俺のすべてをアーシュ様へ

サトー

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魔導師の修行


 お兄ちゃんが王様に認められ、国の大事な儀式も任されるようになった頃、俺は十二歳になっていた。この頃になると、俺の住む村には魔力の補充に必要な薬草と水があるため、お兄ちゃんがこの辺りをプラプラしているということを俺も知っていた。俺のためじゃない。わかってはいるけど、お兄ちゃんはしゅっちゅう俺に会いに来てくれた。だから、これからはアーシュ様とお呼びしなさい、とお母さんから叱られた時はとても悲しかった。

 この国ではどんな子供でも最低十二歳までは学校に通わないといけない。その後は、力に自信のある者は騎士になる学校へ通うし、魔力を持っているものは魔導師になるための勉強をする。
 俺はそのどちらも持っていなかったから、両親の営む食堂を手伝おうと思っていた。絵を描くことが好きだけど、死んだおばあちゃんがずっと「画家は死んでからしか稼げないからダメだ」と言っていたし、そもそも俺の絵に誰もが目を見張るような魅力はない。絵は趣味として続けながら質素に暮らそう。……大好きなお兄ちゃんの役には立てないけれど仕方がない。無能な俺が役に立とうなんて思うことがそもそも烏滸がましいのだから。
 そう思っていたのだけど、ある日突然アーシュ様が俺の家へやって来て、「シシィを私の弟子にしたい」と言い始めた。

 平凡で王室や魔法とはさっぱり縁のない暮らしを送ってきた両親は慌てた。この子にはなんの力もありません、どこにでもいる普通の子供なのです、と必死で言う両親にアーシュ様は首を横に振った。

「いいや。この子は特別な子供だ……私にとっての。この子は私が必ず魔導師にして見せる。お前達両親には、一生働かないでも暮らせるだけの金を払おう。何が不満だ?」

 まだ二十歳になったばかりとは思えないほど、アーシュ様は堂々としていて迫力があり、凄みが感じられた。俺の両親はすっかり怯えてしまっている。いくらアーシュ様が偉大な方でも、魔力を持たない俺を弟子にしたところで魔導師にすることなんて出来るわけがない。初めてとった弟子が失敗だったと知られれば、俺だけじゃなくてアーシュ様の評判まで悪くなってしまう。だから、俺の両親は断るのに必死だった。それなのにアーシュ様は一歩も退かない。

 お兄ちゃんと呼んで慕っていた俺でさえも「怖い」と感じるような雰囲気だった。アーシュ様が腕に着けている装飾品がじゃらりと音をたてるのがくっきりと聞こえるくらい家の中は静まり返っていた。

「では……、せめて息子に決めさせてください。息子が決めたことならば私達はもう何も言いません」

 お父さんの言い分にアーシュ様はゆっくりと頷いた。それから、この家にやって来てから初めて、俺のことをじーっと見つめた。なぜか、子供の頃のあの約束が頭を過る。「君の何もかもが欲しい」という、アーシュ様の願い事を。

「アーシュ様の、側に行きます」

 両親が心配しているように、きっと俺はどんなに頑張ったって魔導師にはなれないだろう。でも、わざわざこうして家までやって来たということは俺も何かの役には立てるかもしれない。こうして俺はアーシュ様の弟子となりお屋敷へ通うこととなった。

 弟子としての出来は……正直お粗末で酷いものだった。どれだけアーシュ様が手を尽くしても、俺には魔力というものがなんなのかは掴めない。アーシュ様はそれはそれは丁寧に根気強く、いろいろなことを教えてくれた。だけど、魔導書を読み聞かせてもらっても、どれだけ高価な薬草や水を飲ませてもらってもダメ。どこまでいっても俺はただの子供だった。

 でも、アーシュ様の側にいることは、俺にとって何よりも幸せな時間だった。出来の悪い俺を「シシィ、君はなんて一生懸命なんだ」とアーシュ様は褒めてくれる。頭を撫でてもらえると、子供の頃に戻れたように感じられた。修行だけじゃなくて、アーシュ様は俺が絵を描くことも許してくれた。見たこともないような画材をたくさん買ってくれて、俺の描いた絵は全部額に入れてお屋敷に飾ってくれた。
 時々、アーシュ様から「私の魔力の源はシシィ、君だよ」と微笑みかけられるとなぜか俺の顔は熱くなる。これって、いったいなんなんだろう? とお屋敷の魔導書のページを捲ってみたけど、答えはわからない。



 ある日、真剣な顔でアーシュ様が「これならきっと効果がある」とすごく大きな魔法石をどこかから手に入れてきたことがあった。

「これ……、すごく高価なものですよね? いいんですか? 俺にこんなものを使って……」
「もちろん。これは君のための石だ。さあ、魔力のイメージを掴む練習をしよう」

 そう言って、アーシュ様はキラキラと光輝く長細い魔法石を俺に差し出した。どっしりと重たいということはわかるけど、それ以外は何も感じない。こんな高級なもの、持っているだけでも怖いのに、アーシュ様は魔法石を舐めたり口にふくんだりしてみろと言い出した。

「これを? 直接?」
「そう。直接味わって魔力を感じるんだ。ほら、少しでいい……。やってごらん」

 きっと無駄になってしまう。そう思うと気が重い。でも、アーシュ様が側でずっと俺のことを見ている。やる前から諦めていたらきっとすごくガッカリさせてしまう。それで俺は、手をぶるぶる震わせながら魔法石に舌を伸ばした。

「ん……」

 ごめんなさい、と何度も心の中でアーシュ様と魔法石に謝った。だって、ひんやりしてるとしか感じない。どうして俺にはこれっぽっちも魔力を操る才能がないのだろう。恥ずかしさと申し訳なさで泣きそうになりながら、ペロペロと石を舐め続けた。

「ああ、なんていい子なんだろう。今度は先の方を咥えてごらん。歯はたてないように……」

 歯があたって傷でもつけてしまったら大変なことになる。それでも、アーシュ様がそうしろと言うなら、やらないといけない。硬い石の先端部分を唇でぱくっと挟む。見たこともないような真剣な顔でアーシュ様が俺を見ていた。

「うぅ……」

 ちらりとアーシュ様の様子を窺うと目が血走っていた。俺を魔導師に出来なければ弟子の教育に失敗したということで、いろいろな偉い人から責められるに違いない。
 それでも、俺と目が合うとハッとした顔をしてから「上手だ」「ああ、シシィ可愛いよ」と声をかけて励ましてくれる。今にも目からは涙が溢れそうだったけど魔法石を頑張ってしゃぶり続けた。

「んっ、んーっ……」
「もう少し奥まで……。ああ、口いっぱいに頬張って、なんて健気なんだろう」
「ん、んぐ」

 アーシュ様の手で奥まで魔法石が突っ込まれる。経験したことのない苦しさだ。だけど、いい子だってアーシュ様が俺の頭を撫でてくれる。苦しいのに嬉しい。息苦しさでフラフラになりながら、アーシュ様の言う通りに舌を這わせて口をすぼめる。

「ん、んんっ……、うえぇっ……」

 口中が唾液でいっぱいになって、とうとう俺は盛大にむせてしまった。勢いで魔法石を床に落としてしまったことに気がついて、俺は泣いてアーシュ様に謝った。

「ごめんなさい、ごめんなさいっ……! アーシュ様、ごめんなさい……!」

 きっと失望されて嫌われると思った。アーシュ様に嫌われるのは俺にとって何よりも怖いことだ。涙を流して謝り続けていると、アーシュ様は「私は小さな子供になんてことを……!」と叫んだ後、そのまま倒れてしまった。

「アーシュ様……? アーシュ様、しっかりしてください!」

 どうやら自分自身に強力な魔術を使って、そのショックで気を失ってしまったようだった。俺はアーシュ様の役に立ちたいだけなのにどうしてこうなってしまうんだろう。俺みたいな平凡な人間が側にいるのはアーシュ様の迷惑になってしまうということを思い知らされて、涙が止まらなかった。


 しばらくして、目を覚ましたアーシュ様は「私が間違っていた」とはらはらと涙を流した。作り物のように美しい泣き顔なのに、痛々しくて悲しい。

「違う、違う……! シシィ、私は君を傷つけるつもりはなかったんだ……!」

 泣きながらアーシュ様はもう修行は止めようとだけ言った。やっぱり俺はダメだったんだ、と落ち込んだけど心のどこかでは実るはずのない訓練と努力から解放されてホッとしていた。

「シシィ、たとえ今と形が変わったとしても、私は君を手離さないよ。私にはシシィだけだ」
「アーシュ様……」

 アーシュ様は何度も俺の頬を流れる涙を真っ白な指で拭ってくれた。これは、子供を泣き止ませるためにやっているだけであって、何も特別な意味は込められていない行為だ。わかってはいたけど、俺の鼓動はどんどん速くなっていく。

「俺の、俺の何もかもはアーシュ様のものです。それだけは変わりません。どうかお許しください……」

 弟子にもなれない人間の心と身体を差し出されても役には立たないかもしれないけど、許されるのならアーシュ様の側にいたい。


 泣きながら帰ってきた俺から修行で酷い失敗をしたと聞いた両親は「大丈夫。明日、お父さんとお母さんがちゃんと謝るから」と言ってくれた。その日の夜は、お兄ちゃんと過ごした子供の頃の楽しかった日々を思い出してしまって、なかなか眠れなかった。涙はもう出ない。天井裏に隠れて暮らす野ねずみのように、小さく身体を丸めて横になっていた。

 翌日の朝、俺の家へアーシュ様は「大切なご子息を傷つけてしまった。何もかも私が悪い」と俺の両親へ謝りに来た。狼狽える両親に「違うよ、アーシュ様は何も悪くない! 全部俺が悪いんだ」と何度も訴えたけど全く耳に入っていないようだった。

 アーシュ様は、魔導師としての修行を辞める代わりに、俺のことを使用人として雇いたいのだと両親へ告げた。まだまだ子供の俺に出来ることなんて限られている上に、アーシュ様は自分のお屋敷に一切人をいれないことで有名だった。つまり、アーシュ様の家で雇われている人間は今のところ一人もいなくて、俺がたった一人でアーシュ様のお世話を出来るようにならないといけない。

 両親はずいぶん迷っているようだった。弟子としての修行に息子が失敗したという負い目もあったし、「私にはシシィが必要だ」というアーシュ様の熱意に押されているようでもあった。それで、最終的には本人の意思を、という話になった。

「……アーシュ様の、側に行きます。アーシュ様の側にいたいです」


 こうして俺はアーシュ様のお屋敷に雇われる、たった一人の使用人となった。何かと忙しいからなのか、アーシュ様は俺が住み込みで働くことを望んだ。ただ、俺の両親が「この子は最低限の教育しか受けていない、まだものの分別もつかないような子供です。どうか、もう少しだけ待ってください」と言ったので、この国で大人として認められる十八才になるまでは、両親と暮らす家からアーシュ様のお屋敷へ通うこととなった。






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