30 / 33
30.船
出発する日の朝、女将さんはエリオに長々と話をしていた。危ない場所には行くな、知らない人には付いていってはいけない、無駄遣いをするな……俺だったら「子供じゃない」の一言で無視をするけど、エリオは真面目な顔でそれを全部聞いていた。
「さっさと行こう。女将さんの話を最後まで聞いていたら船に乗れなくなる」
「えっ! もうこんな時間? ……おじさん、おばさんいってきます!」
放っておいたら水筒だの弁当だのいろいろ荷物を持たせようとする女将さんからエリオを連れ去るようにして店を出た。船に乗り遅れないかとか、誤って違う船のチケットを買ってしまうんじゃないかとか、いろいろな心配事はあったけど、そもそも店を出発出来るかどうかが難関だったとは。
「女将さん、ずいぶん心配してたね」
「心配性っていうか過保護なんだよな。俺なんて、金の使い方や休みの日の過ごし方のことで毎日ガミガミ言われていたし」
「うーん……フィンの場合は仕方ないんじゃない?」
「はあ? どういう意味だよっ」
「飲み代にすぐ使っちゃうってアーロが言ってたから。今日も旅先だからって遅くまで遊んでいないで、ちゃんと日付が変わる前にはフィンを捕まえて宿に戻るようおばさんから頼まれた」
「はあ……」
エリオを連れて遅い時間まで出歩くわけがないだろう、と心の中で女将さんに言い返す。これから向かう星凪島は有名な観光名所とはいっても、手つかずの自然と昔ながらの古い建物ばかりが残る島だ。遅い時間まで開いているような危ない店を探す方がよっぽど難しい。女将さんは時々、俺のことを十歳の子供か何かと同じように扱うから仕方ないが。
「大丈夫です、ってちゃんと言っておいたよ」
「当たり前だっ」
ムカムカしているのと船に乗り遅れないようにという気持ちで自然と歩調が速くなる。待って、とエリオが俺の手を握ってくる。小さな手をぎゅっと握り返してやると安心したようにエリオが笑った。
「だってさ……、……俺だって、夜は、フィンと宿で過ごしたいと思ってるし……」
一番遅い船に乗ったとしても十分に遊んで帰れるような小さな島だ。慌ただしくなるよりは、一泊してしっかり休んでから翌日の朝も散歩がてら、歩いて観光をして帰ろうと決めていた。だけど、下を向き目を合わせないようにして話すエリオの言葉には、何か他にも意味が含まれているように感じられた。
「エリオ?」
「……そうだ! せっかく船に乗るならさ、一番景色が見える外の景色の席に座ろうよ! は、早く着いて並んだら席が取れるかな!?」
ばっと顔を上げたと思ったら、エリオはなぜか慌てていた。まるで、自分が言ったことを誤魔化すかのように船の席について話始め、挙句の果てには「俺、少し走って様子を見て来る!」と返事を聞かずに駆け出してしまう。
「おい! ……なんなんだよ、もう」
すばしっこいエリオの背中はどんどん小さくなっていく。あの様子だとエリオは真っ直ぐにチケット売り場の列に並ぶつもりなのだろう。歩いたとしても港までは、三分もしないうちに着くし、朝の早い時間はまだ人も多くないから危ないことにもならないだろう。それに俺の足では到底捕まえられない。走って追いかけることを諦めた俺は「いったいどうしたんだ」とエリオの様子を不審に思いながら港へ向かった。
今までは冒険家の仕事のためだけに移動を続けあちこちを訪ねていたから、こうやって遊びに行くことがよっぽど嬉しいんだろうか。嬉しいのは俺だって同じだ。エリオが星凪島への旅をずっと楽しみにしている様子を、側でずっと見ていたし、大人になってから再会してようやく恋人らしい日々がやってきたというか……。
だから、朝の女将さんとのことですっかる忘れてしまっていたけれど、俺だって普段よりはずっと浮かれている。エリオが行きたいという場所には全部「いいよ」と答えてやりたいし、誰も知らない場所でエリオのことを独り占めしたいと思っている。
……それに、夜、少しでもいいから、恋人らしいことは出来るんだろうか、という気持ちが無いわけでは無い。もちろん、エリオの気分がよければだ。さっき、「夜は、フィンと宿で過ごしたい」とわざわざ言っていたのは、エリオにもそういう気持ちが少しはあるということなのだろうか。
いや、二人でベッドに入ってみたら「フィンともっと話していたい、楽し過ぎて眠れないよ!」という展開だって充分あり得る。もちろんそれでも構わない。エリオが笑ってくれるなら俺はそれでいい。だから、あまり期待しすぎないように、焦らないように。自分にゆっくりと言い聞かせながら、俺は列に並んでいるエリオと合流した。
◇◆◇
何千年も前に空から何千、何万という星が降ってきて生まれたのが星凪島だという。
その名残として、美しい海に囲まれた島の真っ白な砂浜は、砂の粒一つ一つが星の形をしている。大昔はまじないの儀式に使われていたと聞くけれど、最近は、ボトルシップやアクセサリーに使われていることが多い。「俺も拾って集めてボトルシップを作る」と言うエリオに、作って売るのかとアーロが聞いていた。
「売らないよ! フィンとの思い出に、部屋に飾る」
「あ? 砂は砂だろ。フィンの本体と毎日一緒にいるのにそんなの必要か?」
「必要だよ! フィンの本体がいても、思い出が俺の持ち物にあったら嬉しいよ?」
「でも、砂は砂だろ?」
カウンター越しに、一生懸命になっているエリオとズレているアーロの会話を聞きながら俺は笑いを堪えていた。今日、一緒に砂を集めている時も思い出したら笑ってしまいそうだ。
「風が気持ちいいね。それにいい天気だ」
海風に吹かれて、エリオが気持ちよさそうにしている。普段は前髪で隠れている額が見えているのが可愛い。
エリオが走った成果で、俺達は誰よりも早く星凪島行きの船に乗り込み、一番景色がよく見える二階のデッキに座ることが出来た。ほとんどの乗客が船室内の座り心地のいい席に座ることを望んだため、忙がなかったとしてもそれほど苦労せず、ここに座れていたかもしれない、と二人で笑った。
三十分程の短い船の旅。それほど大きくない船は驚く程のスピードで水の上を進んでいく。エリオと違ってほとんど船に乗ったことのない俺は、時々強い波がやってきた時の船の揺れに馴れず、「この船は勢いがつきすぎて時々宙に浮いているのでは?」と感じていた。
学校が休みの日では無いから子供はほとんどいない。俺やエリオと同じ観光目的の大人ばかりだ。海水をふんだんに含んだ空気と秋の柔らかい日差しを浴びながら、俺とエリオは静かに寄り添って座っていた。
あまり派手なことは出来ないけれど、船の揺れに合わせて時々顔を近づけたり、どちらかがもう片方の身体にもたれ掛かったりした。用があって「ちょっと」と呼び止める時に肩へ触れることさえも以前は躊躇していたけれど、今は用も無いのに触れたくなる。好き合っている、と感じられて幸せだった。
「……せっかく稼いだって言うのに、あんなちっぽけな島に寄っていくなんて。女のいるような店は無い田舎で宿に缶詰だろ? 何をしてろって言うんだ。まったく。嫌になるよ」
「まあそう言うなって。ほとぼりが冷めるまではしばらく田舎でおとなしくしてた方が安全だってことなんだろう。なにせ、ボスの作戦であのカジノの金庫は……」
エリオと俺がいるだけだった屋外デッキにやって来たのは二人組の男だった。二人とも肌の色が浅黒くて金の首飾りをしている。俺やエリオよりも二十は年上だろうと思われたが、二人とも雰囲気がギラギラしていて騒がしい。
船室内は禁煙だ。タバコを吸いに出てきたのだろう。大きな声で晴れやかな朝にふさわしくないことを話していた二人は、俺達に気づいた途端、ハッとした様子で黙り込んで、それから愛想笑いを浮かべた。たぶん何かよくない方法で金を手にしたのだろうけれど、コソコソと隅の灰皿へ移動していく様子から、少なくとも危害を加える気はないと判断出来た。
一人でいる時だったら「うるさい」と思うことはあっても、特に気にしていなかっただろう。人が集まる場所には、いろいろな種類の人間がいるし、関わらなければそれまでだから。
だけど、今日は違っていた。隣に座っているエリオの顔が強張って、隠れるように肩を小さく丸めていたからだ。
「……知ってるのか」
エリオだけにしか聞こえない声の大きさで聞くと、違う、という返事が返ってきた。勢いよく首を横に振るエリオの肩で黒い髪の毛先がぱしぱしと揺れる。
「怖い?」
「うん、うん……」
目に見えてわかるほどエリオは怯えていた。たぶん、あの二人組の何かがあの時のことを思い出させたのだろう。それが、男達の姿形に関わる何かなのか、聞こえてきた話の内容なのか、俺にはわからない。もしかしたら、俯いてぎゅうっと俺の腕を掴んでいるエリオだってよくわかっていないのかもしれない。
ただ、場所を変わろうと促してもすぐ立ち上がることも出来ない程、エリオは怖がっていた。少しでも物音を立てて自分の姿が見つかったら、怖い目に合わされるとエリオの心が判断して、身体の自由を奪う。
「大丈夫。側にいる。何も起きないから」
「うん……」
別の場所へ行ってくれと言いに行ってもよかったが、それがキッカケで揉めることになればますますエリオを怖がらせることになるだろう。だから、エリオの気持ちが落ち着くまで、肩を抱いてただじっとしていた。
微かに震えている手を握りながら、何も出来ない、と思ってはダメだという気がしていた。怖いと感じている時のエリオの手を俺は握ってやれるのだと。これからはそういう気持ちでエリオの側にいたい。
あなたにおすすめの小説
また恋人に振られたので酒に飲まれていたらゴツい騎士に求婚していた件
月衣
BL
また恋人に振られた魔導省のエリート官吏アルヴィス。失恋のショックで酒に溺れた彼は勢いのまま酒場に現れた屈強な王宮騎士ガラティスに求婚してしまう。
翌朝すべての記憶を保持したまま絶望するアルヴィスだったが当のガラティスはなぜか本気だった。
「安心しろ。俺は誠実な男だ。一度決めたことは覆さない」
逃げようとするエリート魔導師と絶対に逃がさない最強騎士
貢ぎ体質な男が捕まる強制恋愛コメディのつもりです!!
刺されて始まる恋もある
神山おが屑
BL
ストーカーに困るイケメン大学生城田雪人に恋人のフリを頼まれた大学生黒川月兎、そんな雪人とデートの振りして食事に行っていたらストーカーに刺されて病院送り罪悪感からか毎日お見舞いに来る雪人、罪悪感からか毎日大学でも心配してくる雪人、罪悪感からかやたら世話をしてくる雪人、まるで本当の恋人のような距離感に戸惑う月兎そんなふたりの刺されて始まる恋の話。
【完結】みにくい勇者の子
バナナ男さん
BL
ある田舎町で農夫をしている平凡なおっさんである< ムギ >は、嫁なし!金なし!の寂しい生活を送っていた。 そんなある日、【 光の勇者様 】と呼ばれる英雄が、村の領主様に突然就任する事が決まり、村人達は総出で歓迎の準備をする事に。 初めて会うはずの光の勇者様。 しかし、何故かムギと目が合った瞬間、突然の暴挙に……? 光の勇者様 ✕ 農夫おっさんのムギです。 攻めはヤンデレ、暴走ロケット、意味不明。 受けは不憫受け(?)だと思いますので、ご注意下さい。ノリよくサクッと終わりますm(__)m 頭空っぽにして読んで頂けると嬉しいです。
人気アイドルの俺、なぜかメンバー全員に好かれてます
七瀬
BL
デビュー4年目の人気アイドルグループ「ECLIPSE(エクリプス)」に所属する芹沢 美澄(せりざわみすみ)は、昔からどこか抜けていてマイペースな性格。
歌もダンスも決して一番ではないはずなのに、なぜかファンからもメンバーからも目を離されない存在だった。
世話焼きな幼なじみ、明るく距離の近い同い年、しっかり者で面倒見のいい年上、掴みどころのない自由人、そして無言で隣にいるリーダー——。
気づけば、美澄の周りにはいつも誰かがいて、当たり前のように甘やかされていく。
兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?
perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。
その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。
彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。
……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。
口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。
――「光希、俺はお前が好きだ。」
次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。