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31.星凪島
◇◆◇
星凪島は素晴らしい場所だった。
俺は自分が今まで生きてきた小さな世界しか知らない。けれど、光輝くような砂浜と海の美しさは、世界中を探したとしてもどこにもない、この島だけの青と白だと思った。大昔にたくさんの星が降ってきてこの島が誕生したという伝説は本当なのかもしれないと信じてしまうほどに。あちこちを旅してきたエリオでさえも感動している。船での様子が気がかりだったため、すっかり明るくなった表情に俺はホッとしていた。
「……こんな小さな瓶に砂を、詰めたところでなんになるんだと思っていたけれど」
綺麗だとひとしきりはしゃいだ後、ぼーっと海を眺めていた俺が突然話始めたからだろうか。一瞬間があって、それから「砂?」とだけエリオは聞き返した。
「うん。小匙二、三杯程度の綺麗な砂をもらって帰ったところで……」
砂浜へ入るためのゲートをくぐるのに、二人分の入場料をきっちり支払った。その代わりに小さな瓶をもらった。持ち帰れる砂はこの瓶に入る分だけ、それ以上は罰金だという説明とセットで。
なんというか、美しい場所は、自然をなるべくそのままの形で残そうとするのと同じくらい、人の行動や流れをしっかりと管理することに一生懸命だと感じた。
子供の頃、エリオが俺に教えたもの。小さな花や匂いのする草。鳥の羽や前日の雨で出来た水溜まり。髪を揺らす風と眩しい太陽の光。気軽に手に取れて、友達になれるものが俺の知っている自然だったため、星凪島の管理されている砂浜はそれとは種類が違うものなのだと感じていた。
ただ、実際にその美しさを目の当たりにすると、見たこともないような澄みきった海に言葉を失った。砂浜が真っ白だから、海の青がここまで明るく見えるのだということは、学の無い俺にもわかった。それから、なぜエリオが子供の頃からあちこちを冒険したがっていたのかも。
「上手く言えないけど、たぶん、俺は、瓶に詰めて持ち帰った砂を、部屋に飾ると思う。自分が、そういう、思い出みたいなものに飢えていることを、俺はずっと忘れていた」
自分でも驚く程滑らかにすらすらと言葉は出てきた。エリオが真面目な顔で頷いてから、「俺も、ずうっと持っておくと思うよ」と微笑んだ。
片方の手はエリオと繋いでいて、もう片方の手で小さな瓶をぎゅっと握りしめる。綺麗な砂だから欲しいと思ったんじゃない。綺麗な場所へエリオと訪れたという記憶を忘れてしまわないように、今日の出来事の欠片を持っていたかった。母との暮らしや、男として生き始めた頃の、いじめられていた日々。ずっと何かを忘れようと必死になっていた俺にとって、「覚えておきたい」という気持ちは眩しくとても高価なものに感じられた。
「ねえ、フィン。これからはどこへだって行けるよ」
小さな瓶に二人で砂を詰めている時にエリオは俺の手を握った。真っ白な砂の上で指を絡ませる。一粒一粒が星と同じの形をした砂が、さらさらと手のひらから零れ落ちていく。そうだな、と俺は頷く。この手を握ったまま、俺はどこへでも行けるのだと。
「エリオと一緒にここへ来られてよかった」
エリオと引き裂かれたあの時。母は俺に「あの子にとって一番綺麗な思い出でいられるうちに別れなさい」と言っていた。子供だった俺は、母に抗う術を知らなかった。
大人になった今、母へ腹が立っていてやっつけてやろうとはもう思わない。許すことは出来ないけれど。綺麗じゃなくなってしまったとしても、俺は思い出の中だけじゃなくて、ちゃんとエリオの側で生きていこうと思うよ、と穏やかな気持ちで言い返すことが出来た。
テキパキと手を動かして砂を詰めてしまうのはなんだかもったいないような気がした。それで、ポタージュスープの上にクリームを垂らす時と同じように、小さな瓶へ慎重に砂を注いだ。日差しを遮るものがないからなのか、額が汗ばんでいる。
「俺も、フィンと一緒に来られてよかったよ。……フィンがよかったって言ってくれることが、何よりも嬉しい」
今まで冒険を続けてきた中で、一番の成果だって思うよとエリオは笑った。
まだ、子供の頃の「一緒に冒険の旅へ行こう」という約束が叶えられたわけじゃない。それでも、俺はずいぶん遠くへエリオと一緒だからきっとやって来られた。どこにも行けなかったあの日の俺を救うために、今日まで俺は生きていたんじゃないかってそんなことを初めて訪れた小さな島で思っていた。
◇◆◇
部屋が空くと聞いていた時間ちょうどに宿には着いた。エリオと違ってほとんど宿に泊まったことのない俺でも、どうすれば部屋を手配出来るのかくらい、仕組みくらいわかってる。だから余裕を持って手紙を送っていたし、ちゃんと部屋の予約を約束する返事だって届いていた。それなのに、宿屋の主人からは「部屋が使えなくなってしまった」と言われた。
「はあ? 飛び込みの客じゃない。こっちは前から約束をしてただろ?」
予想もしていなかった出来事に口調も荒っぽくなる。自分の親よりも年上だと思われる宿屋の主人にそんな態度をとるのは失礼だとわかっていたが、約束を破られた、ということに腹が立って我慢が出来なかった。横からエリオが「フィン」と俺を小さな声で呼ぶ。宿帳のページを捲りながら焦っている主人に同情して俺を咎めているようでもあったし、旅を続けているからこういった出来事には慣れているという態度にも見えた。
「どうも、用意していた部屋の水道がおかしくなってしまっていることに先ほど気が付きましてな……、た、たぶん、昨日、風呂の補修をした時に何かしてしまったのかもしれない……」
「はあ……」
そもそも部屋を用意するのを忘れていたとか、他の日と勘違いしていたとか、そういう理由じゃないのなら宿屋の主人を責めたってしょうがない。帰りの船がまだ出ていることだけが唯一の救いだ。
「あー……、そういうことなら残念だけど俺達は帰ります」
「いやいや、お客様、私なんとしてでもお詫びをですね……」
「俺達はまた別の日に泊まれたらそれで十分なんで。な?」
「うん。……あの、部屋のことは本当に大丈夫です。そのお気持ちだけで嬉しいですから」
可哀想なほどオロオロとしている宿屋の主人に頭を下げてからエリオの手を引く。……初めての遠出は少し残念な結末になってしまったが、これもいつかは笑って話せるような思い出になる。俺とエリオにはまだまだ時間があるのだから。そう自分を慰めながら宿の出口へ向かっている時だった。
「お客様!! それでは私の気が済みませんから! あの、いい案があります! 決してガッカリはさせませんから!」
とおせんぼをするようにして、宿屋の主人が俺とエリオの前に腕を広げる。いい案? 思わずエリオと顔を見合わせる。
「その……お客様のお好みに合うかは別として、これから準備する代わりの部屋を一度見ていただけませんか?」
三十分ほどで準備が出来るから待っていて欲しいという宿屋の主人の勢いに押され、俺とエリオはおとなしくまだ営業前の宿屋の酒場の隅に座って待つことにした。
「代わりの部屋でも見つかったのかなあ?」
「たぶん……。好みがどうとか言っていたけど……」
約束していた部屋より多少狭かったり、家具の雰囲気が違ったりしていたとしてもそれほど問題ではなかった。今夜こそは……という多少期待する気持ちもあったし、いつもと違う場所でエリオと過ごす時間が続いて欲しいと思っていたから。
やがて、準備が出来たという宿屋の主人が俺達を迎えに来た。「いい部屋ではあるんです」「高級です」となぜか焦った様子で何度も念を押されながら、俺とエリオは建物の一番高い階まで連れて来られた。
「えっ……」
特別室です、という宿屋の主人の声にどう反応したらいいものかわからないまま俺とエリオは部屋の入口に突っ立ったまま固まってしまっていた。
薄い水色の壁紙にレースのカーテン。天井にはシャンデリアが光り輝いている。真っ白なソファーには淡い桃色や紫色の貝殻の形をしたクッションが用意されていて、大きなベッドは天蓋付き。どこからどう見ても城に住むお姫様の部屋だった。
「ふ、普段は小さなお嬢さんを連れたご家族や新婚旅行なんかに特に人気な部屋なんですけどね、その、お客様達も見たでしょう? あの海を。あの風景から、人魚姫の世界を家内と娘がイメージしましてね」
「……」
「お客様達が予約していた部屋とだいぶ雰囲気は変わりますけど……」
どうする? と目だけでエリオに問いかけるとエリオも俺を無言で見つめていた。俺やエリオが泊まるにはどう見ても可愛すぎる部屋だ。あの天蓋付きの大きなベッドで自分が寝ている所を想像するだけでむず痒くなる。
「えーっと……」
「あの、この部屋に泊まりたいです。お代はちゃんとこの部屋を借りる料金をお支払いしますから」
戸惑っている俺の側でエリオは「泊まる」とハキハキと宿屋の主人へ伝えた。
「ああ! よかった! よかった!」
大喜びしながら俺に部屋の鍵を託した後、宿屋の主人は食事代だけでいい、部屋代はいらない、と言い残し慌てた様子で下へ降りて行った。たぶん、この後は他の客を案内する予定でもあるんだろう。
「最初はどうしようって思ったけどよかったんだよね……?」
「ああ、たぶん、よかったんだと、思う」
一番普通の部屋で、というようなことを書いて準備してもらっていた部屋がこんなことになるなんて。とりあえずエリオと中へ入る。しばらくは二人ともあちこちをキョロキョロと見て回っていた。やがて、自分達にとって可愛すぎるような部屋が準備されたことがおかしくて二人でゲラゲラと笑った。
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