長椅子に倒れ込んでいた俺は、名残惜しい気持ちで起き上がった。
「……嬉しいけど、外であまり派手なことをするのはやめよう。偶然見かけた人が驚くから」
「うん、そうだよね……」
いいことだとは思う。誰かに触れられるという行為の全てを怖がってもおかしくないようなことを経験しているのだから。
ただ、タガが外れたように口づけを求めてくる様子には少し驚いた。本当に? と手を繋いで帰る間、じっとエリオの横顔を眺めていたけれど、気まずそうにしていたため、あれこれと質問することは出来なかった。
その後に何度かそういうことがあった。二人きりの部屋の中では、軽く抱き合ったり触れるだけの口づけまでしかしないけれど、部屋以外の人気のない場所ではエリオは触れ合いに飢えているかのように俺を求めることがあった。その様子は、「今この瞬間俺に求められたら、ここが外だということを忘れてどこまでもエリオは許してしまうんじゃないか」と俺を度々ハラハラさせた。
時と場合によっては、口づけや触れ合うことを受け入れられるようになっているのかもしれない。
そんな結論までは導き出せたが、エリオが「大丈夫」と感じている時のサインを見極めたり、そう思えるような雰囲気へ持っていくことが難しい、と思う。今の所、部屋のベッドの上では毎晩「待って」とストップがかかっている。
部屋が散らかっているから気分が乗らないのか、それとも何かエリオを嫌な気持ちにさせるものがあるのか? 考えれば考える程わからなくなる。昔、店に遊びに来ていた船乗りや城の衛兵の見習い達から「フィンだけなんで、女にモテるんだ。いったいどんな手を使っているんだ」と聞かれた時に「相手を見てればその場の空気や雰囲気でいけるかどうかくらいわかるだろ」と澄ました顔で答えていたのが恥ずかしい。今の俺は「抱っこする?」と無邪気にエリオから聞かれてオタオタしていた子供の頃と何一つ変わらない。
「はー……」
「あ? なんだよ、悩みごとか? 金の事以外なら俺が聞いてやるぞ」
「いい。話すだけ無駄だ」
「なんでだよ、さてはエリオとケンカでもしたか?」
冷やかしてくるアーロのことは無視が一番だ。俺はエリオのことで頭がいっぱいだから仕方がない。「どれだけ好きか知らないけどよ、お前気負いすぎなんじゃないか? 自然体が一番ってヤツだよ」と上から目線のアドバイスには腹が立つが、相手にするだけ無駄だ。
「エリオが言ってたな。二人で今度船に乗って出かけるんだって。だから安心しろよ、アイツもお前のことが好きだぞ」
「そんなことは知ってんだよ! あー、もう! うっとうしい!」
アーロに八つ当たりをしたって気分はちっとも晴れない。エリオも出掛けることを楽しみにしてくれている。それだけが俺の気分を明るくしてくれた。
「おい、危ないから走るなよ!」
その日は食堂の定休日で、俺とエリオは外で食事を済ませた後、「せっかくだから散歩をしながら帰ろう」と港の方へ向かっていた。
昼間は多くの乗船客と船乗りで賑わっている場所も最終便が出発した後は、野良の猫がウロウロしているくらいでしんと静まり返っている。灯台が見える場所に行こうとエリオははしゃいでいた。酒は一滴も飲ませていないけれど、転倒する可能性だってある。ちょうど遠くの灯台の明かりが見える場所に木製の長椅子があったので「一度落ち着け」とエリオを捕まえてからそこへ座らせた。
「ごめん……、フィンと外出出来るのが楽しくてつい……」
「いや、楽しいのはいい。ただ、暗くて足元が見えづらい場所もあるから危ないだろう?」
「うん、うん、そうだよね。ごめんね」
一緒にいる時に「楽しい」と言われて嫌な気持ちになる人間なんていない。だから俺もエリオの肩を抱いて「いいよ、エリオを捕まえるのが俺は好きだから」なんてクサイことを言ってしまう。我ながら過保護なうえに甘いと思うが仕方がない。照れたように微笑むエリオの頬に口づけた。
「あ、あのさ、この港からはあちこちへ船が出ているでしょう? 俺、フィンと行ってみたい島がいくつもあるんだ」
「行こう。俺が冒険の役に立つかはわからないけれど」
「そうじゃなくて! 仕事じゃなくて、フィンと綺麗な景色を眺めたり、変わったものを食べたりしたいだけだよ……!」
冒険のためではなく、ただ一緒に出掛けようと誘われるとエリオにとって俺は特別なのだと感じられて嬉しい。
「……それでさ、遠出したら、宿をとるのは、どうかなって」
「いいよ」
たまには二人で知らない場所でゆっくり過ごすのも悪くない。エリオにもいい気分転換になるだろう。そんな気持ちで俺は頷いたわけだが、「よかったあ」とエリオはずいぶんホッとした様子で俺に抱きついてきた。
「なんだよ、大袈裟だな」
「絶対に行きたかったから。……フィンとちゃんと二人になりたいから」
「いつも二人でいるだろ?」
部屋ではいつも一緒に過ごしている。だから、改まって言う事でもないのにいったいどうしたのか。不思議そうにしている俺を見てエリオは「なんでもないよ」と言っていたがどことなく不満そうだ。
「ん? なんで怒ってるんだよ、エリオ」
「怒ってないよ……」
「言わないとわからないだろ……」
顎に手を添えて、顔を近づける。目を閉じたエリオの唇に軽く触れたのが合図になってどちらからともなくぴったりと身体を密着させる。外でここまで堂々と触れ合うのは初めてだったが、誰もやって来ないような時間だ。エリオが恥ずかしがるならやめればいい。そう考えた俺は小さな唇を夢中で求めた。
「ん……」
ずっとクレアへの思いを大切にして恋愛をしてこなかったと言っていたし、恥ずかしがりやでもあるエリオは誰かに見られることを気にして嫌がるんじゃないかと思っていた。それなのに、離れるどころか俺の方へ身体を傾けてきて、自分からも唇を押し当ててくる。まるで「もっと」と口づけをねだっているようだ。
「ん、ぅ……」
小さく声を漏らした後、うっすらと開いたエリオの唇におそるおそる舌を伸ばす。まだ触れるだけの口づけしかしたことがない。本当にいいのか、と信じられない気持ちと興奮が混ざって鼓動が早くなっていく。
びくりと肩は震えていたが、エリオはその先へ進むことを拒まなかった。唇も柔らかいと思っていたけれど、口の中はもっと柔らかい。そんな当たり前のことを頭に思い浮かべてしまうくらい、エリオと初めての深い口づけは俺にとって特別だった。つたない舌の動きもぎゅっとしがみついてくる手のひらも何もかもが可愛い。エリオの何もかもが俺の心をぎゅっと鷲掴みにする。離したくないという俺の気持ちに応えるように、エリオの熱い舌が俺の口内を撫で、身体がどんどん俺の方へ倒れてくる。
「ん、ん、んぅ……」
「おい……、エリオ、ここ、外……」
驚いた、思っていたより大胆だったんだな。
そんな言葉をなんとか俺は飲み込んだ。「ごめん、ごめんなさい……」と真っ赤になって謝るエリオは少しでもからかえばそのままどこかへ逃げて行ってしまいそうだったからだ。
よっぽど気分が昂っていたのか、雰囲気にのまれてしまっていたのか。エリオに半ば押し倒されるようにして長椅子に倒れ込んでいた俺は、名残惜しい気持ちで起き上がった。
「……嬉しいけど、外であまり派手なことをするのはやめよう。偶然見かけた人が驚くから」
「うん、そうだよね……」
いいことだとは思う。誰かに触れられるという行為の全てを怖がってもおかしくないようなことを経験しているのだから。
ただ、タガが外れたように口づけを求めてくる様子には少し驚いた。本当に? と手を繋いで帰る間、じっとエリオの横顔を眺めていたけれど、気まずそうにしていたため、あれこれと質問することは出来なかった。
その後に何度かそういうことがあった。二人きりの部屋の中では、軽く抱き合ったり触れるだけの口づけまでしかしないけれど、部屋以外の人気のない場所ではエリオは触れ合いに飢えているかのように俺を求めることがあった。その様子は、「今この瞬間俺に求められたら、ここが外だということを忘れてどこまでもエリオは許してしまうんじゃないか」と俺を度々ハラハラさせた。
時と場合によっては、口づけや触れ合うことを受け入れられるようになっているのかもしれない。
そんな結論までは導き出せたが、エリオが「大丈夫」と感じている時のサインを見極めたり、そう思えるような雰囲気へ持っていくことが難しい、と思う。今の所、部屋のベッドの上では毎晩「待って」とストップがかかっている。
部屋が散らかっているから気分が乗らないのか、それとも何かエリオを嫌な気持ちにさせるものがあるのか? 考えれば考える程わからなくなる。昔、店に遊びに来ていた船乗りや城の衛兵の見習い達から「フィンだけなんで、女にモテるんだ。いったいどんな手を使っているんだ」と聞かれた時に「相手を見てればその場の空気や雰囲気でいけるかどうかくらいわかるだろ」と澄ました顔で答えていたのが恥ずかしい。今の俺は「抱っこする?」と無邪気にエリオから聞かれてオタオタしていた子供の頃と何一つ変わらない。
「はー……」
「あ? なんだよ、悩みごとか? 金の事以外なら俺が聞いてやるぞ」
「いい。話すだけ無駄だ」
「なんでだよ、さてはエリオとケンカでもしたか?」
冷やかしてくるアーロのことは無視が一番だ。俺はエリオのことで頭がいっぱいだから仕方がない。「どれだけ好きか知らないけどよ、お前気負いすぎなんじゃないか? 自然体が一番ってヤツだよ」と上から目線のアドバイスには腹が立つが、相手にするだけ無駄だ。
「エリオが言ってたな。二人で今度船に乗って出かけるんだって。だから安心しろよ、アイツもお前のことが好きだぞ」
「そんなことは知ってんだよ! あー、もう! うっとうしい!」
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